三粒~初めの章~
前回の仕事を終えて、しばらくたった。俺たちの仕事は不定期らしく、毎日出ていくという形式ではないらしい。
加えて、美幸さんが適正などを考慮しているらしく、前回の仕事以来俺が出ることはまだなかった。
そんなある日の昼下がり、俺が日の当たる縁側を歩いていると向かい側から美幸さんが歩いてきた。
「あ、ここにいたんですね、春輝さん」
美幸さんはにこにこしながら、俺に近づいてくる。
「あ、美幸さん。どうされたんですか?」
「いえ、そろそろ春輝さんに次の仕事に行ってもらいたいなと思いまして」
「次の仕事ですか。わかりました。で、今回は…」
「今回は、響さんと琥太郎さんと一緒に行ってもらいます」
「そうですか、精一杯がんばります」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
響さんと琥太郎さんとは、あまり話したことがない。特に響さんはとっつきにくい性格でもあるので、今回仕事をすることで少し親睦が深まればとひそかに思った。
「では、二人のところに行きましょうか」
美幸さんについて邸の庭に出ると、響さんと琥太郎さんだけでなく、黄昏邸のメンバーが全員そろっていた。
「お、春ちゃん、二回目の仕事やね!この前の仕事も上出来やったし自信もって頑張り!」
「ふん、ま、足手まといにならないことね」
「三人とも気をつけて!」
「お仕事の成功をお祈りしています」
「いってらっしゃい」
右京さん、葵さん、慎一さん、楓さん、美幸さんが俺たちを見送ってくれた。
「えっと、じゃあ、行ってきます」
「行ってくる」
「行ってきます」
琥太郎さんと響さんと俺はみんなに挨拶を返し、前回と同じように黄昏邸の門の前に立った。
「足引っ張んなよ」
「はい!」
眼鏡の奥から切れ長の瞳を覗かせている響さんが、俺に釘をさすように言った。響さんの言葉に気合を入れなおし、俺は門をくぐったのであった。
前回に来たときと同じ道を俺と響さんと琥太郎さんは無言で歩く。その静寂の中、琥太郎さんがおもむろに口を開いた。
「あの~春輝くん、こっちの生活にはもう慣れた?」
「あ、はい。わからないことがあれば皆さんが教えてくださいますし」
「それはよかった」
琥太郎さんは独特のふわっとした笑顔を俺に向けてくれた。
「えっと、琥太郎さんは、俺を除いたら一番ここに来たのが最近なんですよね?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり、琥太郎さんも驚きましたか?」
「うん、かなりね。でも、俺は春輝くんと違って自分で決めてきたようなものだから、ここが僕のいる場所なのかなって感じだったよ」
「そうなんですか」
「ま、そんなにすんなり受け入れられたわけじゃなくて、ウダウダ悩んだりしてたけどね」
なんでもないことのように、琥太郎さんは俺の質問に答えてくれた。しかし、その瞳はどこか遠くを見ているようでもある。
「お前ら、そろそろ着くぞ」
俺と琥太郎さんが話しているところに響さんが声をかけた。その言葉に前を見ると、光り輝く空間が見えた。そこをくぐると、前回と同じように都会の喧騒が広がっていた。迷いなく進んでいく響さんの視線の先には、学校らしき建物が見える。
「あそこだ」
響さんが指さした先には、俺と同じくらいの年齢の少年がじっと学校を眺めていた。
「おい、そこのお前」
響さんがぶっきらぼうに声をかけると、その少年は少し驚いたあと怪訝そうに俺たちを見た。
「あんたたち、誰」
「えっと、僕は琥太郎って言います。こっちの男の子は春輝くん、こっちの男の人は響さんです」
「で、俺に何の用」
「え~つまり、そ、その」
俺たちを睨みつけるような鋭い視線を向ける少年に、琥太郎さんがたじたじしながら答える。すると響さんが、呆れたように割って入った。
