暗殺者
迫りよる暗殺者。
雷鳴響くドナテスト平原で影が蠢く。
「勇さまは良く眠られてるようすね」
リンが小声で言う。
「こうしてる見るとまだ子供のような寝顔ですね」
アンナも小声で囁く。
キャシーとベルはテントの隅の方で寝ていた。
「あと三時間したら二人と交替して私たちも仮眠をとりましょうね」
アンナは頷いて応えた。
しばらくするとリンがナイフを手にした。
「何か来るわ」
アンナも剣を構えながらキャシーとベルを起こしに行く。
キャシーとベルが目覚めた。
「静かにして」
キャシーとベルもナイフを手に取って身構える。
勇者である勇のテントの周囲には四人の警護がついている。その気配が消えたことをリンは察知していた。
四人は勇の簡易ベッドの周り四方に立ち警戒態勢に入る。
勇の簡易ベッドの頭のほうのテントの布が静かに鋭利な刃物で切り裂かれ始めた。
リンは咄嗟に手に持っていたナイフを投擲した!
バサリと人が倒れる音がする。
その時!八方から一斉に何者かが侵入して来た!
リンは三人を相手に戦い始めた。
アンナは二人を相手にしていた。
キャシーとベルは三人と向き合っていた。
切り裂かれたテントの布の隙間から風が吹き抜ける。
キン!ドガン!
「何奴だ!」
リンが叫ぶ!
四人のメイドたちが戦いを始めた剣撃の音で、勇が目を覚ました。
「夜襲か!」
勇が簡易ベッドから飛び起きる!
黒ずくめの八人の男達が一斉に勇に向かい何かを投げつけた!
「勇さまおよけください!毒です!!」
勇はその声を聞きながら飛んでくる釘のように尖った何かをかわし続けた。
背中にチクリと何かが刺さる。
振り返ると九人目の黒ずくめの男がそこに居た。
「これで貴様も終わりだ!…。我が魔王軍は、」
すべてを言い終える前に男の頭にはナイフが生えていた。即死である。
八人の黒ずくめの姿はもうどこにも無かった。
「起きろ!夜襲!夜襲!」
普段おとなしいベルが甲高い声で叫ぶ。
「勇さま!傷口を見せてください!」
「なんか背中の腰の辺りにチクリと感じたんだけど」
リンは勇の服を脱がせて背中を見る。
「もっと明かりを持って来て!それと衛生兵を呼びなさい!」
明かりで照らすと傷口はまったく見えないのだが腰の上の辺りに紫色に変色した皮膚が見えた。
「吸い出します!」
リンはためらいもなく勇の背中の紫色の中心に吸い付いた。一カ所からわずかな血がにじんでいる。
リンはその部分を吸い出しては、ぺっと吐き出しを繰り返す。しかし皮膚の紫色色の部分はドス黒く広がり続けている。
「ちょっと!診察させてください!」
大慌てでやって来た衛生兵が勇の背中を見る。
「見たこともない毒ですね」
「なんとかならないのですか!?」
リンは泣きそうになっていた。そして全身から力が抜けるように崩れ落ちた。
「ちょっとリン!どうしたの!?」
リンを抱きとめたアンナが心配そうにリンの顔を見る。リンの唇は紫色に変色していた。
ボロボロのテントの中にひとりの男が入って来た。
「兄ちゃん大丈夫か!?夜襲があったらしいな?」
ジルである。
「ジル教官、僕は大丈夫ですけど、リンが危ないです!」
「そうみてえだな、お前らにしては下手打ってるんじゃねえのか?」
「ジル様まことに申し訳ありません」
「ちょっとジル教官!彼女らは僕を守る為に戦ってくれたのですよ!メイドだから怖かっただろうに…」
「兄ちゃんには言っていなかったが、こいつらはメイドなんかじゃねえよ、王の密命を受けた王国最強の特殊部隊の精鋭だ」
「え!?」
勇は信じられないというような顔をしている。
「グハッ!」
勇が大量の吐血をした。
「おい!大丈夫か?兄ちゃん?」
ドバドバと大量の血が勇の口から溢れる。
リンは顔全体が黒紫色になり意識もないようだ。
「こいつはマズイな、衛生兵!どうにかならねえのか?」
「もう一体何の毒なのかもわからないのです。広がり方の早さも尋常ではありません!」
ジルは頭からナイフが生えた黒ずくめの男の頭から黒い布を剥がした。
緑色の肌をしたゴブリンであった。
「チッ!ゴブリンアサシンか!魔王軍の野郎どうもすんなりと撤退したと思ったら、とんでもねえことを仕掛けて来やがった!」
ジルは近くにあるのもを蹴飛ばした。
「ジル教官…グハッ!僕は良いんで…リンを…グハッ!僕を…僕を守ってくれた…リンを助けてください!」
「こりゃあ詰んでるな」
遠くから雷鳴が聞こえる。突然激しい強風が吹きすさんで勇のテントの屋根が吹き飛ばされた。
「すげえ風だな、ん?」
ジルが空を見上げる。分厚い暗雲が垂れ込める中真上だけが星が見える。
事態を聞きつけたジェルビー将軍とテレス副将軍の走り寄る姿も遠くにあった。
天空から光が差し込んで来た。
それは勇を照らすようでもあり、テントの部屋全体がまばゆい光に覆われるようでもあった。
そして光は虹色に揺らめき始めた。
「リン!しっかりしてくれ!」
勇の悲壮な叫びが響く。
光の中で勇の身体が浮き上がり始めた。
「なんですか!これ!」
遅れてリンの身体も浮かび上がる。
----私のことは好きな名で呼ぶがいい-----
----今は神と呼ぶ者が多いが------
----異世界の勇者よ蘇るがいい----
----勇者を救いし者よ蘇れ-----
「誰か何か言ってますけど!」
「兄ちゃんとリンが浮かんでるだけだろ!?」
リンゴン♫リンゴン♫リーンゴーン♫
「鐘の音が聞こえやがる、何が起きてるんだ?」
一瞬の閃光と共に轟音が響き渡る!!
幾千もの雷光が勇のテントを覆った!!
そして…。
静寂が訪れた。
「あー、ちくしょう!何も見えんぞ!」
ジェルビー将軍とテレス副将軍もうずくまっている。
「ゲホッ!」
「リン!しっかりして!リン!」
リンの瞼が開いた。
「おい!おい!おい!どうなってんだ!」
ジルが戻ってくる視界の向こうを見ながら叫ぶ!
「お前たち大丈夫なのか!?」
「何がおこってるのよ!」
ジェルビー将軍とテレス副将軍も勇のテントにやって来た。というかそこは野ざらしの草原にベッドだけ置かれてるだけなのだが。
「ひっ!」
ジェルビー将軍が驚いた声をあげる!
そこには…。
天使の輪、いや、光の王冠が頭上に輝く勇の姿があった。
神の祝福がバージョンアップしたみたいです。
どうなるのでしょう。




