Lesson1「怠惰で無二な日々こそが、ぷりん部の活動方針だッ!」 09
私は原因と結果より、過程に必要性を感じる男だ。結果なんてものは過程でどうにでもなる。原因なんぞ起こったことだ捨てておけ。
過程というのは、張り巡らされた根のように幾重にも広がっている。その可能性を分析して、計算して、予測して、そしてまた分析した上で推敲もする。結果、私たちは水泳部の部室に逃げ込んでいた。
外からパンチパーマの声が聞こえる。「敵が中に入ったぞ」「出てこんかい」と部室の戸をドンドンと蹴ってくる。外にいる二人は、私たちを追い込んだと思っているだろう。明智光秀も「敵は本能寺にあり」と、本能寺の前でどや顔をしていたに違いない。
しかし、これも計算のうちなのだ。
私は、土臭い部室を見渡した。部室の中心に机が置かれており、その奥と左右にはロッカーが壁を背にして整列している。右隅奥には漫画や雑誌が乱雑に積み重なっていた。一見して普通の部室のように思える。階段は何処か?
「ちょっと、瞠。なんで私も巻き込むのよ。あんたの性癖に対して否定も肯定もしないけど、私を巻き込まないでよね。なんで私が変態と二人っきりにならないといけないのよ」
おもいっきり否定しているではないか。私はなぜ、この女を助けたのだ。はたして助けたといえるのだろうか? キララなら、あの場所に放置しても問題なかっただろう。だからといって、今からキララを外に追い出すわけにもいかないし、文句の一つも言いたいが絞め殺されるのでやめておく。
私は物言わぬ貝になることにした。
「それに、あんた……さっきからキョロキョロと何しているのさ。逃げ道なんてないわよ」
「キララ。お前は知らないかもしれないが、水泳部には秘密の地下道が存在するのだ」
私にしてみれば、このような事態は朝飯前なのだ。推敲までしたのだから間違いはない。
「えっ、そうなの?」
「そこを通って外に逃げるんだ。だから、お前も探せ。早く部活に戻りたいだろ?」
「わっ、わかったわよ」
キララがブツブツと「なんで私がこんなことを……」「だいたい、なんで水泳部に地下道があるのよ」と言っているが無視する。いちいち説明するのも面倒だ。
彼女の小言を無視して私は探索を再開した。
一見して怪しいところはない。床には繋ぎ目や、机の下にベニヤ板が敷かれていることもなかった。さすが、仮面党。痕跡を残さないとは、この時ばかりは小憎らしい集団だ。など、思っているとキララが私に話しかけてきた。
「ねえ。瞠」
「なんだ。見つかったか?」
「違うわよ。そうじゃなくて、あの約束覚えている?」
「約束? どの約束だ」
「ほら、春休みにしたやつよ」
春休み。はて? なにか約束をしただろうか。しかし、なぜこの状況でその話題が出てくる。私が不利になるような制約でもされているのか。
首を傾げても分からなかったので、キララに訊こうと振り向いた。目の前で四つんばいになって机の下を調べているキララを見て、私は色んな意味で固まってしまった。女豹のように突き出したお尻。少しでもかがめばパンティが見えてしまいそうだ。だが、私はそこまで落ちてはいない。私はぷりん部兼ぷりん党だ。常日頃、培ってきた妄想力でスカートの中身を確認してやる。
「あんたが、ぷりん部なんてわけの分からない部活を作る、少し前」
私が妄想を膨らませていることに気がつかないキララは話を進める。
くそっ。スカートの蛇腹が邪魔でパンティラインを確認する事ができない。どっちなんだ。フルバックなのか? Tバックなのか?
「あっ、あの時……」
どっちだ? 情報が少なすぎる。こんなことならジジイのハードディスクを人質に、仙術の一つでも教わっておけばよかった。
「わたし……」
決めた! ここはTバックという設定で妄想してやる。
その時だった。部室内に不気味な男の声が聞こえた。地底人が今にも這い出てくるような不気味な声だった。
『プリン党ハ帰レ。我々ノ邪魔ヲスルナ』
「きゃっ! なっ、なんの声よ」
キララが驚いて後ろに飛び跳ねる。その拍子にスカートがヒラリとめくれた。
キララのパンティはフルバックだった。
『プリン党ハ……』
なんたることだ。私のTバックと設定した妄想が水泡に帰してしまった。なんとアホらしい。私はふつふつと怒りが込み上がるのを止めることが出来なかった。中古で買った推理小説を読んでいて「犯人はコイツ」と、赤字で書かれているのを発見した気分だ。断固として加害者にモラルという制裁をせねば成らん。加害者はだれか?
それは案外早く答えが出た。
『直チニ……』
そこか!
私は渾身の力を込めて、右から二番目の左側ロッカーを蹴る。ひしゃげたロッカーの中から「ひっ」と悲鳴のような声が聞こえた。
「所属している徒党名と名前を述べろ」
男がどこから声を出しているかは、直ぐに分かっていた。声が聞こえた方角から考えれば簡単だ。
「アア……あの…」
「の・べ・ろ」
一文字言うたびにロッカーを蹴る。そのたびに「ひっ」「やっ、やめて」と怯えた声を漏らす。人がTバックの設定で妄想していたのに、横やりを入れてきたこの男を許すことは出来ない。しかも、Tバックだと思っていたのがフルバックだと! これではぷりん部として、あまりにも滑稽ではないか。
憤りのない怒りをロッカーの中の男にぶつけていると、ようやく観念した男は話し始めた。
「かっ、仮面党所属の六田影光です」
六田影光? 昨日、水泳部の部室前で見かけた男ではないか。なぜ、影光がロッカーの中に入っているかは、この際どうでもいい。
「おい、影光。人が崇高な妄想をしているときに声をかけてきたんだ。どうなっても文句は言えまい」
何度もロッカーを蹴っていると、キララが私を羽交い締めにしてきた。
「ちょっと、やめなよ。中の人、怯えているじゃない。それに、こんなことしている場合じゃないでしょ」
その言葉で私は我に返った。その通りだ。私は方言女とパンチパーマに追われているのだった。
「おい、影光。ここに地下道に繋がる入り口があるだろ。どこにある?」
私の問いに影光が「えっ! そんなのないよ」とシラを切ってきたので、ロッカーにもう一撃打ち込んでやった。
「ひっ! わっ、わかったよ。言うから蹴らないで。反対側にあるロッカー……右から三番目だよ」
そんなところに隠し通路があったのか。さすが仮面党、見つかりにくいところに作ったな。
私は確認しようと後ろを振り向くと、いつの間にかキララが移動していた。
「あったわよ。早く逃げよう」
そう言ってロッカーの中に入っていった。キララが入ったロッカーを見ると、底が抜けて階段になっていた。魔界の入り口のように底が見えない。
「なにをやっているの? 早く行くわよ」
キララが下から私を呼ぶので「ああ、今行く」と返事して階段を下りる。後ろでは影光が「あれ? 開かない」とめり込んだドアを中から開けようとしているが、知ったことか。
ロッカーの戸を閉めたとき、水泳部の戸が壊れる音がした。
「どこだ!」
「あれ? どこにもおらんけん」
と、私の姿を探す声が聞こえる。アホどもめ。見つけられる物なら見つけてみろ。どうせ見つけられるのは、出るに出られない影光だけだ。その隙に、私は更衣室から逃げさせてもらう。




