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零シティ  作者: 観月
第一章 追憶の日々
22/39

Ready -3-

四日前


 テラ、零シティの北のはずれにある飛空艇用のステーションに、その日、テラに帰還を果たしたヴェルヌが降り立った。

 ヴェルヌは父であるドゥシアス三世と病室にて謁見を果たしたが、父王は、わずかに目を開いて息子の顔を見つめると、言葉を交わすこともなくそのまま昏睡状態へと陥った。


「兄に会いたいのです、宇宙連合議長からの親書も預かっているのです。兄に直接会うことはできないのですか!?」

 父王との謁見からのち、ヴェルヌは監禁状態にあったと言っていい。

「ジュール殿下は、忙しくていらっしゃいます。ヴェルヌ様にはゆっくりして頂くようにと、私が申し付かっております。何かありましたら私へお申し付けください。とにかく今は、陛下の様子が目を離せない状態なのです」

 そう言ったのは、枢機卿の一人ヌハル枢機卿だった。

 王宮内の豪奢な客間へ通されたヴェルヌではあったが、彼の部屋の周りには幾人もの見張りがついていた。それらはみなヌハルの手のものである。ヌハルはジュール派の枢機卿のうちの一人で、宇宙からやってくるテラ教徒の窓口の仕事もしていた。そのために現在では彼は多大な権力を持っていた。宇宙連合に門戸を開くことは、彼の権利を縮小させることにつながる。ヌハルは連合との交易をかたくなに反対する勢力の中心人物である。

「せめてこの親書だけでも、兄に直接渡すことは……」

「では、それは私がお預かりいたしましょう。ジュール殿下は父君の容態が安定するまでは、とてもお忙しく、あなた様にお会いする時間を取ることもできないのですよ。……どうかお聞き分け下さい」

 ヌハルはわりに小柄で、だが、がっしりとした男だった。四角い顔に鷲鼻、落ちくぼんだ鋭い眼を持っている。

「必ず、兄に届けて頂けますね?」

 ヌハルは頷きながら笑って見せた。その鋭い眼光は揺るがないままではあったが。

 ヴェルヌは去っていくヌハルを見送りながら、不安だけが胸のうちで膨らんでいくのを感じていた。ここでは自分がまるきり無力で、何一つすることができないのだと、絶望的な気持ちが彼を支配していった。



3日前


「ヴェルヌ王子が王宮に入った」

 エヴァンジェリンにアルフレットが告げた。

 アルフレッドを見つめるエヴァンジェリンの瞳がわずかに揺れる。

「ドゥシアス三世との謁見後、王宮の一室に監禁状態になっている」

「監禁……」

「自由に出歩くことも、外部と連絡することもできない状態だ」

 アルフレッドはリンバルド枢機卿の屋敷に用意された自室にエヴァンジェリンを呼び出していた。小さな応接セットに向かい合って座っている。

「そこにいる間は身の危険はないと思う。でも、俺たちとしてはそこにじっとしていられても困るんだ」

 うつむきかかった視線をエヴァンジェリンはハッとあげた。

「助け出すのか?」

「そうだ」

 驚いたように目を見張っているエヴァンジェリンの目をアルフレッドは覗き込んだ。

「無……」

「無理とか言うなよ」

 そう言われてエヴァンジェリンはむぐ、と、言葉を飲み込んだ。

「ドゥシアス三世はまだ生きてはいるが、意識はない。医師も、今日明日亡くなってもおかしい状態ではないと言っているらしいな。この辺はリンバルドからの情報だ……」

「うん」

「まだ内密な話なんだが」

 アルフレッドはそう前置きをして話し出した。

「通例では、教皇が崩御されたら、すぐに王宮にて戴冠式。次の日に聖堂にて後継者が教皇となるための着座式が行われる。その後に、ドゥシアス三世の神化の儀……まあ、一般に言ったら葬儀だな、が執り行われる」

