三粒~三の章~
「あ~やっと着いた」
響さんの言葉に、前を見ると黄昏邸の門が目の前まで迫っていた。響さんを先頭に邸の中に入る。
「ただいま帰りました~」
琥太郎さんの言葉を合図に邸に残っていたメンバーが出てきた。
「おかえりなさい」
「おっかえり~」
「おかえり!」
「お疲れ様です」
「おかえり」
この前と同じように迎えてくれる美幸さん、右京さん、慎一さん、楓さん、葵さんに、俺は帰ってきたことを実感した。
「ただいま」
「えっと…ただいまです」
「たく、厄介なのを押しつけやがって」
俺たちは出迎えてくれたメンバーと一緒に邸の中に入った。
「なんや、響ちゃんえらいお疲れみたいやな」
「えっと、先輩と今回の子がちょっとソリが合わなくて」
「へ~そうやったん。それはお疲れ~。そんな、疲れてるとこ悪いけど、三人ともちょっと俺につきあってくれへん?」
広間に向かいながら右京さんが俺たちに向かって両手を合わせ、お願いのポーズをとった。俺と琥太郎さんは何のことがわからず顔を見合わせたが、他ならぬ右京さんの頼みということでうなずいた。響さんもしぶしぶながら了承したようだ。
「ほなら、幸ちゃんと葵と慎ちゃんと楓ちゃんもちょっと付き合ってな!」
「なんで葵たちまで!」
「まあまあ、そう言わんと付きおうてや!」
結局、黄昏邸のメンバー全員で広間に集まることになった。
みんなが各々の席に着くと、右京さんがおもむろに立ち上がって言った。
「ごほん、では、発表します」
「ちょっと右京、どうでもいい話だったら承知しないからね!」
「まあまあ、葵、落ち着き~。これからするんは、この間話してたここのみんなで家族になろうっちゅうことについてや」
「確か、この前行った仕事の後に右京さんが言ってた…」
「そや、春ちゃん、よう覚えとったな」
前回の仕事の後右京さんは俺に家族がいなかったことを知り、ここにいるメンバーで家族になろうと提案してくれたのだ。
「そんで話をもどすで。今日は、みんなにこの家族における役割をは発表しようと思うんや」
「役割…ですか?」
俺は右京さんに聞き返した。
「そや、たとえば、お父さんとかお母さんとか、あとは、掃除とか食事の係りとか」
「どうでもいいわ、そんなの」
「ちょお、待ちいや葵。役割分担は大切やで!」
めんどくさそうに立ち去ろうとする葵さんを右京さんが引きとめた。
「けど、俺たちは食事の必要はありませんよ?他の日常生活も、大概の事は必要ありませんし」
「そうですね、それでは役割分担が無駄になってしまいます」
慎一さんが右京さんに尋ね、楓さんが困ったように首をひねった。確かに二人が言うとおり、俺たちには食事や睡眠などといった、生きていたときにしていたことは必要ない。
俺はまだ来たばかりのため、慣れるまでは生きていたときと同じように睡眠だけはとっているが、ここに来てから食事をとった覚えはなかった。
「あかんな~慎ちゃんも楓ちゃんも。家族の基本は食卓を囲むことからやで」
「ええ、まあ」
「それは、わかりますが」
右京さんに肩を掴まれた二人は、首をひねりながら顔を見合わせた。
「そやから、これからは朝昼晩としっかり食事をするんや。ちなみに風呂にも入るし、仕事でやむおえないとき以外は寝る。あとは、そうやな~家族旅行とかもええな」
「えっ!てことは、生きていたときと同じことをするんですか?」
今まで黙って聞いていた琥太郎さんが驚いて右京さんに問いかける。
「ま、そういうことや」
驚く周りを気にせず、右京さんがさも当たり前のようにうなずいた。
「それにいったいなんの意味が…」
「意味?そんなん……家族になることを楽しむために決まってるやん」
響さんがさも意味がわからないといったような顔で右京さんに尋ねると、星でも飛びそうなさわやかなウインクで響さんに返した。それを見た響さんは、大きなため息をついた後黙ってしまった。
「はんなら、みんなも納得したところで改めて発表するで!」
「誰も納得してないんだけど」
葵さんの突っ込みが、聞こえたのか聞こえていないのかわからないが、右京さんはやけに高いテンションで話を進める。
