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零シティ  作者: 観月
第二章 運命の扉
31/39

アダマス -2-

 一方、テラ解放軍は混乱に陥っていた。

 ジュールを確保できないまま、アダマスが前線へ到着してしまったのだ。

「ガーディアンの実力がこれほどとはな」

 ムハンマドが、歯噛みをしながら呻いた。

「ま、それだけでもないさ。とにかく全員退いたか? ここまで来たら、作戦決行は無理だ。全軍退くしかあるまい」

 グェンはなるべく平静を装って声を発した。今現在、アダマスに乗っているロッシとの連絡が全く取れていない。彼が、ひそかにテラ解放軍側につくという確約があったからこその計画だ。

 その時通信士が声を上げた。

「将軍! アダマスより通信が入っております。アダマス指令官ヴェルヌが、将軍との通信を求めております!」

 幾人もの息をのむ音が重なる。

「ヴェルヌがアダマスに入ったのか! 指令官?」

 ムハンマドのつぶやきが皆の心を代表していた。

「つなげてくれ」

 グェンが言う。

「は」

 回線がつながる。画像もオンにされているらしく、スクリーンにアダマス司令室の様子が映り、中央に大きく、まだ若い男の顔があった。

「かわりました、ヴェルヌ王子? わたしがテラ解放軍将軍ウ・グェンと申します」

「はじめまして、グェン将軍。ヴェルヌです。今現在、兄が行方知れず、ロッシ枢機卿は兄を追ってアダマスを降りました。私がロッシ枢機卿よりアダマスの指揮を任されました。まずはあなたと、停戦をしたい。細かい交渉は後日と言うことで受けてはいただけませんか?」

「その交渉に乗りたいのは山々なんだがね、ヴェルヌ殿」

 グェンは頭を盛大にゴリゴリと掻いた。

「単刀直入に言う。そっちは混乱している。あんたがこれ以降も指揮権を取り続けられるのか? 約束が反故になりはしないか? 君が零シティを掌握できるのか、また、その意思があるのか?」

 ここで、回りくどく腹の探り合いをしても得策ではないと判断したグェンは言いにくいことをはっきりと聞いた。ヴェルヌは真摯な顔でその問いに頷いて見せる。

「グェン将軍。あなたが信ずるに足る人物だと信じて申し上げます。私も、ここまで来たら気持ちを決めました。次期教皇になってみせましょう。ロッシ枢機卿、そしてこの間にも、オリバン、ヌハル、リンバルド枢機卿らが私の支持を表明してくれました。今は、兄はまだ教皇の座にはついていない」

 しばしの沈黙が降りる。

 スクリーンの中の青年は青い顔をしながらも、視線をそらさずグェンを見た。

「わかりました、もちろん、私もそのつもりです。ただ一つ、ロッシ枢機卿の思惑が今一つつかめないのですが……」

 その間にも、グェンの後ろでは、あわただしくヴェルヌの言の裏を取る作業が始まる。

 テラ解放軍は、リンバルド枢機卿とは長年にわたり、裏で通じている。そこからの情報と照らし合わせていく。

 だが、おかしなことになかなかリンバルドとの連絡が取れない。通信が繋がらないのだ。

 イライラとした雰囲気があたりに広がる。

 画面上のヴェルヌの様子もおかしい。時折瞳が揺れる。

「ヴェルヌ殿。どうかいたしましたか?」

 グェンは、自分の動揺を押し隠しつつそう水を向ける。

 そう言いながらも、通信士たちの動きを眼で追う。

 通信使たちの間にも、あわてたような動きが混じる。「ばかな?」「うそだろう?」と言うような、つぶやきが聞こえだす。

 何が起きている?

