二ヶ月がすぎてスープの仕込み
勇は初のラーメン御麺のスープ作りを学ぼうとしていた。
ラーメン屋の朝の戦いで勇は生き残れるのであろうか!?
僕はいつもより早く寝巻きから服に着替えている。
いよいよ、今日から朝の仕込みからランチタイム営業の終わりまでのシフトに入るからだ。
「おはよう!ご飯できてるよー!」
「いつもありがとう、兎さん」
「いいの、いいの。勇くんがこの世界に馴染んでくれて本当に良かったと思ってるよ」
兎さんは本当に優しくていい人なんだ。
何の仕事をしてるのかは教えてくれないけど。
まあ、いいよね!
「ごちそうさま!行ってくるね!」
「うん!頑張ってね!」
僕は部屋を出てエレベーターホールへ向かう、途中見える外の景色は高いビルやマンションの外壁だけで、まるで東京そのものって感じだ。
ラーメン御麺の入り口をガラガラと開けて、元気よくとおるさんに言う。
「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
「勇はやいなあ、俺もきたばかりだよ。
着替えて手を洗って来てくれるかい?」
「はい!」
僕は準備を済ませた。
「お待たせしました」
「よし、早く来てくれたから、
ゆっくりと教えられるな。くれぐれも怪我をしないように気をつけてくれ」
「はい!」
「ここに昨日の朝から水出しして昼過ぎに水出し昆布にしたベースの出汁がある、今はもう冷えている状態だ。もうわかっていると思うが、沸騰する寸前で取り出した昆布は切り昆布にしてラーメンの具材になる」
「はい!」
大きな寸胴に薄く昆布の色が移った出汁が見える。
これがベースになってるのかあ。
「その横に明日使うためのスープを仕込む寸胴鍋がある。先ずはここに半分まで水をいれてくれ」
「はい!」
僕は寸胴鍋の奥に備え付けられている、水道の蛇口を回して寸胴鍋の上に来るようにして蛇口をひねる、勢いよく水がでて寸胴鍋鍋に注がれていく。
「勇くん、半分まで溜まるのに少し時間がかかるからその時間で別の鍋にも水を張って沸かす」
「はい!」
「ついてきてくれるか?」
「はい!」
「この急速沸騰器付き茹麺器の上のパーツを全部外して水を張って火をつけておく、このお湯は後で使うからまたその時説明するな」
「はい!」
僕は仕込みの流れを脳内にインプットしていく。このラーメン御麺では「メモ禁止」の掟がある。そのかわり何度質問して確認しても良い。
「よし、そろそろあっちの寸胴にも水が溜まってきたころだろう。火をつけるようか」
「はい!」
とおるさんはチャッカマンで(僕がそう呼んでるだけだけど…。)火をつける。
「はい、十分休憩だ」
とおるさんはカウンターに座ってタバコに火をつけた。
「勇くんも吸うかい?」
「いや、僕は大丈夫です」
「そうかい、もう勇が来て二ヶ月か…。早いな。」
「あっと言う間でしたね」
「勇も知っての通り、うちは新人のアルバイトが続かないんだよなあ。バックレ禁止の掟をはじめに言ってあるから、飛ぶヤツはいないけどかんがえるよな」
「悩んでるんですか?」
「いつも考えてるよ。俺のやり方が本当に正しいのかは」
「僕はとおるさんのポリシーは大好きですよ」
「そうか」
「ところで、気になってたんですけど火曜日と水曜日が定休日なのはなんでですか?」
「色々と理由はあるが、火曜日は火がお休みだからラーメンは作れないだろ?水曜日は同じく火がお休みだからラーメン作れないからだよ」
「だろ?と言われても」
「まあいいさ、仕込みに戻ろう」
