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49号。をプロデュース

「ご心配おかけしてすみませんでした」

 男は藤見龍之介として頭を下げた。

 差し出したのは辞表と医師の診断書だ。そこには、事故で入院し、今まで連絡さえ取れない状況だったこと、また、しばらくは養生が必要であることを記してある。むろん、秘密結社の力を借りた大嘘である。

 驚くべきことに、組織は藤見に協力的であった。ドクター東郷が診断書を偽造し、さらにまだ完治していないことを装うため、先輩怪人には情け容赦なく殴られた上に、飛燕十字蔓を見舞われた。おかげさまで利き腕がおじゃんだ。

 もっとも、それが辞表を用意する前だったことには悪意すら感じるが、苦心して書いたように見える文面は、なるほど作戦としては成功であるように見えた。

 いやに手慣れているようだが、以前も似たような人がいたらしいから納得である。

 さて、眼前に座るかつての上司は、戸惑いを禁じ得ないと言わんばかりに眉間にしわを寄せ、目頭を押さえて眼精疲労と思しき症状と闘っている。

 ……しくじったか。藤見は胸中で苦い顔をした。

(ほら、しゃんと立つ。怪しまれないように、無念そうな顔をするのよ!)

(できたらやってますって)

 耳元できんきん響く早苗からの通信に、藤見は情けない声を返した、自分に役者の才能が無いことくらい自覚している。

 だが何よりも、お世話になった職場への罪悪感が邪魔をした。

 あぁ、あれから二週間が過ぎた今でも鮮明に思い返せる。

 入社三年目。仕事もどうにか一人前にこなせるようになり、後輩に教える立場になったことで上下の板挟みに悩まされた日々。なにかと嫌味な同期のエリート。次失敗したら後は無いぞと頭ごなしに怒鳴りつけてくる課長。おまえの生え際も後が無いぞと何度言おうと思ったことか。そして積み重なるサービス残業……

 こんな会社、辞めてやると何度思ったことか!

(って最低じゃないか!)

(なに一人でつっこんでんの?)

(すんません、思い返してたら、つい。でも、これで踏ん切りがついた!)

 藤見はぐっと拳に力を込め、まなじりを決した。

(そうだ、これはいい機会なんだ。俺はここから新たな人生を謳歌してみせる。そのために早苗さん、俺はやります!)

(そういうのはモノローグでやってくれない?)

 辛辣な言葉を浴びせかけられながらも、藤見は動かない右腕を動かそうと懸命に身じろぎしてみせた。途端に足へのダメージが響いてバランスを崩しそうになるのも計算通りだ。冷や汗をかいたが。

「すみません、部長。俺……」

 部長はしばし悩むようなそぶりを見せた後、ゆっくりと嘆息した。

「わかった。その体じゃ仕方ない。幸い、おまえに任せておいたプロジェクトは終わっている。田舎の両親にでも会いに行って、せいぜい養生しろ」

「~っ、ありがとうございます……!」

 絞り出すように礼を言い、藤見は深々と頭を下げた。腰が悲鳴を上げたのは計画通りではなく、単に慣れないデスクワークが祟っただけである。

 営業で飛び回るのが仕事だっただけに、頭を下げるだけで激痛が走るようではたしかに仕事にならない。

 特に『下げた頭が打ち出の小槌』が社訓の牛若商事においては致命的なのだ。

(なに、その変な社訓)

(すごいでしょう)

(どこがよ。うちの場合、下げた頭は介錯の合図だから気をつけなさいよ)

(そっちの方がおかしいでしょうよ! どうなってんすか、あの組織!)

