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不幸になりたいわけ ~魔法使いはどこにいる?~





 彼方に見える山々が、真新しい緑色に包まれるころのことです。


 丘の上に広がる花畑の中に、魔女と呼ばれる女の子がいました。



 珍しい薄紅色の髪の、やせっぽちの女の子でした。寝癖なのかなんなのか、腰まである髪はピョンピョンと飛び跳ねています。エプロンドレスの上からボロボロの外套をまとい、足下はブカブカの木靴、傍らにくすんだランプが置いてあります。



 女の子の名前はリシュベル。世界の果てを目指して旅をする小さな魔女でしたが、今はせっせと花を摘んでいました。



「――双子の王女は恋に落ち、分かれ道より旅に出た」



 花摘み詩を口ずさみながら、リシュベルは良いにおいのする花を選んでは、一枚一枚花びらを摘み取っていきます。

 どうやら、花茶を作っているようです。


 つみ取った花びらは、リシュベルの白魚のような指によって、一枚一枚丁寧にもみ潰され、細長い棒状になってゆきます。

 そして近くにある岩の上へ等間隔に並べられていきます。


 その岩の上には、燃える尾を背負った不思議な栗鼠がちょこんと立っていました。大きさは、ちょうどリシュベルの手の平に乗るくらい。夕日色の毛並みをしていて、燃える尾の先端は白くなっています。



 栗鼠の名は、チッチロロ。リシュベルと共に世界の果てを目指して旅をする、不思議な栗鼠です。



 チッチロロは燃えさかる自分の尾をかざし、焦がさないように気をつけながら、細長くもみ潰された花びらをせっせと乾かしていました。

 こうしてもみ潰した花びらをすぐに乾燥させると、お湯を入れたときに甘い香りがするのです。


 一通り岩の上に並べられた花びらが乾くと、チッチロロはそのことをリシュベルに告げました。


「乾きましたよ、リシュベル」

「……ん、わかった。そっちの小袋にしまっておいて」

「わかりました」



 チッチロロは小さな手を器用に使って花びらを集めます。そしてそのまま口を大きく開けると――



「……ほっぺたに入れるのはやめて。せっかく乾いた花びらが台無しになる」

「あ……す、すいません!」



 つい木の実を採ったときの癖で、花びらをほお袋にしまおうとしたチッチロロは、あわてて口を閉じました。手で持ったまま小袋へと花びらを詰め込みます。

 

 しばらく無言のまま、リシュベルたちは作業を続けます。

 そうして小袋が、雨を喜ぶヒキガエルのほっぺたのようにいっぱいに膨れあがったところで、ようやく花茶作りが終わりました。


「たくさんできましたね」

「これで当分、お茶の時間には困らない」

「そうですね。……ここのところ、ただのお湯ばかりでしたし」

「……言わないで、思い出したくない」



 花びらの汁によって赤や黄色に染まった指先を擦り合わせながら、リシュベルはいつも通りの眠そうな、しかし嫌そうな表情を浮かべました。



 旅を続けるリシュベルたちは、基本的に必要なものは全て自分たちの力で手に入れなければなりませんでした。

 食べ物も、飲み物も、全て自分たちの力でどうにかしなければなりません。



 そもそもリシュベルは無一文でした。銅貨一枚はおろか、お金代わりに使える砂糖の小袋も、絹の切れ端も持っていません。ボロボロの外套のぽっけに入っているのは、小さなナイフと、ほんの少しの思い出の品が詰まった革袋、後はひとかけらの干し肉くらいです。



 だから、もしおいしいお茶を飲みたければ、自分たちで頑張って作るしかないのでした。



 作りたての花茶の入った小袋を手にしながら、リシュベルは空を見上げました。

 お日様が、空のてっぺんでのんびりと輝いています。



「お茶の時間にする」

「今ですか? 少し早くないですか?」

「飲みたいと思ったときが、一番良いお茶の時間」



 リシュベルは近くにあった小石を積み上げ、石の竈を作りました。小枝を拾い集めると、竈の真ん中に重ねて置いてゆきます。

 次にリシュベルは、チッチロロの寝床になっているランプを手に取りました。くすんだランプの底をクルッと回し、油入れの部分を取り外します。

 革の水袋から新鮮な水を注ぎ込めば、あっと言う間にランプの油入れはお鍋に変身していました。

 後はチッチロロにお願いして竈に火をつけてもらえれば、おいしいお茶にありつけるはずでした。


「チッチロロ、あとはよろしく」

「…………」

「……チッチロロ?」

「……リシュベル、あれ」



 チッチロロに促され、リシュベルは横を向きます。



「……?」



 リシュベルは首を傾げます。

 はたしてそこにいたのは、一人のチグハグな女の子でした。

 年の頃は、成人するかしないかといったところでしょうか。栗色の髪に、ふっくらとした頬をした可愛らしい女の子でしたが、そんなことより目を引くのは、女の子のチグハグな格好でした。



