ルーペルト・クリスタ外伝33
「本気でいくよ!」
クロエは双剣を左右に広げた。
そしてその双剣の先から漆黒の魔力が巨大な翼のように伸びていく。
≪我は簒奪者なり・冥府の底より黒を簒奪した≫
≪這い出ろ冥黒・万象を闇へ沈めろ≫
≪漆黒の王とは其の黒なり・深淵の主とは其の黒なり≫
≪根源の冥黒・終点の漆黒≫
≪すべてはその黒より現れ・すべてはその黒に沈む≫
≪集いて染めよ――ダークネス・フォース≫
凝縮された漆黒の魔力が吹き荒れて、やがてその魔力をクロエは纏った。
そのままクロエは一撃を放つ体勢に移った。
そんなクロエと反対側にいるイングリットも剣を天に突き出していた。
「いつぶりですかね? 本気を出せるのは」
聖剣がなくなった今、世界最強の魔剣である冥神。
そこから溢れる魔力はかつての聖剣を思い起こさせるほどだ。
「冥神よ、我が声を聴け――汝は冥府の宝剣・影を纏いてすべてを滅する・汝の主が今、冥滅を望む!――冥影集斬!!」
五百年、鍛え上げられた魔剣。
それはイングリットにとって業であり、誇りでもある。
その魔剣に影のような魔力が収束していく。
「私はいつでもいいですよ?」
イングリットはチラリとエルナの方を見た。
「私も問題ないわ! 最大威力で斬ってあげる!!」
上段に剣を構えると、エルナは魔力を剣に集中させる。
集中させた魔力はやがて光へと昇華し、より強く輝きを放ち始めた。
そして剣の刀身が消滅し、光が刀身を形作る。
「私の可愛い義弟が見ているの……手加減はなしよ!!」
これが見本だといわんばかりにエルナの刀身から発せられた光はさらに強く輝き出した。
「疑似聖剣……聖光」
輝く聖剣を生み出したエルナは爽やかな笑みを浮かべていた。
そして。
「行くわよ! アル!!」
■■■
エルナの号令を聞き、俺は宝玉の魔力をすべて使い切り、魔法の準備を始めていた。
その最中、ゆっくりと右手を胸に添えた。
この魔法は新しい古代魔法。
かつての大戦を経て、俺が前に進んだ証拠。
これから必要になるかもしれないから。
守りたいものがあった。
皇帝になったレオでもなく、世界でもなく。
新たな家族を。
自分の手で守りたかった。
今、その新たな家族の一人は傍にはいないけれど。
言葉がある。
想いがある。
〝あなたの心には私がいます〟。
その言葉が真実なのだとわかる。
傍にいなくても。
今は心のつながりを感じられる。
心の中にフィーネの存在を感じられる。
「悪いが……早く妻の下に帰りたいんだ。今日の仕事はここまでだ」
国の危機、世界の危機になんて私的なと言われるかもしれない。
だが、今の俺にとってそれが戦う理由だ。
早く帰って妻に会いたい。
夫として当然の願望だろう。
誰であっても。
それを邪魔することは許さない。
邪魔するようなものはすべて消し去ってみせる。
この蒼銀で。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる蒼銀に選ばれし者≫
≪始まりの蒼・果ての銀≫
≪真の蒼は空へ・真の銀は冥府へ≫
≪混ざり合う蒼穹・溶け合う白銀≫
≪いと輝け蒼なる銀よ・永遠に煌け銀なる蒼よ≫
≪蒼銀よ我が手に光を・我が仇敵を滅さんがために――≫
俺から発せられる銀属性の魔力が蒼を帯びていく。
これは世界で一番美しい魔法。
シルヴァリー・グリント・レイをベースとした消滅魔法。
無尽蔵に威力を増すグリント・レイとは違い、この魔法は一瞬の火力に優れる。
その特性は吸収。
射線上のすべてを吸収、消滅させる。
防御不可能の魔法。
物理的な防御だろうと、魔法防御だろうと。
すべて吸収して、消滅させてしまう。
その代わり、長続きはしない。
その刹那にすべての輝きを放つ蒼き銀。
だからこそ。
この魔法は美しい。
「今だ! 撃て!!」
クロエとイングリット、そしてエルナの一斉攻撃が放たれると同時に俺も右手をドライエックへと向けた。
≪シルヴァリー・ブルー・グリッター≫
蒼銀の光が放たれる。
二つの黒と一つの金、そして一つの蒼銀。
それらがドライエックへと向かって行く。
オリヒメの結界は解かれない。
女王型を逃さないためだ。
