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神さま、一発殴らせて頂いてよろしいですか?  作者: 崑崙
一章 こうして私は世界に「爪痕」を残す決意を固めた
8/21

8話「どうすればこの世界を私色に染められるでしょうか?」


 あのあと、ヴィンスと少し会話して、私は一つの結論に達した。

 ――私は「行方不明」になっていたのではなく「神隠し」に遭っていたようだ、と。


 そしてハッとなる。

 神がヒトを隠すからこそ『神隠し』と言うのかもしれない、と。

 とはいえ、私は隠されるのではなく、完全に世界そのものから追放されていたわけだが。


 さて、一般的な「神隠し」にも色々あるけれど、その中に『神隠しに遭った人間の存在を周りの人間が忘れてしまう』というパターンがある。

 主人公だけが消えた人間の存在を覚えていて、親しい友人に不在の理由を尋ねたとき「●●君? それって誰のこと?」と返されて愕然となる奴だ。


 私もたぶん、それだった。

 神さまに世界から追い出されたことで、レイチェル・アラベスクという存在そのものが「元々存在してなかったこと」になったのだろう。


 ちなみに過去形なのは、私がこの世界に戻ってきたことで他のみんなが私の存在を思い出したようだからだ。


 ヴィンスと会話したあと、すぐにお父様とお母様も部屋から出て来た。

 会話の内容は、割愛する。

 なんというか、その……こちらも、私が思い描いてたような感動的な再会にならなかったからだ。


 帰還したことで、みんなにとってもレイチェル・アラベスクは再度、この世界に存在するようになった。

 だが「純粋に私が一年別の世界に行っていた」という不在は紛れもない事実である。

 この処理が実に面倒臭いのだ。


 両親やヴィンス達からすると、レイチェルはずっと生きていたはず、この家で生活していたはずなのに、なぜか一年間の記憶がそっくり存在しない。いやいや、そんなはずはない――と思い出を掘り出そうとするものの、やはり何も出て来ない。

 意味不明な矛盾にブチ当たる。

 存在と非存在が混ざり合い、エラーを起こす。

 そのクロスポイントにいた人物は二つのリアルに頭を抱えることしかできなくなる。

 

 ――結果として、そんな状態で熱望した「感動の再会」など起こるはずもなく、ホームシックに半分足を突っ込んでいた私だけが大いに空振った気分で、投げ出されるというわけだ。



「こんなの……こんなの……やり切れません……!」


 実際、一年ぶりに自室に戻った私は、今まさにベッドにダイブしてジタバタとタコのようにうごめていた。

 心だけでなく身体までも投げ出さざるを得なくなっていた。


 一年間主が不在だったはずの部屋は、その帰還を待ち侘びていたかのように整えられていた。ベッドシーツは太陽の香りがするし、家具や窓枠にホコリが積もっていたりすることもない。

 単純に、たとえ空き部屋といえど、掃除せず放置するほどアラベスク家の使用人は質が悪くなかったということだろう。むしろ「存在しなくなった主」の使っていた部屋などというものが、物置に変えられていなかったことに感動するくらいだ。



「許すまじ、神さま……!」


 家族との再会の感動を奪われた私は、間接的にその原因を作った神さまに対して更なる怒りの炎を燃やすことになる。


 ――加えて、これからも似たような前後不覚が多発するはず。


 私は自分で言うのもアレだが、この国では……結構な有名人だった。

 この世界には私が開発を手掛けた魔導機がたくさんある。その作者がいきなりいなくなったのだ。社会はどう考えてもおかしくなったに違いない。


 神さまは、そこまでして私を世界から追い出したかったということだ……。


「なぜ神さまは、そこまで私のことを……ううう……!」


 そもそもの話、私は「神」という存在に対して、誰よりも深い愛を捧げ続けてきたつもりだった。



 なぜなら……ふざけた話だと思われそうだが、神さまにも言ったように『自分があまりに他人と比べて様々な物を与えられ過ぎた人間』であるという自覚が本当にあったからだ。



 だが、これを単なる「傲り」だと思われるのは、実は少し納得がいかない。


 ――本当に、私は尋常ではないほど、あらゆることが簡単に出来てしまう「変人」だったのだ。


 本を読めば内容を一度で覚えることが出来る。新しいアイディアも湯水のように湧き出す。どれだけ外を走り続けても全く疲れないし、剣の腕だって大して習ったわけでもないのに女の身で王都の騎士団に所属する戦士に完勝できてしまう。

 魔法も大体なんでも使える。おそらく使えない魔法は、まだ自分が「使おう」と思ったことのない魔法だけだ。


 人間関係や果ては運の良さに至るまで、私は人並み外れていた。

 誰も私を嫌わないのだ。誰もが私を愛した。家族だけでなく、民や、私のことを疎ましく思って当然な他の諸侯、その子女達まで。


 当然、運否天賦は幸運だけを指し示す。

 実際、私自身が本当に異様な存在であると真の意味で認識したのは……父が土産で買ってきたサイコロを何気なく振ってみたときだった。


 賽を振ると――すべて、私が出したいと思った数字が出たのだから。


 こんなもの「運が良い」で済ませていい話ではない。


 自分自身ですら…………ドン引きしてしまった。

 神の寵愛を確信するのは当然だろう。

 


 けれど、それは神さまの真意ではなかった。

 

 

