星を行く -3-
アルフレッドが合流したことを伝えるためにリョーマはレッドスコーピオンの乗艦である、フォルトゥナに帰還すると、一足先に仲間の待つ艦橋へと去っていった。ダンダは、小型機の格納と後処理を買って出た。
エヴァンジェリンは、アルフレッドと二人で艦橋へ向かう通路を歩いている。
会いたいと、待ちわびた男が自分の後ろにいるというのが、信じられなかった。
何か言いたいと思っても、頭の中を微弱な電気が走ったような感覚が支配して、言葉にならない。
「遅い」
何とか絞り出した言葉がそれであった。
言葉を発してしまうと、鼻の奥がツンとして、その感覚に驚きを覚える。
「二年も待った」
「いや、まだ二年にはならないだろう」
アルフレッドに言葉をはさまれて、カチンとくる。勢いよく振り返ったエヴァンジェリンの瞳は物騒な光を宿している。
「必ず来ると言ったから、待った! あちらこちらにレッドスコーピオンのうわさをばらまいて、お前が見つけやすいように……!」
押さえていた心のうねりが言葉となって飛び出すのを、おさえられない。
その時、手を伸ばしたアルフレッドがエヴァンジェリンを捉えて、引き寄せた。
「会いたかった」
と、耳元で告げられた一言で、言葉は喉奥で消えていく。その代わりに鼻の奥に生じた痛みにも似た感覚が増して、頬があたたかく濡れていく。
くっ……!
嗚咽をこらえるように喉を鳴らす。目の前のアルフレッドの肩に涙ををこすりつけた。
「遅くなって、すまなかった」
アルフレッドの声が、耳元で聞こえ、アルフレッドの手が肩を軽くたたく。
エヴァンジェリンはこらえきれず、アルフレッドの背に手を回した。
「皆、待ってる」
甘い気分に落ちそうになる自分をなんとか引き戻しそう告げると、アルフレッドから離れて歩き出した。
先に艦橋に入っていたリョーマによって状況の説明がなされていたために、比較的落ち着いてアルフレッドはメンバーに迎えられた。それに、レッドスコーピオンのメンバーは皆、この日を想定して動いていた。
古くからの友人でもあるレベッカとレッドはその喜びを隠しきれないようではあった。
艦橋に現れた、アルフレッドにレベッカはジャンプしながらとびついた上に、その頬にキスの雨を降らせた。苦笑しながらアルフレッドもそれに答えた。
「お待ちしていました」
と、述べたレッドの目じりに、光るものがある。
エヴァンジェリンは、艦橋の入り口付近の壁にもたれながら、その様子を見ていた。目じりの赤みを隠すことはできなかったが。
「エンリケ・ボルタスとリリア・サンについてだが……」
ひとしきりの喜びの後に、アルフレッドが言った。
その声に答えて、エヴァンジェリンが、一歩進み出た。
「今回のレッドスコーピオンの作戦はリリア・サンの父親からの依頼による。エンリケ・ボルタスにさらわれた娘の救出。前金はもらっている。アルフレッドは? 何故エンリケにかかわっていた」
どう見ても、アルフレッドはエンリケと組んで行動していたようだった。
「あのおやじが言ったわけだ。リリア・サンはエンリケに攫われたとな……」
小さな笑いと共にアルフレッドが言う。
「俺とエンリケは、俺がテラを出てから知り合った。今では友人と言っていい。いろいろと世話になった。エンリケ・ボルタスが代表を務める、恒星ウルの第四惑星カル・ウルは価値のある鉱石が豊富に眠る星だ。もともと一攫千金を狙うやつらが集まった、治安の悪い星だから、今現在代表に収まったエンリケも、黒いうわさは絶えない。ならず者を抑えるにはそれなりの力も必要だ。宇宙連合の中でも実力はあるものの、ならず者の親玉という印象が強いから、なかなか周りに認められないな。