「ああ」

 エヴァンジェリンも一度は王宮に仕えたものだから、頭の片隅に、そんな知識もあった。

「今回、ジュールは、ドゥシアス三世が神となりテラと一つになられたということをテラ中に知らしめるために、着座式と神化の儀のをファーストシティにて執り行うという案を提示しているそうだ。そこで、ヴェルヌ派のエルマン・ガッソ枢機卿がアウトシティの不満分子をあおって、暴動をおこそうとしているもともと、エルマン・ガッソという男はテラ解放軍に影で武器の今日よをつづけ、アウトサイドの不満分子を煽っていたようだしな。彼としては、そこでジュールを抑えちまえば何とかなると思ってるんだろうが……零シティ内にはジュール派のエドゥアルド・ロッシ枢機卿が後を守るために残る。アウトサイドで何か事が起これば、零シティの力でもって、エドゥアルドがジュールを援護するわけだな」

「エドゥアルド・ロッシはジュールの親友だろう? 私だって知っている。平凡な穏やかな顔のくせに、なかなかつかみどころのない奴だ。奴が零シティを抑えていたら、無理だろう? ぺちゃんこにされて終わりだ」

 エヴァンジェリンが眉間にしわを寄せて、頭を振りながらアルフレッドを見た。

「エヴァンジェリン。奴はこちらと通じている」

「はあぁ?」

 エヴァンジェリンが思わず腰を浮かせた。

「やつ、って……ロッシか!? ありえない!……いや、信じられない! あいつは子供のころから、ジュールの護衛だぞ。あいつのあだ名を知ってるか? 三人目のガーディアンだ!」

 そう言い放つと、エヴァンジェリンはソファに身を沈めて少しばかり冷めかけのコーヒーに口を付けた。

 子どものころから、精神的にも不安定だったジュールには常に二人のガーディアンがついていると言われていた。それゆえについたエドゥアルドの通り名が、三人目のガーディアン。それほど彼はジュールの近くにいて、彼を守り続けている。

「俺も、それは知ってるんだけどさ。零シティ内に、まだアルフレッド・テルースとしていたころには、あの二人と面識もあったしね。だが、エドゥアルドがレッドスコーピオンに接触してきてから8年。情報は正確だし。ガーディアンを抜けたお前の救出に向かえたのも、彼からの進言があったからだし」

「保険をかけるべきだ」

「保険?」

 エヴァンジェリンは頷いた。

「エドゥアルドが寝返った時のための策が無ければ、分が悪すぎる」

「確かにねー。俺もそう思うんだけど。今回の案にはガッソ枢機卿が決行を決めているから、足並みそろえるには、ここで俺たちも動かないと結局潰されそうな気がするんだよね」

 アルフレッドは痛いところをつかれたと片目を眇めて見せたが、エヴァンジェリンは表情をゆるめはしなかった。

「どうする?」

 アルフレッドはエヴァンジェリンに尋ねた。

「……え?」

「結構な賭けだ」

 この賭けにエヴァンジェリンを引き込んだのはアルフレッドだった。多少、強引だったと、一抹の不安を覚えるほどに。

「いや、他の奴にはしつこく確認したんだけどさ」

「なにを?」

「俺についてくる意思さ……。思えばエヴァにはちゃんとしてなかった気がするんだな。なし崩しに引き込んじまったかな? と思って」

 そう言って、アルフレッドは言葉を区切る。

 しばしの沈黙の後、エヴァンジェリンはやおら目の前にいる男の胸ぐらをつかむと立ち上がった。必然的にアルフレッドも立ち上がる。グイと引き寄せられて思いのほかに近くなったエヴァの視線を同じ目の高さで受け止めた。

「いまさら? 馬鹿か!」

 そう言い捨てると、突き放すように手を離して、振り向きもせず部屋を後にした。

 アルフレッドは今見たばかりの、少し赤い顔をして眉間にしわを寄せ、キラキラと輝くひとみで自分を見たエヴァンジェリンの表情を思い出した。そして、思わず口元が笑みの形を作るのだった。

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