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ずたぼろドアマット令嬢、死んだフリをしてみた。

作者: 千秋 颯

 私、オリアーナ・リダウト伯爵令嬢の人生は口が裂けても幸せとは言えないようなものだった。

 政略結婚で夫婦関係となった両親は不仲だったし、母の顔に似た私を父は嫌った。

 私を愛してくれた母は幼い頃に流行り病で亡くなった。


 その後すぐに父の愛人である義母と義妹がやって来た。

 父は母や私が居ながら、裏で子を作っていたのだ。


 それからの人生はどん底だった。

 家では使用人と同じように働かされ、部屋は離れの物置小屋。

 食事は使用人らの食べ残しのような者ばかり。


 女である私には上位貴族との繋がりを深める結婚という役目があった為、最低限の淑女教育は受けていたが、義妹のジョハンナの方がよっぽど質の高い教育を受けていた為、社交界で私は度々笑い者になった。


 そんな私の婚約者は同い年のチャールズ・キッドマン侯爵子息だった。

 ジョハンナを甘やかす父と義母は義妹には彼女が望んだ相手をあてがってあげようと考えていた為、私に政略的な婚約の役目を担わせた。

 初め、チャールズとの関係は悪くはなかった。

 彼は婚約者として私に接してくれていたし、定期的な顔合わせの際はいつだって優しくエスコートしてくれていた。


 しかしそんな生活だって、すぐに終わりを告げた。

 王立魔法学園へ入学した私とチャールズは一年間は何事もない学園生活を過ごしていた。

 けれど一年後。ジョハンナが学園へ入学してから、彼との関係も終わりを告げる。


 彼は私よりも可憐で愛らしいジョハンナに恋をした。

 ジョハンナは美しい顔立ちと……そして、私のものであった彼を求めた。


「オリアーナ! 君との婚約を破棄する!」


 全校生徒が集まる、年に一回の舞踏会。

 そこで彼は私に婚約破棄を宣言した。

 そしてジョハンナを虐めたという私の罪と、自分がジョハンナを愛しているという事を高らかに語る。


 彼はこれまで、私の何を見ていたというのだろう。

 私が家でどんな目に遭っていたか、詳細は語らなかった。

 けれど彼は私の服の隙間から覗く傷や気落ちした様子を見る度に何かを察してくれていたように思えた。

 けれどどうやら、その『何か』というのは義妹の存在一つで簡単に掻き消されてしまう程不安定なものであったようだ。


 家から逃れ、彼と過ごす毎日に夢を見ていた。

 彼ならば私に手を差し伸べ、この地獄から連れ去ってくれると、そう夢見ていた。

 けれどそれもこの日に崩れ去った。


 チャールズから向けられる蔑みの目。

 大衆の、圧倒的弱者へ向ける愉悦の視線。

 そして――勝ち誇った様な、ジョハンナの嘲笑。


 ああ、きっと誰も私を助けてなどくれないのだろう。

 他人を信じてはいけなかったのだ。

 ならば、自分はどうあるべきか。


「畏まりました。婚約の破棄をお受けします」


 ――私が私を救うしかない。


 この日、私は自力で人生の活路を見出す決意をしたのだった。




 それから私は防御魔法ばかりを極めた。

 殴られても蹴られても傷ができず、痛みも感じない魔法。

 お陰で暴行を受けても平気になった。


 いつからか、苦痛に顔を歪めなくなった私に気付いた義母や義妹は面白く思わなかったのか、虐めや暴力は過激になっていったが、私は相変わらず涼しい顔をするだけだった。




「面白いことをしているな」


 ある日の事。

 学園の裏庭で密かに防御魔法の練習をしていると、背後から声が掛けられた。

 驚いて振り返ると、そこに立っていたのは銀髪に青い瞳の青年――我が国の第二王子ドウェイン殿下がいた。


 木の幹に思い切り頭突きをしたり、木によじ登ってから落下したりと、防御魔法の精度を確かめていた私は、傍から見たら奇行でしかないその行いをしっかり目撃されていたようであった。

