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英雄翁の詩  作者: ジージ
遠く、受け継がれし伝説
1/8

英雄の剣

──今を遡ること半世紀

魔王による暗黒の時代

人と魔は争い絶望が世界を飲み込む中

四人の光の戦士が魔王を討つべく現れた

魔王が操る五魔具の力は凄まじく

金獅子、水晶髭、黒冠と

一人、また一人倒れゆく

だが聖剣は折れなかった

消えぬ誇りを刃に託し

願いと共に振り抜けば

世界には青空が戻っていた──


 村人の男は静かに語った。


「これが、あちらにいらっしゃる英雄翁の詩ですよ」


 そう言って、男が丸みを帯びつつも皺のある掌を向けた先には、枯れ木のようでありながら、なお力強さを宿した老人の姿があった。


「……そう立派なものでもないんだがな」


 英雄翁はそう呟き、擦り切れた外套と古びた革鎧へ、目を落とした。そして、腰の剣へと手をやる。


 一見普通の剣のようだが、抜き放つとたちまち刃が聖なる輝きを纏い、見守る子供たちから歓声があがった。


 そのまま、ゆるやかに一振り、二振りと演舞を披露すれば、子供たちは拍手と共に声を張り上げた。


「すごい、すごい!」


「かっこいい!」


 玩具の剣を握り、真似をして笑う子供たちの姿を、英雄翁も微笑みをたたえながら見つめた。


「ぼくが、きみをまもる!」


 子供らしい可愛い誓いだ、それでもその瞳だけは、どんな大人よりもまっすぐで、ゆるぎない強さを宿していた。


「立派でないとおっしゃいましたが、この光景こそ、あなたが勝ち取ったものですよ」


 村人の男が笑みをこぼす。英雄翁もまた、わずかに笑みを浮かべ、穏やかな村の風景へと目を向けた。


 子供たちの笑い声、温かな陽の光、豊かな風……。


「この平和が、いつまでも続けばよいのだが」


 その呟きは叫声にかき消された――


「魔物の襲撃だーー!!」


「と、盗賊団の襲撃だーー!!」


 恐怖の叫びが、村の穏やかな空気を切り裂いた。


 魔物だけでなく、盗賊団まで同時に現れるなど、通常では考えられない事態だ。魔物とは魔人の手下である。人間を苦しめる事しか知らぬ魔物と盗賊が共に動いているとなれば、裏で知能ある魔人が糸を引いている可能性が高い。


「……ふむ」


 周りには多数の子供たちがいる。一番守りづらい子供がこの場に集まっていたのは非常に助かるのだが、もしこの場に流れてきた魔物や盗賊がいた場合、守るものがいなければ大変なことになる。


 そう考えたそのとき、語り手の男が、穏やかな声で子供たちへ呼びかけた。


「みんな、私のそばへ集まってください」


 その声は混乱の中でも子供たちに安心感を与えた。恐怖で固まる子供たちが、ぎこちない足取りで男の元へ集まり始める。


 全員がまとまったのを確かめ、男は杖を握り、呪文を紡ぎ出した。


「我らが安寧を脅かす邪悪より、小さき生命を守りたまえ。見えざる鎧となりて、脅威を遮断せよ──『防壁』!」


 瞬間、半透明の光のドームが立ち上り、男と子供たちを包み込む。


『防壁』の魔法は、内外からの干渉を断つもの。錬度も高く、これならよほどの事がない限り、壊されることはないだろう。そのうえ子供たちが勝手にどこかに行ってしまうことも防いでくれる。


