Lesson2「ぷりん部なら、パンティに命を燃やせッ!」 03
「そんなことがあったんですか」
私の話を、親身になって訊いてくれている隼人が優しく言った。
「先輩の妹さんって強いんですね」
「強いってもんじゃない。あれは子供の皮を被ったゴリラだ。乱獲されても、アイツだけは生き残れる力を持っている」
私は通行人を横目に見ながら答えた。
秋葉原駅で待ち合わせした私たちは、電気街口を中央通りに歩き、適当な所に座り、プリンを食べつつパンティウォッチングを開始した。日曜日ともなると秋葉はかなりの通行人の数になる。電化製品を買いに来る中国人。画集やアニメグッズを大人買いするアメリカ人。コスプレをする日本人。など、人種はそれぞれ違うが、日本のサブカルチャーをこよなく愛する者に国境はない。
国際パンティを堪能するに、秋葉原は無くてはならない場所なのだ。
「隼人に紹介する機会があるかはわからないが、そのときは奴の三段コブパンチに気をつけろよ。腫れが一週間は引かないからな」
「はぁ……、気をつけます」
そう言って隼人は右頬を掻いた。
私は目の前を通り過ぎる外国人を指差して話題を変える。
「それはそうと、あの女性を見ろ」
隼人は、私が指差した人を見つめ「あの人がどうかしましたか?」と首を傾げた。
「日本人と違って、外国の方はパンティラインをあまり気にしない人が多い」
女性は、白のタイトスカートからTバックが浮き出ている。丸みのあるお尻を露わにし、それが彼女のセクシー度を倍増しているように思われた。
「隼人は、まだ入部して日が浅い。日本人のパンティラインを完璧に網羅するには時間がかかるだろう。だから、薄地で眼を研ぎ澄ませるのだ」
「だから、今日の部活は野外なんですか?」
「そうだ。それに学校から近い。私も師匠と一日中パンティラインを見続けたものだ」
今となっては懐かしい思い出である。よく師匠とココで、メイドのパンティを言い当てた物だ。私の正解率は一割ほどだったのに対して、師匠は十割で言い当ててた。とてもじゃないが真似が出来ん。
「先輩の師匠ってどんな人なんですか?」
隼人が通行人を見ながら私に訊いてきた。私も視線をそのままに答える。
「師匠か。あの人の伝説は数え切れない。その中でも師匠の透視眼は神懸っていた」
「透視眼?」
「そうだ。師匠の眼には衣服が透けて見えていたらしい。スカートだろうがコートを羽織ろうがお構いなし。全ての女性は季節問わず下着姿で見ることが出来たらしい」
「……下着姿」
隼人が顔を赤らめて俯いてしまう。なぜ、お前が恥ずかしがる?
「それに師匠は、白地にイチゴ柄が無数にプリントされているパンティが好きだった。それを見た日は一日中、万世橋の上でスキップしていたなぁ。雨で足元が滑り、神田川に落ちそうになったこともある。そのくらい浮ついていたな」
「あっあの、先輩はどんなパンツが好きなんですか?」
「私か? そうだな。そういえば考えたときがなかった。パンティやラインの事を考えているのに、好みがないのも変な話だな」
「たっ、例えばですけど、アニマルプリントとかってどう思いますか? くっ、クマとか」
「アニマルプリント? そうなるとレギュラータイプになるな。私は師匠のように柄まで見ることが出来ないから好みを考えたことがなかった」
少し子供っぽい感じもするが、レギュラータイプは見慣れている。柄の話になると「邪眼党」か「なま党」の分野になる。
それにしても何故、隼人は柄の話をするんだ? もしかして、ラインより柄の方が興味あるのか。
「隼人。なぜ、柄の話をするんだ? お前、もしかして……」
「えっ、違いますよ。ちょっと知り合いにアニマルプリントのパンツを穿いている人がいるので、どうなのかなって思っただけです」
それはそれで問題ではないか。
「ちょっと待て。なぜ、その女性がアニマルプリントのパンティを穿いていると知っているんだ?」
「えっ! ええと……」
隼人が目線を反らす。
「お前、もしかして」
隼人が生唾を飲み込み、眼が泳ぐ。
「ガールフレンドがいるのか?」
「……はっ?」
隼人の眼が点になった。
「だから、彼女がいるのかと訊いているんだ。そして、その彼女とムニャムニャな桃色遊戯の最中に見たのではあるまいな」
なんたることだ。隼人に彼女がいたのか。確かに、隼人の容姿はジャニーズ並みの可愛らしさだ。それは認めよう。しかし、後輩に先を越されているとなると、あまりにも私のジュニア(下半身)が不憫に思えてしまう。私がパンティラインに現を抜かしている間、ジュニアはいつも柵の中で、自分の活躍を虎視眈々と待つばかり。優秀な競走馬が草原を走れないのと同じ、私のジュニアも血気盛んな実力を発揮することが出来ないでいる。すまんジュニア。もうしばらく私のわがままに付き合ってくれ。いつか必ず、お前の存在意義を証明してみせる。
