戦後処理
戦争は始めるより終わらせるほうが難しいと言う。
どのように折り合いをつけるかが大切なのだろう。
ジェルビー将軍率いる十五万の兵は、魔王城の前で野営していた。
あれほど湧くようにいた魔族や魔獣たちは姿を消している。魔帝が玉座から降りると、それぞれがそれぞれのダンジョンを目指して移動を始めたようであった。
野営地では、ランヴェール王国の兵たちが焚き火を囲み、食事の支度をしていた。
―――ジェルビー陣営・会議用テント
僕はジェルビー将軍に、魔帝の魔法陣使用の許可を願い出ていた。
「ジェルビー将軍。魔帝は僕と同じ世界から召喚された召喚者です。彼が望むように、ランヴェール王国の謁見の間の魔法陣を使わせてあげてはいかがでしょうか?」
「勇者様よ。敗戦国の国主や主要人物は、国際軍事裁判によって罪を裁かれねばならぬ。よって講和会議を行うため、魔帝を含めた責任者たちはランヴェール王国へ連行という形で同道してもらうことになるだろう」
ジェルビー将軍は静かに続ける。
「我が軍の中にも、魔帝や魔王軍に対して快く思っていない者は多い。信頼できる部下に厳重な警護をさせねば、不慮の事故も起きかねん」
一拍置いて、将軍はさらに言葉を重ねた。
「それと、これは推測にすぎぬが……勇者様が例の“光の矢”で更地にした場所は、我が国のゴルドン辺境伯の統治地でもある。軍の中には、辺境伯領出身の者も多い。まさかとは思うが、勇者様に対して腹に据えかねている者がいるやもしれぬ。心しておかれよ」
僕は、自分の置かれている立場がいかに複雑であるかを、ようやく理解し始めていた。
「わーい、やったー! 勇者様万歳!」
そんな単純な話ではないのだろう。
「将軍よ。とはいえ、兄ちゃんに簡単に手出しできるヤツがいるとも思えねえな。それよりも、魔帝や魔王を護送する……まあ、六日間ほどの警護の方が大変だと、俺は思うぜ」
会議を終え、僕は自分のテントに戻った。
いつものように、リン、アンナ、キャシー、ベルの四人が快く迎えてくれる。
それから数日間、会議の場に僕が呼ばれることはなかった。日中は鎧を着て陣営の中を散歩して過ごしたのだが、四人のメイドが付き添うのはともかく、護衛兵が五十人も僕を囲むように随行するのには、どうしても違和感を覚えた。
話しかけてくるのはリンたち四人と、護衛長のソバットだけ。他の護衛兵は、まるで前線にいるかのような緊張した面持ちだった。
陣営には、頻繁に伝令の早馬が出入りしている。きっと王宮と緊密な連絡を取っているのだろう。
―――それは、魔帝と謁見してから七日目の夜だった。
いつものように食事を用意してもらい、湯浴みをし、マッサージを受け、僕は心地よく眠りについた。
その夜、事件は起きた。
夢うつつの中で、安らかに眠っていたはずの僕は、ピリッとした殺気を感じて目を開けた。
目の前には、リン、アンナ、キャシー、ベル。
彼女たちはナイフを握り、ベッドサイドや、僕にまたがる形で刃を構えていた。
「どういうことだ!!」
ショックのあまり、僕は叫んでいた。
リンが、かすれた声で一言だけつぶやく。
「王命なのです……お許しください……」
王命……?
何が、どうなっている?
迫りくる四本のナイフ。
「馬鹿野郎!!」
思わず一喝すると、リンたちは糸が切れたように力を失い、その場に崩れ落ちた。
「勇さま……お許しください……」
彼女たちは、自らの喉にナイフを突き立てようとした。
「やめろーー!!」
次の瞬間、四人はその場で気絶した。
テントの外でも、何人もの人が倒れる音が聞こえた。
僕は、必死に冷静さを取り戻そうとした。
だが、エドワード・ギルフィス・ランヴェール王に対する怒りだけは、胸の奥で黒い炎のように燃え上がっていく。
「兄ちゃん……こりゃ、何があったんだい?」
僕は何も答えられず、テントの天井を見上げた。
雨が降っているのだろうか。
手のひらに、雨粒がぽつぽつと落ちてくる。
「兄ちゃん。だいたい察しはつくが……泣け。泣いていい」
ジル教官は帯剣したまま、僕の隣に立っていた。
「第二波があるかもしれねえな」
異変を察知した兵士たちが、僕のテントへ駆け寄ってくる気配がする。
やがて、抜剣した兵士たちが雪崩れ込んできた。
「しくじりやがったか!?」
剣が振り下ろされる。
刹那、ジル教官が剣を抜き、次々と兵士を倒していった。
「ジルさま! 王命です! 手出しはご無用に!」
「チッ! あのクソ親父! 死にたいヤツからかかってきな!」
僕は土砂降りの雨の中、殺気の渦に包まれていた。
僕は何をした?
