10話「パーティの前に、友との語らいを」
10話「パーティの前に、友との語らいを」
私の世界では「東京」と比べて、誕生日の持つ意味があまりに大きい。
もちろん、お目出度いことなのは同じ。
私が一年暮らした「あの区画」は貧しい子達が本当に多かったけれど、それでも誰かが誕生日を迎えたらささやかなパーティを開くのが普通だった。
ただ、貴族の子女である私達が一つ年齢を重ねるということの意味は、それとはまた違った意味のモノがある。
一つのボーダーとなるのは12歳、そして16歳だ。
12歳は男子貴族にとってのボーダー。寄宿学校の初等部に入学する年齢が12歳なのだ。
ただ、これは義務ではない。
12歳から親元を離れ、年に数回しか領地に帰ってこないような教育をこの年齢から由とするかは家庭によって判断が分かれるところだ。学校でしか教えられないこともあれば、学校では教えられないこともある。それを天秤に掛ける形になるだろう。
ちなみに、女子には学校がない。
これはあくまでグロリア王国の話で、隣のシーラム王国などには女子だけを集めた「東京」で言うところの「女学院」的な教育施設が存在するとは聞くし、魔法の発展が著しい海を越えたところにリム王国には男女共学の魔法学校がある。
男女を比較した際、女子の方が魔法の才に秀でているケースが多いこともあり、昔から共学の学校……それも貴族と一般人が同じ学校で学べる環境が構築されてきたらしい。
中々先進的だな、と思う。
グロリア王国もいずれ、そのような形に門戸を開いていく必要があるだろう。かといって男女共同参画を進めることが、そのまま国力の増強に繋がるかは慎重に見定める必要がある。あちらの世界は、私達の世界と比べて男女平等が多くの国で実現されていたが、あの社会制度を例えばグロリア王国に持って来ても、様々なコトが破綻するのは目に見えていた。
変えるなら、少しずつ、着実に。
そしてまだ……その時は来ていないように私には思えた。
さて話を戻そう。
男女共に16歳は大切な年齢だ。弟のヴィンスもこの歳になって初めて寄宿学校に入学したし、なにより一般的な社交界デビューの年齢が16歳だとされている。
多くの宴に、家の末席として参加できるようになる。
寄宿学校に通っていても、大切なパーティがある度に学校を休んで領地に戻ったり、王都に向かったりするのは全く珍しくないと聞いている。
だが、ここでポイントなのは、私は一年間追放されたことで16歳での社交界デビューのタイミングを逃してしまったということだ(追放される数日後にパーティがあるはずだった)。
ただ幸いというか、私のこの一年の不在はなんだか「ナアナアな感じ」になっている。
本来は16歳で社交界デビューしない貴族の子女は「表に出すと家の名誉に傷が付くような存在」だと見なされる。
たとえば外見に著しい問題があるとか、精神に異常を来たしているとか。
なので、本来ならば社交界デビュー前でも名前が知られている私であっても、17歳で遅い社交界デビューを果たすのは白い目で見られて当然なのだ。
まぁ、とはいえ、そこは何とかなるだろう……なぜなら、誰も彼も、私に対する一年間の記憶が曖昧なのだから……。
深くツッコまれることは、ないはず。
そうなったとしても実在/非実在の記憶がバッティングして、エラーを起こすだろうから。
そう、例えば――
「17歳で社交界デビューかぁ。まぁ……そういうのも有りなのかな?」
今、私の部屋に来ている友人、シャルロット・デボワのように。
シャルロット、通称シャルは同じグロリア王国にあるデボワ家の令嬢で、私の幼い頃からの親友だ。
ちなみに当たり前だが、とっくに婚約済みで20歳の誕生日を迎えたとき、国外の有力貴族に嫁ぐことに決まっている。
「少し緊張しますね。わざわざ『婚約相手が欲しい』と大々的に公言するなんて、品のある行動とは思えませんし……」
「それは、別にいいんじゃないかな? だってレイチェルに相手がいないことがそもそもおかしかったんだし」
