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真っ直ぐすぎた王様 ~左か? 右か?~





 ある国に、なんでも左右ぴったり、真っ直ぐなのが一番だと思っている王様がいました。



 王様はとにかく左右ぴったりでないと気が済みません。



 髭がちょっとでも右に傾いていたら、王様は顔を真っ赤にして怒りました。

 洋服の裾がちょっとでも左にずれていたら、王様は仕立屋を棒で叩きました。

 けんかをしている者がいたら、どんな理由があろうと、両方に罰をあたえました。


 真っ直ぐすぎる王様に家来たちはたいそう困っていましたが、王様なのでどうしようもありません。

 ちょっとでも文句を言えば、たちまち牢屋にいれられてしまうのだから当然です。


 だからでしょう。家来たちはいつも鏡で映したように左右ぴったりの格好をしていましたし、召使いたちはお城の中を全て左右ぴったりの家具で埋め尽くしていました。



 左右がぴったりだったら、王様はそれだけで満足でした。




 しかしそんな王様にも、どうしても左右ぴったりに出来ないものがありました。

 それはお城に飾られている植物たちです。

 どれほど左右ぴったりにしようとしても、樹も、花も、どうしても傾いてしまいます。


 王様は家来にこう命じます。



「なんでもいいから、左右ぴったりの植物を見付けてまいれ!」



 そんな王様に、ある日、家来の一人がこう言いました。



「王様。今、街の方に、一人の魔女がやって来ております。魔女なら、左右ぴったりの植物を知っているはずです」



 王様は家来に命じて、街で噂になっている魔女を捕らえてくるように言いました。





    ◆ ◇ ◆






「――大きな河に、船一つ。ちゃぷちゃぷ揺れて、船二つ」



 薄暗い牢屋の中に、ロウソクの明かりのような詩声が響きます。



 そこに居たのは、珍しい薄紅色の髪の、やせっぽちの女の子でした。寝癖なのか何なのか、腰まである髪はピョンピョンと飛び跳ねています。エプロンドレスの上からボロボロの外套をまとい、足下はぶかぶかの木靴、胸に空っぽのランプを抱いています。


 女の子の名前はリシュベル。世界の果てを目指して旅をする魔女です。



 リシュベルは鉄格子のはまった小窓から、始めて雪を見た仔猫のように顔を覗かせながら、詩を詠います。

 小窓から差し込む夕日が、石で出来た壁に影を作っています。グニャグニャとした影は、まるで大笑いするコウモリの顔のようでした。



「――船は揺られて、ゆらゆらり。どちらに揺れても河の中」


「……あの、リシュベル……歌っている場合じゃないですよ」



 牢屋の外の通路には、一つの鳥かごがありました。その中では、燃える尾を持った栗鼠が、しょんぼりと立っています。大きさはちょうどリシュベルの手の平に乗るくらい。夕日色の毛並みをしていて、燃えている尾の先端は白くなっています。


 栗鼠の名はチッチロロ。リシュベルと共に旅をする不思議な栗鼠ですが、今は鳥かごの中に閉じ込められてしまっていました。



「どうして王様にあんなことを言ったんですか……」

「あんなこと?」

「左右ぴったりなんて気持ち悪い、って。王様、カンカンに怒っていましたよ。どうしてあんなこと言ったんですか?」

「んー……なんとなく?」


 外を眺めるのに飽きたのか、リシュベルは左右ぴったりの場所に置かれた石のベッドの上に腰を下ろすと、木靴をゆらゆらと揺らしながら言いました。


「なんとなくって……それでボクたち、牢屋に入れられたんですよ……」


 眠そうにあくびをするリシュベルの姿に、チッチロロはがっくりと項垂れます。




 リシュベルとチッチロロが牢屋に入れられた訳は、こういうことです。


 たまたまこの街に立ち寄り、たまたま広場でおとぎばなしを語っていたリシュベルの下に、左右ぴったりの鎧を着た兵士たちがやって来たのは、お昼過ぎのことでした。


 そのまま兵士たちによって、リシュベルは左右ぴったりなお城に連れて行かれました。


 そして左右ぴったりな廊下を抜け、左右ぴったりな中庭を通り、最後に左右ぴったりな――これはあたりまえですが――扉をくぐり抜けたところで待っていたのは、なにもかもが左右ぴったりな王様でした。


 王様は、左右チグハグに飛び跳ねているリシュベルの髪を嫌そうに見つめながら、威張ったように言いました。




「余は、左右ぴったりな植物を探しておる。お前は魔女なのだろう? 魔女なら、左右ぴったりな植物を知っているはずだ。牢屋に入れられたくなかったら、余に左右ぴったりの植物を教えるのだ」




