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仕方がない女神さま ~良いこと、悪いことは、しょうがない~





 それは、弱いお日様の季節が終わり、強いお日様の季節が訪れようとする頃のことです。



 青々とした木々と、ごろごろとした大岩とが一緒になっている森の中を、魔女と呼ばれる女の子が旅をしていました。



 珍しい薄紅色の髪の、やせっぽちの女の子でした。寝癖なのか何なのか、腰まである髪はピョンピョンと飛び跳ねています。エプロンドレスの上からボロボロの外套をまとい、足下はぶかぶかの木靴、手にくすんだランプを持っていました。



 女の子の名はリシュベル。世界の果てを目指して旅をする、小さな魔女です。



「――春の妖精くしゃみして、驚き菜種がつぼみをつけた」

「リシュベル?」



 リシュベルの手にさげられたランプの中には、燃える尾を持った栗鼠がちょこんと立っていました。夕日色の毛並みで、大きさはちょうどリシュベルの掌に載るくらい。燃える尾の先端は白くなっています。


 栗鼠の名は、チッチロロ。リシュベルと共に旅をする、不思議な栗鼠でした。


「いったい、今のは何の詩なんですか?」


 チッチロロは、先ほどリシュベルが詠っていた詩がなんなのか聞きました。

 リシュベルには、ときおり何の前触れもなく詠い出す癖がありました。


「さあ?」

「さあって、知らないんですか?」

「風が運んできた詩を詠っただけ。風はおしゃべりだけど自分勝手だから、詳しくわからなかった」

「……それより、風の詩が聞こえるほうがすごいと思うんですけど」


 不思議な栗鼠であるチッチロロにも、風の詩など聞くことは出来ません。

 しかし、リシュベルはなんでもないことのように、


「話を聞くことと、話をすること。それが魔女だから」


 あくびをしながら、そう言いました。


「僕にも、風の詩が聞こえたらすてきですね」

「なら、魔女になってみればいい。おすすめしないけど」

「なんでですか?」

「寝不足になる」



 ねむ、とリシュベルは再びあくびをします。

 空にあるお日様は良い感じで傾いていて、ちょうど良い暖かさです。

 これでもしここが森の中ではなく、例えば草原だったとしたら、すぐにでもお昼寝したくなるような陽気でした。



「――春の妖精くしゃみして……くぅ……」

「リ、リシュベル! 歩きながら寝ないでください!」



 フラフラと揺れるランプの中から、チッチロロが呼びかけます。


 そのときでした。



「まあまあ、めずらしい。こんなところで魔女さんに出会うなんて」

「……?」


 眠そうな目をパチクリさせながら、リシュベルは声のするほうに顔を向けました。


 そこにいたのは、綺麗な女神さまでした。

 蜂蜜色の髪に、同じ色のスカート。髪に宝石の髪飾りを付けていることから、そんなに位の高い神さまではないようです。


「こんにちは、小さな魔女さん」

「……こんにちは?」


 ニコニコと笑顔を浮かべる女神さまとは対照的に、リシュベルは驚いていました。

 なぜなら、女神さまがリシュベルのことを一目で『魔女』であると見抜いたからです。

 リシュベルは、魔法も使えなければ、ほうきで空を飛ぶことも出来ません。

 だから、これまで自分から名乗らない限り、『魔女』と分かってもらえませんでした。


 眠そうにした目を見開きながら、リシュベルはどうして自分が魔女だと分かったのか、そのわけを尋ねました。


「それは仕方がないことですね。なぜなら、私は『仕方がない神さま』ですから」

「仕方がない神さま?」

「そうです。私が神さまだから、仕方がないことなんです。あなたが魔女であることがわかったのも、今日がお昼寝日和なことも、そして――私が街を追い出されてしまったことも」

「追い出された?」

「ええ、そうなんです。私は、これまで近くの街で、長いあいだ神さまをしてきました。このあたりには、ちゃんとした王様のいる国がありません。だから、これまで私が王様の変わりに、掟を作ったり、税を取ったりしてきました。けれど、つい昨日、私はその街を追い出されてしまったんです」


 追い出されたと言いながら、女神さまの顔はちっとも悲しそうではありませんでした。

 不思議に思ったリシュベルは、そのわけを聞きました。


 女神さまはニコニコと笑いながら答えました。



「だって、仕方のないことですから」



 そして、もしその訳が知りたいのなら、ここから西に少し行ったところにある街を尋ねて見るようにと教えてくれました。


「ちなみに、その街はお祭りの最中で、今なら砂糖水と焼き菓子がもらえますよ」

「……こうしちゃいられない」

 


