表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編まとめ

夕暮れ聖女の恋占い

「好き」


 たった二文字。

 言葉に乗せた淡い赤色を、私はそっと両手で包みこむ。


 私が住んでいる教会の前。

 花瓶にいけるため、庭の彩りを兼ねて植えられた花々を、この手で手折るときのように。


「嫌い」


 また二文字。

 今度は青くとがった、茨の鎖。


 そろえた両手をがんじがらめにして、もう離さないと縛りつける。


 痛い、ツラい。

 けれどもそうすることで、手の内に秘めた赤に火が灯された。


「好き」


 チェリーピンクから、鮮やかなルビー色に。

 私の心と同期して、手の平に伝わる熱い確かな想い。


 閉じたまぶたと同じく、ギュッと。

 包むだけではなく、握りしめて。


 固く握った両手は祈りの形。

 教会における身廊(しんろう)で、長椅子に座りながら正面に捧げるのは、私の内にある彼への想い。


「天におります、我らが(しゅ)よ。今日も私の心をお導きください」


 三つの色を並べて、神さまに願うのは私自身の心のゆくえ。


 いつものように遠く淡く、見ているだけでも良し。

 それとも彼の棘に触れてしまい、叱られるとしても、神さまのおもしべしとあらば致し方なし。


 もしくは──


「おい、マーガレット。また寝てんのか。昼まで寝てさらにとか、聖女失格だぞ、お前」


 想いをこめた祈りの手が、夕暮れ色に。

 閉めきり、ロウソクの明かりすらなかった薄暗い教会が、私にとって聞き馴染みのある男性の声とともに、別の色を取りこんでいく。


 ゆっくりと目を開いて、固くつないでいた両手もほどき。

 彼の声によって背中を押されはしたが、逆らって私は後ろを振り向いた。


 開けられた扉から中に入ってきたのは、私とさほど歳が変わらない青年の牧師。

 だが整えられた衣服はさておき、その態度は敬虔(けいけん)な信徒からは外れていた。


「……ちゃんと起きてます。クローディオこそ、お仕事はしっかりやって来たんですか?」

「見送りにヘマするも何もあるかよ。罪の告白を聞いている途中に、寝そうになる誰かと違ってな」


 彼は牧師クローディオ。


 昔からやんちゃで、暴力で訴えかけることも多くて。

 聖職者としては失格と思われやすい、はねた黒髪をもつ青年。


 そんな彼だが、神さまと聖典の前において、実にらしい癖を持っている。


「そのわりには、ほっぺに怪我が見えますよ。また喧嘩をしたんですね」

「……チッ。酒癖のわりぃ連中がいたんで、イラついただけだ。つうか、お前には関係ないだろ」

「関係大ありです。私の代わりに、多くの来訪者と会うのは貴方です。つまりは顔。女性の顔に傷があるなんて、もってのほかでしょう」


 クローディオは、嘘がへただ。


 大方、見送っていた来訪者が、泥酔した人に因縁をつけられてしまったため、助けに入ったのだろう。

 その方法が、まず暴力というのはよろしくないけれど、心意気は認めたい。


 怪我を隠さず、勲章とばかりにさらしているのも、彼なりの気遣いだ。


 こんな奴だから、多少の傷なんて物ともしない。

 だから気にするな、悪いのはもめ事を起こした自分と相手だけ。


 そう物語る立ち姿は大きく見えるも、しかし私の胸中にあるのは心配の色のみ。


「治しますから。こちらに来て、座ってください」

「いらねえよ、かすり傷だ」

「座って、ください」


 怪我をした彼への私の心配なんてよそに、クローディオはさっさと教会の奥へ引っこもうとしてしまう。


 私の横を通りすぎようとする青年。

 でも、微笑みながら念を押してみると、舌打ちを合図に彼は立ち止まってくれた。


「怒ってんのか?」

「いえ、別に。幼なじみがボロボロになって帰ってくるのなんて、いつものことですから」

「怒ってんだろ、相変わらずメンドクセェ奴だな」


 字句(じく)のとおり、私は怒ってはいない。

 ただ少しでも声に圧を持たせないと、クローディオは振り向いてくれないから。

