ルーペルト・クリスタ外伝31
ドライエックを破壊するためにレオは近衛騎士団を率いて突撃を開始した。
攻められる前に攻め込む。
そして相手に隙が生まれた瞬間、精鋭たちがドライエック破壊に動く。
その作戦のためには敵の大群に対して、真正面から当たる必要があった。
強力な近衛騎士団とその先頭を行くレオ。
彼らの突撃は止まらず、蜘蛛たちはどんどん防衛ラインを突破されていく。
だが、彼らも馬鹿ではない。
部隊の突出を許したところで、蜘蛛のほうが数は上なのだ。
左右から後方に回り込もうという動きを見せる。
それを阻止するために、左翼指揮官のルーペルト、右翼指揮官のアロイスが動いた。
「右翼前進! 近衛騎士団の背後を守る!」
アロイスの指示で兵士たちが蜘蛛の大群を阻止にかかる。
だが、敵は大群。
一方、両翼の兵士は一度、決死の突撃を行った者ばかり。
高い士気のおかげどうにかもっているが、それも長くは持たない。
しかし。
≪天空を駆ける雷よ・荒ぶる姿を大地に示せ・輝く閃光・集いて一条となれ・大地を焦がし照らし尽くさんがために――サンダー・フォール≫
空から降り注いだ巨大な雷が右翼の正面にいた蜘蛛たちを一気に蹴散らした。
その威力を見て、誰かが呟く。
「これが……北部の雷神……」
右翼を担当するシャルロッテは正面にいた敵を殲滅すると、空に目を向ける。
「古代魔法ばかり練習していないで、通常魔法も練習するべきと言ったはずですよ? 殿下」
「あーあー、小言は聞きたくない」
「古代魔法は便利ですが、消費魔力が多すぎます。今回もほぼ魔力切れ。魔力切れは魔導師にとっては敗北です。節約を覚えてください」
「やめて、シャルロッテお義姉様」
「いいえ、この際ですからしっかり小言を聞いてもらいます」
「通常魔法だって使えるから。サボってたわけじゃないから」
そう言いながらクリスタは風魔法を使って蜘蛛を吹き飛ばす。
通常の魔導師なら大規模といっていいレベルの攻撃だが、それをあっさり上回る威力の雷が再度降り注ぎ、蜘蛛の大群を焼き尽くす。
通常魔法に限れば帝国最高の魔導師は現在、シャルロッテだ。
その技量にクリスタは及ばない。
幾度か師事したこともある相手の言葉にクリスタは眉をひそめた。
「古代魔法はいわば決戦魔法です。日常的に使うモノではありません」
「アル兄様は使ってるのに……」
「アルは特別です」
自分の夫にだけ甘いとは何事か。
そうは思いつつ、間違っていないから反論もできない。
例外と比較してもなににもならないからだ。
「殿下は幸い、通常魔法も古代魔法も使えます。古代魔法の頻度を減らして通常魔法の頻度を増やしてください。そうすれば魔力の節約になります。ここぞという時まで古代魔法を取っておくんです」
「嫌」
「殿下……」
呆れた様子でシャルロッテはクリスタを見つめる。
それに対してクリスタは胸を張った。
「古代魔法を使っても魔力切れが起きないようにする。それならいいでしょ?」
「魔力切れが起きないようにするまでに、幾度も魔力切れを起こすことになりますよ?」
「大丈夫、私には最高の剣がいるから」
「全部、あたしに丸投げするのやめてよ!」
空から迫る羽根つきを迎撃しながらリタが叫ぶ。
今はシャルロッテが相手だが、この後、間違いなく皇帝であるレオからの説教が待っている。
皇帝相手に同じ論法を使われたらたまったもんじゃない。
「リタならできる」
「嫌な信頼……」
そう答えつつ、リタは剣を構える。
クリスタもそんなリタを通常魔法で援護する形を取った。
二人のコンビネーションを見て、シャルロッテはため息を吐いた。
最初からそのコンビネーションを軸にしていれば、魔力消費も抑えられる。
しかし、クリスタは一撃で破壊する攻撃を好む。
「誰に似たんだか……」
そう呟きながらシャルロッテは三度目の雷を落としたのだった。
■■■
「続け!」
左翼の指揮を任されたルーペルトは剣をもって、前線で指揮を執っていた。
ボロボロの体だ。
それでも剣を振るうルーペルトを見て、兵士たちは士気を上げる。
「ルート! 無茶するな!」
「まだ大丈夫だ!」
ウォルフが警告するが、ルーペルトは充実した表情で言い返した。
任されたのだ。
後ろに下がっていろと言われると思っていた。
けれど、任された。
それがルーペルトを高揚させていた。
しかし、気持ちだけでは体は動かない。
ふと、ルーペルトの膝から力が抜けた。
一瞬の隙。
その隙に蜘蛛が肉薄する。
だが、その蜘蛛は二本の剣によって細切れと化した。