 リシュベルは、いつも通りの眠そうな表情でこう答えました。



「……左右ぴったりなんて、気持ち悪いだけ」




 そしてカンカン怒った王様によって、牢屋に入れられてしまったのでした。

 ちなみにその牢屋も、左右ぴったりでした。



「それで、これからどうするんですか……?」



 チッチロロは、霧の中で迷子になってしまったような声で聞きます。

 あたりまえですが、どうにかしてこの牢屋を出なくてはいけません。


 しかしリシュベルはというと、もそもそと外套にくるまり、ゆらゆらとうたた寝をしているだけです。


「リシュベルは怖くないんですか……?」

「……なにが?」

「このまま、旅が出来なくなるかもしれないんですよ」


 リシュベルたちは、世界の果てを目指して旅をしています。

 長い長い旅です。

 世界の果てにたどり着くためには、それこそ、これからいくつもの大陸を越えなければなりません。

それなのに、このようなところ――ちなみにまだ、北の大陸すら出ていないのですが――で、旅が終わってしまうかもしれないのです。

 

 それがわかっているのでしょう。チッチロロの声には、どこか焦ったような響きがありました。


 しかし、リシュベルは違いました。

 いつも通りの眠そうな表情のまま、あくびをするばかりです。



「そういうことは、ごはんを食べてから考えればいい」

「ごはん、ですか……?」

「そう。――ほら来た」



 そうこうしていると、通路の向こうから左右ぴったりな甲冑を着た兵士がやって来ました。

 兵士の手には、大きな木のお皿があります。


 魔女様も災難ですねと言いながら、兵士はリシュベルにお皿を、そしてチッチロロに木の実を差し入れました。



「腹ごしらえは大切」



 リシュベルはそう言いながら、石のベッドからむくりと起き出しました。気のせいか、足取りが軽い感じです。


 そのままリシュベルはお皿の中をのぞき込み、



「…………むう」



 次の瞬間、リシュベルはほっぺたを膨らませました。


 はたしてお皿に入っていたのは、薄い塩のスープでした。添えてあるのは硬いパンが一つ。それ以外には、何もありませんでした。


「……なにこれ」

「何って、パンとスープですが?」


 眠そうな表情のまま、しかし不満そうに出されたごはんを見つめるリシュベルに、若い兵士が答えます。


「……騙された。お城のごはんは、甘いものがいっぱいだって聞いたのに」

「あの、リシュベル?」


 木の実を囓る手を止めて、チッチロロが声をかけます。

 しかしリシュベルは黙ったまま、コクコクと塩味のスープを飲み干すと、


「……やっぱり甘くない」

「いや、魔女様? そりゃあスープが甘いはずは……」


「これ、王様に渡して」


 困った様子の兵士に向かって、突然、リシュベルはあるものを差し出しました。

 それは、小さな黒い種でした。大きさは、リシュベルの小指の先よりも、チッチロロの瞳よりも小さな種です。


 首をかしげる兵士に向かって、リシュベルはこう言いました。




「左右ぴったりの植物の種」




 林を泳ぐ魚の群を見たような顔で、兵士はその種を受け取りました。






     ◆ ◇ ◆






 小さな魔女から左右ぴったりの植物の種をもらった王様でしたが、最初はうたがってばかりでした。


 王様の元には、今まで何度も『左右ぴったりの植物』が届けられました。

 しかしそれのどれもが、庭師たちが頑張って左右を整えただけのものです。しばらくしていれば、どんなに綺麗な花も、どんなに立派な樹も、傾いてきてしまいます。



 ましてや、小さな魔女が出したのは、ちっぽけな種の姿です。

 だから王様も、最初は疑ってかかりました。



「どうせ、この種だって、牢屋から出して欲しくて適当に出したものに違いない」



 とはいえ、魔女の出した種ですから、もしかしたらということもあります。

 いちおう王様は、その種を庭に埋めてみることにしました。


 するとどうでしょう。次の日の朝、王様が庭を見てみると、どこからどう見ても左右ぴったりな、完璧な双葉が生えていたのです。



 王様はそれはそれは感動しました。

 ちっぽけな、ほんとうにちっぽけな双葉です。大きさで言えば、生まれたばかりの狼の耳より小さな双葉です。ほんのちょっとでも風が吹いたり、隣で誰かがくしゃみをしたりしたら、飛んでいってしまうほどです。


 しかしその双葉は、王様が見惚れるほどに左右ぴったりでした。


 いままで見たことがないくらい左右ぴったりな双葉を、王様は一目でたまらなく好きになりました。

 大急ぎで家来たちを呼び、この双葉を守るように言います。



「この双葉を、絶対に守るのだ! 毎日、この双葉には百人の兵士を付け、周りには大きな囲いと、壁と、そして塀を作るのだ!」


 

