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ドリルと男と男と崖と

「うわ……どうしたのそれ。イメチェン?」

 第三経理部のドアを開けて、いの一番に掛けられたのは早苗のそんな言葉であった。

「んなわけないでしょうッ」

 男はげんなりと肩を落とし、恨みがましい視線を返した。早苗は堪えきれないとばかりに顔を背け、肩を震わせている。いや、彼女だけではない。同僚たちは揃って顔を背けている。

 いじめではない。仕方の無いことなのだ。そうわかっていても、やはり腹が立つ。

「どこの誰が、好きこのんでこんな格好するんですか!」

 男は万感の思いを乗せて叫んだが、鼻声になっていて聞き取りづらい。さらにドリルが回転した時の騒音まで鳴り響き、迷惑この上ない。

 ……そう、手術台の上で目が覚めてみれば、あろうことか鼻がドリルになっていたのだ。

 なんだこれは。何の嫌がらせだ。こんなところに増築して何になるというのだ。

 モグラか。ピノキオか。おい、勝手に回るんじゃない。

(イヒヒッ、気に入ったかね。貴様が戦闘力がどうこうとうるさいのでな、武器をつけてやったぞ。見よ、やはりドリルは素晴らしい)

 あのときの狂気に充ち満ちたドクター東郷の顔を思い出し、男は身を震わせた。同時に鼻がぎゅいんと唸りを上げるのがどうにも煩わしい。

 重すぎる足取りで席に着いた男に、隣から同情混じりの笑みが向けられる。

「まぁ、怪人らしくはなったんじゃない?」

「嬉しかないですよ」

「ただ、普通の人に紛れ込めないのは痛いのよね。せっかく見た目は普通だったのに」

「俺のガラスのハートを抉るのはやめてくれませんか」

「うるさいのも難点ね、それ」

「あの、早苗さん、聞いてます?」

「言っとくけど、私を抉るのはやめてね。こら、こっち向くな、笑っちゃうから」

 やや年下とはいえ彼女はれっきとした先輩。

 むかっと来たが、笑うのは堪えてくれているので、男も忍耐力を最大限発揮して耐えた。ああ、どうしてこんな思いをしなくてはならぬのだ。

 思い返すのは少年時代である。

 その頃は男もドリルというものに憧憬の念を持っていた。ドリルを装備したロボが、悪のメカを抉り、突破していく姿には幼い心を躍らせたものであった。しかし、少年はもう男になったのである。いや、深い意味は無い。

 今更ながらドリルにどんな幻想を抱けというのか。この回転がうるさいドリルに。

 どうせ抱くなら女の子がいいと、すっかり荒んだ二十五歳の頭はぼやく。

「おのれドクター、この恨み晴らさでおくべきか……!」

「あんまり偉い人を悪く言わないの。どうなっても知らないわよ」

「もうすでに大変なことになってるんだ、もう怖いものなんてないね」

「そうかそうか、新人君。その気概はたいしたものだ」

 粋がって放った言葉に返ってきたのは、落ち着き払った男の声だった。

 びくりと肩を震わせて振り向けば、オフィスの奥、課長席に鎮座する四十がらみの温和そうな男性が、にこやかにこちらを見ていた。傍目にも嬉しそうである。

 想像していたものとは異なる表情に、男は怪訝な顔をした。

「か、課長……?」

「実はこの二週間で何度か君に出動要請が来ていてね。まだ新人で仕事にも慣れていないだろうからと、私から断っていたんだ。だが今の君の言葉を聞いて安心したよ。君はもう、立派な平の怪人だ。今回の要請は受けてもきっと大丈夫だろう」

「え、いったい何を言って……」

「なぁに、そこまで危険な仕事ではないから、研修の一環だと思ってがんばってくれればいい。それにしても朝から『初心者のためのドリルSサイズお徳用』を装備してくるとは、良い心掛けだ」

 聞き終わらないうちに、男は天井を仰いだ。

 おそらく拒否権は無いのだろう。ここ二週間はずっとこの調子で、ずるずると引きずられるようにここまで来た。押しが弱い性格ではないはずだ、と自身を鼓舞してみるも、その上を行く強引さで組織の連中は押し切ってくるのだ。

 もう反抗するのも疲れてしまった、というのが正直な男の心情であった。なまじ苦痛を与えてこないところがまた憎らしい。痛めつけられれば少しは反骨精神も湧き上がろうというのに。

