聖なる一族 -1-
現教皇でありテラの唯一の王であるドゥシアス三世の容態はいよいよもって緊迫したものとなっていた。
ただ、権力の中枢はすでに彼の息子であるジュール王太子が握っていたから、いつ王が崩御したとて、大きな混乱はないであろうと思われる。
「三日後ですか」
ガラス張りの大きな窓から光が降り注ぐ。窓の外には青い空。緑の葉を茂らせた銀杏の木が目の前に見える。高い天井に広い空間。そこに男が二人。
暖かで穏やかな空気が部屋にいる二人の男を包んでいた。二人は小さなチェス盤を前に向い合せに椅子に腰かけている。それぞれの隣にはさらに小さなサイドテーブルがあり、美しい螺鈿細工の施されたテーブルの上にはカップに入った良い香りのする飲み物が湯気を立てている。
「そうだ、三日後、ヴェルヌがテラへと帰ってくる」
緩やかに落ちるアッシュグレイの長髪に切れるようなまなざしの青い瞳、作り物めいた白皙の男が、手元のカップに口をつけながら答えた。今現在、この星の実権を握る男。ジュール・テルース王太子。
「いよいよだな」
ジュールの向かいに座る男が言った。
ジュールがあまりにも細く、鋭敏な印象なため、こうして並ぶとがっしりとしているようにも見えるが、男としては中肉中背。比較的短めの黒髪の、優しげな面差し。ジュール王太子の腹心であり古くからの友人と言われている、エドゥアルド・ロッシ枢機卿。ジュールより年では一つ年長の彼だったが、線の細いジュールを守るという名目で、十一歳から入学する全寮制の中等教育機関に、一年遅れで入学し、公私ともにわたってジュールを幼いころから今まで支えてきた人物であった。
「今、を思う時、神はいるのではないかと思うのだよ？ 私のもとにエディ、君がいて、ヴェルヌがいて、そして兄のアルフレッドが生きている」
ジュールは遠い目をしながら言った。夢見るような瞳だった。
「神になんて頼っていても時は動かない」
だが、穏やかな笑みを浮かべながらエドゥアルドがそう返す。
「エディ、枢機卿の君の発言としてはいかがなものだろう？」
そう指摘しながら、ジュールも笑っている。
「ところで、兄のいるレッドスコーピオンとの繋がりは良好なんだろうな？」
ジュールは目を細めて、エドゥアルドを見た。
「もちろん。彼らとのつながりは八年にもなりますから。最初はジュール派の私に懐疑的だったが、正確な情報を流しているおかげで、すっかりスパイとして信頼を得ていると思います。そして、こちらは明日です。彼らはいよいよ明日、零シティへ潜入する。結局九名ほどの者がアルフレッド殿と共に行動することを選んだらしい。身を寄せる先はウルフ・リンバルド枢機卿の屋敷。彼は老齢だが、思慮深くヴェルヌ派の中でも慎重派ですから……。いい選択だと思います。まあ、リンバルド枢機卿はアルフレッド王子の実母とも血縁関係にあったはずですしね。アルフレッド殿は、なかなかに魅力的で、行動力も、人を引き付ける力もあります。それよりも気になるのは……」
エドゥアルドは、ずっと動いていなかった手を動かし、ナイトを移動させる。
「ヴェルヌ派のエルマン・ガッソ枢機卿の動きだ。動かぬ事態にしびれを切らし始めています。アウトサイドの反乱分子に武器を供与し、反乱をあおろうとしている動きがあるようですが、鉄壁の零シティの防御に戸惑っている。侮れないのは、宇宙連合とのパイプもあると思われる点でしょうか？ 下手をすると、君とヴェルヌ王子の相打ちでも構わないと思っている節があります」
エドゥアルドの言葉にジュールは眉間にしわを寄せた。
「奴を煽ってくれないか？ エディ。父上崩御のあかつきには、私が自らアウトサイドへ姿をさらそう。エルマンにそれとなく私の動きを伝えてくれ。食いついてくれるように。一度完膚なきまでに彼は叩いておきたいね。なんなら君も、彼が動くように一押ししてくれると助かるな」
「それは構いませんが……できれば当日は、零シティに待機しているように取り計らっていただけますか？ 私の立場としては、どちらにも加勢しかねますね。ヴェルヌ派は彼ばかりではありませんよ。」
「もちろんそのつもりだよ。スパイも大変だね？」
ジュールは、珍しく楽しそうな笑顔を見せた。スルリとチェス盤に手を滑らせると「チェック」と、言う。
エドゥアルドが、目を丸くして友の手元を見ると、肩をすくめて見せた。
「いいえ、ジュール様、私はいつでも自分に忠実に動けています。あなたのおかげでね？」