 リシュベルは珍しく早足で、女神さまが指さした方向へと向かいました。





    ◆ ◇ ◆





 街道から少し離れたところにあるその街は、お祭りの真っ最中でした。

 とはいえ、秋に行う『実りのお祭り』ではありません。季節が違いますし、どの街の人の頭にも、実りを祝う『大麦の髪飾り』がありませんでした。


 なのに、街の人たちは蜂蜜のお酒や葡萄のお酒を飲み、笑い転げるニワトリのように歌を歌っています。


 リシュベルは子どものために振る舞われている砂糖水と焼き菓子をもらうと、広場の隅にちょこんと座りました。

 そのまま食事の前のお祈りもせず、パクつき始めます。


「あの、リシュベル……? 街の人に話を聞くんじゃないんですか?」


 ランプの中にいる燃える尾を持った栗鼠、チッチロロが困ったように尋ねます。


 しかしリシュベルは、気にすることなくお菓子をカリカリと囓り続けていました。


「久しぶりの甘いものだから。今はこっちが大事」


 リシュベルはそうして何度もおかわりをしながら、五つの焼き菓子を平らげてしまいました。

 最後に砂糖水をゴクゴクと飲み干したところで、お乳を飲んで満足した子狐のように、けぷっ、と息を吐き出します。


「……ねむ」

「だ、だめですよ、リシュベル。寝たら」

「でも、眠い」


 大きくリシュベルがあくびをしたところで、ふいに恰幅のよいおじさんが声をかけてきました。顔にとろけたチーズのような表情を浮かべ、手に葡萄酒の入ったコップを持っていることから、どうやら酔っぱらっているようです。


