Lesson1「怠惰で無二な日々こそが、ぷりん部の活動方針だッ!」 10
えーと、結論から言おう。地下道は現在、開通していなかった。私たちの目の前に立ちふさがったのは、更衣室のコンクリートと思わせる分厚い床だった。なんてことだ、私の策は初めっから破綻していたのだ。
「ちょっと、どうするのよ」
キララが私の襟首を締め上げながら言った。
「うっ……苦しい」
絞め技というものは二種類ある。頸動脈に圧をあたえ脳に酸素を与えないものと、気管を塞ぎ肺に酸素を行き届かせないものだ。前者は決まると一瞬で意識が途切れる。が、後者は窒息なので非常に苦しい。
「聞いているの? 行き止まりなのよ。このまま引き返すなんて出来ないのよ」
地下道に微かに光る蛍光灯が、キララの顔を異様に照らし出している。まさに魔界の住人と言ってもいいくらいだ。
あたりには、コンクリートをぶち破ろうとした痕跡がある。仮面党め。まだ、開通していないのなら張り紙の一つくらい貼っておけ。しかし、今は仮面党に文句を言っている場合ではない。人命の危機なのだ。この場合、私が起こす行動は一つだけ。
『焦熱連撃』
全身全霊を込めた連撃(全指先)がキララの脇の下を突く。
「きゃっ」
身体をくねらせながら、キララは絞め技を解いた。私は咳き込みながら、不足した酸素を懸命に取り込む。
「キララ、待つんだ。こんな事をしている場合じゃないだろう。次の策を練らないと」
「あんたが招いた結果じゃない。もういいから、早く考えなさいよ」
乱暴に吐き捨てるキララは、頭を掻きむしりながらイライラしている。
なんとかすると言っても、ここに居てもラチがあかない。と、言っても地上には方言女とパンチパーマがいる。彼らが諦めて別の所に行くのを待つしかない。
そんな、私の淡い期待は粉々に砕け散った。
「おっ、いたいた。こんな所に隠れていやがったな。ロッカー男の言うとおりだな」
パンチパーマが現れたからだ。その後ろには方言女が「おった、おった」とヨーヨーを振り回しながら下りてくる。
オノレ影光。末代マデ祟ッテヤル。
まさか、こうも容易くこの場所が見つかるとは思ってもいなかった。
「もう、逃げられないぜ」
ニヤニヤしながらパンチパーマが近づいてくる。
「ちょっと、あんた達の目的はコイツでしょ? 私は無関係なんだから見逃しなさいよ」
キララが私を指差して言った。
「ちょっと待て! ここまできて裏切るのか?」
なんて女だ。私を見捨てるのか。
「うるさいわね。私には部活があるのよ」
「部活だと! そんなパンティで部活なんてするな。Tバックでないと私は認めないぞ」
「なっ……あんた、見たわね」
私の失言に、キララが鬼の形相で睨みつける。
「おいおい、痴話喧嘩が始まったぞ。黒蝶、どうする?」
「まあ、今回の目的はその男なんやし、キララは見逃したら? 二人居るとうるさそうやけん」
「そうだな」
パンチパーマがキララに近づいて「おい、お前は外に出ていいぞ」とキララの肩に手を置いた時だった。キララはその手を掴み、一本背負いでパンチパーマを投げようとした。
「おお」
瞬間的にパンチパーマは壁を掴み踏みとどまる。狭い地下道が仇となってしまった。
「そや。キララは柔道部やから、近寄らない方がいいで」
「先に言え」
「やけん、あんたが安易に近づくからいけんとよ」
「瞠! 今よ」
「了解」
キララの合図で私は飛び上がり、パンチパーマの顔面をサッカーボールの如く蹴り上げた。
無様に倒れるパンチパーマに私は、
「見たか。これが秘術『一心同体』だ」
「ちょっと、大丈夫」
方言女がパンチパーマに言う。脳しんとうを起こしたパンチパーマの焦点があっていない。秘術はダテじゃないのだ。
「あんた、ちょっとせこいんちゃう? もうええわ。来月の選抜戦に出られん身体にしたるけん、覚悟せえ」
ヨーヨーが上下に回転する。キララが「ちょっと、選抜大会に出るのは私よ。なんで、私も入っているのよ」と抗議している。
方言女は「そんなん、知らんけん」とお構いなしにヨーヨーを回転させる。
ぶおんぶおんと徐々に遠心力が増していく光景を見ても、私の優位は変わらなかった。
「方言女よ、お前は甘いな。一心同体は多勢になって初めて効果が出るのだ。多勢に無勢なのだ」
私は胸を張って、方言女を指差す。
「さあ、行けキララ。あいつを亡き者にするのだ」
「イヤよ」
「えっ?」
キララよ。なぜ拒否する。ここでの突撃役はお前なんだぞ。
「あんたが行きなさいよ」
「なにを言う。コンクリートを粉砕するくらいの破壊力があるんだぞ。あんなもん喰らったら頭蓋骨陥没だ」
「それなら私だって同じよ。死ぬならあんただけにしてよね」
恐ろしい女だ。「ここは私に任せて」と言えないのか?