 だから足をつかむような思いを、言葉に染みこませただけ。


 けっして、危ないことをする彼へ募った不満を、ここぞとばかりに油として塗っている訳じゃない。


「……ったく。ほら、好きにしろよ」


 クローディオの口は、今すぐにでも、この場を去りたい一心を紡いでいる。

 しかし彼の足は私の方へ向き、隣へ座る体は、根を張るようにしっかりと椅子へ体重を預けていた。


 そっぽを向いた青い瞳。

 手当てを受ける気にはなったけれど、こちらを見る気にはなってくれない彼に、私は遠慮もなしに右手を伸ばしていく。


 ()れたほっぺに触れると、クローディオは顔をしかめてしまう。


 強がってはいるけれど、痛いものは痛い。

 慣れているだけ、分からなくなった訳じゃない。


 だから彼のほっぺに残る、ツラい熱さを引き取るように私が撫でると、徐々に()れは引いていった。


「聖女の力の無駄使いだ。俺なんかに、こんな上等なモンいらねぇっての」

「いつもそればっかり。傷と病に貴賤(きせん)はありません。どうしても納得できないなら、これはご褒美(ほうび)と思ってください」

「ハッ! 人殴って()められんのは、兵士だけだろ」

「ううん。私が()めたいのは、誰かを助けたことだよ。クローディオ」


 もう傷は()えた。

 けれども、彼に触れている時間が終わってしまうのが惜しくて、手が離せなくて。


 まだ完治してないないと嘘をついてしまった私を、彼の青い瞳が逃がさないように捉えてきた。


 紺碧(こんぺき)の青空に似た視線と重なるのは、外から差しこむ夕暮れと同じ(だいだい)と紫を混ぜた色。

 ルーズサイドテールにしたプラチナブロンドも、それを結う黄色のリボンも映りこみ。

 ゆったりとした黒のチュニック姿すらも、たやすく捕まってしまう。


 しかし一番目につくのは、かぶったベールの下にある自分の表情。

 クローディオの瞳に映る私自身。それはとても愛おしさに満ちたもので、途端に胸が熱くなってしまう。


「でも、それはそれ。罰は受けてもらいます」

「……随分と軽い罰だな。貧弱すぎる」

「そ、それはクローディオのほっぺが硬すぎるというか。これでも、精一杯つねってるんです!」


 だから胸の高鳴りを誤魔化(ごまか)すために、私は触れていた手で、青年のほっぺを力一杯つねったみた。

 しかし思ったよりも伸びなくて、ぅんーっと、うなり声を上げながら指に力をいれているのに、彼はあからさまに呆れている。


「あー、はいはい。痛い、痛いですよ、聖女さま。これが神の裁きって奴ですね」

「むぅー……! いいですよ、クローディオのバカ。じゃあ本当にツラいやつ、与えちゃいますから」


 静かな教会に響く青年の棒読み。

 茜色の温かみなんて感じられず、あるのは微妙としかいえない鈍い色。


 バカにしてる。

 そう思った私は、クローディオのほっぺに触れるのを止め、代わりの場所に意識を向けた。


「後悔、しないでくださいね」


 隣り合ったまま彼の側までさらに寄り、両手で取るのは彼の左手。

 ゴツゴツとした、男性らしい大きな手を確かめながら握った私は、呆気に取られている彼に笑顔を向けつつ、自分の口元へその手を近づけた。


 ──薬指の根元に口づけを。

 そして抗うことを忘れた彼の左手の内、次に私の瞳が捉えるのは、人差し指の先。


「好きなだけ、食べちゃいます」


 小さく口を開くことで隠していた、人は違う鋭い犬歯。

 それをカリッと指先の腹へ突き立てると、針仕事のときによく見る、赤い点が現れる。


 それを舌で舐めとり、鉄の香りと味を確かめた私は、続けて赤色を生みだす指先を口にふくむ。


「んっ……、おいしい」


 わずかなとろみのある液体を舌で転がすと、浮かび上がってくるのはイチゴジャムに似た甘い味。

 それは喉に渇きを覚えさせる罪作りな美味しさで、青年の了承を得ずに、私は何度もそれを口にしていく。


 しかし歯を立てたときにピクリと眉をひそめただけで、クローディオはなにも言わない。

 私のコレを知っているから、受けいれてくれる。


 吸血をもって、人の不浄を食らう御業(みわざ)

