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涙の道しるべ  作者: 寧古
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二粒~次の章~

 次の日の朝、隆文さんと要君が昨日と同じように起きてきた。そのあとを、あづささんがついていく。隆文さんが料理をし始めると、また昨日と同じようにあづささんがあれこれと注意をし始めた。


「葵~ええの~日い変わってもうたで~」

「うっさいわね、葵は疲れたから、ここで、もうちょっと休んでるの!」

「自分、素直やないな~」

「なによ!」

「あの、葵さん、ありがとうございます」

「はあ!?あんたまで何なのよ!」


 怒ったようにそっぽを向いている葵さんが、あづささんにもう少しだけ猶予をくれたのだということに嬉しくなった。

 当のあづささんを見ると、昨日の夕飯時のように隆文さんと要君と一緒に朝食を囲んでいた。


「ねえ、お父さん!僕昨日お母さんの夢を見たよ!」

「へ~、どんな夢だんたんだ?」

「えっとね、お母さんがずっと僕の頭をなでてくれてる夢!」

 

 突然の要君の言葉に、俺たちは驚いて要君を見た。あづささんも同じように目を見張っている。


「これだから、子どもは怖いのよ…」


 驚きを隠せないといった様子で、葵さんがつぶやいた。葵さんも外見的年齢はあまり変わらないんじゃ、という考えはこの際横においておく。


「そっかあ、母さん来てたのか~。じゃあ、母さんが心配して天国に行けなくならないように、今日も元気に幼稚園行くか!」

「うん!」


 笑顔で要君の頭をなでた隆文さんに、要君が元気な声で返す。

 そうして、二人いや三人での朝食がおわり、隆文さんと要くんは昨日と同じように仏壇のあづささんに挨拶した後出かけて行った。二人が出ていった扉を、あづささんは手をふりながら見つめていた。


