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零シティ  作者: 観月
第一章 追憶の日々
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ガーディアン -2-

 王のガーディアン。

 常に鎧に身を固め、顔には鳥にも似た模様の美しい覆面をかぶり素顔をさらさぬもの。王と王族のための鉄壁の守護と言われる。選ばれたものは栄誉と富を与えられるが、過去と切り離されたった一人で生きて行かなくてはならない。

 今より八年前。

 まだ八歳であったドゥシアス三世の末の王子ヴェルヌ・テルースは、自分に与えられたガーディアン=シルヴァを伴ってアウトサイドでの物流の要とも言われているブラッドベリ商会のキャラバンの視察へと、訪れていた。

 王族自体、零シティの外へ出ることは珍しかったし、ヴェルヌにとっては零シティを出て、アウトサイドへ訪れたのは初めてのことだった。

「ヴェルヌ殿下のご一行は今宵一晩キャラバンと共に過ごしてから零シティへお帰りになるとのことだぜ!」

 ブラッドベリ商会の養子であるアルフレッドは背中をバン! とたたかれてむせながら振り返った。

 キャラバンはつい先ほど今晩の野営地へと到着したところだ。

「そんで? お前もそれが終わったらファーストシティへ帰るの? セド」

 何しろ、この星の王子、ヴェルヌが一日キャラバンと行動を共にするというので、ブラッドベリ商会の一粒種、跡取り息子のセドリックも今回の旅には同行していた。アルフレッドは小さいころこそ、従兄弟であるセドリックの影武者として、ファーストシティで、共に暮らしていたが、このところはキャラバンと共にあちらこちら旅をして歩いている。

 キャラバンと言うのは、道中略奪などから己と荷を守るために、いくつかの商人たちが護衛を引き連れ隊をなして旅をする隊商のことだ。宇宙にまで手を伸ばした我々人類ではあったが、科学の発展から見放されたテラ、その中でも零シティを除くアウトサイドは、車ですら高級品であった。どんなに大きな商人でも、何台ものトラックを持ってはいない。大昔のように、ラクダやラバを使っての道行きだ。ブラッドベリ商会のような大きなところでは、己の商社のみで隊を作ることもできるが、弱小の商人もその中には混ざっているのが通例だ。

 テラは砂漠化が進み、その砂漠を渡る商人たちは、ずるりと長いシャツに砂除けのために顔面をすっぽりと覆うフードをかぶり、まさに大昔の絵の中のキャラバンのようなのだ。

「うん、ヴェルヌ王子を送りながら帰るよ。何せ明日は、ヴェルヌ王子のために最先端の車がお出迎えらしいぞ。一日かけてきた道をあっという間に日帰りだと。……お前は今回もずっと旅を続けるのかい? アル」

「もちろん。おれ、今回副隊長だし」

「ほんっと、アルは外飛び回るのが好きだよなー」

「お前はインドア派ね。見てくれも最近はだいぶ変わってきちまったから、もうお前の影武者は出来ないな」

 同じ金の柔らかな髪と優しげなサファイアの瞳は持っているが、上背もありがっちりと広い肩幅のアルフレッドに比べ、すべてがほんわりと、まろやかな印象のセドリック。

「ねえ、アル。今夜の晩餐、君は本当に一警備兵として同席するんでいいの?」

 セドリックが訊ねる。

「だから、お前の影武者は出来ないって」

「いや、アルフレッド・テルースとして弟のヴェルヌ王子に会うつもりはないの?」

 アルフレッドは驚いてセドリックを振り向いた。

「お前ばかか? アルフレッド・テルースは死んだ。のこのこ顔だせるわけないだろう」

「だよねー」

 セドリックはそう言いながらにこにこと笑っている。

「でもさ、ここのところいろいろ物騒じゃないか。七枢機卿たちが兄王子のジュール派と弟王子のヴェルヌ派に分かれて争ってるとか。あの兄にはいろいろきな臭いうわさも多いからさ。……お前を消そうとしたのも兄のジュールだろ? その後、自分の母親も殺したって噂だぜ? もしかすると、弟の方と手を組めたりするのかなあ? なんてさ」

 ぎくりとしてアルフレッドはあたりを見回す。

「やだなあ。僕だって周りに人がいないことくらい確かめてるよ。室内じゃないからこっそり聞き耳を立てることもできないよ」

 そう言いつつもセドリックは声をさらに潜めてアルフレッドの耳に口を寄せる。

「このアウトサイドじゃ手に入らないような武器も出回ってきている。一般市民にも、兄王子派と弟王子派がいて、どこのだれが焚き付けているのか、あちこちで小競り合いが起きているんだ」