「すみません、英雄翁。戦うのはお任せすることになりますが……」


「構わん、むしろ助かる。子供たちは頼んだぞ」


 英雄翁はそう応え、広場を後にし魔物へ向かって駆け出した。


「一体も通すな!」


「そんな、無茶だ!」


 自警団の悲鳴が響き渡っている。それもそのはず、魔物だけで数十体いるのだ。普通なら数体が現れるだけなのに、明らかに異常な数だ。


「こちらに来て正解だったな」


 何者かの策略が潜んでいるのは間違いない。最悪、魔王が再び蘇る予兆なのかもしれない。伝承では、魔王が倒されても、五十と数年で再び蘇るという。


「魔王だろうが必ず止めて見せる」


 そう呟き、英雄翁は静かに光輝く剣を構えた。突撃してきた狼のような魔物が刃へ身を投じ、すうっと裂けて崩れる。


 若い頃のようには動けない。だからこそ、相手の力を受け、隙を突き、確実に仕留める。そうして次々と魔物が倒れていった。


「これが……英雄翁……」


「なんて強さだ、動きに無駄がない……!」


 共に立つ自警団の男たちから、呆然と呟きが漏れる。それもそのはず、彼らも決して弱くないが、英雄翁の織り成す一撃一撃は、次元が違うものだった。


「なんだ、あのジジイ!」


「このままじゃメートルの兄貴に怒られちまう!」


 盗賊団の男達が慌てたように叫ぶ。魔物を倒されて慌てているところを見ると、やはり何かあるのだろう。


「囲め!潰せ!」


「ジジイを殺せ!」


 叫び声と共に、盗賊たちが一斉に英雄翁へと襲いかかる。だが狙いが明らかだ、回り込もうとする盗賊の走る脚へと刃を滑らせる。


「そう易々と囲ませるものか」


 盗賊の一人が膝から崩れ落ちる。盗賊たちの連携が乱れたその刹那、村の中から凄まじい悲鳴と家屋が砕ける音が響き渡った。


「なんだ!?」


 一人の自警団が叫ぶ。


「なるほど……陽動か」


 英雄翁はそう呟くと、迷いを振り払うように一歩踏み出した。老いた身体から、若き肉体へと蘇るように、動きが一気に加速する。


「手早く終わらせるぞ」


 その一言と共に、英雄翁は、押し寄せる魔物と盗賊の群れの中へと、真っ直ぐに斬り込んでいく。その剣筋は、もはや「相手の力を利用する」という受動的なものではなかった。魔物はその肉体を瞬時に両断され、盗賊は一撃で武装ごと叩き伏せられる。


「ひぃっ……!」


「ば、バケモノだ……!」


 次々と倒される魔物や盗賊の屍が、瞬く間に英雄翁の足元を埋め尽くしていった。


 その様を呆然と眺めていた自警団の男たち。


「あの強さで……今まで本気じゃなかったのか……!」


 呟きが漏れる中、目の前の敵を全て片付けた英雄翁が自警団へ振り返る。


「聞け、自警団の者たちよ!」


 その声は、老身から放たれる声でありながら、確固たる威厳と力が宿っていた。


「わしが奴らの頭を潰す!お前たちは村民を守れ!」


 その言葉には、彼らへの信頼と、事態の重みに対する覚悟が滲み出ている。


「は、はいっ!」


「承知しました!」


 その声で、自警団の男たちは一斉に身を引き締め、村の中へと駆け出していった。


 英雄翁も村の中へと駆け出した、その直後のことだった。


 子供たちと語り手の男が集まる広場に、突如として巨躯の男が姿を現した。革鎧に身を包み、その顔には深い傷痕が刻まれている。腰には無骨な大斧を提げ、瞳には冷酷な光が宿っていた。この男こそ、「メートルの兄貴」と呼ばれた盗賊だった。


「かわいいガキがうじゃうじゃいやがるじゃねえか……ククッ、たまらねえなぁ!」


 低く、野太い声が響く。メートルは、光のドームで覆われた子供たちと語り手の男を一瞥すると、不機嫌そうに口角を歪めた。


「チッ、めんどくせえもの作りやがって。だが、そんな物がいつまでも持つと思うなよ」


 メートルはそう言い放つと、全身から黒い瘴気のようなものが立ち上り始めた。それは、ただの盗賊の力とは明らかに異なる、不気味な力の気配だ。


「この力、たまんねえぜ。グラムの兄貴に感謝しねえとな」


 そしてそのまま、提げていた戦斧を引き抜き、その巨大な刃を光のドームへと振り下ろした。ゴオォン!と重い打撃音が響き、光のドームが激しく波打つ。語り手の男は顔を歪めながらも、必死に『防壁』を維持する。一度や二度ではない。メートルは狂ったように斧を振り下ろし続け、光のドームはミシミシと音を立て始めた。


