四粒~次の章~
俺と楓さんが門に着くと、そこには既に慎一さんが待っていた。
「すみません、お待たせしました」
俺と楓さんは小走りで慎一さんに近づく。
「いやいや、そんなに待ってないよ。じゃあ、行こうか」
俺と楓さんと慎一さんは、黄昏邸のメンバーに見送られながら黄昏邸の門をくぐり、その場を後にした。
仕事のときいつも通る道を、今日は楓さんと慎一さんの後を追いながら進む。先ほどから、慎一さんと楓さんは何やら楽しそうに話している。その様子を、俺は後ろからほほえましく見ていた。
「お二人は、とても仲がいいんですね」
二人の会話がひと段落したのを見計らって、俺は話しかけてみることにした。すると、二人は少し驚いたように俺を見た。
「二人は、本当の兄妹みたいですね」
俺が微笑みながらそう言うと、二人も微笑みながら顔を見合わせた。
「そうでしょうか?」
「そう言われると、そんな気がしてくるね」
二人はクスクスと笑いあった後、俺を手招きして二人の真ん中を歩くよう勧めた。
「俺たちはね、それぞれ楓には兄、俺には妹がいたんだ。だから、少しお互い重ねてしまっている部分があるのかもしれないね」
「ええ、確かにそういった部分があるのは、否定できませんね」
二人は少し困ったように笑いながら俺を見て言った。
「でも、なんだか見てて、うらやましというか……そういう気持ちになります」
二人の様子に俺は素直な答えを返した。二人は俺の言葉を聞いて、また少し驚いた表情をしたあと、ありがとうといって微笑んだ。三人でそんな話をしていると、いつものように輝く空間が見えてきた。今回はどんな人に会えるのだろうか、と俺は不安と期待の混じった気持ちでその場所を抜けたのであった。
輝く空間を抜けると、そこには静かな住宅街が広がっていた。
「えっと、今回はどこにいらっしゃるんでしょうか?」
「あっちだよ」
俺がきょろきょろとあたりを見回していると、慎一さんに軽く肩を叩かれた。慎一さんと楓さんの後を追っていくと、そこには一人の儚げな少女が立っていた。
「彼女ですね」
いくぶん固い顔で楓さんがその少女を見て近づいて行く。
「ここは楓ちゃんに任せよう」
慎一さんの言葉に了解し、俺と慎一さんは楓さんの後をついて行った。
「あの、こんにちは」
楓さんが声をかけると、少女は驚いたように後ろを振り返った。
「えっと、どなたですか?」
「突然話しかけてごめんなさい。私、楓と申します。背の高い男性は慎一。男の子の方は春輝くんです」
「はあ、えっと、私に何か?」
未だ困惑した様子で、少女は俺たちのことを落ち着きなく見ている。
「あなたがもうこの世の存在ではないことは、お分かりですか?」
「……はい……」
「私たちは、この世の存在ではないあなたを迎えに来ました」
少女は楓さんの言葉を聞くと、はっとして俯いてしまった。
「お迎え……ですか」
少女は、か細い声で答える。
「ええ。ですが、あなたは、この世界にまだ思い残していることがおありですね?」
「……」
「その思い残したことが、解決されない限り、私たちはあなたをつれていくことができません」
「えっ……」
驚いた顔の少女と、楓さんの視線が交わる。
「よろしければ、私たちに、あなたが思い残していることを話してはいただけませんか?」
楓さんがふわりと微笑みながらそう言った。その穏やかな様子に、少女が小さくうなづいたのが見えた。
「ありがとうございます。では、少し場所を変えましょうか」
そう言うと、楓さんは少女をつれて、住宅街の中にある公園にむかった。公園につくと、俺たち三人は、少女と向かい合うようにしてベンチに座った。
「では、さっそく、お名前からお訊きしてもかまいませんか?」
楓さんが少女に話しかける様子を、俺と慎一さんは黙って見守っていた。
「名前は高倉奈緒と言います」
「奈緒さんとおっしゃるんですね。素敵なお名前です」
楓さんが穏やかに微笑みながら少女の名前を褒めると、少女はも照れたようにふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「では、本題に移らせていただきますね。奈緒さんの思い残していることを、教えていただけますか?」
楓さんの言葉に、少女は微笑みを消して少し悲しげな表情をしながら話し始めた。
「私は生前病弱で、病院から外に出ることさえ困難な状況でした。そんな私に両親はかかりきりで、三つ年上の兄がいるのですが、兄はいつも一人でした。私の思い残していることは、この兄のことです」
楓さんと慎一さんが表情を硬くした。兄妹の話ということで、二人とも何か思うところがあるのだろう。そんな二人を気にしながら、俺は思いきって奈緒さんに質問してみることにした。
「お兄さんに、何かあったんですか?」
「……兄は周囲に、私を殺したのだと、思われています」
「「「っ!」」」
奈緒さんの衝撃的な話に、俺たち三人は言葉を失った。
「でも、それは事実ではありません。私自身が言っているんですから、間違いありません」
「じゃあ、なんで」
「それは……」
思わず訊いてまった俺を見て、奈緒さんは少し間をおいた後また話し始めた。
「私がいけないんです。私が、わがままを言ったから」
「どんなわがままを言ったんだい?」
泣きそうになりながらはいているスカートを握り締める奈緒さんに、慎一さんが優しく話しかける。
