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零シティ  作者: 観月
第一章 追憶の日々
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レッドスコーピオン -2-

 零シティから一番近くにあり、アウトサイドの中では一番大きいシティ。ファーストシティ。

 そのファーストシティの賑やかな繁華街からは少し離れた場所。全てが灰色に染まったような、うら寂しいその場所は夜になると、物騒ですらある。────そこに、小さなバー「バレット」はあった。

 薄く紫の空。日が沈みもうすぐ夜がやってくる。バーにはまだ少し早い時間であったが一人の客が滑り込んだ。

「いらっしゃいませ!」

 ふわふわの金髪をポニーテールにして、タンクトップにホットパンツの女が愛想の良い声を上げた。が、入ってきた人物を確認すると、声がワントーン低くなった。くりくりとした目元に口元左からチラリと見える八重歯。赤く塗れ、ふっくらとした唇。

「なんだぁ、ベータか。アルファなら地下でお待ちかねよ」

 ベータはといえば、ベージュの長そでくるぶしまでの丈の長いシャツを着て、砂漠を渡る商人たちが被るような目だけを出すやはりベージュの被り物をすっぽりとかぶっている。シャツの膝上から下に向けスリットが入り、そこから編上げのサンダルをはいた素足が時折除く。このあたりの商人が良くする軽装だ。

 ベータはアルファとラムダ以外の誰にも顔をさらしたことはなかったし、声を発したこともなかった。

 だが、このバーの店番をしている女(コードネームεイプシロン)は、一度としてベータを見間違ったことはない。

 

 テラでは零シティ以外の地はアウトサイドと呼ばれる。

 アウトサイドにはいくつかの都市シティがあり、最も大きなものが零シティから一番近いここ、ファーストシティになる。零シティは完全に管理された最先端のシティであり、その居住区の中に住める人間も選ばれた特権階級の者のみであった。アウトサイドに住む者が自由に入ることはかなわぬ地であり、およそ文明と言うものからは切り離されてしまったようなアウトサイドからは、想像できない光景がそこにはあるのだそうだ。

 このファーストシティのはずれにあるうらびれたバーの地下に、非合法活動請負業『レッドスコーピオン』の本部はある。非合法活動などと看板は掲げていても、内容は殺人請負組織と言っても過言ではない。やってくる依頼の大半は邪魔なものを消してほしいという内容だ。

 組織内では皆本名は伏せ、コードネームで呼び合っていた。コードネームにはギリシャ語のアルファベットを用いていており、εイプシロンはその中でも最も古参の構成員だ。

 ベータはイプシロンに目だけで応えると、staff only と書かれた扉の中へと消えて行く。扉を入った空間にはこのうらぶれた店には似つかわしくない近代的なコンピューター制御された銀の扉がある。扉の右には小さなタッチパネル。ベータはそこを一度軽くタップすると自分の右手にはめていたフィンガーレスタイプのレザーグローブをはぎ取って蠍の模様が刻印された手の甲を画面に押し当てる。

 ピ、と軽い電子音が鳴り、銀色の扉が静かに開く。ベータはレザーグローブを元に戻すと、その中へと入っていった。


「やあ、ベータ! 久しぶり」

 ひとりの男が、入ってきたベータに声をかけた。ふわふわとした金髪と下がった目じりが甘い印象の男。コードネーム、アルファ。レッドスコーピオンの中でも古参のメンバーであり、リーダー格の男だ。

 ベータが入った広い会議室のようなその部屋は机といすが並べられている。正面にはスクリーンもあり、その手前に置かれた椅子に腰かけてアルファはベータに手を振った。

「先週胸糞悪い依頼を一緒にこなしたばかりだ」

 つん、ベータが答える。

「ベータ……」

 ふいに背後から、落ち着いた低い声が聞こえた。ベータがはっとして振り返る。そして、形相を崩した。

「λ(ラムダ)!! 久しぶりじゃないか! あんた……元気だったのか?」

 ベータの後ろには、年の割にはがっしりと姿勢の良い男が立っていた。オールバックの髪は真っ白だった。

「ええ、最近では年のせいで、依頼を引き受けることも少なくなっていましたので、あなたと顔を合わせることもあまりありませんでしたね? でもこの通り、元気ですよ。あなたもお元気そうで」