 本当に存在していた神さまは、私のことを疎ましく思っていたのだ。

 神さまと初めてお会い出来た瞬間のことは、今も脳裏に焼き付いて離れない。


 神さまは、本当に美しいお方だった。

 金色の髪に、凛々しい目鼻立ち、均整の取れたスタイル――

 言葉を尽くして、その美しさを語りたいとも思うが、所詮はそれは人の言葉にすぎない。

 神の美しさを人間が言い表そうなんて、きっとおこがましいはずだ。


 ――そんな天上の存在が、私を憎んでいるというのだ。

 それどころか完全に対立してしまった。人対神だ。普通なら、人に勝ち目なんてない。



「……だとしても、あまりに神さまのお顔が美しいからこそ、殴りがいがあるというものです」



 ジタバタをやめた私は、ごろりとベッドの上で寝返りを打って、仰向けになった。

 そして「天井」を見上げる。

 その更に上――「天上」に目掛けて、拳を突き上げる。


 神さまは、私がその御顔に一度として触れることさえ許してくださらなかった。

 私を創ったのは神さまのはずなのに、その距離はあまりに遠い。

 私を産んだ両親の更に向こう――「遺伝子」のずっと先に、きっと神さまはいるのだ。


 

 勝手に創って、様々な祝福を与えるだけ与えて、都合が悪くなったら…………捨てる?



 どうしてですか、神さま。

 あなたは、私に輝いて欲しかったのではないのですか。

 強く、逞しく、賢く、そして……幸せに生きて欲しいと願ってくださらなかったのですか。


 私は、生まれる前にあなたが私に求めてくださったように、たとえ自分が異様な存在だと自覚していたとしても――精一杯、輝き続けたのに。


 この輝きこそが、神さまが私に求めて下さっている物だと確信していたのに。


「……結局あまりよくわかっていないのですが、神さまは私が目立つことがお嫌いなようでしたね。でしたら……私のするべきことは一つだけでしょう」

 

 力尽くで、神さまの顔面にパンチを食らわせたいわけじゃない。

 というか、最近の私はかなりパワーアップしているとは思うけれど、さすがに神さまに殴り掛かったら取り押さえられてしまうはずだ。

 

 私は神さまに自ら宣言して欲しいのだ。

 ――お願いだから僕を殴ってください、と。


 いや、これは違う……。

 神さまがただのマゾヒストみたいになってしまった。

 ――レイチェル・アラベスク。一度だけなら殴ることを許す。その代わり、一生ひっそりと隠れるように生きて行け。


 ……とかかな。

 今となっては、こんなことを言われたら、本当に一発殴るだけで私が満足できるのか不安になってきた。


 ただ、今の私はこの最低限過ぎる台詞の領域にすら到達していない。


 おそらく、神さまは私を舐めてる。

 所詮ヒトに過ぎないと下に見ている。

 ――神さまの世界を、私色に染め尽くすには、まだまだ力不足だと思われている。

 だとしたら、まずやるべきことは――



「ええと、なにか書くモノを……ああ、そうか。インク瓶を使わなければいけないのですか。ううむ、こちらの世界は文房具が貧弱すぎますね……マジックペンが懐かしいです……」


 ペンにインクをたっぷりと吸わせて、私は「とある目的」のために手紙を書き始める。


 目的は、ただ一つ。


 レイチェル・アラベスクを世界に君臨させるコト。


 この世界を、私の世界にしてみせる。

 そうすれば、神さま。

 さすがにあなたも私を認めざるを得ないでしょう。

 

 私が、あなたに一度ぐらいは触れるに相応しい存在であると――




 ●  ●  ●  



 

「大変です、閣下!」


 ちょうど僕がレイチェル・アラベスクに無の空間にされてしまった神座を修復し、元と全く同じデザインの洋室に作り替えた数日後だった。


 最近、僕はずっと起きている。日々が日単位で進むなんて、初めての経験かもしれない。

 神は人間とは時間の感覚が違うんだ。

 何万年と生きるのが当たり前だからね。一瞬、寝落ちしただけで暦で言うところの数年が過ぎるなんて珍しくないわけさ。


 けれど、今は事情が違う。

 僕はレイチェル・アラベスクを再度地上に解き放ってしまった。

 彼女から目を離すわけにはいかない。

 そのために、僕は部下の天使に24時間体制でレイチェルの監視をさせていて――


「なんだよ、ガブリエル。お前、仕事はどうした?」


 というか、その天使がこいつだ。

 今、血相を変えて僕の神座に飛び込んで来た奴。


 名前は、ガブリエル。

 天使だ。そこそこ位は高い。髪が長くて、背中には翼が生えていて、僕より背が高いイケメンだ。


 そうそう。

 実は僕、この数日でレイチェルがいた神なき世界――「地球」の文化を勉強したんだよね。

 特に日本の文化ならもう完璧にインプットした。ほら、早速使えてるだろ?


 向こうの語彙も過不足なく使用できるぞ。

 たとえば、このガブリエルをイケメンとするなら、僕は超超超超超超超超超超超超超超絶イケメンとかになるかな……。

 まぁ、人間の領域で見たら、類を見ない美男子しかいない天使も神とは比較するのもおこがましいって感じだけど――


「呑気なことを言っている場合ではありません、閣下! レイチェル・アラベスクがとんでもない行動に出ました!」

「なにしたんだよ。どうせ新しい魔導機を開発したとか、そんなことだろ。レイチェルはなにを創ったんだ? 神なき世界で言うところの車か? 飛行機か? さすがに核ミサイルを作るのは時間的に無理だろ?」

「……どれも違います。」


 ガブリエルが力なく、首を横に振った。そして言い放ったのだった。




「レイチェル・アラベスクが……『()()()()()()()』を始めました」




 NEXT 9話「まずは婚約相手を決めるところから始めましょう」


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