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零シティ  作者: 観月
第一章 追憶の日々
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辺境の村の記憶 -3-

 東洋系の人間には小柄なものが多い。

 リョーマも小柄なためか往々にして実年齢よりかなり幼くみられる。ただ、小さいころから鋭くとがったまなざしをしていたから、その瞳で睨まれると、たいていの者は彼に声をかけたり、かかわろうとはまずしない。

 時として、そのまなざしゆえに彼にかかわってこようとする者もある。そういうものはたいてい、彼と同類か、群れをつくって彼のようなものを狩って歩こうというようなものたちだった。

 そんなゴロツキと渡り合うときにも、この幼く見える容貌は彼に味方をした。

 彼に手を出そうとするたいていの者は、『眼ばかりぎらぎらさせた食えない餓鬼』と、彼のことを馬鹿にしてかかるものが多い。幼く見える外見が相手に隙を与える。

 そういうものを前にした時、リョーマは自分の中で箍が外れる音を聴く。

 自分を自分の中に閉じ込めていた何かがカチリと外れる。

 そうするともう、理屈ではない。自分ですら止めることもできない。

 往々にして喧嘩というものは、このリミッターを外せたものの勝ちだと、リョーマは経験から知っていた。

 バカにして手を出そうとした者たちを半殺しの目に合わせる、いや、本当に殺してしまったものとて、一人や二人ではない。殺すときも、ちくりとも良心は痛まなかった。

 相手が泣こうがわめこうが、土下座をしようが、リョーマの心には何も響かなかった。

 ブチ負かし、転がる相手から、金目のものを巻き上げる。

 そうやってリョーマは町から町、村から村を移動していった。

 

 故郷を捨てて、もうずいぶん経った頃、思いもかけず、自分の故郷のことだと思われる噂を耳にした。

 その噂をするとき、人々は声を潜め、人に聞かれてはいけない話のようにこそこそと話す。

 『何でも、感染力の強い病らしいわよ』『いや、触れなければ大丈夫だときくぞ……』『村の人口の半分は死んだって言うじゃないの?』『近隣の村も零シティから退去命令が下ったとか』『零シティからは専門の医師団が派遣されたって話しよ?』『とにかく感染を広がらないようにって……』


 話をまとめると、何か感染力の高い、しかも致死の確率の非常に高い病気が自分の生まれ育った村に蔓延し、近隣の村は感染を恐れて退避、零シティからは拡大感染を防ぐための医師団が派遣されたということらしい。


 今となっては、どうしてそんな行動を起こしたのか自分自身でもわからない。リョーマはだいたい考えるということをあまりしないたちだ。たいていの場合、思い立ったら考えずに行動してしまっている。

 その時もそうだった。

 この目で真相を確かめる。

 それ以上の感情は無かった。

 それについての恐怖も感じなかった。


 懐かしい景色にふる里が近いと知った。

 うわさを聞きつけてからここへたどり着くまでに多少の時間がかかってしまっていた。噂の病はどうなったのか。最近は噂もささやかれることが無くなったような気がする。

 そんな中、自分の故郷の村から一番近い村にさしかかった。

 その村には、ただの一人も人間がいなかった。ただ、少し前までは誰かが生活していたような気配はある。子ども部屋には転がったおもちゃ。キッチンにはつるされた玉ねぎやニンニク。濃厚に残る人の気配。なのに、耳の痛くなるような静寂がその村全体を包んでいた。

 リョーマはその瞳であたりを見回しながら、村内を一回りすると、その村を後にした。 


 彼が自分の生まれ故郷へたどり着いたのは日が陰り始めたころだった。

 そこへ近づくにつれ異臭に顔をしかめる。ものが焦げた臭い、その中に混じる饐えたようなにおい、そしてうっすらと薬品のようなにおいが混じる。

 リョーマはそこに広がる情景をみても、すぐには心が動かなかった。


 木も、草も、家も、店も、人々も、何もかも。焼け焦げ炭となってそこここに転がっていた。

 その中を歩いていくうちに、徐々に染み込むようにこの状況を頭が理解し始める。

      く、ふふふっ、ははは、あ、ははははは!

 狂ったような笑いが口を突いて出た。

「なるほどな、わかったぜ。大した医師団だ!」

 涙が頬を伝ったが、その涙の意味が分からない。

 悲しみなどはない。ただ胸の内に怒りと、ぎゅうと心臓を締め付けられるような重さを感じる。それを断ち切りたくて、さらに怒りがわく。まだ答えの出なかった課題を隣からかっさらわれた。

 いつか、この落とし前はつけてやる。

 リョーマは腰に下げたナイフを手に取ると、自分の髪を一房そいだ。

 頭上にそれを握りしめて掲げると風の中に放った。

 不意に吹き付けた風が、その黒髪を天へと攫って行った。

 



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