「うわぁ、なんか怪人も大変ね」

 隣からは早苗の同情するような視線が送られてくる。

 慰めなどいらぬ。彼女に同情されても、ただでさえ安っぽい男の矜持がぽっきりと音を上げて折れるだけなのだ。何もいいことがない。恐ろしい話だ。

「ああ、迎えを呼んでおいたから、それまで寛いでいなさい」

「わかりました」

 首肯して内ポケットから煙草を取り出すと、すぐさま早苗に引ったくられた。

「ここは禁煙」

「そうでしたね、はい……」

 ここに来てからというもの一度も口にできていない煙草を思い、男はうなだれた。

 そのときだった。経理部のドアが開き、外から数人の屈強な男たちが入り込んできた。

「怪人ナンバー49はいるか? ああ、君か」

「え? あの、早くないっすか」

「迅速な行動が世界征服への道だ。わかってくれるな? よし、では行こう」

「まだなにも言ってな——」

「怪我しないでね、私の仕事が増えるから」

「ひでぇ! ってうわぁあ」

 頭から麻袋を被せられ、まるで荷物のように抱え上げられた男は、そのままどこかへと連れ出されていくのであった。


    ★


 拉致されるままに車に放り込まれ、たどり着いたのはどこぞの山奥であった。

 切り立った赤土の断崖に囲まれた平らな土地だ。面積も学校の校庭ほどはあり、どこを見ても草一つ生えていない。これでは豪雨の際に危険であろう、と他人事に思う男。

 もはや嫌な予感しかしないが、眼前にぽっかりと口を開けているのが採掘場の入り口なのだろうと男は当たりをつけた。いや、それ以外の答えなど男の想像力 の外である。たとえばこれが発酵食品の貯蔵庫であったなら、黄色いヘルメットをかぶった一般団員が一輪車を押してあちこちを行き来しているはずがない。

 というよりこの現状は何なのだ。なぜ改造済みの戦闘員まで動員しておきながら、つるはしだのスコップ、一輪車だのといったアナクロな道具が第一線で使われているのだ。あまつさえ作業用ロボットが人間用の道具を『使って』いるなど、ここまで来ると現場監督および計画立案者の正気を疑わざるを得ない。

 この組織はやはり何かがおかしい。男はすでに何度目かもわからない感想を胸中でひとりごちた。

 幸い、自分は脳改造手術までは施されていない。だから現状に疑問を持つこともできる。

 だが、気づかぬうちに何かしら手を加えられている可能性もあるのではないか。そこに思い至った男は顔を青くした。

 考えてみれば、そこかしこに思い当たる節があるのだ。

 朝起きて身支度を済ませた後は、気分は重いながらも足は自然と第三経理部へと向かっていた。先輩とはいえ年下の娘に叱られ頭を下げることに、何の反発も覚えない。そして何より、あれほど『悪の秘密結社』を嫌がっていたはずなのに、今の職場をそれほど忌避していない自分がいる。

 ああ、なんて恐ろしい話だ。気づかなければよかったと男は嘆いた。

 だがそれならば様々納得もいくというものだ。

 目の前の光景にも、若い娘がこんな後ろ暗い職業に身をやつして平然としていることも。

 なんてことだ。構成員たちは脳に妙な改造を受けていたのだ。恐ろしくて確認することはできないが、そうに違いない。だからこの組織は変なのだ!

「さっきからどうしたんですか怪人ナンバー49さん、気味悪いですよ」

「どぅわぁぁっ!」

 背後からいぶかしむような声を掛けられ、男は思索の海から現実へと舞い戻った。あまりに急激な浮上にめまいすら感じる。

 振り返れば、黄色いヘルメットをかぶった人の良さそうな青年が一歩引いて立っていた。

 車中で話しかけてくれていた青年だ。彼もまだ入団して間もないそうで、それで少しは打ち解けることができたと男は思っているのだが、青年が麻袋を取ってくれることは最後までなかった。そして今も距離を置かれている感は否めない。