とおるさんは手を洗って新しいニトリルグローブを手につける。
「勇くんよ、そこに置いてある箱があるだろ?持ってきてくれるかい?」
「はい!」
そこには箱が二つあって、いつも冷蔵室に何箱か積んであるものだった。
「どうぞ」
「よし、カッターナイフで箱を開けてくれるかい?」
「はい!」
箱を開けると沢山の大ぶりな豚骨が入っていた。
「よし、このさっき水を半分まで入れた寸胴のお湯が沸いたら入れるぞ」
「はい!」
「茹麺器が湧いたな、火を弱火にして放置」
「はい!」
「よし!寸胴も沸騰した。お湯が跳ねるから注意して豚骨を全部入れてくれ!」
「はい!」
僕は豚骨の箱を持ち上げて、なるべくそっと豚骨を落としていく。
全部入れ終えた。
ここに材料を足してスープを作るんだなあ。
すごいなあ。
「勇くん見てくれ、豚骨を入れると直ぐにアクが出てくるだろ?それをこのレードルで取るんだ」
とおるさんは手際良くアクを取り出していく。
「勇もやってみてくれ」
「はい!」
豚骨のアクの出方はすごくてびっくりする。
とおるさんは何かを取りに行った。
「よし、この手持ち付きのザルで豚骨を全部取り出すぞ」
とおるさんは寸胴鍋からとんこつをどんどん大きなボールに取り出す。
「勇くんやってみてくれ」
「はい!」
不定形の豚骨は意外と取り出しにくいかも。
僕はとおるさんの真似をしてどんどん大きな豚骨をボールに取り出す。
「とおるさんもうないみたいです!」
「よし、次はこのホースを引っ張って水を出して豚骨を綺麗に洗うぞ」
とおるさんは大きなタワシでゴシゴシと豚骨を流水で洗って、隣のボウルに移していく。
「勇くん交替だ」
「はい!」
僕も真似をして隅々まで豚骨のアクを落としていく。
全部洗い終えた。
「次は豚骨を割るぞ」
重たい金属のレールのような物を餃子バッドの上に置く。そして先ほど茹でた豚骨を入れていたボールを綺麗に洗う。
ハンマーを持ってきてスコンスコンと豚骨を割っていく。素晴らしい早さだった。
「よし、交替しようか。ニトリルグローブの上から軍手をはめてくれ」
僕は軍手をはめて床にしゃがみ込む。
----勇くんは絶対に全力を出しちゃだめだよ----
純佳さんに何度も言われたことを思い出す。力を制限して抑えるトレーニングを繰り返した日々が懐かしい。
僕はトンカチで豚骨を叩く。
骨が割れる。
よし、この力加減だな。
スコンスコンと割っていく。
あっと言う間に全部無くなった。
「勇くんは相当センスあるな。
最初でこんなに手早く出来るなんて凄いぞ。豚骨はトゲのように割れて手に刺さることもあるから気をつけるように」
「はい!」
「次は豚骨を放置して、鶏ガラの下処理をするぞ」
「はい!」
「そこの段ボールを持ってきてくれ」
僕はさっき豚骨の置いてあった奥から段ボールを二箱持ってきた。
「箱を開けて流しに入れてくれるかい?」
僕は箱を開いて中身を流しに出した。鶏ガラだった。
「これは鶏ガラ二十キロだ。流水で鶏ガラに付いた血と残ってる内臓の欠片を洗い流す。洗い流したら右のシンクに移す。そして柄杓で茹麺器の鶏ガラにまんべんなくお湯をかけたら下処理完成だ」
とおるさんがテキパキと作業を続けていく。
僕はその様子を良く見ていた。
「鶏ガラは冷ましたいから放置だ。豚骨へ戻るぞ」
とおるさんはアクを取った寸胴鍋を綺麗に洗い、念入りに洗剤を落としていく。
「よし、この寸胴鍋に割った豚骨を入れて、昆布出汁を注ぐ。豚骨がヒタヒタになって十五センチ上くらいだ」
