Lesson1「怠惰で無二な日々こそが、ぷりん部の活動方針だッ!」 12
私たちはキララと別れ、校舎沿いに歩いていると鶏頭に見つかってしまった。経緯はこのさい割愛させてもらおう。なんともアホらしくて語るに値しないものだ。
起こってしまった原因より、過程が問題なのだ。いかにこの場を乗り越えるか。そこが問題だ。
「お前も馬鹿なやつだな。女のパンツに見とれて俺の存在に気がつかないとは。馬鹿だな馬鹿」
なんて男だ。人があえて語らないことを、ものの数行で暴露されてしまった。
「うるさい。馬鹿なのではない、アホなのだ。漢のロマンが分からない奴は、馬か鹿に蹴られてアホになれ」
「先輩。意味が分かりません」
隼人が私の言葉にツッコミを入れる。
「おい。この前の男はどこにいる? 俺は、お前とあの男に用があるんだ」
鶏頭は師匠の事を言っているのだろう。残念だが師匠は卒業して、もうこの学校にはいない。私も出来ることなら師匠に助けてもらいたいが、それはもう出来ないのだ。
「生憎だが、師匠はここにはいない。探したいなら人気の多いところに行け。あの人ならそこにいるだろう」
「ああ? なんだお前。師匠とか言って馬鹿じゃねえ。いつの時代だ」
「お前に言われたくない。八十年代を彷彿とさせる鶏頭のくせに」
「ああぁ? このファッションがわからねぇのか。霊吐露部部員が代々受け継ぐ髪型なんだぞゴルァ」
なんてことだ。コイツも数多ある部活の部員なのか。部活動で昔の髪型をするなんて。
「師匠とか言う奴も、とんだヘタレだな。俺たちの報復が怖くて居ないだけだろ? 文句があるなら呼んでこい」
「ほう、師匠をヘタレと呼ぶか」
この男は二度目の間違いを犯した。一度目は師匠をオッサンと呼んだこと。二度目は師匠の悪口を言ったことだ。
「隼人。下がっていなさい」
「えっ? 先輩、大丈夫なんですか」
「師匠の悪口を言われて、ぷりん部が引き下がるわけにはいかん。ぷりん部にとって師匠とは光輝なお方なのだ。それがオッサン顔でもな」
私は隼人を後ろに下がらせ、一歩前に出る。
「それに、私には師匠から授かった秘術がある。あんな鶏頭なんて一撃で昇天だ」
そう言って私はポケットに手を入れた。
あれ? ない……
私は両ポケット、胸ポケット、後ろポケットに手を入れて探したが、アレが無いことに今更になって気がついた。
しまった。今日、買ってくるのを忘れていた。なんたる失態だ。
「あっ、やっぱりさっきの言葉……」
私が先ほどの言葉を撤回しようと首を後ろに向ける。「やっぱり、先輩は最高です」と輝いた眼で見つめられたので、そのまま前を見た。
隼人にとって私は光輝なる存在でないといけない。私が師匠へ抱くように。
「かかってこい、鶏頭!」
私は震える指先で鶏頭を指差した。
「んだとコラァ。あの男の前にテメェを血祭りにしてやるよ」
鶏頭が拳を振り上げながら私に近づいてくる。そして大きく振りかぶり右拳を振り下ろす。私は後ろに飛びそれを躱した。風圧で身体がしびれる。
こんなパンチを師匠は紙一重で躱したのか。さすが我が師匠だ。とてもじゃないが真似ができん。
「おらぁ」
今度は左アッパーが私のアゴ目掛けて振り上げられる。モーションが大きいぶん、避けるのは容易いが、先ほどの黒蝶と違って接近戦だと、相手の隙を衝くのが難しい。
「先輩。先ほどの技で、そんな奴なんかやっつけて下さい」
先ほどの技? 焦熱連撃のことか?
