人間は嫌いだ
「にゃー」
ため息混じりにひと声鳴いて、いつもの場所へと向かう。
今夜も繁華街の路地裏で残飯あさりだ。
俺だって、好きでこんな無様な真似をしているわけじゃない。生きていくためには仕方のないことなんだ。
今でこそ汚い身なりをしているが、昔は可愛い可愛いと随分もてはやされたものだ。それなりの血統でもあるんだぞ。
人間に捨てられる、その日までは。
ある日、突然のことだった。
まるで飽きて要らなくなった人形のように、ゴミを袋にまとめて捨てに行くかのように。
あっさりと、俺は捨てられた。
あんなに可愛がってくれていたのに。
あんなに懐いていたのに。信じていたというのに……。
石をぶつけられた額の傷が疼くたびに、人間に憎しみを抱いた。
車に轢かれたちぎれた尻尾を見るたびに、人間に憎しみを抱いた。
汚いものでも見るかのような、悪意に満ちた視線を向けられるたびに、人間に憎しみを抱いた。
人間は嫌いだ。
目的地についた。早々に空腹を満たすため残飯をあさりにかかる。
この店は上質な食材を使っていて、残り物とはいえ味は悪くない。苦労して何軒もの店をさまよい歩いた成果だった。
ふいに裏口のドアが開いた。と同時に、凄まじい怒声が響いてきた。
「いつもゴミ置き場を荒らしていたのはおまえか!」
不覚にも、食事に夢中になっていて反応が遅れてしまった。
振り下ろされたモップの先端がわき腹を直撃する。声にならない悲鳴とともに、激しい痛みが全身を襲った。
「人間様に迷惑をかけやがって。この薄汚い、泥棒猫めが!」
幾度となく狂気に満ちた刃が振り下ろされ、意識が朦朧としてきた。
人間様だあ……。俺には醜い豚にしか見えねえよ……。
「大丈夫? 死んでるの?」
混濁した意識の中で、人間の少女らしきものが手を差し伸べているのだけは理解できた。
必死な思いで起き上がり、相手を睨みつけるように座り込んだ。全身がズキズキと痛みやがる。
「あ、よかった」
少女はほっとしたような微笑みを浮かべた。
その微笑みが、心の片隅に残っていた、幸せだった頃の思い出と重なった。
胸のあたりに刺すような痛みが走る。
くそ、もう騙されない。人間には騙されない。
忌まわしい過去を振り払うように、差し出されていた手のひらに思いきり噛みついた。
牙がくいこみ、肉が裂け、血がにじんだ。
どうだといわんばかりに、憎しみの形相で少女の顔を見る。
「君も、人を信じられないんだ……。わたしと一緒だね」
少女は、かすかに顔を歪めながら微笑んでいた。
人間なのに、人間が信じられない?
一瞬、心が揺らいだ。動揺で牙がゆるみ、離れていく手首に目がとまった。
無数の傷跡。
飼われていた頃にワイドショーで見たことがある――リストカット。
「もしよかったら、わたしと一緒にいてくれないかな」
俺は半ば呆然と少女を見つめていた。
「孤独でいると、壊れてしまいそうなんだ」
勘違いしないでほしい。
少女に抱かれながら歩いているのは、決して人間を許したからではない。
ましてや、過酷な野良猫生活から逃げだしたかったわけでもない。
しいていうなら、気まぐれ。そう、気まぐれだ。
猫の気持ちがわかる諸君なら、理解してもらえるだろう。
もう一度だけいっておく。人間は嫌いだ。
ごろごろ。
◆あとがき◆
読んでくださりありがとうございました。
オリジナル小説は初めての投稿です。
文章はもちろん、タイトルとあらすじ、改行にも悩みました。やはり書くのは難しいですね(^^;
最初は救いのない話にするつもりだったんですが、猫好きということもあり、バッドエンドにはできませんでした。結果として、自分でもよくわからない話に…(−−;
イメージとしては、小さな小さなハッピーエンドという感じです。
頭の中のイメージを文章にできたら、また投稿したいと思います。
(今度はちゃんとしたショートショートを書いてみたい…)