ルーペルト・クリスタ外伝 エピローグ
ドライエックによる召喚事件から一か月。
ルーペルトは帝国西部から北部に向けて旅をしていた。あちこち寄り道をしながら。
傍にはセラとウォルフもいる。
三人の旅に懸念はない。
この一か月の間にすべて解決してしまったからだ。
ルーペルトの懸念は皇帝レオナルトから来るであろう〝呼び戻し〟。
しかし、その懸念は現実のものとはならなかった。
どう言い繕っても、逃げ出した事実には変わりない。
だが、皇帝レオナルトからの呼び戻しは来ず、代わりに伝令がやってきた。
その伝令が持ってきた内容は、今後もしっかりと旅を続けるように。また護衛についていた近衛騎士隊は引き上げさせる、と言った内容だった。
予想外の内容にルーペルトは驚いたが、同時におそらく周りが説得してくれたのだろうと察した。
旅が続行できたのも、護衛がなくなったのも、皇帝レオナルトだけの判断ではない。
ヴェヒターでの一件で認めてくれたことは間違いない。ただ、それで何もかも好きにしろというような皇帝ではない。
周りが諭したのだ。
実際、そのルーペルトの考えは間違っていなかった。
体調の回復した評議会議長のフィーネと皇后レティシアの二人に説得され、レオナルトはルーペルトの好きにやらせることを決めた。
護衛をつけていても、大きな騒動に巻き込まれることを防ぐことはできない。それが今回、証明されたからというのもある。
ならば好きにさせたほうがいいという考えだ。
それによってルーペルトの懸念は解決した。
一方、ウォルフの懸念とセラの懸念も解決していた。
ウォルフの懸念は〝冒険者になるという夢〟。
ヴェヒターでの功績を称え、冒険者ギルドはウォルフをAA級冒険者としてスカウトした。
もちろんその裏には有力者の推薦があったわけだが、ウォルフはそれを保留とした。
実力が認められたことは嬉しいが、冒険者となってしまえばルーペルトの旅に同行できないからだ。
冒険者にはいつでもなれる。実力があれば、しっかりと認めてくれるとわかっただけで今回は満足だった。
なにより目指すはAA級より上。
高みを目指すにはより強い獲物がいる。
自分の鮮烈なデビューのためにも、ルーペルトとの旅が今のウォルフには大切だった。
セラの懸念は言うまでもなく、〝実家であるカウロフ男爵家〟のこと。
しかし、今は心配ない。
アルノルトが直接、カウロフ男爵家を訪ねたうえで皇王に働きかけたため、カウロフ男爵家は皇都に一時避難となり、領地は代官が治めることとなった。
そしてアルノルトが暗殺者たちのことを調べはじめた。
いずれ、調査結果が出るだろう。
これほど安心できる状況はない。
「近くの村でモンスターの被害があったらしいよ」
ルーペルトは先頭を歩きながら、後ろを振り返る。
すぐ後ろを歩く二人はただ頷く。
この旅はルーペルトの旅であり、指針はルーペルトだ。
ルーペルトが行きたいところに行けばいい。
「じゃあ、行こうか」
笑顔で告げるルーペルトは前を向く。
後ろから響く足音を楽しみながら。
■■■
「アル兄さまは皇国……? フィーネ義姉さま」
銀爵家の屋敷。
そこを訪ねてきたクリスタは、義姉であるフィーネにアルの所在を訊ねた。
「はい、アル様は皇国でカウロフ男爵とお話するそうです」
椅子に腰かけるフィーネの顔色は良かった。
その様子を見て、ひそかにクリスタは安心する。
「ルーペルトのお友達の件……?」
「そのようです。直接話を聞く必要があると仰ってました」
「それなら……思ったより根深い問題みたい」
アルが他人に調査を任せるのではなく、自分で動くということはそれが必要ということだ。
クリスタは目を伏せる。
それは負い目だった。
自分たちがもっとしっかりしていれば、アルが動かなくて済む。
だが、実際は力不足ゆえにアルが動く羽目になっている。
大切な家族の時間を犠牲にして。
「ごめんなさい……」
「謝るようなことは何もありませんよ。たしかに大事な時期ではありますけど、そこまで大変ではありませんから」
「でも、妊娠中……」
「そのことなんですが、どうやら成長速度がかなり遅いそうです」
「どういうこと?」
「前例のないことなのでまだよくわかってないんですが、どうやら魔力を吸収する速度が遅くなったようで、それに合わせて成長速度が遅くなったそうです」
「……つまり胎児の時間が長くなった?」
「そういうことですね」
「フィーネ義姉さまに負担かからない?」
「様子を見ながらですが、大丈夫だそうです。なんとなくわかるんです。きっとお腹の中の子は私を気遣ってくれているのだと」
そう言うとフィーネは笑顔でそっとお腹を撫でた。
愛おし気なその表情を見て、クリスタは幼い頃に亡くなった自分の母親を重ねた。
「フィーネ義姉さまはきっと……いいお母さまになる」
「そうでしょうか? そうだといいんですが、まだわかりませんよ?」
「大丈夫。私が保証する」
「では、自信をもっておきます。それはそうと、クリスタ殿下はジンメル侯爵とはどうなのですか?」
