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旅立つ日 ~リシュベルと不思議な栗鼠~



 村はずれの荒ら屋に、『魔女』と呼ばれる女の子が一人で住んでいました。

 女の子は、魔法も使えなければ、ほうきで空を飛ぶことも出来ません。

 女の子に出来るのは、話を聞くことと、話をすること。それだけです。

 しかしそれでも、女の子は『魔女』でした。


 おとぎばなしの魔女――リシュベル。


 それが、女の子の名前でした。






   ◆◇◆






「あの、本当に行くんですか、リシュベル?」

「うん、そう」


 ぱちぱち、と燃える暖炉の火をぼんやりと見つめながら、女の子は小さく頷きました。


 珍しい薄紅色の髪の、やせっぽちの女の子でした。寝癖なのかなんなのか、背中まである髪はぴょんぴょんと飛び跳ねています。エプロンドレスの上からぼろぼろの外套を羽織り、足下はブカブカの木靴、胸にくすんだランプを抱いていました。


 女の子がいるのは、馬小屋のほうがまし、といった感じの荒ら屋でした。崩れかけの暖炉では、太い樺の木が夕日色の炎を出し、燃えています。


 その炎に向かって、女の子は言います。


「明日の朝、駒鳥が鳴く頃に出発するから」

「で、でも、いいんですか?」


 暖炉の中から響くのは、戸惑った風の、幼い男の子のような声でした。


「もしかしたら、ここには戻ってこられないかもしれないんですよ」

「別に。どうせここにいても、飢え死にするだけだし」


 女の子の口調は、淡々としたものでした。


「それに、世界の果てには『おとぎばなし』があるんでしょ?」

「は、はい……そう聞いていますけど……」

「それなら、やっぱりわたしは行かなくちゃいけない。それが、わたしの役目だから。あなたを送ってゆくのは、そのついで」

「どうして、そこまでしておとぎばなしを集めるんですか?」

「夢を見るためには、おとぎばなしが必要だから」


 女の子は、小さなあくびを一つ。


「静まりかえった夜には、ささやかなおとぎばなし。柔らかな昼下がりには、綿毛のようなおとぎばなし。涙に暮れる日暮れには、闇霧のようなおとぎばなし。眩しいくらいの夜明けには、勇敢なおとぎばなし。おとぎばなしがあるから、人は夢を見ることが出来る。――良い夢か悪い夢かは、後はその人しだい」


 さらにあくびをもう一つ。


「ねむ」


 女の子は、暖炉の前でペタリと座り込みました。胸に抱いていたランプの蓋をあけると、その口を暖炉に向けます。


「もう寝る。おいで、チッチロロ」


 女の子の声に答えるように、パチン、という火の粉が弾ける音がしたかと思うと、次の瞬間、燃える火の玉が暖炉から飛び出してきました。


 いえ、火の玉と言いましたが、それは正しい表現ではありません。


 はたして暖炉の火の中から飛び出してきたのは、燃える尾を背負った栗鼠でした。大きさは、ちょうど女の子の掌に載るくらい。紅葉色の毛並みで、燃えている尾の先端は白くなっています。


 暖炉から飛び出した不思議な栗鼠は、ランプの中にしゅるりと入りこみました。ランプの底には燃えない石綿が敷き詰められており、栗鼠の身体を柔らかくつつみこんでくれます。


 じんわりとした暖かみを発するランプをキュッと抱きしめると、女の子は外套にくるまり、その場で丸くなりました。これが、ベッドも毛布もないこのボロ小屋で一番温かく眠れる方法なのです。


 何度かモソモソと身体を動かし、ちょうど良い丸まり具合を見付けると、女の子は目を閉じました。

 パチパチ、という樺の木が燃える音と、壁の隙間をするりとすり抜けてくる夜風の音だけが、小屋の中に響きます。


 しばらくしたところで、栗鼠は囁くように言いました。


「あの……リシュベル……」

「……なに?」

「リシュベルは、どうしてそんなにしてまで『おとぎばなし』を集めるんですか?」

「……」


 栗鼠の問いに、しばし沈黙した後、


「……そんなの、簡単」


 リシュベルは目を閉じたまま、しかし口元に月明かりのような笑みを浮かべ、言いました。


「魔女は、おとぎばなしをするものだから」


 鈴の音のような声が、空気に染み渡るように広がっていきます。


 女の子の答えは、決して納得の出来るような答えではありませんでした。

しかしなんとなく、本当になんとなくですが、栗鼠はそれでもいいかという気持ちになりました。


 しばらくした後、燃える尾を背負った不思議な栗鼠は、自分の尾にくるまりながら言いました。


「あの、何か『おとぎばなし』をお願いしても良いですか?」

「……おねがいされた」


 小さな魔女は、眠たそうな声のまま静かに語りはじめました。





  ◆◇◆





 次の日の朝。

 駒鳥が朝日を祝福する歌を歌う中、馬小屋よりまし、といった程度のボロ小屋のまえで、女の子は旅支度を調えていました。


 といっても、いつもと何かが変わったわけではありません。


 エプロンドレスの上からボロボロの外套をまとい、足下はブカブカの木靴。胸にはくすんだランプを抱いています。外套のポッケには、小さなナイフと、ほんの少しの想い出の品が入った革袋が押し込んであります。


 ランプの中では、燃える尾を背負った栗鼠がちょこんと立っています。


「用意はいい、チッチロロ?」

「はい。リシュベルは?」

「眠い。だからいつもどおり」


 あくびをしながら、女の子はコンコンと木靴を鳴らします。

 それを合図に、サアッと木々が一斉になびきました。



「さあ、行くよ。世界の果てに、おとぎばなしを探しに」



 それは、ようやく北の国の長い冬が開けようかという頃です。

 長い長い旅が始まりました。


 おとぎばなしの魔女リシュベルと、燃える尾を持った不思議な栗鼠チッチロロ。


 世界の果てを目指す一人と一匹の旅は、こうして誰にも見送られることなく始まったのでした。







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