 彼とは同級生ではありながらも殆ど面識がなかった。

 辛うじて覚えているのはすれ違いざまに見る、感情を滲ませない冷ややかな表情。


 だが、目の前の彼はというと……なんと口を片手で覆いながら肩を震わせているではないか。


「何故防御魔法にばかり固執している? それでは学園の成績は最底辺のままだろう」


 どうやら私の魔法の成績が著しく悪く、学園で笑い者になっている事をドウェイン殿下は知っているようだ。

 そんな彼の頬は、残念ながら片手では隠し切れない程に緩んでいる。


「ご機嫌よう、ドウェイン殿下」


 いい言い訳が思いつかず、私は頭を下げる。

 このまま話題を変えるなり、この場を去るなりしようと画策していた訳だが、残念ながらその思惑はドウェイン殿下に妨げられた。


「ジョハンナ嬢絡みか」

「ご存じなのですね」

「勘違いしないで欲しい。私は直接貴女がいじめられている現場を見た事はない。決して見ないふりをしていた訳ではない」


 ジョハンナは、私に度が過ぎる仕打ちをしている自覚はあるはずだ。

 であるならば彼女の性格からして、殿下のような高貴な立場の方の前で自身の醜さを晒すような事はしないだろう。

 彼女はきっと、チャールズ相手にも同様に振る舞っているはずだ。

 そして確かに、ドウェイン殿下は私が婚約破棄された際の舞踏会にすら出席していなかったように思う。彼の言葉は真実である可能性が高い。


 まあ……私にとってはどうでもいい事だが。

 彼が意図的に見て見ぬふりをしていようがそうでなかろうが、私がすべきなのは『自分の力で自分を救う』ことなのだから。


「何を企んでいる?」


 質問の意図が分からず首を傾げると、彼はにやけたまま続けた。


「傍から見れば貴女は愚鈍で出来の悪い笑い者。反抗する意志すら持てない弱者だろう。だが……」


 殿下が私へ近づく。

 彼は私の髪を掬い上げると耳元で囁いた。


「その目は、何かを企んでいる者の目だ」


 青い瞳が至近距離から私を映す。


「なぁ、何を企んでいるんだ? 面白い予感しかしないのだが、私も混ぜてはくれないか。冷遇されている貴女に、手を貸してやってもいいのだが」

「……一体、何のお話ですか?」


 私は微笑みながら殿下から離れる。

 しらを切られるとは思っていなかったのか、彼は目を瞬かせた。

 気でも損ねてしまえば厄介だと思ったが、幸い、彼はまた愉快そうに笑うだけだった。


「なるほど、意地でも一人でやり切るつもりだな」


 青い瞳が細められる。

 不思議と、普段の冷たさは感じない、子供のような輝きを持った瞳だった。


「では私は勝手に首を突っ込む事にしよう」


 勘弁してくれ、とは言えない。

 私は微笑みを貼り付けたまま恍けてみせたのだった。

 彼のこの言葉が本心であれ偽りであれ、私のすべき事は結局変わらない。

 動揺しかけた私はそう言い聞かせ、その場をやり過ごした。




 そしてその日はやって来た。

 校舎のエントランス――その中央階段の上で、私はチャールズとジョハンナと対峙する。

 周囲には野次馬が出来ていた。


 大勢の視線に晒される中、私は言う。


「どうか、私へ擦り付けた罪を撤回してください」

「はぁ? 何を言ってるの、お義姉様。私が虐められたことは多くの人が認めているの」

「そうだぞ、オリアーナ。今更になって見苦しい……。俺達は君に何と言われようと正しさを貫き続ける!」


 ジョハンナの性根も見抜けないような人間は黙っていてください……という言葉は流石に呑み込んだ。

 私はジョハンナを見据える。


「貴女達の主張には具体的な日時も現場の詳細も含まれていなかった。こんなの、皆で口裏を合わせればいくらだって偽造できる。……そんな事にも気付かなかったの?」


 ジョハンナは幼い頃から私を見下して育ってきた。私に見下される事など一度だってなかった。

 隠したと侮っていた相手から上から目線でものを言われ――更には無知を指摘される。

 そんな事、彼女には耐えられない。


 ジョハンナの顔は見る見るうちに赤くなり……そして歪んで行く。


「図星? 顔が険しくなっているわ。……ねぇ、私はただ、吐いた嘘を撤回してくれればいいと言ってるだけなの。お願い、これ以上私を苦しめないで」