 誰もいなくなった家で、俺、右京さん、葵さん、あづささんが向かい合って立っていた。


「さ、これで心残りはなくなったでしょ」

「ほな、行こか」

「あの、皆さんには大変お世話になりました。本当にありがとうございます」

「いやいや、俺らはなんもしてへんよ。ただ、ちょっとお手伝いさせてもろただけや」


 深々と頭を下げるあづささんに、右京さんがたいしたことではないと笑う。


「じゃ、あなたを正しい道に導くわ!」

「はい、よろしくお願いします」

「いくわよ。汝の扉の鍵守りを示せ」


 葵さんの言葉とともに、あづささんの後ろに巨大な扉が表れた。


「な、なんですかこれ!」

「まあ、見ての通りの扉や」

「いや、扉って…」


 黄昏邸に来てから驚くことばかりだったが、こんなことが起こるなど驚きを通り越して衝撃である。呆気にとられて見ていると、ふと胸のあたりが光っているのに気がついた。


「お、今回は春ちゃんやな。デビューそうそうやけど、しっかりな!」

「え?ちょっとどういうことですか!」

「見ての通り、あんたが今回の鍵守りなのよ。いいからさっさと扉を開けなさい」

「開けなさいと言われても、俺どうしたらいいのか…」

「方法は鍵が教えてくれるから大丈夫や。心を静めて鍵の声を聞くんや」

「鍵の…声…」


 右京さんの言うとおり、心を静めてじっと待っていると、心の中から言葉がわき上がってきた。


「我、汝の鍵守り、春輝の名をもって、正しき旅路へ誘う者なり。」


 俺がそう言って鍵を扉に差し込むと、カチッという錠前が外れるような音がして、扉がゆっくりと開いた。


「うん、バッチリやで春ちゃん!」

「こんなのできて当たり前!さ、あなたはこの中に入りなさい」


 葵さんが扉を指さして、あづささんに中へ入るよう言った。


「はい、では、本当にありがとうごさいました」

「ええって。ほなら、こっからは春ちゃんが途中まで案内したるんやで」

「でも、俺道わからないですよ?」


 いきなり案内をしろという右京さんに、俺は不安になってこっそり尋ねた。


「大丈夫や、鍵守りには道がわかんねん」

「そういうものなんですか…」

「そやから、自信持って案内したり!」

「…わかりました」

「さあ、もういいでしょ!さっさと行きなさい!」

「まあまあ、葵そんなに急かさんでも」


 ご機嫌ななめの葵さんを、右京さんがやんわりと諭す。


「すみません、あづささん。お待たせしてしまって」

「いいえ、よろしくお願いします」

「じゃあ、行きましょうか」


 そうして、俺たちは右京さんと葵さんを残し扉の中に入ったのだった。

 しばらく歩くと、これまで通ってきた小道と違い大きな道に出た。


「えっと、俺が案内できるのはたぶんここまでです」

「そうですか」


 その大きな道とこれまで通ってきた道の、ちょうど境目で、俺はなんとなくこれ以上は行けないということを悟った。大きな道には、同じ方向に向かって歩いている大勢の人が見える。

少しさびしそうな顔で、あづささんがその道の先を見ていた。その顔を見て、俺はずっと言いたかったことを思わず口にしていた。


「あの、あづささん!」

「はい?なんでしょう」


 少し驚いたようにあづささんは俺を見た。


「えっと…俺、両親が死んで、ずっと寂しかったんです。いえ、そんなことを思うことさえできませんでした」


 あづささんは、黙って俺の話を聞いてくれていた。


「急に一人になって、どうしたらいいかわからなくて、なんでそばにいてくれないんだろうって何度も思いました。けど、見守られているような、そんな気がした時があったんです。俺、あづささんを見て、それが気のせいだけじゃないって思えました」

「春輝さん…」

「結局、ちゃんと気づけずに、死んでしまった俺が言っても説得力がないかもしれないですけど…でも、俺…思いは届くと思うんです!」


 気がつくと、自分でも驚くくらい一生懸命にあづささんに語りかけていた。なんとしても、これだけはあづささんに言っておきたかったのだ。きっと、あづささんの姿が両親にかぶってしまったからだろう。


「きっと二人にも届きます!だから!」

「…ありがとう」


 必死に語りかける俺に、あづささんが優しく微笑みかけ、そっと手を握った。


「ありがとう。私、必ず思いは届くと信じてみます。二人が大丈夫って言うんですもの、きっと大丈夫です」

「あづささん…」

「それに、あなたの思いも、私にちゃん届きましたから。こんな息子さんをもって、さぞご両親は幸せでしょうね」


 さらに笑みを深くして、あづささんが言った。そのまま、ゆっくりと握っていた俺の手を離し、笑顔で手をふりながら、あづささんは大きな道の人ごみの中に紛れていった。

          


 俺が扉の中から戻ると、すぐに来たときと同じ輝く空間が現れ右京さんと葵さんがその中に入った行くのが見えた。俺は、扉のあった場所を一度振り返り、二人の後に続いのだった。


「最後まであの人、俺らの名前呼ばんかったな~」

「え?そうでしたか?俺呼ばれましたけど」

「え~春ちゃんだけずるいやんか~扉の中で何があったんや?」

「何って…別に何もありませんよ」

「怪しいわ~やらしいわ~」

「な、なんにもないですって」

「どうでもいいわよ、そんなこと」


 来たときと同じ道を通りながら、右京さんが俺をからかい、葵さんはそれをあきれたように見ている。


「でも、なんで俺が彼女の鍵守りだったんですか?俺は彼女と面識もありませんし、今日から仕事に参加したばっかりで経験もないのに…」

「それはな、鍵守りに選ばれる条件が、そういうことやないってことや」

「じゃあ、なんで…」

「鍵守りに選ばれるんは、扉の向こう側に行くべき者に最も近い者っていうのが条件やからな」

「最も近い…ですか…」

「近いゆうても、物理的な距離が近いんやない。心の距離のことや」

「心の距離って、どういうことですか?」

「そやな~、春ちゃん、あづささんとなんか通じるなとか、気持ちわかるわ~とか思わんかった?」

「えっと、はい。俺も両親を亡くしてたので、もしかしたら、あづささんと同じような気持ちでいたのかもしれない、と…残される方の気持ちもわかりますし」

「それやな。おそらくあづささんと春ちゃんの思いの形が、俺らの中で一番似とった。つまり、扉の向こう側に行くべき者の心を、一番理解して、近づけるのが春ちゃんやったってことや」