 兄のジュールは今までの路線を堅持し、宇宙連邦との交易は排除、一部のテラ教の信者のみ受け入れを続ける。そう、この星の外とのつながりはテラ教だ。一度はこのテラに自らの足で立ちたいという信者が月に一度行き来のある宇宙船に乗って大枚をはたいてこの地へやってくる。だが、弟のヴェルヌを擁立しようとする勢力はこのままテラにひきこもるのではなく、段階的に宇宙連合との門戸を開いて行こうとする勢力だ。

 ここに至って、このような動きが出てきたのには、訳がある。今までテラのことなど眼中にないようにふるまってきた宇宙連合のテラへの干渉が大きくなってきていることだ。外へ外へと手を伸ばしていた人類が、その勢いに一応の落ち着きを見せ、自分たちの故郷に目を転じたというところだろうか。

「ヴェルヌ殿下はまだ八歳だぞ。どう考えても後ろ盾になってる枢機卿の操り人形だろう。そいつと会ってなんになる? それに、俺を殺したのがジュールだというのは、あくまで噂だ」

 ははは。と、セドリックは笑った。

「確かに。では、ぼくは行くよ。今夜は警護をよろしくね」

 セドリックはすでにアルフレッドに背中を向ける。真意のつかめないセドリックにアルフレッドはふん、と鼻を鳴らして答えた。

 

 野営地での晩餐。

 ヴェルヌ王子のために用意されたひときわ大きな天幕の中には出来るだけの食事が用意されていた。それでも、零シティの中の食事とは比べ物にならないだろう。特に新鮮な野菜は貴重なものだった。それでもなんとか、今晩の夕食の席には赤いトマトのサラダが添えられている。

 ヴェルヌ王子とセドリック・ブラッドベリが向い合せに座る。

「こんなところでは大したおもてなしもできませんが……」

 セドリックが笑顔を向ける。

「いいえ、今回は私のわがままでここまでご同行させていただいてとても楽しかった」

 まだ、若干八歳のヴェルヌ王子は初めての外の世界に興奮しているようだった。

 アウトサイドのことをセドリックにいろいろと質問をし、零シティとのあまりの生活環境の差にその眉目を曇らせる。ヴェルヌ王子はアッシュグレイの髪を緩くサイドに長していた。兄であるはずのアルフレッドとはあまり似てはおらず、ただそのサファイアの瞳だけは同じ光を宿しているようだった。

 王子の後ろには彼のガーディアンが微動だにせずに立っている。

 ガーディアンのしるしの白金の美しい鎧に身を固め、その頭部も鳥を思わせるような繊細な細工が施された覆面をすっぽりとかぶり、中の人物はうかがい知ることはできない。ガーディアンとなれば己の主以外にはその素顔はさらさないらしい。

 相対するセドリックの後ろにはアルフレッドが控えていた。頭をすっぽりとかぶる頭巾は外している。ガーディアンは腰に剣を、アルフレッドは肩にマシンガンを身に着けていた。

 「無粋なものを持った者が近くにいることをお許しいただきたい。最近、小競り合いなどのいざこざがアウトサイドでは頻発しているのです」

 王子はセドリックの後ろに控えたアルフレッドに目を向ける。そしてわずかに息をのんだ。

「あ、失礼しました。あの、彼がセドリックとあまりに似ていたので」

「ええ、そうでしょう? 彼はもともと私の影武者だった者ですよ。銃の腕もありますので、護衛としても信頼できます。似ているとは言っても、体型がずいぶん変わってきてしまったので、もう彼に影武者を頼むことはできないんです」

 セドリックも、後ろへ目を向け、そののち、自分の少しばかりぽっちゃりとした体形に目を向け、最後ににっこりと王子に向き直って言った。

 会食は和やかに進んだ。

 王子は何もかもが珍しく、彼自身が未知なるものを吸収することに貪欲だった。そして、人を疑うということをあまりしないたちのようだった。素直に喜び、素直に感嘆する。

「私はずっと城にこもってばかりで、兄の後ろにいるばかりですから」

 兄に対する、思いもまた、屈託はないように感じられる。

 兄が、兄は……と、兄に対する尊敬の念を語られるたびに、兄弟が対立しているという噂は嘘ではないのか? といぶかしくなるほどだった。


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