「うっ…このままでは…!」


 語り手の男は額に汗を浮かべながら歯を食いしばる。いくら強固とはいえ、これほどの集中攻撃を受ければ、やがては砕け散るだろう。その様子を、英雄翁は遠目に捉えた。


「あいつか……! 人間のようだが魔人の力を使っている、どういうことだ……?」


 だが今はそんな疑問を考えてる余地はない、すぐさま駆けつけようとする。しかし目前で命を狙われる村人を目にし、そちらに助けに入らざるをえなかった。


「メートルの兄貴のお楽しみは邪魔させねえぜ!」


 さらにメートルの側で控えていた盗賊と魔物達が邪魔に入り、どうしても近づけない。


「ハァッ・・・ハァッ・・・!」


 徐々に息がきれる、骨がミシミシと軋む、筋肉が悲鳴を上げる。ここに来て全力の反動が出てしまっていた。破滅の時は、刻一刻と迫り待ってなどくれない。


「ガハハハ!グラムの兄貴からもらった力があればこんなものどうってことねえ!」


 メートルの猛攻に、光のドームに亀裂が走り、やがてヒビが蜘蛛の巣のように広がる。そして、乾いた音と共に『防壁』は砕け散った。破片となった光が、キラキラと空気中に消えていく。語り手の男は、すぐさま杖を構え直し、次の『防壁』を張ろうとするが、メートルの次の凶刃の方がわずかに早い。


 その直前、一人の子供が飛び出した。英雄翁に憧れ玩具の剣で誓いを立てたあの少年だ。


「やめろぉぉぉーーー!!!」


 叫びと共に少年は手に持った玩具の剣を、震える手でメートルに向かって振りぬいた。その刃のない剣がメートルの足を叩き、虚しい音だけが響く。


「あ……?」


 メートル自身も予想していなかった反撃に呆気に取られた。時間にして一秒、だがその一瞬の隙を、語り手の男は逃さなかった。


「疾く!見えざる鎧よ、遮断せよ——『防壁』!」


 新たな光のドームが生成され、子供たちと語り手の男を再び包み込んだ。だがその代償は大きい。運命に抗った少年は、『防壁』の外に取り残されてしまった。


「この…クソガキがぁっ!!」


 怒り狂ったメートルは、少年を蹴り飛ばした。少年の体がくの字に折れ、嗚咽が漏れる。


「おい、ジジイ!その壁を解け!解かなければ、このガキはじわじわと嬲り殺してやる!」


 助けが来る前に『防壁』を破壊できないと判断したメートルは脅しに切り替えた。語り手の男は眉をひそめる。当然、ここで『防壁』を解けば、全員が殺される。


「まずは指だ、次は腕で、さらに足を……」


 メートルの残虐な行為に周りの子供たちから悲鳴が上がる。あまりの悲惨さに語り手の男の集中が揺らぎ、『防壁』が消えそうになるが、すんでのところで持ちこたえた。


「……いかん!」


 妨害を振り切った英雄翁が駆けつけようとしたその刹那、逆方向から魔物の吠え声と女性の悲鳴が上がる。ちらりとそちらを見ると、今にも魔物に襲われそうになっている女性の姿があった。英雄翁の表情がわずかに曇る。


「つまらねえ……もういい」


 メートルは飽きたように少年を投げ捨て、巨大な戦斧を振り上げた。振り下ろされた戦斧がドォン!という衝突音を立てる。そこにあったのは、両断された少年ではなく革の防具で大斧を地面に受け流した英雄翁だった。


「なっ……バカな!?」


 メートルが驚愕の声を上げた、その時。


 ギィィィッ!と、遠くで魔物の悲鳴が上がる。魔物の眉間には英雄翁の剣が投擲され、深々と突き刺さっていた。魔物は即死し、力なくその場に倒れ伏す。女性も無事だ。


「武器も持たずに俺様の前に立つなんていい度胸じゃねえか」


「……武器ならあるさ」


 英雄翁は、子供が落とした玩具の剣を拾い上げた。木でできた、飾り気のない剣。しかし、英雄翁はその木剣をまるで真剣のように構える。その姿に、防壁の内側から語り手の男が心配そうな声を上げた。