「そうだったんですか」


 鍵守りに選ばれたことが、扉を開ける相手のことを一番に理解できる証だということに、俺は少なからず嬉しさを感じた。


「まあ、それにしても、初めてにしては上出来やったで!葵もそう思うやろ」

「ふん、あれくらいできて当然よ!逆に案内できない方がおかしいわ!」

「相変わらず辛口やな~」

「…まあ、でも、今回は一応成功したことだし、呼び方を新入りからハルに格上げしてもいいわよ!」

「え?それは格上げなんですか?」

「なによ、文句があるなら一生新入りって呼ぶわよ」

「いえ…ハルでいいです」

「春ちゃん堪忍したって~葵ツンデレさんやねん。ホントは春ちゃんのことけっこう気に入ってると思うで!」

 

 俺と葵さんのやりとりを見ていた右京さんが、俺の耳元でそっとつぶやいた。そんなやりとりをしながら進んでいくと、黄昏邸の門が見えてきた。


「ただいま~」


 右京さんが門をくぐるなり、大声で自分たちの帰りを知らせた。すると、邸の中から次々と邸のメンバーが集まってきた。


「おかえりなさい」

「おかえり!」

「おかえりなさい」

「道には迷わなかったらしいな」

「あの、おかえりなさい」


 邸のみんなが俺たちを出迎えてくれる。その温かさに、帰る場所があるという感覚をかみしめることができた。


「初のお仕事はどうでしたか?」


 にこにこしながら美幸さんが俺に尋ねた。


「えっと…大変でしたが、とってもやりがいのある仕事だと思いました。これからもがんばります!」

「それは良かった」


 美幸さんが、笑顔でうなずいてくれた。


「さ、ここで話すのもいいですが、お部屋に入りませんか?ゆっくり春輝くんのお仕事の話も聞きたいですし」


 これまたにこにこしながら、楓さんが俺たちを邸の中へ誘った。


「そやな、ほなら入ろか」

「も~つっかれた~」

「お疲れ様です」


 その場にいた人たちが邸に入ろうとしたとき、右京さんが急に立ち止まって俺に言った。


「そや、春ちゃんさっきご両親は亡くなった言うてたな」

「はい、それが何か?」

「ほなら、それからずっと家族おらんと一人やったんか?」

「ええ、まあ、でもここにくるけっこう前のことですし…」

「それやったら、俺らを家族と思えばええやん!」

「え!」

「それはいい考えですね」

「え?美幸さんまで!」

「いいんじゃないか?俺は賛成だ」

「慎一さん…」

「私も賛成です」

「僕も…家族ってのは…いいと思います」

「特に興味ないんで、お好きにどうぞ」

「葵はどっちでもいいけど~」


 邸のメンバーは、特に異論がないらしい。


「ちょっ…えっと…いいんですか?美幸さん」

「ええ、かまいませんよ。家族となれば、みんなの結束もより固くなるでしょうし」

「後は、春ちゃんの意見に任せるわ…どや?いやか?」

「…いいえ、その、俺も賛成です」


 家族という響きにどうしようもない嬉しさを感じてしまったのは、あづささんといた時間のせいだろうか。ここにいる人たちとなら、うまくやっていけるそんな気がした。


「よっしゃ!決まりや!今日から俺らは家族な!」


 暖かな光の差し込む邸の玄関で、胸に広がる温かさを感じたのが、俺だけではないことをひそかに願った。

 怒涛の三話更新です。

 いっそ終わらせてしまおうという無謀さから書きためていたものを投稿させていただきました。

 至らないところはあるかと思いますが、ひとまず出来たものを楽しんでいただけると幸いです。


 また、作中の方言については、違和感のある部分などがあれは教えていただけると嬉しいです。


 来週からしばらく更新が滞る可能性がありますので区切りのいいところまで進めておきます。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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