(裏家業だけど優良企業よ。ずっと黒字続きで平でも残業代くらい出るし)

(え、マジっすか! いやいや騙されるな俺、あれは悪の組織だ)

「……見ているとわかる。おまえは本当に養生した方が良さそうだ」

 珍しく声に同情を滲ませた部長は、頭を抱えて胃薬を飲んでいた。

「部長も、少しは休んだ方がいいっすよ」

「そうしたいのは山々だが、どこかの誰かがシフトに穴を開けたおかげでな。まったく、私の胃にも穴が開きそうだ」

「あ、あはは……お大事に。そしてすみませんでした」

 藤見は引きつった笑いを漏らし、腰を折って深々と頭を下げた。

 涙がこぼれたのは、決して激しい腰痛ではなく、三年間勤めた職場への惜別の念によるものであると信じたい。そうでないと本当に泣いてしまいそうであった。


   ★


 なんだかんだで退職に成功した男であったが、さらなる問題が発生していた。

 すなわち田舎の両親である。藤見龍之介という存在がまるまる全て、預金通帳から運転免許証の点数に至るまで事細かに表社会に残されているせいで、こういう展開にありがちな「過去を失った男」パターンというわけにはいかなくなっていた。

 恐ろしい話だ。改造されたことよりも、そんな特殊な状況下に置かれてもなお付きまとう世間のしがらみというものが男には恐ろしかった。

 これからどうしろというのだ。従順に仕事をすることで現実から逃げていた男は、今になってようやく現実と向き合おうとしていた。

 だが現実は過酷だ。自分はすでに改造人間。これといってパワーアップした感は無いが、人間をやめたことに変わりはない。それでも残る人間だった頃の残務。この怪人の身には重すぎる問題だ。

「はぁ……どうすっかなぁ」

 ドクター東郷の研究室、手術台の上で横になりながら、男はぼやいた。

 今から演技のために壊された部分を修理してもらうことになっているのだ。術者がドクター東郷というのがいまいち信用ならないが、彼は制作者だ。万が一にもしくじるはずがない。

 たとえ結果が予定外であっても、それはドクターの天才的ひらめきによるものなのだ。

「さて、お待ちかねの改造の時間だぞ、怪人ナンバー49」

 聞いているだけで寒気のしそうな声が耳朶を打つ。

 それと同時に泣く子も絶叫する顔に恐ろしい笑みを浮かべ、ドクター東郷が現れた。

 手に持っているのはドリルだ。これから虫歯の治療でもしようというのか。いや、そんなはずはない。ドリルを改造手術に用いるのは彼の美学である。同じように怪人にドリルを装備させるのも彼の美学だが、全力で固辞する者が多いため、実装に至ったのはいまだ三体のみであった。

 特に両腕をドリルにされた先輩怪人は悲惨だろう。箸が持てないのだから。

「楽しみになんてしてませんよ!」

「ふん、おまえはこのドクター東郷に改造される栄誉を理解できぬようだな」

「すぐにドリルをつけようとする人なんて、怖くて任せられませんよ!」

 男はなぜかドクター東郷に対してはいつも強気だった。

 怪人へと改造された恨みもあったが、これくらい言わないと押し切られてドリル人間にされてしまいそうで怖すぎるのである。

 とはいえドクター東郷の改造手術はたしかな実績があり、今までに倒された怪人は初期ナンバーの五体だけだ。残りは皆存命中であり、この頃は中小ヒーローたちから敬遠され始めたとも聞く。

 それを聞くたびに男はある種の不満を抱かずにはいられない。

「わしの手術の腕はたしかだ、安心しろ」

「その割に俺は弱すぎじゃないっすか。なんすか、筋力そのままって。むしろどこが強化されてんですか」

「仕方なかろう、余り物で作ったんだからな」

「あ、あま……!?」

 あんまりな言い分に、男は二の句も告げずに口を開閉させた。

「なんだ、誰にも聞いとらんのか。貴様はわしの最高傑作、50号の余りパーツを使ってなんとか形にしてやった、いわば秘密兵器なのだ。筋力強化なんぞ、全て50号に費やしてしまったわい」

「もはや怪人どころか一般戦闘員以下じゃないか! そうか、だから経理部なんだなッ?」

「男がそう喚くな、みっともない。命があっただけ良いではないか。それに、こんな事態も想定して姿もそのままに復元してやったのだぞ? 礼を言われる覚えこそあれ、詰られるいわれは無いわい」