 悲劇のヒロインにでもなったかのような言葉を私は吐く。

 自分が正義でありヒロインであると考えているジョハンナに対して、それは地雷とも言えた。

 私の態度についに耐え切れなくなったジョハンナはカッとなって私を突き飛ばす。


「ッ! 何適当なことばっかり言って――」

「あっ」


 私は大きくふらつく。わざとだ。

 そして後ろへ数歩後退した私の体は――そのまま階段の下へと向かって傾いた。


 私は体勢を崩しながらチャールズの腕を掴む。

 彼は驚き、顔を引き攣らせた。

 体勢を崩し掛けた彼は慌てて空いた手で階段の手すりを掴んだ。

 彼に私を気遣う余裕はなかった。


 私は不自然な動きで掴んでいた彼の腕を離した。

 まるで掴んでいた手が弾かれたような、振り払われたかのような――傍から見ればそんな風に見えるように。


 そうして私の体は落ちていき――


 ガガガッと痛々しい音を立て、私は頭から階下へ転げ落ちた。

 周囲から悲鳴が上がった。


 そして私は、己の体が階下で止まったところで――制止をする。

 ぴくりとも体を動かさず、目を見開いたまま、寝転がり続ける。


 周囲に静寂が訪れた。

 それから、野次馬の視線が一斉にジョハンナとチャールズへ向けられる。


 愚かな私の姿を面白がって見ていた大衆だが、彼らの本質は小心である。

 格下を見て安心し、優越感に浸り、手を汚さない安全な場所から観察していたい。

 そんな考えを持つ大勢はぴくりとも動かない私を見て、私が死んだ可能性を考え、それから――こう思ったはずだ。


 ――彼女が死ぬ事など望んでいなかった。


 死ぬとは思わなかった。

 流石にやり過ぎなのでは。

 自分は何も関与していない。


 そんな考えや言い訳が頭を巡った事だろう。

 そうして大勢はジョハンナとチャールズを見てこう思う。


 『彼らを悪者として吊るしあげることが出来れば、自分は正義の側を貫ける』

 と。


 さて、その考えに至った野次馬達の行動の速さと言ったらない。

 彼らはひそひそと周囲の人々と囁き始め、


「私はやり過ぎだって思ってたの」

「なぁ、本当に死んだのか? ジョハンナ嬢が殺したって事か?」

「いや、それを言えばチャールズ様だって殺しに加担した事になるだろ」

「二人とも、酷いですわ」


 そんな言葉が飛び交う。


「ちがう……違う! 私、そんなつもりじゃ……っ、みんな聞いて!」

「俺じゃない! 今のは明らかにジョハンナだろう! 俺は咄嗟にバランスをとっただけだ!」


 二人が必死に弁明し、そして罪の擦り付け合いで醜い言い争いが始まる。

 それをただ冷ややかに見あげる観客たち。

 何とも滑稽な光景であった。


 私は自分が想定した通りの未来に満足した。

 目的を達し、後は自分が起き上がるタイミングを考えるだけとなった、その時の事。


「まさか、こんな事になろうとはな」


 ドウェイン殿下の声がエントランスに響き渡る。

 彼は私の傍に立つとチャールズやジョハンナを冷たく見据える。


「ど、ドウェイン殿下……ッ」

「私はしかとこの目で見た。貴方達二人が協力して、オリアーナ嬢を階下へ突き飛ばした瞬間をな!」

「ち、ちがいます! これは――」


「彼らを捕らえろ! 詳しい取り調べはその後だ!」


 この場で絶対的な権力を誇るドウェイン殿下の言葉に、野次馬達は弾かれたように動き出す。


「なっ、やめろ、放せ!」

「違うって言ってるでしょぉぉおおおっ!!」


 大勢に捕らえられたジョハンナとチャールズはそのまま連れて行かれた。

 それを見送った後、ドウェイン殿下はその場に屈むと、私の顔を見て口角をつり上げた。


「おい、笑うのはまだ我慢してくれ」


 予想外の、それも私にとって喜ばしい方向の展開に、笑いが込み上げてくる。

 必死に堪えようとはしていたのだが、どうやら堪えきれていなかったようだ。

 全く、とドウェイン殿下は呟くと、ハッと驚きから息を呑むような芝居を打った。


「まだ、息がある……っ! こうしてはおけない、私は彼女を医務室へ運ぶ! 残った皆はこの場に教員を呼び、状況を説明してくれ!」


 そう言うや否や、彼は私を抱き上げると颯爽と現場を去ったのだった。