大陸最高の結界使いであるオリヒメの結界だが、この四人の総攻撃を受け止めることはできず、結界は脆く崩れ去る。
その攻撃に巻き込まれ、女王型は叫び声を上げることもかなわず一瞬で消滅していった。
そして本命であるドライエックは強力な結界を張った。俺の魔法に対して。
だが、攻撃は四方向。
ほかの三つの攻撃を受けて、ドライエックにヒビが入っていく。
同時にドライエックの結界も蒼銀に侵食されていき、やがて効力を失った。
「幕だ」
言葉と同時にドライエックが爆散して、周囲に強烈な爆風が吹き荒れた。
都市や戦場にいた兵士たちはオリヒメが結界を張って保護している。
エルナたちもこの程度でやられたりはしない。
だが、終わりではない。
ドライエックは召喚装置。
破壊したからといって召喚された存在が消えるわけじゃない。
これからは残敵掃討だ。
とはいえ、それは俺の仕事ではない。
「さてと」
呟きながら俺は転移門を開く。
軽い後始末をしたら、今日の仕事は終わりだ。
■■■
ヴェヒター。
そこにレオはいた。
近衛騎士たちが残った蜘蛛たちの掃討に動いている。
クロエやイングリットも加わっているため、そのうち終わるだろう。
「お疲れ様、兄さん」
「ああ、このあとはどうするつもりだ?」
「残敵掃討が済んだら、この場はジンメル侯爵に任せて僕はルーペルトとクリスタを連れて帝都へ戻るつもりだよ」
「そうか。それならこっちはこっちで帰らせてもらうぞ。疲れたしな」
「本当に疲れたから?」
「フィーネに会いたいんでな」
嘘をついても仕方ないから、正直に告げる。
それを聞いて、レオは苦笑した。
「ずいぶん愛妻家になったね?」
「お前に言われたくない」
「まぁ、僕には勝てないね」
なぜか胸を張るレオに呆れつつ、俺は後ろを振り向いた。
空からフィンが降りてきたからだ。
「空の敵はほぼ掃討しました。一部、逃げ出した個体もいるでしょうが、周辺に展開している南部国境守備軍に伝令を出しましたので、心配には及ばないかと。地上の敵にかんしてはもうしばらくかかるかと思います」
「ご苦労。少し休んでくれ。大変だっただろうからね」
「感謝します。しかし、頑張ったのは自分ではなく部下たちです」
「ついにフィンにも部下ができたか」
茶化すように笑うと、フィンも笑う。
そしてフィンは少し奥のほうへ目を向ける。
「陛下と閣下にお願いがございます。もしよろしければ部下に声をかけていただけませんか? 彼らはそれだけの働きをしたかと」
フィンの言葉に頷くと、俺はレオと共にフィンの視線の先にいた二人の竜騎士のもとへ向かう。
「パパ!!」
「ハンス!」
褐色肌の男に娘と妻らしき女性が抱きついた。
男は女性を強く抱きしめ、軽くキスをしたあと、娘は抱っこした。
そんな甘い空間を見て、黒髪の青年が呆れた様子でため息を吐いている。
家族の大切な時間だ。
けど、こちらもあまり時間がない。
「ハンス・ザックス大尉、パトリック・ジーゲル少尉。現在は特例により臨時ではありますが、近衛騎士に任命しております」
フィンの説明を聞き、俺はフッと笑う。
つまり彼らは臨時即応部隊を選抜する試験の合格者ということだ。
「優秀だな」
「はい。大尉は……前任の隊長の従弟で、少尉は北部騎士の出身です」
フィンの前任。
つまりオリヴァーの従弟というわけか。
そして北部騎士の出身。
なかなか縁のある人材だ。
「ハンス、パトリック」
フィンが二人の名前を呼ぶ。
そこで二人は初めて振り返り、そしてギョッとした表情を浮かべた。
パトリックは素早く敬礼したが、娘を抱っこしたうえに妻と密着していたハンスは遅れる。
「あっ、ちょっと、おっと! ちょっと頼む!」
さすがに娘を抱っこしたまま敬礼するわけにもいかず、ハンスは妻に娘を託して、改めて敬礼した。
「失礼いたしました、陛下、閣下」
「良い働きをしてくれたね、大尉、少尉。ルーペルトを守ってくれて感謝するよ」
「光栄です!」
「ありがとうございます!」
「二人は現在、臨時の近衛騎士という立場だが、この騒動が落ち着いたら正式な近衛騎士に任命したい。その意思はあるかな?」
「もちろんです!」
すぐさまパトリックが答える。
だが、ハンスは答えない。
傍にある建物を気にしている様子だ。