なぜ、あんな悲しい瞳で、リンたちは僕の命を狙わなければならなかった?
王命って、なんなんだ……。
どれほど時間が経ったのだろう。
もう、何も考えたくない。
あの時も、そうだったじゃないか。
考えるのをやめよう。
僕は魔王軍を、名も知らぬ魔族たちを、数え切れないほど殺してきた。
今度は、それが僕の番なだけだ。
殺される覚悟もない者に、戦場に立つ資格はないのだから。
バシッ!
「いつまで呆けてやがる! しっかりしやがれ!」
右頬に走る痛みで、僕は我に返った。
「痛いな! ジル! 僕は親にも叩かれたことないのに!」
「道理で甘ったれた顔をしてるはずだな!」
冷静になって周囲を見回すと、無数の兵士の死体と、縄で縛られ、猿ぐつわを噛まされたリンたちの姿があった。
「目を覚ましたらな、こういう連中は舌を噛んで死ぬもんなんだ」
再び、誰かが駆け足で近づいてくる。
もう嫌だ……。
「ジル、何があったのかね?」
「あらあら、派手にやってくれたわね」
現れたのは、ジェルビー将軍とテレス副将軍だった。
「おい、ジェルビーさん。察しの通りだと思うが、これは親父の差し金だ」
「どうやら、そのようだな」
「でも、仕掛けが早すぎるわ」
「ジルよ。そなたなら、この事態をどうやって解決する?」
「ジェルビーさん。親父には退位してもらう。時間がねえから、王位継承や戴冠の儀も後回しだ。俺がランヴェール王国の暫定国王になる」
「ジル……それは変化が大きすぎる。王子によるクーデターに見えかねん」
「まとまりかけてる魔王国との講和もぶち壊しになりかねねえ。それに、この戦争最大の功労者である兄ちゃんに、安息すら与えられねえじゃねえか。ここは一つ、協力してくれねえか?」
「……私一人では決められぬ。他の将軍にも伝令を出し、意見を求めよう」
「割れたら内戦だな」
「それだけは、私が食い止める」
―――ジルのテント
「さてと。この姉ちゃんたちをどうするかだな」
寝ているところを失礼するが、確認しなきゃ話にならねえ。
俺にはそんな趣味はねえがな。
縄で縛られていて、脱がしにくいな。
……ほれ。
やっぱり、そうか。
全員、同じだ。
―――奴隷文か。ジャスパーの仕業だな。
「おい、リン。起きろ」
パン、パン。
「ジルさま……ここは?」
「俺のテントだ」
「勇さまは……?」
「生きてるが、死人みてえだ」
「私たちは……もう……勇さまに顔向けできません」
「やりたくて、やったんか?」
「……いいえ」
「王の密命を受ける暗部という組織があるのはご存知ですか?」
「聞いたことはあるが、会ったことはねえ」
「きっと、知らずに会っています」
「そうか……それで?」
「逆らえない命令なのです」
「さっきのことは覚えてるか?」
「はい……」
「縄を解いたら、また兄ちゃんを殺しに行くのか?」
「……」
「一つ聞く。奴隷契約を結んだ相手は、俺の親父か?」
「いいえ……ジャスパー神官長です」
「それ、王命じゃねえぞ」
「え……そうなのですか?」
「……ジャスパーの野郎、問い詰める必要があるな」
ジルは四人を一人ずつ別のテントに運び、ベッドに寝かせた。
直属の親衛隊に見張りを命じる。
夜空を見上げると、星が天を埋め尽くしていた。
やるべきことの多さと、背負う責任の重さが胸にのしかかる。
「気楽な剣聖の身分の方が、お似合いだったかもな……」
勇者は使い捨ての駒なのだろうか?
勇の心に刻まれた深い傷が癒える日が来るのだろうか?




