プロローグ
「パンティ。
神秘的。覗いてはいけないブラックボックス。
一種の挑戦状とも受け取れるその響きに、心躍らない健全な男子はいないだろう。もし、男としての反応を示さない奴がいたらココに来い。小一時間ほどアツく語ってやる。
絶対領域? なんだそれは? 大腿部を示す言葉以前に、まず日本語か?
世の中には様々な『萌え』というジャンルがある。巨乳・貧乳・ロリと、例を挙げたらきりがない。そんなものは中分類であり、大分類である『パンティ』を抜かしているようでは本末転倒。書店やテレビなどで、その名前を一瞬でも見ようものなら二度見するのが当たり前であり、義務である」
と、私は声を響かせ高らかに辺りを見渡した。
茜色に染まった放課後の部室はとても静かで、失笑とも取れる空気の冷たさが胸を締め付けてくる。が、私は気にしない。
「あの……、すみません」
部室の片隅で申し訳なさそうに手を上げる後輩。私の熱弁に飽きもせず聞くとは感心の極みである。名はなんと言ったか?
私は手元に目を落とし『早乙女隼人』と、入部届に書かれた名前を見た。うむ、良い名だ。
「なんだ? 言ってみろ」
「パンツが大分類なら、男子の穿いているトランクスとかも萌えの対象なんですか?」
「この、ドアホッ!」
私は一喝すると、容赦なく彼の言葉を切り捨てる。
罵倒された後輩は、顔を引きつらせながら「ですよね……」と、挙げた手を戻し頬を掻く素振りをした。
いったい、この男は私の力説の何を聞いていたんだ。トランクスなんてものは、ただの布でしかない。そんな布と、神々しいまでのパンティとの比較ができんとは……なんとも嘆かわしい。衣服の表面に浮き出たパンティラインの曲線・フォルムは芸術的神秘性があるのだ。
「キミは、ぷりん部への入部希望をしているようだな」
私の問いかけに、彼はビクッと背筋をこわばらせて、
「はいっ」と、急いで立ち上がった。
なるほど、第一印象は合格と言ったところか。
私は今一度、手元に視線を落とし、一年一組、早乙女隼人と丸字で書かれた入部届を見た。
女性らしい形成は書体に止まらず、彼の容姿にも現れている。低い身長、顔の輪郭は女性と見間違うほどの可愛らしさだ。きっと彼は性別を間違えて生まれてしまったのだろう。もし間違わなければ、全校男子生徒の注目の的になっていたと言っても過言ではない。
女子禁制である我がぷりん部に女子を入部させる事は出来ない。先輩としては嬉しいのだが、漢としては残念で仕方がない。
私はコホンと咳払いをしてから、軍人のように姿勢を正している後輩へ顔を向ける。
「キミが我がぷりん部に入部するに当たって、一つ確認を取らなければならない事がある」
「はあ」
「先ほどのマニフェストを聞いてもらえれば分かると思うが、我が部の方針は『合理的に間近で煩悩を満たす』を念頭に置いている。それを理解した上で入部の有無を聞きたい」
「と、いいますと?」
「我が部の名前である『ぷりん』を見て、プリン愛好家と勘違いしては困ると言うことだ。確かに、左手にプリンを持ち、右手にスプーンを握りしめ、プリン愛好家を模している。だが、それは変態的逸脱した部活動方針に女子生徒から疑念を抱かせない為の偽りの姿なのだ。したがって、プリン愛好家だと思って入部したのなら、私の持っている入部届を白紙に戻し、即刻退場を願いたい」
ここまで言うには理由がある。つい先日、真のプリン愛好家集団だと思って我が部を訪れた男子生徒がいたからだ。その男子生徒は、ぷりん部部長である私の話を、出かかった欠伸を噛み殺すこともなく無礼な態度で聞き続けた。仕舞いには、やれ「超濃厚なめらかプリンが食べたい」、やれ「プリン大福」が食べたいと履き違えた事を言い出してきた。腹に据えかねた私は、手近にあったプリンを容器ごと口に詰め込むと、慌てて逃げ出して行ったので許してやった。
だからこそ、同じ事があっては困るし、可愛らしい後輩の口にプリンをねじ込みたくないので念入りに説明してやったのだ。
しかし、可愛い後輩はニコリと笑い「大丈夫です」と返すと、私の予想を良い意味で裏切ってくれた。
「プリン愛好家と思って入部したわけではありません。先輩の人間性に惹かれました。成績や容姿にこだわらず、本能を重視する一途さに魅力を感じて入部しました」
ここは面接会場かと疑ってしまうくらい、完璧に志望動機を述べる後輩に私は感銘を受けてしまった。告白めいた内容だったが先輩への憧れの眼差しとして受け止めよう。
「わかった。そこまで言うのなら、お前をぷりん部部員第一号として認めよう」
私の言葉に後輩は「ありがとうございます」と、嬉しそうに一礼を返した。
「うむ、素晴らしい眼をしているな」
彼の一途な眼差しは煩悩の一欠片も混じっていない。まさに、混じりっけのない純粋な眼だ。幾ばくか、他の派閥と渡り合えるか心配だが、こいつなら、我がぷりん部の未来を任せられるかも知れない。
そうと決まれば、もう、彼を後輩と呼ぶことは出来ない。彼を同士として迎え入れるために『隼人』と呼ばなければ、私を慕ってくれている隼人に失礼だ。
師匠に教わった秘術を隼人に教え、ゆくゆくはぷりん部を背負って立つ強い漢に育て上げるのが私の使命。
「自己紹介が遅れたな。私はぷりん部兼ぷりん党部長、二年の佐木崖瞠だ。パンティやラインで分からないことがあったらいつでも聞いてくれ」
私は右手を差し出し、握手を促す。隼人は両手で私の手をギュッと握り、嬉しそうに「はいっ! よろしくお願いします」と頷く。
「これからぷりん部の活動を始める。着いてこい」
そう言って私は登校の際に買っておいたプリンを隼人に手渡し、足早に部室を飛び出した。
まずは何から教えよう。他の派閥を紹介しようか。いや、そんなものは後回しだ。ぷりん部としてのモチベーションを高めてもらおう。
後ろを振り向くと、私が渡したプリンを手にし、小走りで駆け寄ってくる隼人の姿があった。
さあ、レッスンの始まりだ。