そこはおそらく食事処だったんだろう。
だが、戦闘に巻き込まれたからかほぼ全壊している。
「陛下、国のために働きたい気持ちはありますが……妻の店が直るまでは傍にいたいと思っています。どうかお許しください」
「良い心がけだ、大尉。そこで提案だが、ご婦人は帝都で店を出す気はないかな?」
「帝都で店を……?」
「おい! ナタリエ! どうする!?」
「夢みたい……もちろん! 可能なら!」
「では、手配しよう。ほかに気掛かりはないかな?」
「あー……妻の料理は絶品です。しっかりとした立地の店を用意していただけますでしょうか?」
「もちろん。約束しよう。ほかにはないかい?」
「それ以外は……」
「ペトラの学校」
「あ、そうだ。娘の教育などは」
「すべて手配しよう。合わないようなら家庭教師でもいい。そちらに合わせるよ」
「感謝します!」
「ほかにはないかい? 優秀な近衛騎士を確保するためだ。惜しまないよ」
「ほかにと言われましても……」
レオが惜しみない好待遇を提案するため、ハンスのほうがたじたじとなる。
これは俺が口を出す場面ではない。
レオの人材スカウトの場だからだ。
夢中なようだし、他の用事を済ませるとしよう。
そっとその場を離れると、俺はこちらを遠巻きから見ていた者たちのもとへ向かう。
「レオは二人を連れて帰るつもりみたいだぞ?」
「アル兄様……」
「兄上……」
クリスタとルーペルトは、同時に首を横に振る。
こんな大事件のあとだ。
暢気に旅なんてさせられないっていうレオの判断はわかる。
けど、二人はまだまだ旅がしたいようだ。
仲間もできたようだしな。
「友達か? ルーペルト」
「はい……友人のウォルフとセラです」
「うぉ、うぉ、ウォルフといいます! SS級冒険者を目指しています!! お会いできて光栄です!!」
「未来のSS級冒険者か。楽しみにしているよ」
「セラと言います……あの、閣下にお願いがあります」
「聞こう」
「私は皇国貴族、カウロフ男爵の養女です。私の先天魔法を狙い、誰かが男爵家に刺客を放ちました。その敵について調べてほしいのです。それと……男爵家の保護も……」
先天魔法を狙う敵。
それらしい組織の情報は今のところ入ってきていない。
だが、嘘を言っている目じゃない。
「わかった。責任をもって調べよう。男爵家についてもしっかりと保護する。安心してくれ」
「ありがとうございます……」
もう安心だと、ホッとセラは息を吐く。
そんなセラの手をルーペルトはそっと握った。
セラもそんなルーペルトの手を握り返す。
それを見て、俺はフッと笑みを浮かべた。
「まだ、旅をし足りないか?」
「まだまだ……知らなきゃいけないことがある……」
「僕も……まだ帝都に戻りたくありません」
外を楽しみたい。
そんな気軽な気持ちではなく、学ぶことがあると二人とも思っている。
皇族の責務を忘れたわけじゃない。
立派な皇族になるために。
そのために自分たちには外の世界を見る機会が必要なのだと思っているのだ。
それなら。
「旅をしたい場所はあるか?」
「私は東部にいきたい」
「僕は西部を見たいと思っています」
二人の希望を聞くと、俺は二つの転移門を開いた。
それを見て、リタがため息を吐く。
「アル兄……私、怒られるの嫌だよ?」
「安心しろ。なんとかしてやる」
「ありがとう! アル兄様!」
「ありがとうございます! 兄上!」
「早く行け。バレる前にな」
俺の言葉を受けて、クリスタはリタと共に、ルーペルトはウォルフとセラと共に転移門をくぐる
これでしばらく二人の旅は続くだろう。
「過保護なんだか、放任主義なんだか……護衛どうするのよ?」
「さぁな。なんとかするだろ」
俺の適当な言葉にエルナはため息を吐く。
その後ろにはシャルとオリヒメ、そしてミアがいた。
「兄さん! ルーペルトとクリスタがいなくなったんだけど!?」
「逃げ足が早くて困った子たちだな、まったく」
「兄さん!?」
「あの二人なら大丈夫だ。心配しすぎと鬱陶しいと思われるぞ?」
レオにそう告げると俺は一つの転移門を開く。
それは帝都に繋がる転移門だ。
「それじゃあ、後は任せた」
軽く手を振ると、俺はエルナたちを連れて帝都へ戻ったのだった。