「安心せえ。二人仲良く陥没させたるけん」
放たれたヨーヨーが私の顔面をかすめる。
この女。キララ以上に危険だ。
「ちっ、こうも狭いとやりにくいが」
後ろに反動を付けて二撃目を繰り出す。私はそれも躱すと意外なことを知った。
意外とよけられるぞ。攻撃力は高いが動作が大きすぎる。私の洞察眼に適えば見切ることは容易い。
「キララ。いけるかもしれない」
「なら、なんとかしなさいよ」
「それとこれとは別だ」
「この役立たず」
ひどい言われようだな。
その時だった。三撃目を躱したとき、
「あの……先輩、なにをしているんですか?」
方言女の後ろから、オドオドした隼人が姿をあらわした。なぜ、ここに隼人がいる?
「だれや!」
方言女が後ろを振り向いたのをキララは見逃さなかった。放たれたヨーヨーの紐を足で押さえつけ、ヨーヨーが方言女の手元に戻らないようにする。
「瞠!」
「まかせろ」
私は一気に方言女に近づき、全身全霊の気を指先に集めた。隼人は「えっ?」「なに?」と戸惑っている。
突き抜けろ『焦熱連撃』
「しまった」
方言女が気づいたときには、私の秘術が脇の下を貫いていた。
「あんっ……」
なんとも卑猥な声を残し、方言女は崩れ落ちた。私たちの勝利である。
「あの……先輩。いったい、何をしているんですか?」
隼人の疑問はもっともだ。当事者でなければ、こんなアホな戦い理解出来ないだろう。
「気にするな。それにしても、隼人がなぜここにいるんだ?」
「それは、仮面党の皆さんに覗きはよくないと忠告しようと来たら、先輩がここにいると上にいる仮面党の方がおっしゃったので……」
「そうだったのか。まあ、お前のおかげで助かったぞ」
「はあ……。それにしても、なぜ上にいる仮面党の人はロッカーの中にいるのでしょう」
「それも気にするな」
「まったく、一時はどうなるかと思ったわよ」
キララが服をパタパタと叩きながら言った。
「あっ、キララ先輩もご一緒でしたか」
「不本意に巻き込まれたのよ。ほんと、毎度毎度、瞠には迷惑するわ」
「まあ、そういうな。無事助かったのだからな。キララにも感謝する」
「なっ、私は自分の身を守っただけよ。だれがあんたみたいな変態を助けるものですか」
そういうキララの顔は赤くなっていたように見えた。蛍光灯のせいだろうか?
「とっ、とにかく、外に出るわよ」
私がキララの後に続いて、外に出ようとしたとき、
「あんたの名前、なんて言うと?」
倒れ伏す方言女が私に尋ねてきた。
言って恥じる名前でもないので、私はどや顔で言ってやった。
「教えてやろう。ぷりん部部長兼ぷりん党の佐木崖瞠だ」
私の名前を知った方言女は流し目で私を見て、
「ほうか、瞠やな。あんたの名前覚えたけん」
と言った。
女性に名前を覚えられて、嫌な予感はしても嫌な気はしない。
私は先ほど、方言女を突いた指の感触を思い出した。
この女、意外と胸が大きいかもしれない。
などと、胸に浮気をしていたら、
「なにをやっているの。早く行くわよ」
と、フルバック……いや、キララが私を呼んだので「ああ」と返し、その場を後にした。
まさか、方言女こと黒蝶が、今後、私を付け狙うことになるとは、この時の私には分かるはずがなかった。