「まず、俺。俺はお父さんや!ちなみに、料理も担当するで!ほらみんな拍手!」
パチパチとまばらな拍手がおこる。しかし、そんなことはお構いなしで右京さんは続ける。
「次、幸ちゃん。幸ちゃんはお母さんや!担当は仕事の振り分け」
「何それ、おかしいじゃない。なんで母親の美幸ちゃんが仕事振り分け担当で、父親の右京が料理担当なのよ」
みんなが少なからず感じていた疑問を葵さんが右京さんにぶつけた。
「…みんなは知らんからや…幸ちゃんが料理…いや、あかん。あかんで!というか、幸ちゃんに家事させたらあかん!」
今まで散々テンションの高かった右京さんが、真っ蒼な顔でガタガタと震えだした。右京さんの姿を見た俺たちは、一斉に美幸さんの方を見た。
「おや?何か?」
美幸さんはいつものように微笑んで俺たちに向かって首をかしげた。その微笑みに、俺たちは言い知れない恐怖を感じてすぐに視線をそらした。
「あ、あの、右京さん。次の担当を発表しませんか?」
俺の言葉に、今まで乗り気でなかった響さんと葵さんまでうなずいている。
「なんや、急にみんな積極的やな。ほなら、次の発表や。次は慎ちゃん。慎ちゃんは、しっかり者の長男。担当は、庭の手入れや。食事の材料は、基本自給自足やから、庭の手入れは畑仕事も兼ねてもらうからそのつもりでな。」
「あ、はい。わかりました」
「はー!どういうことよ。そんな土臭い野菜なんか食べないからね!だいたい、じゃあ、肉や魚はどうするのよ」
素直にうなずいた慎一さんの横から、葵さんが右京さんに詰め寄った。
「当然魚は釣る。肉は…狩り?」
「意味分かんない。釣るとか狩るとか信じられない!」
「ぼ、僕生きたものをさばくのはちょっと」
右京さんの言葉を完全に否定する葵さんと、蒼い顔で反対する琥太郎さん。
「ああ、それなら、私が何とかしましょうか?役割が少ないですし」
これまで、黙って成り行きを見守っていた美幸さんが提案した。
「お、ほなら、肉と魚は幸ちゃんに頼むということで」
美幸さんはいったいどこから肉と魚を持ってくるつもりなのだろうか。俺はとても気になったが、どんな答えが返ってくるのかが怖くて聞くことができない。周りを見回すと、他のメンバーも美幸さんを見ている顔色が心なしか悪い気がする。
「よっしゃ、食材のことが片付いたところで次いくで!」
一人だけ、何の不安も浮かべていない右京さんが話を進める。
「次は響ちゃんや。響ちゃんは、ちょっとシャイで引きこもりがちの次男。担当は、家の掃除全般。当然風呂掃除もしてもらうで!」
「はあ~なんで俺が…」
「つべこべ言わんの!家族は協力し合わな!」
「…はあ~」
「ちゃんと担当分はせなあかんで~」
右京さんが言い聞かせるのを、響さんはうんざりしたような顔で聞いている。
「響ちゃん頼んだからな!次、コタ!」
「あ、はい!」
「コタは、人見知りがちの三男。担当は、掃除全般と、畑仕事の手伝い」
「えっと、はい…」
「自分、意外に協調性高いからな、いろいろカバーしたって」
「わかりました…」
琥太郎さんが右京さんの言葉に戸惑いがちにうなずく。
「次、葵。葵は…うちに住んでる子ネズミさん!」
「こ、こ、こね!」
「どや、ええやろ。俺的にこれが一番しっくりくるチョイスやってん」
うんうんとうなずきながら、自分の出した案に満足している右京さんの隣では、真っ黒いオーラを出した葵さんがいる。
「ああ」
「俺は知らん」
「おやおや」
「まあ、どうしたら」
「う!」
「……」
気まずそうに見ている慎一さん、我関せずの響さん、笑顔の美幸さん、困る楓さん、既に耳をふさいでいる琥太郎さん、そして黙って見ている俺。そこにいる人には次の展開が予想できた。そう、右京さんを除いては。
「この…バカ右京―――――――!」
「うわっ!」
「誰が子ネズミよ!」
顔を真っ赤にして叫んだ葵さんのことを、右京さんは驚いたように見た。
「え?いやなん?子ネズミ」
「あり得ないわよ、考えて物を言いなさいよ!」
「そやかて、俺これが一番考えて…」
「は?なんですって?」