「ご無事ですか? 殿下」
「ラース大佐……」
「お立ちを。今、兵士が奮戦できているのはあなたの存在があるからこそ。疲れていても、立っていただかねば困ります」
「そうだね……ごめん」
ルーペルトは剣を杖代わりにして立ち上がる。
そんなルーペルトたち左翼側に新手が現れた。
上半身は人型の異形な蜘蛛。
彼らはそれぞれ武器を持ち、突撃してくる。
受け止めるには戦力が足りない。
おそらく精鋭。
近衛騎士団の背後をつくために、派遣された強襲部隊。
敵は左翼のほうが薄いと判断したのだ。
けれど、それを見てルーペルトはニヤリと笑う。
「そう来ると思ったよ」
敵を押しとどめる際、ルーペルトは最高戦力の二人を後方に配置した。
敵が攻勢に出た際、その攻撃を潰すために。
右翼が派手に暴れれば暴れるほど、左翼が突破しやすそうに見える。
敵が繰り出すその一撃を粉砕するためにルーペルトは策を弄した。
「頼みます、ジークさん、ミアさん」
「待ちくたびれたぜ」
人間へと戻ったジークは後方から一気に前線へ駆けると、敵の強襲部隊へ逆に強襲をかける。
「どうした? 少しは楽しませてくれるよ」
一瞬で一体を槍で貫き、もう一体を両断する。
好戦的な笑みを浮かべながら、ジークは敵の中央で槍を振り回しはじめた。
まるで嵐だ。
悪魔と戦い、生き残った大陸の上澄み。
その力を見てルーペルトは唇をかみしめる。
まだ、自分には力が足りないと思い知らされるから。
「乾坤一擲! 天を駆け、雨となり大地に還れ! 魔弓奥義! 集束拡散光天雨ですわ!!」
空から光の矢が降り注ぎ、左翼と対峙していた敵の大群が一気に崩れ去っていく。
これほどの力がありながら、二人は主攻ではない。
あくまで本命の補助。
まだまだ遠いのだと思い知らされる。
そんな風に思うルーペルトの横にミアが現れた。
「まだやれますかですわ!? ルーペルト殿下!」
「もちろんです! お恥ずかしい……少しは成長した姿を見せられると思ったんですが」
「あなたは十分成長していますですわ」
「いえ、まだまだです。ミアさんや兄上たち……あの日、帝都で僕を守ってくれた皆さんに認めてもらうにはまだ力が足りません」
ルーペルトの言葉を聞いて、ミアは目を丸くする。
そして。
「あなたは強くなったですわ。ですが、認めているかどうかでいえばあの日、あの時、あの場所であなたを認めていない人間などいませんわ。あなたは皇族として確かな素質を見せた。しっかり役目を果たしたあなたを認めていないのは……きっとあなたと〝敵〟だけだったはずですわ」
「ミアさん……」
「周りに認められないのではなく、あなたがあなたを認められていないだけ。もっと自分を誇っていいですわ。結局……あなたを認めていなかった〝敵〟もあなたを認めていた。それが帝都決戦での結末を導いた。尊敬する兄が認める自分を、もっと認めてあげてもいいと思いますですわ」
ミアはそう言って笑うと弓を担ぐと、敵の中へと突っ込んでいく。
それを見送ったあと、ルーペルトはため息を吐いた。
ずっと認めてほしかった。
あの日の自分とは違うのだと、そう思っていた。
けれど、違った。
認められていないのは自分自身。
「大丈夫? ルート」
動かないルーペルトにセラが心配そうに駆け寄る。
そんなセラに対して、ルーペルトは笑みを向けた。
「大丈夫……少し……自分の弱さを見ただけだから」
認めている。
そう言われたからと言って容易く自分を認められたりはしない。
幼い頃、足手まといだった自分を良く知っているから。
高い自己肯定感などもてるはずがない。
ただ、それでも。
ミアの言葉通り。
尊敬する兄たちが自分を認めているというなら。
少しは自分を認めていいのかもしれない。
「僕は少し下がるよ。全軍! 無理せず現状維持! 二人が敵の大部分を引き受けてくれる! 気負う必要はない!」
最後の言葉は自分への言葉だった。
手柄を立てて認めてほしいと思っていた。
良いところを見せたいと思っていた。
けれど、そうではないとわかったから。
ルーペルトは静かに一歩下がることを選択したのだった。
■■■
「左翼は大丈夫そうね? それとも援軍に行く?」
「いや……」
「いかないならなんで左翼をずっと見ているのよ?」
「……弟の成長を噛み締めていたんだ」
「ルーペルト殿下?」
「ああ……さすがは俺の弟だ」
「そういうことは本人の前で言ってあげなさいよ」
「嫌だね。俺も簡単には言ってもらえなかった」
「呆れた。子供ね」
「何とでも言え。さて……そろそろ動くか」