「こんにちは、見かけない顔だけど、お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」


 ちょっぴりお酒臭いおじさんに眉をひそめながら、リシュベルもあいさつをしました


「私はリシュベル。魔女。旅をしてる。こっちはチッチロロ」

「ど、どうも」


 チッチロロがぺこりとお辞儀をします。


「こりゃ驚いた! お嬢ちゃんは、魔女様なのかい!」

「いちおう。それより、聞きたいことがある」


 そしてリシュベルは、どうして実りの時期でもないのにお祭りをしているのか、その訳を尋ねました。


 酔っぱらったおじさん――ちなみにこの男の人がおいしい焼き菓子を作ったパン職人なのですが――は、こう答えました。


「そりゃ、今までこの街で勝手なことをしてきた神さまを追っ払ったからさ!」


 おじさんの話をまとめると、こういう事です。

 これまで長い間、この街では一人の女神さまが王様の代わりをしていました。

 相手が神さまである以上、街の人々は従うしかありません。

 例え不満があったとしても、何も言うことが出来ないのです。

 だから、辛いことでも、苦しいことでも、仕方なく諦めてきました。

 しかし、つい先日、このままではいけないと立ち上がった街の人々によって、今までこの街を支配してきた女神さまを追い払うことに成功したのでした。


「俺たちはこれまでずっと、嫌なことがあっても仕方なく諦めてきたんだ」

「あの、そんなに酷い女神さまだったんですか?」


 いったいどんな酷いことがあったのかと、チッチロロが尋ねます。

 おじさんは答えました。


「酷いなんてもんじゃない! 例えばこいつを見てくれ!」


 おじさんは腕をまくります。

 そこには、小さな……本当に小さな火傷のあとがありました。




「女神さまのせいで、この間、パンを焼くときに火傷をしちまったんだ!」




「……え?」


 チッチロロは目をパチクリさせました。

 どう見ても、おじさんの火傷は単なるおっちょこちょいな気がするのですが、おじさんは女神さまのせいだと言い張るのです。


 いえ、おじさんだけではありません。

 いつのまにか、周りにいた街の人々が、一斉に女神さまへの不満をぶちまけ始めていました。



「女神さまのせいで、私の癖っ毛がいつまで経っても治らないのよ!」

「おいらなんて、森で斧を無くしちまったんだ! 女神さまのせいだ!」

「儂は、前に妻を亡くしたんじゃ。その時は、女神さまのせいだと諦めておったのじゃが、やはり許せんかったのじゃ!」

「そうだそうだ! 僕なんて、お手伝いをさぼったからって、お小遣いを減らされたんだ! 女神さまのせいだ!」



 出るわ出るわ。

 街の人々の口からは、途切れることなく「女神さまのせいだ」という声が飛び出してきます。

 しかも、そのどれを聞いても、女神さまのせいで起こったことではなく、自分のせいで起こったことばかりでした。


「これで分かっただろう、魔女様。俺たちは、ずっと我慢してきたんだ。女神さまのせいだからってな。でももう我慢の限界で、だから女神さまを追い出したんだ!」


 おじさんの声に合わせるように、広場に集まった街の人たちが「万歳!」とか「乾杯!」とか叫びました。


「……あの、リシュベル」


 そんな街の人たちを見つめながら、チッチロロが小声で言いました。


「僕には、この人たちが自分の失敗とか間違いとかを、女神さまのせいにしているだけに聞こえるんですけど……」

「かもね」


 そうこうしているうちに、再びおじさんが話しかけてきました。


「魔女様も、女神さまが酷いってことは分かっただろ?」

「いちおう」

「さすがは魔女様だ!」



 そこで、おじさんは何かを思いついたように手を叩くと、



「おお、そうだ! どうだい、みんな! ここは一つ、この小さな魔女様に今日のめでたい日を祝って、何か『おとぎばなし』をお願いしようじゃないか!」


 おじさんの提案に、街の人たちもみんな同意しました。


「お願いできるかい、魔女様?」

「……もちろん。魔女は、おとぎばなしをするものだから」


 リシュベルはちょっぴり呆れたような表情を浮かべながら、しかし頷きました。

 おとぎばなしをお願いされたら、絶対にそれを断ってはならない。

 それが魔女の決まり事でした。



「それじゃあ、お願いされた」



 リシュベルは立ち上がると、木靴をコンコンと鳴らしました。

 とたんに優しい風が吹き、広場に集まった人たちの口を塞いでいきます。

 十分に静かになったところで、リシュベルはエプロンドレスの裾をつまみ上げ、ちょこんとお辞儀をしました。



「――私は魔女。おとぎばなしの魔女、リシュベル。一期一会より、とこしえの末世まで、どうかゆくゆくお見知りおきを」



 そしてリシュベルは、透き通った蜂蜜酒のような声で語り始めました。






     ◆ ◇ ◆






 お日様が夕日色に変わり始める頃になって、ようやく街を出たリシュベルとチッチロロは、女神さまと会った森へと戻ってきました。



 リシュベルの手には、お話のお礼にもらったお菓子がいっぱい詰まった麻袋があります。



「ふふふ、それでどうでしたか?」

「……つかれたけど、よかった。これで当分、甘いものが食べられる」

「あの、リシュベル……そうじゃなくって……」


 お菓子の詰まった麻袋を満足そうに抱えているリシュベルに代わって、チッチロロが尋ねました。



「あの、女神さまはこれでいいんですか?」



 街の人たちが女神さまのせいにしていることは、どう考えても自分たちのせいで起こったことです。

 女神さまは、言ってみれば何も悪くないのに追い出されてしまったのです。


「まあまあ、確かにそうですね」

「それなら、どうしてそんなふうに笑ってられるんですか?」

「だって、仕方のないことですから」

「でも!」


「ふふ、実は追い出されるのは初めてじゃあないんですよ」


「……え?」

「実は、これまでも何回も街を追い出されているんです。そしてそのたびに、また街に戻っているんですよ」

「……どういうことですか?」


 首をかしげるチッチロロに、女神さまは言います。


「だって、私がいないと街の人たちは、悪いことや嫌なことを『私のせい』に出来ないんですから」


 実は、今回のように街を追い出されるのは、いままで何回もあったことでした。

 そしてそのたびに、また女神さまは街に戻っているというのです。

 しかも、毎回、街の人たちが謝りに来て、街に戻って欲しいとお願いに来るとのことでした。


「生きていると、嫌なことや悪いことが絶対に起きますよね。私がいれば、街の人たちはそれを『神さまのせいだから仕方がない』と言って、諦めることが出来るんです。けれど、私がいないとそうはいきませんよね。悪いことは、ずっと悪いまま。辛いことは、ずっと辛いまま」


 女神さまは、笑いながら言いました。


「街の人たちには、私が必要なんですよ。『仕方がない』といって諦めるためにね」

「女神さまは、それで良いんですか……?」

「もちろん」



 女神さまは、またニコニコと笑いながら言いました。




「だって、仕方がないことですから」




 女神さまは、愛おしそうにずっと笑っていました。





     ◆ ◇ ◆





 女神さまと別れ、森を抜けたところで、黒いカーテンのような夜がやって来ました。


 リシュベルとチッチロロは、大きな木の根元で夜明かしの準備をしていました。

 明るい内にリシュベルが拾ってきた薪に、チッチロロが自分の尾を使って火をつけます。


 甘い焼き菓子を分け合って食べ、外したランプの油入れ――チッチロロのおかげで、ランプは油いらずなのです――で作ったお茶をゆっくりと飲んでいたところで、チッチロロがふと言いました。


「あの女神さまは、なんで笑っていたんでしょうか?」


 普通に考えれば、街を追い出された女神さまは悲しんだり怒ったりするはずです。

 けれど、あの女神さまは、ずっとニコニコとしていました。

 チッチロロには、その理由がさっぱり分かりませんでした。


「仕方がないって言ってたから、それでいいと思うけど?」

「……僕には分かりません」

「なら、考えればいい。考えて、考えて……それでもダメなら」


 ふうふうと熱いお茶に息を吹きかけながら、リシュベルは言いました。




「神さまのせいにして、諦めればいい。仕方がないって」




 春の妖精くしゃみして、驚き菜種がつぼみをつけた、と魔女の女の子は詠います。


 夕日色の炎を出して燃える火の中で、不思議な栗鼠はじっとその詩を聞いていました。






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