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涙の道しるべ  作者: 寧古
2/9

一粒

 俺、    十六歳は死にかけていた。

 それは、凶悪な殺人事件に巻き込まれたからというわけではない。あるいは、派手な喧嘩をしてきたわけでもない。そう、ただ、俺はとてつもなく空腹なのだ。

 二か月ほど前、両親が交通事故で死んだ。頼る親戚もなく、一人さ迷い歩く俺が、十分に腹を満たす場所など到底あるはずがなかった。それでも、なんとか凌いでこれたのは、俺自身の無駄に強い生命力のためだと説明するしかない。


「ああ、俺死ぬんだろうか」


 冷たいコンクリートの地面にうつぶせに寝転がりながら、知らずそんなことを口に出していた。口に出すと現実味が増していく。


「まあ、それもいっか」


 どうせ俺には悲しんでくれる人などいないんだから、とあきらめにも似た感情が浮かぶ。


「今度は、…もうちょっと幸せな人生が送りたいかも…」


 薄れていく意識の中、俺はこの世に別れを告げたのだった。

          

 声が聞こえる。


「起きませんね」

「大丈夫なのか?」

「さすがに心配になってきますね」


 誰だ?聞いたことのない声。


「死んでるんじゃないの?」

「ははは、それは…まあ、死んでるやろ」


 おいおい。勝手に殺すのはやめてくれ。


「……ん」

「お、目が覚めたみたいやで」

「……っ」


 ぼんやりとしていた思考が急に覚醒する。なぜなら、俺は今、ものすごく整った顔立ちの人々に囲まれているからだ。


「こ、ここは…どこ…ですか?」


 あまりの衝撃に、寝かされている蒲団から起き上がれないまま、それだけを言うのが精いっぱいだった。


「ほら~右京がそんな顔してるから~驚いてるじゃない」


 頬を膨らませて、不機嫌そうにしているのは、髪をツーサイドアップにした小学生くらいの美少女。


「俺こんな顔なんやけど?」


 困ったように答えるのは、茶髪でスタイリッシュなイケメン。


「私、美幸さん呼んできますね~」


 部屋を出ていこうとしているは、ふわふわのカールのきいた長い金髪を持つ、高校生くらいの美少女。


「俺もついていくよ」


 金髪少女を追って出ていったのは、これまた笑顔の眩しいさわやか系イケメン。


「ここは、黄昏邸だ」


 冷静にこの場所の名前だと思われる言葉を、俺に向けてはなったのは、眼鏡の奥に神経質そうな瞳をしたイケメン。


「あ、その、黄昏邸ってのは、この建物の名前です」


 少し寝むそうな顔に、寝ぐせの付いた髪の毛、気弱そうな瞳。しかし、なぜかそれさえ似合っていると思わせる雰囲気のイケメン。


「建物の名前ってなあ…簡潔すぎで、彼には何のことやらさっぱりやろな」

「俺、何か間違ったことを言ったいましたか?」

「いや、間違ってはいいひんのんやけど…」

「せ、先輩の説明は…その…わかりにく…うわっ、いた!すいません」


 気弱そうな青年が、眼鏡の青年に叩かれた。


「あの~、えっと…俺はなんでこんなとこにいるんですか?」


 俺は、やっと蒲団から身体を起こし、そう問いかけた。


「それは、美幸ちゃんが連れてきたからよ」


 さも当たり前のように、少女が答えた。しかし、俺の中で疑問は大きくなるばかりだ。


「美幸ちゃん?」

「そうだ。美幸さんは、この屋敷の管理者でもある」

「俺は、その美幸さんに連れられてきたと…」

「そや、幸ちゃんだけがこの屋敷に、新しい人を招けるんやで」


 訳がわからない。その美幸さんとやらは、いったい誰なのか。名前からして女、だろうか。そもそも、ここはどこで俺はなんでここに連れてこられたのか。たくさんの疑問に俺の頭は、爆発寸前である。


「あ、あの!」

「おやおや、にぎやかですね」

「え?」


 突然かかった声に、あわてて入口の方を見る。するとそこには、長い銀髪を風になびかせながら、先ほど出ていった少女と青年とともに静かにたたずむ人がいた。 穏やかな微笑みをたたえながら、静かに部屋に入ってきたその人は俺の近くにそっと腰をおろした。


「皆さん、彼が驚いていますよ。右京、あなたはそろそろ説明くらい、してあげられるようにならなければいけませんね」


 茶髪の青年を見ながら、話すその人からはやや低めの声が響く。


「…ん?…え!…男!」


 思いがけない衝撃の事実に、素っ頓狂な声をあげてしまう。


「あ、す、すいません」


 初対面の人に対するものとしては、とても問題な発言に思わず頬が赤くなる。


「ふふふ、慣れてますから、大丈夫ですよ」


 特に気にした様子もなくもなく、美幸さんが答える。


「こちらこそ、何の説明もせず申し訳ありません」


 困ったように微笑みながら、美幸さんが俺に謝る。


「俺は説明した。そうだろ?新入り」

「え?あ…えっと…」

「響、説明とは相手がわかってはじめて、成立するのではありませんか?」

「……はい、そうですね」


 美幸さんに微笑まれ、気まずそうに眼鏡の青年が目線をそらす。いったいこの美幸さんとは何者なのだろうか。


「さ、では、ひとまず自己紹介から始めましょうか。私は、美幸。美しい幸せと書いて美幸です。この邸を取り仕切っているので、以後わからないことがあれば何でも聞いてください」