 家来たちは大あわてで、双葉の周りに囲いと、壁と、塀を作り、そして毎日百人の兵士を見張りに付けました。


 それからというもの、王様は毎日のように双葉を眺めました。

 王様の頭には、左右ぴったりな双葉のことしかありませんでした。大切な国の仕事のことも、いつのまにか牢屋から居なくなっていた小さな魔女のことも、どこかに綺麗さっぱり消えてしまっていました。


 左右ぴったりの双葉を見るだけで、王様は満足でした。



 ですがそんなある日、大変なことがおこりました。

 左右ぴったりだった双葉が、ほんのちょっぴり傾いていたのです。

 王様は慌ててまっすぐにしようとしましたが、双葉は傾くのをやめようとしません。



 原因はお日様でした。

 当たり前ですが、お日様は東から登って、西に沈みます。

 だからお日様の光をいっぱいに浴びたい双葉は、朝は左に向かって、夕方は西に向かって身体を傾けようとしていたのです。



 王様がどれだけ治そうとしても、あるいは牢屋に入れてしまうぞと脅しても、双葉は身体を傾けることをやめません。

 左にゆらり、右にゆらりと傾いてしまいます。



 王様はカンカンに怒りました。

 とはいえ、双葉を引っこ抜くわけにはいきません。ようやく出会えた左右ぴったりの双葉なのです。すっかり双葉を気に入っていっていた王様には、双葉を引っこ抜くことなど出来なかったのです。



 そしてついに王様は、こんな事を言い出し始めました。




「双葉が傾くのは、太陽が傾いているせいだ! 太陽だったら、左右ぴったりに南から真っ直ぐ登って、左右ぴったりに南に真っ直ぐ沈めばいいのだ!」




 そして王様は、家来たちにこう命じました。




「今すぐ、あの太陽を左右ぴったりに登って沈むようにしてまいれ!」




 家来たちは、海に苺をとってまいれと言われたかのように、途方に暮れてしまいました。







     ◆ ◇ ◆






 左右ぴったりに並んだ牢屋を眺めながら、リシュベルは真っ直ぐな通路を歩いていました。

 左手にはチッチロロの入ったランプを、右手には小さな黒パンを持っています。寝癖なのかなんなのか、薄紅色の髪はいつも通り左右チグハグに飛び跳ねていました。



「あの、リシュベル……一つ聞いて良いですか?」



 ランプの中からリシュベルを見上げ、チッチロロは聞きます。



「どうやってあの牢屋から出たんですか?」



 鳥かごの中で眠っていたチッチロロがリシュベルの声に起こされたのは、リシュベルが若い兵士に小さな種を渡してから、しばらく経ってからのことでした。

 すでにとっぷりと日は暮れ、鉄格子のはまった小窓からお月様がよく見えます。

 そしてそのときには、すでにリシュベルは牢屋から抜け出していました。



 いったいどうやって牢屋から出たのかと、チッチロロは尋ねます。



「やっぱり、魔法で出たんですか?」

「魔法なんて使えないけど?」

「じゃあ、どうやって出たんですか?」

「そんなの簡単。話を聞いて、話をした。それだけ」

「……いや、さっぱり分からないんですけど」



 首を捻るチッチロロを尻目に、リシュベルは小さなパンを囓ります。



「……やっぱり甘くない」

「それはそうですよ、リシュベル。ただの黒パンですよ、それ」

「……騙された。お城のご飯は、甘いものがいっぱいだって聞いたのに……」

「も、もしかして、甘いものを食べるためにわざと捕まったんですか……?」

「…………」



 リシュベルはほっぺたを膨らませながら、無言のままもそもそとパンを囓ります。

 なんとなくこれ以上聞いてはいけないと思ったチッチロロは、慌てて別のことを聞きました。



「そ、それよりリシュベル、あれは本当なんですか?」

「……何が?」

「あの種です。本当に左右ぴったりの種なんですか?」

「……あれはただの草の種。ポケットの中に紛れてただけ。だいたい、左右ぴったりなんてどうせ無理」

「どうしてですか?」


 首を左にこてんと傾げるチッチロロに向かって、リシュベルはいつも通りの眠そうな表情で、しかし不機嫌そうに言いました。



「生まれたばかりの双葉だって、お日様の方を向きたがる。人間が左右ぴったりなんてどうせ無理」

「そういうものですか?」

「うん、そう。ただ……」



 左右チグハグに髪を飛び跳ねさせた小さな魔女は、左右ぴったりにほっぺたを膨らませながら言いました。




「お日様の方を向いて傾くだけ、双葉の方がマシ」




 大きな河に、船一つ、ちゃぷちゃぷゆれて、船二つ――というリシュベルの詩声が、薄暗い牢屋の通路にこだまします。


 ちなみにその後、真っ直ぐすぎた王様は、我慢できなくなった家来たちに反乱を起こされ、牢屋に入れられてしまったそうですが、それはリシュベルの旅とは何の関係もない話です。








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