「はあ~、俺たちは、お前を正しい道に連れていくために来たんだ」
「正しい道?」
「お前は死んでる。死んだ人間がこれ以上とどまることはできない」
「一緒に行かないって言ったら?」
「無理やりにでもつれていく」
ピリピリとした空気が少年と響さんの間に流れる。
「ちょ、ちょっと先輩。いきなりすぎますよ」
「遠まわしに言ったところで、こっちに得なことはない」
「あ、いえ、それは正論なんですが…」
琥太郎さんは響さんを必死になだめようとしている。その様子に構わず、少年がきっぱりと言い放った。
「俺、一緒に行かないよ」
「え!」
「そら見ろ!こういう輩は厄介なんだよ!」
「なんて言われようと行かない。俺はあいつが不幸になって、思いっきり苦しむのをここで見届けてやるんだ」
少年の不穏な言葉に、俺と琥太郎さんは少年を見た。少年は学校の周りを囲むフェンスにしがみついて、じっと校舎の方を睨みつけていた。
「はあ~くそ~、厄介な奴を押しつけられたもんだ」
響さんがめんどうそうにつぶやく。
「なんだか、一筋縄ではいかなそうですね」
「うん。そうみたいだね」
「どうします?」
「そうだな~…先輩…あの~どうしましょう…」
俺と琥太郎さんは困り顔で響さんの方を見た。
「あー、もう、動かねえって言うなら仕方ないだろ。様子見てなんとか連れて帰る」
「なんとかって…でも、どうやって」
「お前が考えろ」
「ええーー!ぼ、僕ですか?」
急に話をふられて目を白黒させている琥太郎さんを尻目に、響さんは何事もなかったかのように平然としている。
「そ、そんな、僕にどうしろと…」
「あの、俺も手伝いますから」
「春輝くん…君は天使だ」
仕事二回目にして天使に昇格するとは思わなかった。なにはともあれ、少年をなんとか連れて帰るしかない。
「じゃあ、ひとまず彼と行動しますか?」
「そうだね、それがよさそうだ。先輩もそれでいいですか?」
「連れて帰れるなら、なんでもいい」
こうして、俺たちは少年の様子をうかがうことにした。
しばらくすると、少年は校舎の方に向かって歩き始めた。そのあとを俺たち三人はついていく。
「おじさん達、いつまでついてくんの?」
「お、おじ!」
「まあまあ、先輩。君が僕たちについてきてくれるまでだよ」
おじさんという言葉に反応した響さんを抑えながら、琥太郎さんが少年に答える。
「ふうん、言っとくけど、俺、そんなに簡単についていかないから」
ふいっとまたそっぽを向いてしまった少年に、俺は少し興味がわいて尋ねた。
「君、名前はなんていうの?」
「それ必要なこと?」
「いや、まあ、名前がわからないと呼ぶのに困るし…」
「…渡瀬…琢磨」
少しの間があった後、少年琢磨くんがぼそりとつぶやいた。
「琢磨くんって言うんだ」
「名前で呼ぶな!なれなれしい!」
「あ、ご、ごめん」
ぎろりと睨まれて俺はあわてて謝った。その横から、響さんが琢磨くんに話しかけた。
「お前、中学生?」
「そうだけど、それが何か?」
「は、生意気なガキだ」
「変なおじさんに言われたくないんだけど。これ、誘拐かなんかじゃないの?」
「この、ガキ」
怒って今にもつかみかかろうとする響さんを、琥太郎さんが必死に後ろから制している。
「ちょっと中学生に殴りかかるとかサイテー暴力ハンターイ」
「放せ!こいつには言ってもわからん!」
「落ち着いてください先輩!子どもを殴っちゃだめですよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、俺たちは中学校の校舎内を進んでいく。自分たちの姿が見えていなくて良かったと俺は改めて感じた。
しばらく歩くと、二年一組と書かれた教室に着いた。すると、今まで響さんと言い争っていたのが嘘のように琢磨くんは黙ってしまい、教室の中をじっと見つめ始めたのだった。