「英雄翁、それではあまりにも……!」


「ガハハハハハ!笑わせる、そんな玩具の剣で何ができるってんだ!」


 英雄翁は、意識を失った子供の傍らに寄り添うように立ち、その小さな身体を見つめる。


「この場を作った英雄の剣だ、不足はあるまい」


 その声と共に玩具の剣が光輝く。風が凪ぎ、時が止まったかのように見えた。



──老いたる手が剣を手に取り

消えぬ誇りを刃に託す

願いと共に掲げれば

語り継がれし聖剣となる──



      ──聖剣の伝承──



 今まさに現れた、聖剣。英雄翁の手で玩具の剣が聖剣へと変化したのだ。


「は、ハッタリだ!だまされねえぞ!」


 メートルの声が張り上がる。しかしその巨躯から発せられる威嚇は震えをまとっていた。


「聖剣は込められた想いや願いが力に直結する。今、この時この瞬間だけは最強の剣だろうよ」


 聖剣となった玩具の刃先から迸る神聖なる光が、黄昏の村を一瞬だけ白昼へと塗り替えた。そして英雄翁の姿が一瞬でメートルの目前へ肉薄する。


「う……っ!?」


 身構えたメートルが重い大斧を横薙ぎに払おうとするも、老躯から放たれた一撃の速さの前には敵わない。


 白銀の輝きを纏った『聖剣』が、メートルの胴を薙ぎ払い、寸断する。


「俺様が……こんなおもちゃで……っ!」


 呟きを漏らし、メートルの巨躯が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。その身体から立ち上る暗鬱たる力が、空中で霧散していく。


 メートルの死と共に、魔物たちの動きが一変し、盗賊たちも襲い始める。この場にいた魔物を操っていたのはメートルだったようだ。


「メートルの兄貴がやられた!?」


「やべえ、グラムの兄貴に報告だ!」


 盗賊たちもメートルが死んだことに気づき、逃亡を始めた。盗賊がいなくなったことで自警団にも余裕ができはじめ、魔物の対処に問題なく当たっていく。今、この村で問題となるのは負傷者の対応だ。


「森羅の慈悲よ、痛みに喘ぐ肉体を包め。


 断たれた絆を結び、生命の門を開け!『治癒』!」


 語り手の男が『治癒』の魔法を唱えると、傷を負った子供の肉体が修復されていくが、思うように治らない。『治癒』は自然回復能力を増大させて回復させるが、死に瀕し生命力が低下していると効果が出にくくなる。


「疾く!生命の門を開け!『治癒』!」


 略式詠唱だ。短いほど魔力消費こそ増えるものの、通常より短時間で魔法を唱える高等技術である。どうやら連発して手数で回復するつもりのようだ。


「疾く!開け!『治癒』!」


 だが、何度唱えても回復速度は上がっていかない。それどころか時間が経つほど下がっていっている。


「疾く!疾く!疾く!疾く……!」


 もはや泣き叫ぶような詠唱だ。そしてついに完全に回復が止まる。息こそまだあるが、命が失われるのも時間の問題だろう。


「もういい、休め」


「でもっ……」


 語り手の男を下がらせる。無茶な詠唱をしていれば彼まで倒れてしまう。


「……ぇいゆう、おう」


 回復の成果もあってか、少年は喋る事ができるようにはなっているようだ。だがこの状態では、無駄に苦しませる時間を増やしただけかもしれない。


「……なんだ?」


 英雄翁は膝をつき、少年の言葉に静かに耳を傾ける。


「ぼく、やくに……たてた、かな?」


「……ああ」


 少年の口からでたのは恨み言でも呪詛でもなかった。ただひたむきに誰かを想う、その小さな声が、胸に深く突き刺さった。


「えい……ゆう、になれ……たかな?」


「まさしく、お前こそ英雄だ」


 その言葉に、身じろぎできぬ小さな身体が、ほんのわずか震えた。声だけが、か細い息となって漏れ出る。


「ほんと、に?」


「聖剣を手にしただけの者を英雄とは言わん。皆が1秒を求めた時、その願いを叶えられる者こそが英雄だ」


 その答えに少年はゆっくりと笑みを浮かべて、そのまま逝った。


「……」


 やりきれない悔しさに思わず地面を殴り付ける。


「何が英雄翁だ……!子供一人守れない!一秒を繋いだ、この子の方がよっぽど英雄だ!」


 皺を刻んだ手が震えた。全盛期なら救えたはずの命が、今の身では届かなかった。その無力感が胸を締め付ける。英雄翁は、震えた拳をゆっくりとほどき、横たわる小さな亡骸から身を引いて、重い足取りで立ち上がる。


 その瞳には、潰えぬ決意の炎が、確かに宿っていた。

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