「はい、よろしくお願いします」


 現在進行形でわからないことだらけです、という言葉をひとまず呑み込んで会釈する。


「では、滞在歴が長い順ということで次は右京、どうぞ」


 そう言って、美幸さんは茶髪の青年を見た。


「ほなら、自己紹介させてもらうわ。俺は、右京。右、左の右に京都の京で右京や。ま、好きに呼んだって。一応幸ちゃん除いたらここに一番長いことおるから困ったら何でも聞いてや」

「よろしくお願いします」


 にかっと笑いながら、自己紹介をしてきた右京さんに、少し気圧されながら俺は返事をした。


「じゃあ、次は俺かな。俺は、慎一。慎しむの慎という字に、漢数字の一で慎一だ。何かあったら、いつでも頼ってくれていいよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 さわやかすぎる笑顔だ。俺は、こんな兄がいたらいいなとひそかに思った。


「次は、葵の番ね」

「え?」

「なによ新入り!人を見た目で判断すると痛い目にあうわよ!言っとくけど私はあんたの先輩なんだからね!」

「あ、すいません。よろしくお願いします」

「ふん、わかればいいのよ」


 俺が驚いたことで、機嫌を損ねてしまったらしい。しかし、こんなに小さい子がこの中で三番目に滞在歴が長いなんて、ふつうは驚くものじゃないのか。葵さんの結われた髪が、感情に合わせるようにパサパサとはねる。


「葵はすぐそうやってすねるんやから~」

「ふん、なんか文句ある?」

「はあ~葵は植物の葵と同じ字い書くねん。まあ、こんなんやけどよろしくしたって~」

「あ、はい…」


 完全にへそを曲げてしまった様子の葵さんに代わり、右京さんが俺に軽く頭を下げた。


「次は俺だな。響だ」

「…は?あ、よろしくお願いします」

「響…自分も相変わらずやな…響は響くって書いてきょうって読むんやで~」


 なんて簡潔すぎる自己紹介なんだ。それにすかさず右京さんがツッコミをいれる。さっきの説明といい、いまいちつかめない人だと思った。


「では、次は私ですね。楓と言います。字は、葵さんと同じで植物の楓と同じです。私にできることがあれば、何でも言ってください」

「はい、よろしくお願いします」

 

 にっこりほほ笑む楓さんの背後に、無数の花が見えるのは気のせいだろうか。


「あ、じゃあ、次は僕で。琥太郎と言います。えっと、琥珀の琥に、太郎で琥太郎です。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 髪をいじりながら、琥太郎さんがこちらに目線を向けることなく、恥かしそうに自己紹介した。


「はい、では、自己紹介の済んだところでいろいろと説明することにしましょう。さて、何から話しましょうか」


 美幸さんが思案顔で話しだした。


「まずは、状況説明をするべきではないですか?彼も相当混乱しているみたいですし」


 慎一さんが穏やかに提案した。


「そうですね。では、ここがどういったところかということから説明していきましょう。そうですね~簡潔に言えば、ここは生きている人間のいる世界ではありません」

「え?…は?それはどういう」


 にっこりという言葉がぴったりの笑顔を見せながら、美幸さんがさも当たり前のように衝撃的な話をさらりとした。


「つまり、君は死んだちゅうこっちゃ」


 右京さんが俺を見ながら、これまたさらりと衝撃発言をした。


「…………え……えーーーーーーーーーー」


 衝撃のあまり、そのまま蒲団に倒れこみそうになる身体を、かろうじて支えながらやっとの思いで言葉を発した。


「でも、だって、俺ここにいるじゃないですか、それにさっきまで」


 そう、先ほどまで俺は人気のない路地に横たわっていた。今にも死にそうな状態で。


「…え…あれ?」

「つまり、そのまま死んでしまったということです。信じられないかもしれませんが…」


 信じられるわけがない。なんせ俺はついさっきまで生きていたのだから。


「じゃあ、ここにいる人たちは…」

「もちろん、皆さんもう生きた人間ではありません」

「そんな…」


 美幸さんが、俺に視線を向けているのがわかったが、話を受け入れることのできない俺は、言葉を発する気になれない。


「自ら命を絶っておいて、死んだことを後悔するとは」


 響さんがあきれたようにつぶやいた内容に、俺は勢いよく顔をあげた。


「え?どういうことですか?」


 自ら命を絶った、つまり俺が自殺をしたと響さんは言いたいのだ。


「ここにいる人たちは皆、自ら命を絶ってここに来たんです」


 美幸さんが静かに説明してくれた。


「そんな…だって、俺自殺した覚えなんて…」

「そらおかしいな~幸ちゃん間違えたんちゃう?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。あなたがここに来る直前のことを教えてもらえますか?」