「いえ、なんでもありません」
やっと、ことの重大さに気づいた右京さんが黙った。しかし、葵さんは右京さんのことを睨みつけている。
「彼も凝りませんね~」
美幸さんが二人を見ながらそう言った。俺たち残りのメンバーは、その言葉に大きくうなずいたのだった。
「では、気を取り直して。葵は、短期で気が強…じゃなかった、しっかり者の頼れる長女」
葵さんのギロリと睨まれて、右京さんがあわてて言い直す。
「担当は…そうやな~自分ちっこいからな~畑の水やりとかどうや?」
「絶対にイヤ」
「え~そんなこと言うても、掃除は高いとこできひんし、洗濯物も背がとどかんから干されへんやろ?」
「なら、何もしなくていいじゃない!」
「いや、家族なんやし、それはあかん」
右京さんにはこの家族を作る上で譲れない部分があるらしい。葵さんの担当をあれでもないこれでもないと悩んでいる。
「だいたい、あんたが料理だけっていうのも提案者のくせに楽しすぎだと思うわ!」
「確かにそうかもしれんな~…よっしゃ、わかった!俺と組んで畑手伝お!それで決まりや」
「はー!ちょっと何言って」
「よっしゃ決まった。ほなら次や」
反論しようとする葵さんを、半ば無理やり制して右京さんは次に移った。
「次は楓ちゃん。楓ちゃんは、笑顔が可愛い次女。担当は、お料理全般な!」
「お料理…がんばります!」
嬉しそうにうなずく楓さんに、俺は思わず尋ねた。
「楓さん、料理お好きなんですか?」
「はい、生きていたころは、自分でお料理をしてましたし、少し自信があるんです」
「そうなんですか」
やる気満々の楓さんをほほえましくみていると、そんな楓さんを複雑そうに見ている慎一さんに気づいた。
「どうかしましたか?」
俺は気になって慎一さんに声をかけた。
「あ、いや、なんでもないよ」
慎一さんは、はっとして俺を見ると、表情をなんでもなかったようにいつもの笑顔に戻す。そして、楓さんに声をかけた。
「楓ちゃん。料理をするのはいいが、怪我には気をつけるんだよ」
「はい、大丈夫ですよ。心配しないでください慎一」
にこにこと笑いあう二人を見て、俺は先ほどの感覚は気のせいだったと思うことにした。
「ほんなら、最後に春ちゃんや!春ちゃんは、ガンバリ屋さんの四男。担当は洗濯や」
「洗濯…ですか」
「そや、晴れた日には、蒲団も干してもらうで!」
「それを、俺一人でですか?」
「う~ん、ほんまは俺が手伝うつもりやったんやけど、葵が俺がついてな仕事せえへんって言うからな~」
「そんなこと言ってないわよ!」
困った様子の右京さんに、すかさず葵さんが突っ込みを入れる。
「あの~、良かったら、私やりましょうか?」
笑顔で提案したのは楓さんだった。
「お、やってくれる?楓ちゃん」
「ええ、料理は、ずっとしているわけではありませんから」
「おお、それでこそ家族や!困ったら助け合うんが家族や!」
右京さんはこぶしを握り締めてうなずいている。
「あの~楓さん、すみません。よろしくお願いします」
「いいえ、一緒に頑張りましょう」
にこにこと、花の咲いたように笑う楓さんに俺の心は温かくなった。
「よっしゃーこれで決まりやー」
右京さんはそういうと、すっと自分の手を前に出した。
「みんなこの上に手え置き!ほら、響ちゃんと葵も!」
その言葉を合図に、俺たちは立ちあがって右京さんの周りに集まった。なかなか行こうとしない響さんと葵さんを右京さんが急かす。そして、それぞれが手を重ねると、右京さんが言った。
「これから俺らは家族や!楽しくてあったかい家族にするでー!」
「「「「「「おー」」」」」」
テンションに若干の差はあれどそう言いあって、みんなで重ねた手をほどいた。
この黄昏邸での暮らしが、家族という形で始まろうとしている。俺の心は不安と期待で高鳴っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話が次次話でこの小説は、いったん完結させようと思います。
継続して読んでいただいている方も今回初めて読んでいただいた方ももうしばらくお付き合いいただけると幸いです。