 女の子が着ているのは、それはそれは綺麗な絹のドレスでした。裾には金や銀の飾り糸で刺繍が施され、どんな町娘であっても一目惚れしてしまうような素敵なドレスです。



 しかしそのドレスには、なぜだか分かりませんが、ボロきれがペタペタと貼り付けられていました。



 そのあまりにチグハグな様子は、例えるなら王様の宝石箱の中に、色とりどりの財宝と山盛りのドングリが一緒に詰め込まれているかのようでした。


 目をパチクリさせるリシュベルたちを他所に、チグハグのドレスを纏った女の子は、花畑の中で花を摘んでいました。

 その様子だけ見れば、貴族のお嬢様が花摘み遊びをしにきたようにしか見えませんでしたが、如何せんチグハグなドレスのせいで奇妙に見えてしかたがありません。



 リシュベルとチッチロロは揃って顔を見合わせると、そのチグハグなお嬢様にこんにちはと声をかけました。



「あら、こんにちは。あなたはだあれ?」

「私はリシュベル。魔女。旅をしてる。こっちはチッチロロ」

「ど、どうも」

「まあ!」



 リシュベルが魔女だと名乗ったとたん、お嬢様の目が宝石のように輝きました。



「魔女様! あなた、魔女様なのね!」

「いちおう。それより……」

「ああ! うれしいわ、ついに私のところに魔女様が来てくださったのね!」

「それより、どうしてそんな服……」

「それで、魔女様は私をどんな風な幸せにしてくださるの? ああ、やっぱり王子様に出会わせてくださるのよね! 舞踏会の服は、やっぱり蜂蜜から作ってくださるのかしら? それとも砂糖のお菓子から? わかっていますわ、魔女様の魔法ならどんなものからも素敵なドレスが出来るんですもの! 楽しみ! ようやく私は幸せになれるのね!」