 この場にいる全員の視線が俺に集まる。


「えっと…確か…ものすごく腹がへって…で、俺死ぬのかな~ま、それもいっか~って…あ…」

「完全にその最後の言葉が鍵ね」


 俺をビシッと指さして葵さんが宣言した。


「ええ、つまり死ぬ前に死んでもいいと思ったということです。自ら生きることをあきらめた、すなわち自殺ということになります」

「そんな…」


 俺は愕然として美幸さんを見た。しかし、美幸さんは静かに俺を見つめるばかりである。その瞳が、それが真実なのだと暗に語っているようだった。


「ま、来てもうたもんはしゃあない。ここにいるんも悪うないで」


 右京さんが俺を励ますように言葉をかけてくれる。


「そ、そうだよ!僕も最初は驚きましたけど、今はそれなりに楽しんでやってるし!」

「お前の場合、自分より周りをうんざりさせているけどな」


 一生懸命励まそうとする琥太郎さんを、響さんが冷たくあしらう。


「どうにも…ならないんですよね…」

「残念ながら…」


 少しの希望を込めてつぶやいた俺の言葉は、美幸さんによって穏やかに、しかし確実に否定されてしまった。


「…はあ…わかりました。色々と納得できないところはありますが…ひとまずお世話になります」


 何やら、考えるのも面倒になってきた。どうすることもできない以上、ここはひとまず受け入れるしかない。


「あ、そうだ!俺の名前言ってなかったですよね…えっと、名前…名前…え…思い…出せない?」


 ついさっきまで、使っていたはずの名前が思い出せない。俺が混乱していると、美幸さんが静かに声をかけてきた。


「ご自分の名前が思い出せないのですね」


 妙に確信めいた問いかけに、俺はいっそ泣きたい気持ちになった。


「さっきまで使ってたはずの名前が…思い出せないんです」


 一人焦る俺に、今まで黙っていた楓さんが近寄ってきて声をかけた。


「どうか落ち着いてください。ここにいる人たちは、私を含めて全員本当の名を知りません。いえ、忘れてしまったんです」

「え…そんな…」


 悲しそうに目を伏せて、楓さんがそっと俺の手を握った。


「ですから、みんな一緒です。どうか、そんなに落ち込まないでください。すぐには無理な話かもしれませんが…きっといつか思い出せると私たちは信じています。あなたは一人ではありません。いつでも、私たちを頼ってくれていいんです。私も、ここにいる皆さんのおかげで、今こうやって笑えているのですから」


 楓さんがほほ笑みながら、まっすぐ俺を見つめていた。その瞳を見ていると、温かさにふと先ほどとは違った涙があふれそうになった。


「そうだ、君は一人じゃない」


 楓さんと同じように微笑みながら、慎一さんが優しく声をかけてくれた。二人の言葉を聞いて周りを見回すと、その場にいる全員が俺にうなずいてくれた。


「ありがとうございます。俺何もわからないけど…皆さんと一緒にいられたら乗り越えられそうな気がします」


 俺は、こぼれそうになる涙を必死にこらえて、やっとそれだけの言葉を言うことできた。


「では、さっそくあなたの名前を決めましょう」

「あ、そういえば、皆さん名前がありますよね」


 美幸さんの言葉に、俺はこの場にいる人たちには名前があることに思い至る。


「葵たちの名前は美幸ちゃんが決めてるのよ」


 誇らしげに葵さんが、俺にむかって説明した。


「美幸さんが?」


「ええ、せん越ながら、私が皆さんの名前を決めさせてもらっています。もちろん、あなたの名前も決めてありますよ」

「え?もう決めてあるんですか?えっと…ちなみにどんな…?」


 名前が決まっているということに、ドキドキしながら美幸さんに尋ねてみた。


「ふふふ…あなたの名前は春輝です」

「春輝…」

「はい、春に輝くで春輝さんです。どうでしょう?気に入ってもらえましたか?」


 にっこりほほ笑む美幸さんに、俺も同じように微笑んで答えた。


「はい、とっても!じゃあ、改めて…春輝です!黄昏邸の皆さんよろしくお願いします」


 俺が頭を下げると、その場にいる全員がほほ笑んでこう言った。


「ようこそ、黄昏邸へ」

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 今回は、友人と作った小説を投稿させていただきました。

 友人は絵担当、寧古が文を担当しております。

 ただし、原案は二人で練りました。

 少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。


 実はこれが処女作だったりします。

 文才もないのに複数投稿はと思いましたが、友人と相談の結果第三者の方に見ていただこうということになりました。

 なにとぞよろしくお願いします。

 

 楽しんで読んでいただけると幸いです。

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