「そう言って頂けると嬉しいですが……」
言いながら、私は心の中でため息をついた。
――実際には談合と思わしきモノがあったはずなのだ。
それがどんな形なのかは、不明だ。
けれど私が三歳ぐらいの頃だっただろうか。アラベスク家に対して様々な貴族達が婚姻交渉を持ちかけてきたのは記憶に残っている。
だが、それがある時期に、スパッと途絶えたのだ。
その後は、ちらほらと婚姻の申し出が来ることすらなく、本当に皆無になった。
なんらかの盤外交渉が行われたことは確実で、実際に私の動向をじっと監視している家も少なくなかった。
レイチェル・アラベスクは、社交界デビューを控えた女の身でありながら、グロリア王国一の魔導機技師であり、経済活動家であり、福祉活動家であり、ついでにまぁ……結構な美女だ(これを自分で言うのは羞恥の極みだが……)。
私を獲得することで、得られる物はきっと相当に多い。
だからこそ、長年睨み合いの状態が続いていた――そう考えるのが妥当だろう。
「でも、なんでいきなりあんな手紙をそこら中に送ったの?」
「それは、まぁ……ああでもしないと、一生結婚出来ない気がしてきまして……」
「あー。そうかもね。レイは高嶺の花過ぎるもんなぁ」
「……それも、あまり良いことではないと思いまして」
今までは、そんな花だと思われているコトが私にとってはプラスだった。
――この世界の貴族令嬢は、結婚して、別の一族に嫁ぐことこそが生まれて来る意味だ。
輿入れの出来ない令嬢なんて、なんの存在価値もない。
けれど、私は高嶺の花だと思われていたおかげで、その呪縛から逃れることができた。
まだ私は誰とも結婚するつもりがないからだ。
だって……特に好きな相手もいなかったから。
普通、貴族の娘は「お前はこの人と将来結婚するんだよ」と言われながら大きくなる。
幼い頃に婚約相手が決まっていない者でも、将来、別の家に嫁入りすることを前提とした育て方をされる。
そして本人も身分の高い男性に自分を選んで貰うために、良き妻になるため、自分磨きに明け暮れるわけだ。
私はそういうモノと、ずっと無縁だった。昔はそれで良かった。
でも――今は、違う。
レイチェル・アラベスクは、世界に爪痕を残さなければならない。
そうしなければ、私は神さまに触れることすら叶わない。
神と並び立ち、彼の顔面に、怒りの拳を叩き込むことが、できない。
「ですが、シャル。どうしていきなりここに……?」
私は尋ねる。
そうなのだ。実はシャルは私が手紙を送った翌日、いきなり訪ねて来た。
一年前までは定期的に毎週のようにお茶会をする仲ではあったのだが、事前連絡も一切なく、突如としてシャルがやって来たため、少し驚いてしまったくらいだ。
「そうなの! なんか変なんだけどさぁ。最近、レイと全然会ってないような気がしてね? そんなわけないよねぇ。週に一回は会ってたはずなのに……」
「そ、そうですね……」
首を傾げるシャルに私は苦笑いを浮かべざるを得なくなる。それも存在/非存在の記憶バッティングのせいだ。私が先日、戻ってきたことによって、急にこちらの世界の人々はレイチェル・アラベスクのことを思い出したというわけだ。
一年ぶりに。
「だから、久しぶりにセントレアに行こうよ。美味しいケーキが評判のお店が出来たんだよ」
「いいですね! 私も行きたいです」
「でしょ? この一年で色々と変わって……って、なんであたし、今一年って言ったんだ……? 別に関係ないのに……ご、ごめんね! なんか変な感じで!」
「あ、あはは……別に気にしませんよ……!」
それは私のせいなんです、とはとてもじゃないが言えなかった。
でも、街か……。
率直に、一年で、この世界がどう変わったのかを見てみたいと思った。
たとえ向こうの世界で進んだ文化をいくつも目にして来たとはいえ、私が一番好きなのは、私の生まれたこの世界なのだから。
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