 神さまから与えられた、人ならざる力を。


「これが罰な訳ねぇだろ、クソッ……」


 クローディオの指先から始まって、私と彼には様々な赤が伝播(でんぱ)していく。


 胸が切なく熱くなって、でも早鐘を打つ鼓動が刻むのは、真逆のリズム。

 お互いの顔は火照り、ほっぺどころか、耳まで赤くなっている。


 それを相手の瞳で確かめながら、でも、心は静止の青を作らない。


 私たちの間で循環する、赤と赤。

 巡り巡って、クローディオの血潮がたどり着くのは私の瞳。


 夕暮れの色から、輝く柘榴石(ざくろいし)へ。

 人ではありえない変化を体に及ぼしながらも、私の口は青年の手を離さなかった。


「少し濃いかな。痛いところ、顔だけじゃないでしょ」

「大したことねえよ。三人で徒党組まねえと……ッ。何もできねえ奴らの拳なんざ、効くか……っての」


 傷も病も、私にとっては血の味で全てが分かってしまう。

 すべては不浄を身に取りこむ御業(みわざ)がため。


 けれども、毒の瀉血(しゃけつ)に近い用法で行われる、私の治療行為にも欠点があった。


 手で触れた部分を治す、(いや)しの手。

 全身の不浄を血に集め、それを吸血することで心身ともに(いや)せる奇跡。


 今のクローディオの左手には、この二つが同時に行われている。


 私の犬歯でつけた傷は、彼の手を両手で押さえているがために、一分も経たずして治ってしまう。

 しかし傷の吸血は、出血しなければ効力がないため、何度も噛みつかなかればいけない。


 流れる血を舐めとっては、()える度に歯を立てて。

 もっと、もっとって。指だけでは済まない血を欲する衝動を連れ、手の全体にまで私は小さな牙を向けていく。


「……ズルいんだよ」

「なにが?」


 もう両手では数えきれないほど、クローディオの左手に噛みついた。

 けれども痕はどれも残らず、頬ずりする私の鼻をくすぐるのは、甘味すら感じとれる赤の香り。


 あと一齧(ひとかじ)り。

 脱力した人差し指を(くわ)えて、またぷつりと傷をつけていく。


 何度味わっても、飽きることのない赤い果実。

 やめるタイミングを失い、私はいつまでも彼の左手に集中してしまっていた。


 だからこそ、クローディオの何かを我慢する表情にも気づかなかったし。

 彼の体が動き出すのも、意識の外のできごとだった。


「俺のが、そんなに好きか。マーガレット」


 我に返ると、目の前には青年の顔が、これまでで一番近い場所にあった。

 その先は天井で、視線を下におろしていくと、私の体の上から彼の体が重なっている。


 クローディオによって、椅子の上に押し倒された。

 そんな自覚が理性へ届く前に、口内に居続けた彼の指先の感覚が、頭を沸騰させるほどの熱を生みだしていく。


「あんまり煽るんじゃねえよ、バカが」


 青年の左手を握っているのは私なのに、指は私の口を自由にしてくれない。


 言葉を話せず、彼の体格に勝ち目がない体も押さえつけられて。

 甘くとろける血の味は、当然とばかりに思考の波も巻きこみ、心の底へと流れていく。


 抵抗できない。

 それどころか、待っていたとばかりに私の口は閉じるばかり。


「好き、ですよ。クローディオの……こと」


 体も視線も、そして鼓動も。

 静寂に包まれた教会で聞こえるのは、私たちの赤い音だけ。


 でも、クローディオは言葉を紡いでもそれ以上はなにもせず。

 だからこそ黙ったままな彼に、私はどうにか想いの色をつづっていく。


 神さまへ捧げた想いに嘘はない。


 幼なじみという身近な友人として、好きだ。

 でも、乱暴なことをしているときの彼は、嫌いだ。

 そして心の奥に閉じこめていた、この赤い想い。


 ──告白することで、ようやく心身になじんでいく。


 クローディオの左手を押さえていた両手は、包むように。

 けれど離すことはなく、このままでいいと受けいれて。


 コクリと、私は小さく頷いた。


「……ハァ。冗談だよ、馬鹿が。無防備すぎだっつってんだ。本気に済んじゃねえ」


 覚悟を決めた。

 なのに続く彼の行動は、私を放心させるものだった。


 クローディオは体を起こし、私の口から左手の指を引き抜く。

 あっさりといなくなってしまった彼の指に、私は口寂しさを覚えるも、追いかけようとしても全身に力が入らない。


 そのまま青年はこちらに背を向けて、教会に帰って来たときと同じく、奥の部屋へ歩いていく。


「第一、俺の好みじゃねえよ、お前なんか。薄っぺらいの抱いても、心配の方が先に来る」

「ねえ、クローディオ」


 けっして、こちらには振り向かず。

 声だけを私に届けるクローディオは、後ろ髪が引かれているように歩みが遅い。


 そんな様子を、顔を横に向けただけで眺める私は、痛むほど激しく鳴っている鼓動の中に、一滴だけ別の色を見出した。


「私のこと、そんなに好きですか」

「嫌いに決まってんだろ。寝言は寝てから言え」


 青年は声を上げながら、結局は奥の部屋まで行ってしまう。

 彼が戻ってくる様子もなく、押し倒された姿勢のまま、ぼんやりと全身に広がった想いが静まるのを私は待ち続ける。


 見上げた天井はなにも変わらない。

 だから私は目を伏せて、高鳴り続ける心の声を聞くことにした。


 好きか、嫌いか。

 祈りで捧げた三色の想い、その内のどれを選びたいのかなんて、言葉にしなくとも私の奥にあるものは決まっている。


「好き」


 その一色だけを私は人差し指に塗り、自分の唇を赤色に染めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


難しく考えず「いいね」と思っていただけたのなら、↓広告下↓にあります「☆☆☆☆☆」欄にて応援していただけると幸いです。


お手数おかけしますが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