「ゼッタイ善意じゃないっすよね、その顔はッ」

「まぁ、50号を稼働させる前に、貴様で実験しようという腹積もりはあったがな」

「本人目の前にして言いますか、それ?」

「ふん、なぜ気にせねばならんのだ、貴様に拒否権など無いというに」

 がしゃん、と金属質の音がして、四肢を固定された。

 これで二度目だ。どうせ壊せないので男は目を閉じ、諦念を嘆息に乗せた。

 だが、いつまでたっても何も起こらない。おかしいと思って薄目を開けてみると、ドクター東郷は八本のドリルを両手に持ち、値踏みするような目で男を見下ろしていた。

「どうしたんすか」

「いや、先に怪人になった感想を聞こうと思ってな」

「感想も何も、最悪だ。親になんて説明したらいいんだ」

「阿呆、そんなことは聞いておらぬわ。貴様の調子はどうかと聞いておるのだ」

「さっき、余り物で作ったから何もパワーアップしてないって言ったのは誰なんだ」

「それでも何か、変わったところはないのか? 強化されたところは」

 ドクター東郷は「嘘偽りは許さん」と言わんばかりの形相でドリルを突きつけてきた。

 しかし男は本当に何もパワーアップしていないから困っているのだ。むしろここで超人的な力を身につけていれば、それなりに吹っ切ることもできただろうに、人間だった頃と変わりがなさすぎて未練を断ち切ることもできない。

 だが命を救われたのも事実だ。考えようによっては、そのまま大蘇生を成し遂げたとも取れる。どうせならこのまま普通でいたかったが、ドクター東郷の目つきは明らかにそれ以上を強要……もとい期待していた。

「ありませんよ、あったらもう少しテンション上がってます」

「なんだ、気付いておらぬのか」

 馬鹿にしたような顔にむっとしたが、ドクター東郷の目に爛々とした光が灯るのを見て、おとなしく続きを待った。

「よいか、貴様はわしの改造により、記憶力、閃き、判断力、決断力、社交性、センス、リズム感、根性、その他諸々がおおむね1%アップしておるのだ!」

「そんな変化わかるか! というか小さすぎだろその強化!」

「馬鹿を言うんじゃないぞ。貴様、わからんのかね、それらの底上げがいかに難しいか。改造やオーパーツで強化できるのは大概が物理的、力学的な部分なのだ。しかし、貴様に施した改造は違う! その者が持つポテンシャルを、しかも精神的な部分も底上げできるオーパーツ『黒き太陽』を組み込んだのだ。今のところは貴様と50号しか、この改造に適合した者はおらぬ。わかるかね、この栄誉が、んん?」

 睨まれたが、その結果がデスクワークでは意味が無いではないか、と男は内心で叫んだ。

 本当にこの組織はわけがわからない。なぜこんな組織が裏社会の大物になれるのか。すでに世の中は末期なのではないかと疑わずにはいられない。


 しかしこの時にはまだ、男は知らなかったのである。

 ブラックラーを支えるオーパーツ『黒き太陽』が、どれほど強力な代物であるかを。

 それを組み込まれたことで、自分が今後どうなるのかを。


 何かを言う前に麻酔をかけられ、男の意識は闇に沈んでいった。

 彼が無数のドリルに襲われる夢から覚めるのは、翌日のことになる。

※『オーパーツ』

 各地の秘密結社を支える不思議な道具。

 これを持っていないと、正直やっていけないのが現状。むしろオーパーツを持っているから秘密結社を作った、というのが正解なので、持っていない組織の方が少ない。

 ヒーロー側は大手だと持っていて、怪人ともまともに戦えて人気者。

 対して持たざる中小プロダクションは死亡率が高く、ギャラより高い葬式代と揶揄される。

 この業界にも格差社会の波は押し寄せているのだ。

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