 大勢から離れ、周囲が静かになると、私は今度こそ笑いを堪えきれなくなる。


「んっ、ふふ、あはははっ」

「全く、とんでもないことをしてくれたものだ。私の機転の利かせ方を褒めてくれ」

「ふふっ、最高でした……っふ、ありがとうございます」

「お陰でいい思いをさせてもらったからな。お互い様だ」


 いたずらっ子のような笑みを互いに浮かべながら、私達は医務室へ向かうのだった。



***



「今、私達王族は丁度、王太子の座を争っている最中だろう」

「そうですね」


 医務室のベッドに私を座らせてから、ドウェイン殿下は話し始めた。


「キッドマン侯爵家は第一王子派――それも過激且つ政界で影響力の大きい家だ。彼の面目を潰すことが出来れば優位に動ける場面も増えるだろうと、前々から目を付けていたんだ」

「そこで私の事を知り、利用できると考えて近づいた、と」

「ああ。婚約破棄を突き付けられ、赤っ恥を掻かされた貴女ならチャールズを陥れるのを手伝ってくれるのではと思って、貴女の情報を集めていたんだ。……だが」


 ドウェイン殿下は何かを思い出したように言葉を詰まらせてから吹き出した。


「まさかこんなに愉快で大胆な女性だったとは思わなかったがな。実際に会って、一時、利用するだけでは勿体ないと考えたんだ。だからこそあの時、私は貴女に恩を売ろうと思っていたのに。まさか断られるとは」

「断ったのですから、今回の助力を借りだとは考えませんよ?」

「勿論だとも。そもそもキッドマン侯爵家を陥れたかった私は、貴女の意志に関わらずああ動くべきだったからな」


 彼が突然私に協力的な姿勢を見せて来た理由については理解した。

 私が納得して頷いていると、ドウェイン殿下はニヤリと妖しく笑う。


「ところで、まさかこれで終いだとは言わないだろう」

「どういう意味ですか?」

「お前の妹は今回の殺人未遂の件で大人しくなるかもしれないし、チャールズ諸共、消えない悪評のせいで社交界での立場は無くなるだろう。だが……貴女にとっての悪は彼等だけか?」


 ドウェイン殿下の問いの意図を私は理解していた。

 私は少し考える。

 彼は私が助力を求めず、寧ろ断っても尚、私の望みを叶える一手を打ってくれた。

 ある程度の信頼は寄せても問題ないのかもしれない。

 そして彼の言う通り――私には許せない存在がいくつも残っている。


 義母、そして私の冷遇を一切黙認した父、そして――私を嘲った野次馬……学園の生徒達。


「ここで頷けば、手伝っていただけるのでしょうか」

「勿論。貴女といれば、随分と愉快な時間を過ごせそうだからな」


 ドウェイン殿下が私へ手を差し出す。


「よろしく頼むよ、オリアーナ嬢」

「こちらこそ。ドウェイン殿下」


 私がそれを握り返すと、彼は妖しい笑みをさらに深める。


「さて、次は誰から仕掛けるんだ」

「そうですね。まずは虐げられている哀れな一人の娘を家族から救いましょう」

「よし来た。任せてくれ」


 私達は声を潜めて笑い合うのだった。



***



 その後。

 殺人未遂事件から、学園内から私を嘲る人物は消え、キッドマン侯爵家は悪評によって政界からの影響力を失った。

 またそれに付随して第一王子の信頼も僅かに変動があり、キッドマン侯爵家は第一王子からの恨みも買う事となった。最早社交界にキッドマン侯爵家の居場所はないだろう。


 そしてそれはジョハンナも同じ事。

 また、義母や父についても――この事件とは別に流れたある噂によって、立場を失っていく。




 そして、心に潜む憎悪が消え切ったその時。

 毒された家から解放された一人の少女は、王宮で一人の男性に愛を誓う事になるのだが。

 それはまた別の話である。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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役に立つオンナ枠→おもしれーオンナ枠→ちょっと目を離せないオンナ枠→絶対手を離せないオンナ枠‥出世魚ばりの変遷ですわねえ。
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