「あれはダメだ。あの秘術は女性限定と心に決めているんだ。男に使ったら私の指が腐ってしまう」
いくらコストゼロでも、男の脇の下を突くなんて、正気の沙汰では出来ない。
「えっ、そうなんですか」
鶏頭の右フックをかいくぐり、距離を取る。焦熱連撃を打ち込むチャンスはある。だが、それは出来ない。
それならどうする。アレのない現状、この男を仕留める秘術はなんだ。私は貧乳好きでもないし、日没には時間がある。一心同体には、もう一人必要だ。とてもじゃないが隼人に任せるわけにはいかない。
「くそっ、アレさえあれば……」
私の嘆きに隼人が「あれ?」と聞き返す。
「アレってなんですか? 必要なら言って下さい」
鶏頭の前蹴りを横にいなし、私は隼人を見た。
「無駄だ。今から買い出しに行っても遅い。お前が戻ってくるころには、私のスタミナが切れている」
「いったい、アレってなんなんですか?」
「ごちゃごちゃ、うるせえな」
鶏頭の右手が私の襟を掴んだ。
「これで黙ってろ」
左手を振り上げ、私に狙いを定める。
「先輩」
まずい。一撃でもくらったら終わりだ。
「アレってなんなんですか?」
師匠が対男撃退用として、私に授けた秘術。それを喰らった男は昏倒間違いなしの秘術。
それは――
「プリンだ!」
「「えっ?」」
二人が凍り付くのが分かった。なんだろう、この突き刺すような静けさは……
「プリンが必要なんですか。いま?」
隼人が困惑して私に尋ねる。
「そうだ。プリンが必要なんだ」
男撃退秘術にはプリンが欠かせないのだ。だが、そのプリンを私は持っていない。昨日、隼人にあげてしまったから、買い置きがないのだ。
「馬鹿かオマエ?」
固まっていた鶏頭の拳が振り下ろされる。
「せんぱい!」
その時、隼人が私に向かって何かを投げた。瞬間的にソレを受け取る。
「これは……」
私の手に投げ込まれたのは紛れもない。
「BIGプリン」
容量170グラム、縦横88ミリメートル、高さ63ミリメートル。ぷるるんとしたのど越しに、独特の弾力がある。最高峰のプリンだ。
バコッと、鶏頭の拳が私の右頬に当たり、鈍い衝撃が伝わる。だが、BIGプリンを手にした私は怯むことなく胸を張った。
「行くぞ、鶏頭」
私はプリンの蓋を口で剥がすのと同時に、相手の襟首を持った。
手首を緩め、肘を斜め内側に出し、相手の手首を自分の肩の後ろに跳ね落とす。
柔道での組み手争いに使われる技法だ。
ありがとうよ、キララ。お前にやられ続けたのが、いま生かされたぜ。
「喰らえ」
私は指先で底の摘み(プッチン)を折り、プリンを鶏頭の口にねじ込んだ。
『符輪放出』
解き放たれたBIGプリンが、男の口内に叩き込まれる。
「うごぉぉぉ」
阿鼻叫喚と声を漏らしながら、鶏頭は大の字に倒れた。我ながら、華麗な勝ち方だ。
大量すぎて飲み込めないBIGプリンに、もがき苦しむ鶏頭にどや顔をしていると、隼人が私に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
気がつけば、私の右頬は大きく晴れていた。それを心配して言ってきたので、私はニッと笑い「大丈夫だ」と、やせ我慢で答える。
「それにしても、なぜお前がプリンを持っている?」
私の質問に隼人は顔を赤らめ「それはですね」とモジモジと身体をくねらせる。
「昨日、先輩からプリンを頂いたので、お返しにと思いまして」
「そうだったのか。助かったぞ」
私の賞賛に隼人は「ありがとうございます」と一礼した。
これで、私を襲う不良共は一掃した。私は鶏頭の仲間が残っていないことを祈りつつ校門を二人で出た。
「そうだ。隼人」
「はい?」
「これから暇か? よかったら冥土喫茶に行かないか? 独りで行くには、ちょっと恥ずかしいんでな」
「はい、わかりました。私も冥土喫茶には行ったことがないので楽しみです」
「そうか。それでは行くぞ」
「はい」
隼人は満面の笑みを浮かべて私を見た。
程なくして、集まって来た職員達が不良共を校長室に連れて行ったらしい。まったく、今の今まで何をしていたのだ。嘆かわしい。
このようにして、創立して間もない『ぷりん部』に舞い込んできた危機的状況を回避することが出来た。やはり、事件とは意図して起こり、唐突に終わりを告げるものである。
しかし、これはほんの序章に過ぎない。起承転結で言うならば起の前の序に過ぎない。
だが諸君。勘違いしないでほしい。『序』のあとに待ち受けているのが、必ずとも『起』ではないからだ。
何故なら、この物語はパンティを愛する者が登場するだけの怠惰で無二な日常なのだから――。