「ああ、元気だ。あなたに会えてうれしいよ」

 ベータはもう三十近い年ではあったが、時と相手によってはとても素直な物言いをする。目の前の老紳士はベータが屈託なく素直になれる数少ない相手だ。

 とある組織を逃れ、すでに意識を失い死を待つばかりだった自分を通りがかったアルファとラムダが助けてくれた。意識を取り戻した時には二人が自分の傍らにいた。行き倒れていたはずだったが、清潔なベッドに横になていた。そして、ベータは戦闘の腕を見込まれて『レッドスコーピオン』の一員となった。そう、だからラムダとアルファにだけは顔も晒し、声を発する。この二人に合わなければ、失っていた命だ。

「よし、ベータ、これから三人で仕事だ」

 アルファは、にこやかに言った。

「え!?」

 席を立ちあがったアルファにベータは驚いて声を上げる。

「ちょっと待って、わたし仕事の説明を一つも受けてないが……?」

 あわてるベータを見つめながら、アルファとラムダは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。今回の依頼主は私です。わたしとアルファは店の前に車を回してきますので、あなたはそこの服に着替えて来てくれませんか?」

 ラムダににこやかな笑顔で行った。ベータはこの笑顔に弱い。頷くよりほかはなかった。

 そこの服、と示された先に一つ、箱がる。おそらくこの中に着替えが入っているのだろう。

「OK」

 ベータの返事を聞くと、アルファとラムダは連れ立って部屋を出て行った。

 


 ベータが着替えを終えて店の中へと戻る。

 ホットパンツの金髪店員、イプシロンがベータの姿を見て口笛を一つ吹いた。

「おにあいよ!」

 店内に姿を現したベータは、いつもの顔を覆い隠す布を纏ってはいなかったし、男装でもない。

 ベータは少しでも身を隠そうとするかのように肩をすぼめて見せた。

襟ぐりが大きく開いた、シンプルなブラックのワンピース。上半身は体にぴったりとしているが腰から下はたっぷりとした布地がふわりと広がっていた。伸縮のある素材らしく、被ってスポンと着てしまえる。ドレスなど着なれていないベータへの配慮であったのかもしれない。

「いいじゃない? 役得よ? ラムダのご指名だわ。おそらくアルファの趣味も入ってるわよ。ねえ、今度私と組んで仕事しない? この際女だってカミングアウトしたら?」

 そう声をかける店員イプシロンにベータは目を細めた。

「ε(イプシロン)、お前、すんなりと受け入れているが、私のことは女だとお見通しだったわけ?」

 イプシロンはにやりと笑った。かわいらしかった顔が、大人の女の顔になる。

「もちろんよ。私を誰だと思ってるの? アルファとラムダとともに立ち上げからレッドスコーピオンにかかわってるのよ。やっと声を聞かせてくれたわね? あんたが女だってことも、口がきけるってことも知ってたわ」

 ベータの片方の眉が上がる。「その顔!」と言いながら、イプシロンは声を立てて笑った。

「ほんと、仕事の件考えといて? もちろん仕事抜きでのお付き合いも歓迎するわ」

「……。悪いが、無理」

 ベータは憮然として答える。

「あら、やっぱり? 残念。ふふふ」

 イプシロンは目じりにたまった涙を拭きながら答えた。。


「こら、なにやってるんだ」

 アルファが店内に入ってきた。

 ベータはアルファに促されるまま、店の前に止められた車の中へと乗り込む。カウンターの中からはイプシロンがひらひらと手を振っていた。ベータをエスコートしたアルファも、車の後ろを回り、反対側の席へと滑り込む。

 運転はラムダがするらしい。

「運転についてはラムダにかなうものはいないからね」

 ベータの隣に納まったアルファがニコリとほほ笑むと言った。


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