義姉として義妹のことは気になる。
皇族である以上、結婚できる相手は限られる。
フィーネから見たアロイスとクリスタはお似合いな二人に見えた。
政略結婚をレオナルトがさせるとは思えないが、状況がどう変わるかわからない。
早いうちに気の合う相手と一緒になるのは悪いことではない。
しかし。
「アロイス? あれ以来会ってないけど……?」
「会いにはいかないのですか?」
「アロイスは優秀だから。後始末くらい自分でできる。それより私、公国に行ってみたい。フィーネ義姉さまからレオ兄さまにとりなしてくれない? ルーペルトの護衛を取り下げたときみたいに」
「さすがに帝国外となるとお許しはおりないかと。小さな騒動でも外交問題になりかねませんし」
「さすがにお忍びでとは言わないから。正式に使者の役目を果たすから」
「そう言われても……」
今回の騒動を受け、フィーネは正式に評議会議長の座を降りた。
今の健康状態では帝都と銀爵家の屋敷を往復することはできないからだ。
正式な役職についていない以上、皇帝に対して口出しはできない。
とはいえ、家族の問題でもある。
「お願い!」
「……アル様に頼んでみましょうか」
「ありがとう! フィーネ義姉さま!」
「とはいえ、まだ先の話です。次はどちらに? また南部にいってジンメル侯爵と……」
話を戻そうとするフィーネだが、クリスタは悪気なくフィーネの気遣いを無駄にする。
「ううん……次は北部」
「南部には……?」
「しばらく行かない」
これは時間がかかりそうだとフィーネは小さくため息を吐くのだった。
■■■
「これが例の遺跡か?」
「はい、ここで私はセラを見つけたのです。名前はあの子のブレスレットに書かれていたのでわかりましたが、あの子はすべての記憶を失っており、誰の子かもわからない状態でした」
「だから引き取ったと?」
「……このようなことを言うのは不謹慎かもしれませんが、子のない私に神が与えてくれた子なのだと思ったのです」
皇国のカウロフ男爵領。
現在は皇王が派遣した代官が治めるこの地に、アルノルトとカウロフ男爵は来ていた。
暗殺者の正体を知るため、カウロフ男爵と直接会って話していたアルノルトがこの場へ連れてきたからだ。
「見る限り、古代魔法文明時代の遺跡か……この遺跡の詳細は?」
「古代魔法文明時代末期の遺跡というのはわかっております。ただ、建造したのは古代魔法文明の者ではないようです」
「というと?」
「吸血鬼という種の起源をご存じでしょうか?」
「もちろん。今では亜人の一種とされているが、元々、彼らは土着の種族じゃない。異なる大陸からやってきた。とはいえ、すべての亜人が異邦人という説もあるから、吸血鬼だけが特別なわけじゃない。やってきた時期は研究者によっていくつか説が分かれるが、基本的には古代魔法文明あたりまで遡るそうだな」
「はい。これは当時の吸血鬼の王が作ったものだそうです。〝真祖〟と呼ばれるその王は古代魔法文明と真っ向から戦い、苦戦を強いるほどの力を持っていたそうで……結局は敗北したわけですが、このあたりを支配していたときにこの遺跡を作らせたようです」
「その根拠は?」
「遺跡の発掘中に中から文献が見つかりまして、そこに書かれておりました。ただ、見つかった文献はごくわずかでして、あまり詳しいことはわかっていません」
カウロフ男爵の話を聞き、アルノルトはふむと顎に手を当てる。
吸血鬼は現在、大陸の各国家から認められて独立国を形成している。
だが、昔はモンスターとして扱われていた。
それは人類と戦争をしたからであり、それだけの力があったから。
そんな吸血鬼たちの中でも群を抜いた力を持っていたのが真祖であり、その真祖が作った遺跡の前で倒れていた少女が狙われた。
アルノルトが調べてもなかなか尻尾が掴めない謎の暗殺者集団に、だ。
すべて謎ばかりだ。
「暫定的な調査結果だが、ドライエックの起動には魔奥公団の残党が関わっている可能性があるそうだ」
「では、暗殺者も?」
「関係者かもしれないが……誰かに利用されている可能性もある」
当初、アルノルトはカウロフ男爵が何か知っているのでは? と睨んでいた。
しかし、喋ったかぎりカウロフ男爵に怪しいところはない。
各地に情報収集のために人を放ってもいる。
それでも尻尾が掴めない。
魔奥公団の残党については把握していた。そして彼らの中に旗印となりそうな者がいないということも。
そうなると。
自分の知らない組織が動き出した可能性について、アルノルトは考え始めていた。
そして彼らはセラを狙った。
異常な回復能力を持つ先天魔法使い。
そんなセラが倒れていたのは真祖が作った遺跡の前。
「また吸血鬼か……」
かつて相対した敵。
巡り巡って、また相対する可能性がある。
大陸は平穏だ。表向きは。
しかし、まだ多くの火種がくすぶっている。
「まだまだ楽はできそうにないな」
ポツリと呟き、アルノルトは真祖の遺跡に背を向けるのだった。