 そうグェンが思った時だった。

「グェン将軍! あ、いえ……零シティの……リンバルド枢機卿からの連絡が今入ったのですが……零シティで何か起きているようなのです」

「……なにか?」

 グェンはおうむ返しに聞いた。

「申し訳ない。わたしにもわからない。でも、リンバルド枢機卿は零シティには戻るなと。あちらも何やら混乱しているようです」

 ヴェルヌは少しの間逡巡した。だが、すぐに目線を合わせる。

「零シティの様子がわかるまで、お時間をいただけませんか? もちろん、貴方との話し合いが終わるまで、こちらから攻撃を仕掛けるようなことはありません。わたしの名にかけて。破るものがあれば、味方であってもアダマスでたたきます」

 きっぱりと言った。それは、今までテラでのしがらみを経験しなかったものの強さだ。その様子にグェンは初めて笑顔を見せた。

「わかりました。こちらも、ベースから動く気は今のところありませんから……」

 いったん通信を切って、しばらくしたころだったろうか。

零シティの様子を見ていた隊員から「ああ!」と、野太い悲鳴が上がった。

「どうした?」

 すぐにメインモニターに映像が映される。

「大聖堂です」

 全員の目が一点に注がれる。

 広がる零シティの景観の中、その中心部から黒煙と共にオレンジ色の炎が上がっている。

「火災?」

「いえ、爆発です。大聖堂は零シティの心臓です。あの地下には零シティの機能の中心が集まっています。どこまで被害があったのかはわかりませんが!」

 テラ解放軍としては、この事態を喜んでいいものか、グェンにも、その判断はつきかねるのだった。



 同じころ、ヴェルヌも同じ画面を見て目を瞠る。

「兄上?」

 開いたままの唇から、つぶやきが漏れる。

 アダマスに乗り込んでいたガーディアンに目を向ける。

「ガーディアン ブラン? 兄は……兄上は、大聖堂に向かったと?」

 ロッシも言わなかったか?

 ジュールを追って、大聖堂に向かうと。手遅れにならねばいいと?

 何の手遅れなのだ。これは、兄が画策したことなのか?

「ジュール様はそのようにおっしゃいました。ガーディアンフェネックに大聖堂までの護衛の命を下されましたから」

 そう答えるガーディアンブランの目もスクリーンにくぎ付けとなっていた。

「兄は、兄は今どこに!? 探せ。兄を探すんだ。アダマスを零シティへ向けて発進させろ」

 現実味のない映像の意味が頭の中で形をとり、ヴェルヌは取り乱す。

「ヴェルヌ様……それは」

 ガーディアンブランが、眉をひそめる。

「兄さん!」

 だが、ヴェルヌにはブランの声すら届いてい無いようだった。

「ヴェルヌ様!」

 通信士の叫びがヴェルヌの耳を打った。

 メイン画面が切り替わり、大きな画面にはリンバルド枢機卿が映し出される。その表情はいつもと変わらず、しわの刻まれた顔の中で光る瞳は温かみを持っている。

「リンバルド枢機卿……」

 大聖堂炎上の知らせを受けてから、乱れていたヴェルヌが正気を取り戻した。

「ヴェルヌ様。大聖堂については私の手の者が調べております。大聖堂自体が混乱に陥っており、なかなか事の真相がつかめません。大聖堂は、爆破されたようです。昨日今日の準備であれだけのことは出来ません。しかも、場所は零シティの心臓、大聖堂です。地下もやられています。零シティは現在、ほとんどの機能がストップしています。」

「準備すると言っても、大聖堂に堂々と出入りできるものなど……」

「そうです。しかも、脱出したものによりますと、爆破二十分前に退避命令のアナウンスが出されたようです」

「退避命令?」

「はい、自爆装置が作動したから、大聖堂から退避せよという内容だったようです。よって、人的被害はほぼ皆無です。広大な建物ですが、二十分あれば退避が可能でしょう。」

「自爆装置。そんなものがあそこにあったという事ですか?」

「どうでしょう。枢機卿である私もそのような話は聞いたことがありませんが。王と教皇だけが知る真実と言うものもあるかも知れません。零シティは、こちらに残ったわれわれに任せて頂けませんか?」

「……わかった。わたしはこちらでアダマスに待機していよう。出来ることは?」

「即席で構いません。着座式を執り行ってください。そちらには、ガーディアンがいる。彼らなら、それを遂行することが出来るでしょう。あと、テラ解放軍のグェンにも立ち会ってもらってください。一気にカタをつけましょう。でなければ、連合が出てくる危険が増します、ヴェルヌ様」

 リンバルド枢機卿の落ち着いた様子に、ヴェルヌも次第に頭の中がクリアになっていった。ただ、一度だけ重いため息をもらす。

「わかりました。やります」

 兄と争いたくなくて、逃げていたのに、望んでなどいない教皇と言う肩書を……、背負う覚悟を……ヴェルヌはその時初めて持ったのだった。



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