リリア・サンの父親が統括本部長を務めるスリースターコーポレーションは鉱石を巡って、カル・ウルとは深いかかわりがある。まあ、そう言う中で出会ったリリア・サンが、エンリケ・ボルタスに惚れた。で、リリアは思い切りよく家出して、奴の懐に飛び込んだというわけだが……」
ひゅー、と、リョーマが口笛を吹いた。
「スリースターとしてはならず者の親玉に娘はやれんというわけだな?」
「あたり」
アルフレッドはリョーマを指さしながら答えた。
「なるほど?」
エヴァンジェリンが低くいった。
「その了見はわかる。だが、我々にそれを知らせず、嘘の情報で依頼をかけたってわけだ」
エヴァンジェリンは爪が食い込むほど拳を握った。
「あんのやろう」
低かった声がさらに低くなり地を這うように漏れた。
「アルフレッド」
二人の視線が重なる。
「わたしは、もともとあんたが戻るまでの仮のリーダーだ。今日よりお前の下につく。指示をだせ」
「どうする? どうする? だまされた報復とかしちゃう~?」
レベッカがウキウキとしだした。
「そうしたいのはやまやまだけどな」
アルフレッドが言い、リョーマも相槌を打つ。
「いくらなんでも、天下のスリースターを全面的に敵に回すのは得策じゃあないな」
中国系のジンも頬杖をついて様子を見守ってきたがここで、口をはさむ。
「まあ、前金はもらったんだしいいんじゃあない? このままトンズラしちゃえば? ぐちぐち言って来たら、提示された条件が違ったんだけど?……ってことで」
「なんだよ、そんなんで収まるかよ」
「いや、恩を売るぐらいしといたほうが……」
ダンダ、オンジ、そしてカイも加わり賑やかさを増した会話の輪からアルフレッドがそっと抜け、エヴァンジェリンの隣に立った。
瞬きをして、横目でアルフレッドを見る。
「……おかえり」
アルフレッドにだけ届くような声だった。
アルフレッドは少しだけ目を大きくすると、横目でエヴァンジェリンを見る。
「ただいま」
返した声が暖かだった。
エヴァンジェリンへ顔を寄せ、笑んで見せると、「行こうか!」と、正面のスクリーンに写る星のきらめきを散らした暗闇に視線を向ける。
エヴァンジェリンも、仲間へと一歩踏み出す。
「行こう。行先も、時間も、いくらでもあるし」
そう言うと、アルフレッドに視線を向ける。
「今度は責任を持って、連れて行って欲しいんだけどね」
その言葉に肩をすくめて見せると
「極力努力はするけど……」
アルフレッドは、くしゃりと笑って見せた。
「で? アルフレッドさま、目的地は?」
レッドが自分の持ち場へ足を向けながら訪ねる。
「そうだなあ。スリースターとはいえ、だまされたとあってはちょっと癪だしな。リリアの親父にちょっとばかり揺さぶりをかけておくかなぁ?」
他のメンバーもそれを合図にそれぞれの持ち場へと散っていく。
「反転します。いったん席についてください」
レッドスコーピオン。
この数年のちには、総勢五十名弱の大所帯となり乗艦フォルトゥナⅡを駆り、宇宙を駆け巡る稀代の宇宙海賊と言われるようになる。
その髪色から金のサソリと言われた初代リーダーと、彼と共にあった、銀の髪のレディ・スコーピオンが宇宙を駆け巡り、いくつもの冒険の物語を残して行くのだが、……それはまた別の話である。
暗い宇宙の底で、女神フォルトゥナが、惑星ウルに向けていたその顔を、逸らしてゆく。
振り返ったその先には漆黒の、果てない暗闇。
だが、その闇の中には、星々が散り、小さな惑星や人口ステーション。その上にはさらに小さな、芥子粒ほどにもならない命が、それでも無数に、熱く息づいている。
運命の女神は、暗闇を切り裂きながらその先へと舵を切った。