その視線の先を追って中を見ると、一人の少年が窓際の席に座っているのがわかった。その少年の周りには、多くの友達らしき子どもが集まり、楽しそうに話している。少年が笑うたび、琢磨くんの表情は険しくなるようだった。
「そういうことか」
「え?どうしたんですか、響さん」
「つまり、あいつが、このガキが言ってた、苦しむのを見届ける相手ってやつだろ」
「え?そうなんですか?」
「顔見りゃわかる」
響さんに言われて琢磨くんの顔を見ると、確かに、その顔には憎しみのような感情が浮かんでいるようにも思えた。
そうしてしばらく少年を見た後、琢磨くんはクルリと向きを変え、いきなり走り出した。
「え!」
「あ、おい!」
「ちょ、ちょっと!」
突然のことに呼びとめることもできず、俺たちは琢磨くんの後を追った。
「どうしたんでしょうか」
「そんなもん、俺が知るか!」
そんな会話をしながらしばらく走ると、ようやく琢磨くんは屋上に着いたところで止まってくれた。
「このガキ。無駄に走らせやがって。もう知らん」
完全に機嫌を損ねてしまった響さんは、屋上のフェンスに寄りかかりながら目を閉じて我関せずを決め込んでしまった。仕方なく、俺と琥太郎さんで琢磨くんに話しかける。
「ねえ、琢磨…じゃなくて渡瀬くん。どうしたの?」
「……」
「黙ってたらわからないよ」
「……」
俺がいくら話しかけても、琢磨くんは屋上から見える景色を眺めたまま、いっこうに答える気配を見せない。俺が困っていると、琥太郎さんが琢磨くんに優しく話しかけた。
「俺たちは、君を正しい道に連れていくために来たんだ。君に何か思い残したことがあるなら、一緒にその思いを軽くしていきたい」
「……」
「だから、少し話してみてくれないかな?」
「……」
それでも何も言わない琢磨くんに、俺と琥太郎さんは困って顔を見合わせた。
長い沈黙が流れた。俺と琥太郎さんは琢磨くんが話しだすのをじっと待った。すると、おもむろに琢磨くんが話し始めた。
「あいつは、笹原洵。俺の同級生。それで…俺が殺そうとした相手」
「「「!」」」
琢磨くんの言葉に、俺と琥太郎さんはもちろん、響さんまでも驚いて琢磨くんを見た。
「えっと、それはどういう」
「あいつがいけないんだ…俺と違って何でも持ってて、俺の方が何倍も努力してるのに」
「渡瀬くん…」
「それで、殺してやろうと思って、この屋上に呼びだして、突き飛ばした…」
「そんな…」
俺はあまりの衝撃に言葉も出なかった。
「なら、なんでお前が死んでいるんだ」
もたれていたフェンスからこちらに向かいながら、響さんが琢磨くんに尋ねた。
「落ちそうになったあいつが、俺をひっぱったんだ」
「まさかそれで」
眉間にしわを寄せながら、琥太郎さんが小さく琢磨くんに言った。
「そうだよ!結局俺が落ちて、あいつは助かった」
「自業自得だな。アホらし。さっさと行くぞ」
「違う!あれは俺が悪いんじゃない!あいつが悪いんだ!」
「うるさい、そんな自分勝手な理由につき合ってられるか!明日には絶対に連れて帰る!覚悟しとけよ!」
「あ、ちょっと、響さん」
響さんはそれだけ言うと、屋上を出て行ってしまった。
「琥太郎さん、どうしたら」
俺は焦って琥太郎さんの方を見た。すると、琥太郎さんはいつものような柔らかい表情を硬くして、俺に行こうとだけ答えて歩き出してしまった。琥太郎さんの変化に疑問を感じながら、俺は琢磨くんを残して二人の後を追ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
三粒は三章構成で投稿しようと思っていますので、残り二章読んでいただけると嬉しいです。
この小説に関しては、もうしばらくお付き合いください。