「私が……海を見たいと言ったから……」
「海?」
俺は聞きなれたその言葉に首をかしげる。
「はい……病院から出たことがなかった私は、ずっと海に憧れていました。私が死んだ日、私はたまたまお見舞いに来てくれていた兄に、海に行ってみたいと言いました」
「それで、お兄さんは?」
「最初は……何も。いつも、兄は私のお見舞いに来ても、一言も話さず帰りますから。その日も、兄はそれで帰ってしまうと思っていました」
「でも、違ったんだね」
慎一さんが、穏やかに、しかし妙に確信をもった様子で奈緒さんに尋ねた。
「はい。少しして、兄が、どうしても行きたいかと言いました。私は最初その言葉の意味がわかりませんでしたが、兄が言っているのが海のことであると気づきました。そして、私は……どうしても行きたい、と伝えました」
「お兄さんは、その願いを聞いてくれたんだね」
「はい……兄は私を散歩に連れ出すふりをして、病院の外に連れ出しました。そして、道でタクシーをひろい、海に向かいました。タクシーの運転手さんは私と兄の姿を見て少し怪しんでいるようでしたが、兄が上手く言いくるめてくれました」
「それで、海には行けたのかい?」
「はい。病院の外に出た私はとても疲れてしまい、自分で歩くことができませんでした。でも、兄が私をおぶって海岸を歩いてくれました。あの時の潮の香りとうちつける波の音、夕暮れ時の綺麗な海の景色は今でも心の中に強く残っています」
奈緒さんは、当時のことを思い出すように、そっと目を閉じた。
「聞いている限りでは、病院を抜け出したこと以外に、何か問題があったようには思えませんが」
「いや、そのあとがまずかったんだろ?」
首をひねる俺に、やや硬い表情で、慎一さんが答えた。
「そうです……そのあと、私は病状が悪化し、息を引き取りました」
「そんな……じゃあ」
「……兄が、私を連れ出したことは、既に周囲にばれていました。なので、私が死んだのは兄が私を連れ出して病状を悪化させたためだと……きっと、兄はわがままを言った私を怨んでいるでしょう」
話し終った奈緒さんは静かに瞳を閉じた。
黙り込んでしまった俺と慎一さんをよそに、楓さんはそっと奈緒さんの手を握った。
「行きましょう。お兄さんのところへ」
奈緒さんが楓さんの言葉に、ゆっくりと顔をあげる。
「最後に海を見せてくださったのは、お兄さんの優しさです。信じましょう、お兄さんの優しさを」
そう言って奈緒さんを抱きしめた楓さんの笑顔が、俺にはどこか悲しげであるように感じていた。
奈緒さんの話をもとに、俺たちは奈緒さんの自宅を目指した。外はもう夕日が沈もうとしており、静かな闇がせまっている。たどり着いた先は洋風の洒落た造りの一軒家だった。
例のごとく、壁をすり抜けて侵入する。家の中は外がもうずいぶんと暗くなっているにも関わらず、電気がつけられておらず薄暗いままだった。
「誰もいないんでしょうか?」
思わずつぶやいた俺に、声をひそめるようにして奈緒さんが答えた。
「いえ、この時間帯は母が家にいるはずです」
様子を探るように進んでいくと、仏壇の前に座り込む人影を見つけた。
「母です」
奈緒さんの言葉に俺たちが視線を向けると、奈緒さんのお母さんがぼんやりと視線を仏壇に向けているのがわかった。
しばらく様子をうかがっていると、玄関の方で物音がした。振り返ってみると、玄関から少し痩せた中年の男性が歩いてくるのが見えた。
「お父さんかい?」
慎一さんが奈緒さんに問いかける。奈緒さんは静かにうなずいた。
「陽子、電気もつけないで……」
奈緒さんのお父さんはそれだけ言うと明りをつけ、お母さんと並んで仏壇の前に座った。お父さんがお母さんの肩を抱いた後、二人は無言で仏壇の前に座り続けた。
二人の様子を俺たちがひたすら見守っていると、再度玄関で物音がした。少し荒い足音が近づいてくる。近付いてくる人物が奈緒さんより少し年上の男子高校生であることから、その人物が奈緒さんのお兄さんであることが推測できた。お兄さんは両親がいる部屋をチラリと見た後、何食わぬ顔で通り過ぎようとした。
「悠一、待ちなさい」
お母さんがお兄さんを呼びとめた。お父さんは静かに様子をうかがっている。
「今日こそ、あの日のことを聞かせて。いったい何があったの」
強い瞳で見つめるお母さんの様子にかまわず、お兄さんは歩き出した。
「待ちなさい!」
鋭いお母さんの声がとぶ。甲高く響いたその声に、お兄さんは一つ舌打ちをすると振り向いた。
「うるせえ」
お兄さんが冷え切った視線で、お母さんに言い捨てる。そんなお兄さんの様子をお父さんがたしなめた。
「悠一、母さんになんてことを言うんだ」
「うるせえ!」
鋭い視線で両親を睨みつけると、お兄さんは俺たちの横を通り抜け、勢いよく今入ってきたばかりの玄関から外に飛び出した。
待ちなさいと叫ぶお父さんの言葉を後ろに聞きながら、俺たちは急いでお兄さんの後を追った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次話の投稿はゆっくりになると思いますが、一応終着点は見えています。
ただ、今回の話は引っ張ってくれる人物がいないので停滞気味です。
この話を読んで少しでも楽しんでいただけると幸いです。