とおるさんはコンロを着火して様子を見ている。
豚骨を入れた寸胴がふつふつと沸騰してきた。
再びアクが出てくる。
「勇くん、さっきはザックリとレードルでアクを取ったが、ここからはこの網のレードルでアクを取っていく。素材から出る脂が大事でな脂は残すんだ」
「なるほど」
とおるさんは豚骨のアクを丁寧に取っていく。
「この辺からアクが減っていくから、白いアクは無視して色の濃い部分だけを取るんだ」
「すごいですね」
「よし、さっきの鶏ガラをボールに入れて持ってきてくれ」
僕はシンクに入れてあった鶏ガラをボールに移して、とおるさんところに持っていく。
「よし、ここに鶏ガラを丁寧に投入する。ちょっと鶏ガラが溢れるだろ?ここに昆布出汁を入れる。鶏ガラがヒタヒタになった十センチ上辺りだ」
しばらくすると、また沸騰してきてアクと黄色い脂が浮いてきた。とおるさんは丁寧にアクを取り続ける。
「そこの段ボールを一個持って来てくれるかい」
僕はその箱を開ける。鶏の足のようだ。
「勇くんよ、この俺の特徴は"何度も温度を下げる"ことなんだ」
鶏の足を投入して、昆布出汁を入れて、アクを取る。とおるさんは一気に寸胴鍋の八割まで昆布出汁を足した。
寸胴鍋が沸騰すると良い香りがしてくる。
「仕上げにかかるぜ」
とおるさんは段ボールを持って来て、寸胴に大きな手つきのザルを入れて手羽先を大量に投入した。
「タイマーを持って来てくれ」
僕はタイマーをとおるさんに手渡す。
寸胴鍋が再度沸騰してきた。
ピッ!
タイマースタートだ。
「よし、冷蔵室にあるネギの青いのが入った袋とタマネギ一袋、ニンニク一袋、ショウガ二袋を持って来てくれるか?」
「はい!」
戻って来たら、とおるさんはカウンターでタバコを吸っていた。
「勇くん、お茶飲もうや」
僕はカウンターに座った。
今日はほとんどとおるさんの仕事を見ているだけだったけど、すごく集中したし疲れた。
何も考えず闇龍を力いっぱい振り回して、数千の敵をなぎ倒している方がよほど楽に感じる。
力の制御は骨身に染みる繊細な作業だと思った。
このままランチタイムまで持つかな?
「疲れたろ?」
「初めて見るものばかりで、正直疲れました」
「それが普通だよ」
「良く一日持ちますね?」
「休憩時間は一時間寝てるしな」
「僕ら夜まで熟睡しそうです」
「慣れてしまえばなんとやらだ。さてと仕上げようか!」
「はい!」
とおるさんはタイマーがなると寸胴鍋の火を弱めて、手持ち付きのザルごと手羽先を取り出した。それをボールの上に置く。
「勇くん先ずはこのネギの青いところを、全体的に散らしていれてな、タマネギは皮をむいて半分に切って全体的に入れる。ニンニクは皮ごと横半分に切って、これも均等に入れる。ショウガは厚めにスライスして均等に散らしていれる。見てごらん、また温度が下がってスープが落ち着いて来ただろう?ここからは火加減の勝負でな、スープ全体がゆーっくりと対流するくらいの動きを安定させる。ランチタイムが終わったら、このスープを濾しながら蓋付きの給食寸胴に入れて、冷蔵室で一晩寝かして、明日使うスープにするんだ」
僕は本当にこれから開店作業とランチタイムを生き残れるのだろうか?
純佳としていた異世界にラーメンを作る研究会はとても楽しかったけど、本格的なプロのラーメン作りは本当にハードだ!!
ラーメン屋の元店長が書く、ラーメンパート。
五軒のラーメン屋を渡り歩き、三軒のラーメン屋で店長を務めた作者は、勇の疲れの数十倍の疲れを感じていたのであった。