 待て待て、営業での風当たりに比べればどうということはないはずだ、と落ち込みそうになる自分に言い聞かせ、男はかぶりを振った。

「いや、何でもない。それより、仕事って?」

「何言ってるんです。その『初心者のためのドリルSサイズお徳用』は何のために付いてるんですか」

「こんなの使えるか! そもそも何に使うんだよ」

「なんだってできますよ、それがドリルというものです!」

「そんな無茶な……」

 フレッシュ過ぎる目を向けられ、男は頭を抱えた。

 やはりそうだ。彼らは脳を改造されているのだ! 何かいかがわしい電極を埋め込まれ、組織への忠誠と憧憬を抱くように仕向けられているのだ。

 そうでなくては説明できまい。こんな指二本分くらいしかないドリルが役に立つなどという妄言を、確信と羨望を持って口にするなど、正気の沙汰ではないのだから。

「まさかとは思うけど、このドリルで採掘の手伝いをしろってことは……」

「よくわかりましたね。その通りです、怪人ナンバー49さんにはこれから採掘場で穴を掘ってもらうことになっています」

「うそだろッ?」

「いいえぇ、嘘なんて言いませんよ! 大丈夫です、怪人は僕たち一般職員や戦闘員より遙かに筋力などが強化されてますから」

「それこそ嘘だ。俺の筋力は普通の人と同じなんだよ!」

「またまたご謙遜を。そんな怪人、どこを探してもいませんよ」

「本当なんだって、博士もそう言ってるし、ベンチプレスなんか四十で限界だったんだ」

「冗談でしょう! うちの主任なんて、ブルドーザーに相撲で勝ちますよ。あそこまでは無理としても、さすがに四十キロは……」

 どうやっても信じてもらえないことに諦めかけたその時、二人を大きな影が覆った。

 恐ろしく巨大な何かが背後に立っている。すぐさまそう理解させるほどの圧迫感に襲われ、男は身震いした。

 実のところ、改造されてから自分以外の怪人にはほとんど会ったことがなかったのである。例外はつい先日に腕をへし折ってくれた先輩怪人だが、彼はここまで大きくない。考えられるのは、まさに今耳にしたばかりのブルドーザーに勝つ怪人だ。

 科学技術が少しは進んだとはいえ、いまだにあの黄色い重機は一線級である。それより強いとあれば、巨大であるのは当然に思えた。

「おい、おめぇら、さっさと新人連れてこいって言ったよな」

 ドスの利いた声に弾かれるようにして振り返った男の視界に、黄色と黒のスプライトが広がった。ネクタイなどではない。硬質で土の付着した板はまさしく重機のそれだ。視線を動かして男は愕然とした。今見ていたのは腹の辺りだったのである。

 とにかく巨大。全身が太く角張った装甲に包まれている。肩から飛び出すショベルや、角のように装着されたドリル、脚部などは鉄柱のごとくで、そびえ立つという表現が掛け値なしでふさわしい大男だ。

 そして、彼の両手はドリルだった。

「どどドリル……ッ」

「なんだおめぇは。ああ、そんなにドリルが珍しいってこたぁ、新入りだな? ひょろい体しやがって。鼻のドリルが泣いてらぁ」

 野太い声が降ってくる。

 痛いほどに顔を上げてようやく見える顔は、完全にロボットのそれだった。それも少しは人間の面影を残した、アニメに出てくる巨大ロボの顔である。むしろ彼は改造人間ではなくロボット生命体だと言われた方が納得がいくほどの勇ましさだ。

 男がぱくぱくと口を動かしていると、黄ヘルの青年が慌てて取り繕った。

「あの、主任。この方が怪人ナンバー49さんです」

「なにぃッ? このひょろいのがか!」

「はい、このひょろい人です」

「さんざんな言われようだ……」

 一切の躊躇もない二人のやりとりに肩を落としていると、その大きくもない肩に巨大なドリルを乗せられた。

「おい、新入り」

「は、はい、なんでしょうか!」

「まさかこんなひょろいヤツが来るとは思ってなかったが、ここに来たからには関係ねぇ。おまえが平の怪人だろうと、みっちり使ってやるから覚悟しやがれ」

 脅しているようにしか聞こえない声のせいで、表情が変わらないはずの顔が、にやりと笑ったようにさえ見える。

 なんということだ。男は顔を青くした。

 あぁ、研修がてらに放り込まれた先は、機械生命体が支配する赤土地獄だったのだ。

※『ドリル』

 男の浪漫。

 なお、クライマックスで気になるあの娘とキスができないので、鼻への装着はおすすめできない。


※『赤土の崖』

 海沿いの崖と並び称される、お約束の舞台。

 その起源は赤壁の戦いまでさかのぼるという。

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