私は血の涙を流しながら隼人に言った。
「ぷりん部は彼女を作ることを公認している。だから、お前を責め立てることはしない」
視界が真っ赤に染まる。もう、泣いているのか、血を流しているのか分からない。
「せめて、彼女にはぷりん部の事を内緒にしておけよ。もしバレたら……」
そう言おうとした私に、隼人はかぶりを振り、
「ちっ、違いますよ。僕に彼女はいません。あっ、姉です。僕の姉がアニマルプリントのパンツを穿いているんです。まったく困った姉ですよ。高校生にもなって穿くパンツじゃないですよね」
「なに、姉だと?」
それなら合点がいく。姉弟ならパンツの一枚や二枚見るのは日常茶飯事だ。私としたことが、勘違いするとは恥ずかしい。
ジュニアよ、喜べ。お前は先を越されていないぞ。世間では縦横無尽に活躍している仲間はいるかもしれない。だが、少なくとも、目の前にいる隼人には先を越されていない。これでお前の名誉は保たれるぞ。
「なるほど。そういう事だったのか。そうかそうか、姉がアニマルプリントか。私はいいと思うぞ。可愛らしくていいじゃないか。なにも隼人が恥ずかしがる事じゃない」
私の言葉に隼人は「ホントですか?」と嬉しそうに微笑んだ。
姉のパンティ柄を気にするとは、姉想いなのだな。
その時、ポケットに入れてある携帯が鳴った。画面を開くとキララからだった。
キララが掛けてくるとは珍しい。
私は通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
「もしもし、なんの……」
『出るのが遅い! あとで内股の刑ね』
開口一番に「刑」が出てくるとは思わなかった。そもそも、電話に出たのに投げ飛ばされては適わん。
受話器の向こうで怒鳴り散らすものだから、私の鼓膜は痛くなった。何げなしに隼人を見るとキョトンとしていたので、小声で「キララからだ」と言う。
「ああ……、キララ先輩ですか」
と、隼人が頷いた。
『だれかと一緒なの? ってか、あんた何処にいるのよ』
地獄耳を持ち合わせるキララが、私たちのやり取りを聞いていたらしい。
私は内心「どこでもいいだろう」と言いたかったが、後で何されるか考えなくとも分かるので素直に答えた。
「隼人と一緒だ。それより、なんの用なんだ? 私たちは忙しいんだから、用がないなら切るぞ」
『用があるから掛けたに決まっているじゃない。忙しいって、どうせ秋葉あたりでパンツ見ているだけでしょ?』
地獄耳の他に勘も鋭かった。全てを見透かされているようで、一瞬ギョッとする。
「なぜ、わかった。もしかして、私の事を監視しているのか」
『するわけ無いでしょ。パンツ見るくらい暇なんでしょ? あんた、今からこっち来なさいよ』
パンティを見ていることと、こっちに来なさいの関係性が分からない。なにを言っているんだ。
「暇ではない。隼人を一人前の漢として……」
『来ないと絞め十字固の刑よ』
悪魔の一択ではないか。
絞め十字固とは、柔道の絞め技と寝技をミックスした固技だ。縦四方固(馬乗り)の状態から、相手の首を十字に締め上げることで成立する。これはもう脅迫だな。
「なんで、お前はいつもいつも私に柔道技を使うんだ。有段者がそんなことしたらダメだろ。免許剥奪だぞ」
『私なりの愛よ。これってツンデレって言うんでしょ?』
「デレはどうした! お前のはデレが欠落しているぞ」
『うるさいわね。パンツにデレデレしているんだから、足せば同じじゃない』
「同じじゃない!」
なんという身勝手さ。足せば増えると限らないのが大人の社会だぞ。
『それじゃ、今から学校に来なさい。第一体育館だからね』
「ちょっと待て……」
私の返事も聞かず、キララは一方的に電話を切ってしまう。この傍若無人、望といい勝負だ。
携帯をポケットに入れ、私は溜め息を吐いた。その様子を見ていた隼人が「どうかしたのですか?」と顔をのぞき込んできた。
「キララが今から学校の体育館に来いと言ってきたのだ」
普通の女性に呼び出されたのなら私だって嬉しい。体育館=愛の告白と言っても過言ではないからだ。それがキララとなると話は別である。告白が一番似合わない女であり、恋愛無用論を説いている方がお似合いな女だ。
苦悩の色がにじみ出た顔で空を仰いでいると、隼人がポンと手を叩いた。
「確か今日は……、選抜大会が行われていますね」
選抜大会? そうか、キララはそれを見に来いと言っていたのか。
何故、私がキララの試合を見に行かねばならんのだ。今日はパンティラインを堪能して、夕方にイケナインジャーを観ようと思っていたのに。どんどん予定が狂っていく。このままでは、イケナインジャーを見逃すハメになるのでは?
なんだか今日は嫌な予感がする。