夜明けのため息
本当の意味での勇にとっての初陣。果たしてどのような戦果を上げるのであろうか。
早朝、陽がうっすらと空を照らし始めた頃には、ジェルビー将軍率いる十五万の軍勢はドナテスト平原に布陣していた。
僕は主攻と呼ばれている軍勢の中央にいた。
魔王軍二十五万の軍勢は、目視できる平原の遥か彼方に布陣しているようだ。
……少し遠いかな?
僕の後ろには、トーマスくんという兵士が率いる勇者隊のメンバー五人が控え、闇夜の矢を数百本管理していた。
そこへ伝令の馬が駆けてくる。
「勇者隊、いつでも始めてください!」
「わかりました!」
僕は闇夜を構え、敵陣中央に狙いを定める。
「勇者隊! もう少し上を狙わないと、敵陣には届かないのではありませんか?」
トーマスくんがアドバイスをくれる。
だが、この一矢が届かなければ、その意見を参考にしよう。
「トーマスくん。試しに撃つから、耳をふさいで口を開けるよう、皆に言ってくれるかな?」
「はい? ……わかりました!」
僕は闇夜を全力で引き絞り、遥か遠くの敵陣中央へ矢を放った。
――フンッ!!
周囲の空気が一瞬で減圧したかのように、僕の鼓膜がキュッと縮む。
刹那の時が過ぎると、敵陣中央に土煙が上がり、何かが吹き飛んでいるのが見えた。
「トーマスくん、ちょっと確認するから、少し離れてくれるかい?」
「わかりました!」
勇者隊のメンバーが数歩後退したのを見届け、僕は全力で垂直跳びをする。
空気を切り裂きながら、僕は上空へ舞い上がった。
俯瞰すると、敵陣中央の射線のかなり奥まで、敵兵が飛散しているのが確認できた。
「……これは矢というより、レーザービームみたいなものだな」
下降しながら、僕は闇夜の運用方法を考える。
「……あれを試してみるか!」
着地した僕は、闇夜につがえた三本の矢を全力で引き絞る。
「これで威力が落ちるのかな……?」
――フンッ!!
敵陣中央の三か所から土煙が上がり、魔王軍は明らかに統制を乱した。
「逃さないよ!」
三本の矢をつがえたまま、僕は再び上空へ跳躍し、魔王軍後方へ狙いを定めて放つ。
――シューーーン!!
――ドガドガドガーーン!!
退路を断たれた魔王軍は、歩兵戦の陣形を崩し、右往左往していた。
おそらく有能な指揮官がいないのだろう。
僕は着地し、トーマスくんから次々と矢を受け取り、ほとんど乱れ撃ちのように矢を放ち続けた。
魔王軍は完全に算を乱し、逃げ惑うばかりに見える。
再び伝令の馬が駆けてきた。
「勇者様! 追撃をかけますので、一時後方にお下がりください!」
「わかりました」
僕は伝令の兵士とトーマスくんたちと共に後方へ下がった。
遠くでジェルビー将軍が叫んでいる。主攻の中央部隊十万による殲滅戦を行うらしい。
左軍と右軍は動かさないそうだ。
それにしても、闇夜はいい弓だ。
遠距離から攻撃できるし、戦争をしている実感というか、生々しさがあまりない。
昨日……いや、さっきか。
軍議で提案しておいて良かったな。
闇龍は肉片製造機みたいなものだから、正直しんどいんだよね。
後方へ下がると、ジル教官、バッシュ先生、そしてジェルビー将軍が迎えてくれた。
「兄ちゃん、お前……本当に勇者なんだな!」
「ジル教官、僕なんか全然ですよ。そもそも戦争なんて興味ありませんし」
「そうか? 結構楽しんでるように見えたぞ?」
「ジル、僕は本当に、この戦争を早く終わらせたいんだ」
バッシュ先生は、嬉しそうな顔で僕を見つめていた。
「勇さまは前代未聞の弓使いですね。あれを弓と称して良いのか、わかりませんが」
ジェルビー将軍がゴホンと咳払いをする。
「勇者殿! まさか、これほどの武力とは……。
弓ひとつで魔王軍の半数近くを倒すとは、恐れ入りました!」
「兄ちゃん、今日はもう出番はないからよ。茶でも飲もうや」
僕とジル教官はいくつか残っているテントの一つに入った。
どれも似ていて、見分けはつかない。
「あら! 勇さま、お早いお戻りで!」
「姉ちゃんたち、茶を淹れてくれるか?」
「もちろんです、ジル教官」
リンたちはとても美味しいお茶と、お菓子を持ってきてくれた。
リンもアンナもキャシーもベルも、皆ニコニコと働いていて、どこか安心したような様子だった。
早馬が駆ける。
ジェルビー将軍からの書状は、リレーのように馬から馬へと渡され、王宮へ届いた。
それをエドワード・ギルフィス・ランヴェール国王が手に取る。
「……なんたることだ。
単騎で、およそ七万の魔王軍を殲滅せしめるとは……」
国王は深いため息をついた。
「王よ、進言いたします。
この戦いに終止符が打たれた時、勇者を排除するのが賢明かと」
「殺せと言うのか!? しかし、どうやって!?」
ジャスパー神官長は、含み笑いを浮かべて呟いた。
「万事、この私めにお任せください」
ドナテスト平原の彼方から、雷鳴が響いていた。
強すぎる戦力は他国にも脅威だが、自国にとっても猛毒になり得るのかも知れない。