「…………」



 まるで坂道を転がり落ちる林檎のようにまくしたてるお嬢様に、リシュベルは呆れたようにため息を吐きました。



「話を聞いて」



 リシュベルはもう一度ため息をつくと、コンコンと木靴を鳴らしました。

 とたんに花畑の上を強い風がひゅるりと駆け抜け、お嬢様の口を塞いでいきます。



「……魔女様?」



 首を傾げるお嬢様に向かって、リシュベルはこう告げました。


「私は魔女。だけど、何も出来ない魔女」

「……蜂蜜からドレスを作ることは?」

「出来ない」

「砂糖のお菓子からは?」

「出来ない。だいたい、お菓子をドレスにするなんてもったいない。おいしく食べる方が好き」

「じゃ、じゃあ、私を王子様に出会わせてくださることは?」

「出来ない。私が出来るのは、話を聞くことと、話をすること。それだけ」


 リシュベルの言葉に、お嬢様の瞳からはキラキラとした輝きが無くなっていきます。

 それはまるで、苦労して見付けた宝箱を開けたら、山盛りのドングリが入っていたのを目の当たりにした盗賊のようでした。



「ああ、私はまだ幸せになれないのね!」



 チグハグなドレスを纏ったお嬢様は天を仰ぎ、嘆きます。



「あの、それで、あなたはどうしてそんなチグハグな服を着ているのですか?」



 悲しそうに、けれどいまいち悲しそうに見えないお嬢様に向かって、チッチロロが尋ねます。

 一通り嘆くと、お嬢様はこう答えました。



「だって、私は不幸になりたいんですもの」



「……は?」


 チッチロロはきょとんと目をしばたたかせます。


「不幸になりたいん、ですか?」

「ええ、そうよ」

「いえ、だって……どうして不幸になりたいんですか?」



 チッチロロは目を白黒させます。

 はっきり言わなくとも、お嬢様の言葉は理解に苦しむものでした。

 それはそうでしょう。幸せになりたいというのであればともかく、不幸になりたいなんて、普通は思うはずがありません。

だいたい、そのお嬢様はついさっき、リシュベルに向かって『ようやく私は幸せになれるのね』と言ったばかりです。


 さっぱり訳が分からなくなったチッチロロは、どうして不幸になりたいのか、その訳を尋ねました。



「それは、こういうわけなの」



 そこでお嬢様が取り出したのは、一冊の『おとぎばなし』の本でした。

 綺麗になめした革で飾られた本でしたが、何度も読み返したのか、本の端がすり切れてしまっています。


 それはとても有名な、チッチロロですら知っている『おとぎばなし』でした。

 継母にいじめられていた不幸な女の子が、魔法使いのお婆さんに助けられ、王子様と結ばれるという、誰もが一度は寝物語に聞いたことのあるおとぎばなしです。


 お嬢様が言うには、彼女がチグハグなドレスを纏っているのは、おとぎばなしに出てくる不幸な女の子の真似したからだそうです。



「このお話に出てくる女の子は、ボロ切れをつなぎ合わせた服を着て、朝から晩まで働かされているでしょう? だから、私も女の子みたいに不幸になるために、ドレスの上にボロ切れを貼って、朝から晩まで花摘みをして遊んでいるのよ」



 ちなみにお嬢様のドレスにボロ切れを貼ったのは、彼女に仕える召使いたちとのことでした。



「私は、幸せになりたいわ。このお話の女の子みたいに魔法使いのお婆さんに助けられ、王子様と出会って、幸せになりたいの。だからこうしてるの」



 なかなか魔法使いのお婆さんは来ないけれど、とお嬢様はため息を吐きます。


 そんなお嬢様を尻目に、チッチロロは小声で、



「あの……リシュベル……?」

「……なに」

「このお嬢様は、きっとどこかの国の偉い貴族様のお嬢様ですよね?」

「……召使いがいるってことは、そうじゃない?」

「なら、魔法使いのお婆さんなんかを待たなくても、がんばれば王子様と出会うことも、王子様と結婚して幸せになることも出来ますよね?」



 チッチロロは不思議でした。

 ドレス――今はボロ切れが貼り付けてありますが、そもそもが綺麗なドレスであることは間違いありません――を見る限り、このお嬢様が偉い貴族のお嬢様であることは間違いないようです。


 それなら、魔法使いのお婆さんを待たなくとも、がんばれば舞踏会に行くことも、王子様と出会うことも出来るはずです。



 なのに、お嬢様はそれをせず、おとぎばなしの女の子の真似をしているだけです。



 いよいよ訳が分からなくなってきたチッチロロは、手っ取り早く、その訳を尋ねました。



「あの……魔法使いのお婆さんを待つより、がんばって自分で王子様に会いに行った方が良いんじゃないですか?」



 チッチロロの問いに、お嬢様はこう答えました。





「だって、お話の女の子はがんばらなくても、不幸ってだけで魔法使いのお婆さんが助けてくれて、幸せになれたんでしょう? なら、私ががんばる必要はないわ」





「…………」


 開いた口がふさがらないとは、このことでした。







     ◆ ◇ ◆






 お付きの召使いに連れられ、お嬢様が立ち去ったのは、それからしばらく経ってからのことでした。

 お日様がほんの少し西に傾いたため、ちょうど良いお茶の時間です。


 ぐつぐつとしてきたお湯の中に、リシュベルは作りたての花茶をひとつまみ入れました。

 とたんにふわりと甘い香りが立ち上り、リシュベルとチッチロロの鼻をくすぐります。

 お湯がほんのりと花色に染まったところで竈の火を消し、しばらく冷まします。こうすると、より花の良い香りがするのでした。



「あの、リシュベル」



 自分用の小さなカップ――クルミの殻を削って作った、リシュベルのお手製のカップです――を用意しながら、チッチロロは言いました。


「結局、あのお嬢様はどうしたかったんでしょうか?」

「幸せになりたかったんじゃない?」


 こちらもお手製の木のカップを用意しながら、リシュベルが答えます。

 ちなみにお手製のため、そのカップは歪んでいました。


「まあ、魔法使いのお婆さんが来るかどうかは分からないけど」

「あのお嬢様は、どうなるんでしょうか?」

「さあ。でも、まあ」



 双子の王女は恋に落ち、分かれ道より旅に出た――と花摘み詩を詠いながら、リシュベルは言いました。






「がんばって不幸になれば、幸せになれるかもね」






 小さな魔女の女の子は、幸せそうに花茶のカップに口を付けました。










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