ルーペルト・クリスタ外伝30
「作戦は?」
城壁の上でレオが俺に問いかけてきた。
作戦を指揮するのは皇帝であるレオだが、作戦を考えるのは俺らしい。
まぁ、皇帝がなんでもやる必要はないか。
「ドライエックは俺、エルナ、クロエ、イングリットの四人で破壊する。そのためには攻勢が必要だ」
「なら正面は僕と近衛騎士団が引き受けよう」
「それなら左右からの回り込みに備える必要があるな」
突出して相手を突き崩す近衛騎士団はもっとも危険な立ち位置となる。
ただ、その実力に疑いようはない。
側面さえ気をつければ問題ないだろう。
となると。
「アロイス」
「はい」
城壁の近く。
騎士たちと共にいたアロイスに声をかけた。
アロイスはジンメル侯爵だ。
この場においてレオの次に大きな軍勢を率いている。
「ジンメル侯爵家の騎士たちはまだ戦えるか?」
「我が家の騎士たちは帝国最強とはお世辞にも言えません。北部の勇猛な騎士たちにも見劣りするでしょう。ですが……この地を守るために立ち上がった騎士たちです。士気において並ぶ者がいないことは僕が保証しましょう!」
アロイスはそう言って剣を掲げる。
騎士たちは声を張り上げてそれに応じた。
士気は十分。
疲れていてもまだ戦えるだろう。
ここに現地の兵士を加えれば左右の防御は成り立つな。
「ミアは左翼、シャルは右翼の主力として敵を抑えてくれ」
「了解しましたですわ!」
「わかったわ。けど、守備兵はいらないの?」
「オリヒメが残れば事足りる」
「妾が最後の砦ということか! 任せるがよい!」
オリヒメは胸を張り、笑みを浮かべた。
これで布陣は整った。
だが、まだ足りない。
細かいピースが。
その時、俺はフィーネの言葉を思い出した。
『子ども扱いばかりはしては駄目ですよ? お二人は認められたいのです。だから、子供扱いは駄目です。誰よりも、あなたに認められたいと願っているはずですから』
無意識的に戦闘要員から外していた。
もう戦えないだろうから。
よく頑張ったと思いながら、俺は二人の弟妹を後ろの下げる前提で戦を考えていた。
だが。
疲れ切っている二人はそれでもジッと俺を見つめていた。
その目は援軍に感謝する目でもなければ、俺を尊敬する目でもない。
自分たちは何をすればいいのか? そう問いかける目だった。
子供は知らず知らずのうちに大人となる。
ここ最近はたまにしか会っていなかった。
大人になったと思っていたけれど、心の底から信頼はしていなかった。
経験も実力も足りないと思っていたから。
だけど、二人はしっかりと大人になっている。
守るべき人達の姿もしっかりと見えていて、自分が何をできるかもわかっている。
もはや限界なのはわかっているだろう。
それでも二人は役目を求めている。
余力は僅か。
けど、それでも何かできると自分を信じているから。
たしかな自信が二人にはついている。
二人の旅はきっと無駄ではなかったのだろう。
「ルーペルト、クリスタ」
「はい!」
「はい」
「ルーペルトは左翼の指揮を執れ。クリスタは右翼のアロイスを援護しろ」
「……はい! お任せください!」
「任せて! アル兄様!」
二人は顔を輝かせると出陣準備に取り掛かった。
その様子に苦笑しつつ、俺はミアとシャルに声をかける。
「二人を頼む」
「過保護ですわね」
「そうね。二人はもう立派よ?」
「弟妹だからな。頼むよ」
二人にそう言うと俺は少し考えこむ。
正面と右翼は問題ないが、少し左翼が弱い。
戦力を少し左翼に偏らせるか?
などと思っている。
「よっこいしょ」
城壁に子熊が登って来た。
その後ろにはラースもいる。
「ジークにラース大佐か。ちょうどいい。左翼が少し薄い。左翼を頼む」
「かしこまりました」
「任せとけ!」
「ところで……なんで熊なんだ?」
「お前さんの弟が原因だぞ! 妹に手を出す恐れがあるってこの姿にされたんだ!」
「レオ……お前、過保護だな?」
「兄さんに言われたくないね。はい、ジーク」
レオはジークに腕輪を手渡す。
ジークはそれを受け取ると、人間の姿へと変わった。
戻ったというべきか、この場合は。
「やっと戻れたぜ。鬱憤はあの蜘蛛どもにぶつけるとするか。それが終わったら美女をナンパしにいこう。そうしよう」
「ほどほどにしろよ」
「そっちこそほどほどにしろ! 美女ばかり連れてきてやがって! なんで傍にいる女だけで国と戦争できそうなんだ!? 強い美女は全部俺のもんってか!?」
「何に怒ってるんだ……」
「くっそー!! 羨ましくなんかないぞ! 俺だってやろうと思えばやれるっての!」
「ならやればいい」
「ちくしょう! 余裕が違う! ああもう! あの蜘蛛たちに当たり散らかしてやる! そもそも俺は蜘蛛が嫌いなんだ! 足が多いんだよ! あいつら!」
何かよくわからないことにキレ散らかしながらジークは前線へと出ていく。
「相変わらず愉快なやつだ」
「そうだね」
二人で苦笑しつつ、俺たちは敵を見つめる。
相手は蜘蛛の女王。
時間は向こうの味方だ。
やるべきは短期決戦。
「クロエ、イングリット。参戦してもいいが力は温存しておけ」
「わかっています」
「了解! お師匠様!」
「ちょっとアル! 私への指示は!?」
何も言われていないエルナが文句を口にした。
それに対して俺は淡々と告げた。
「お前は俺の護衛だ。魔力は節約しなきゃだからな。傍にいろ」
「ふーん、そう言うならしょうがないわね! 傍にいてあげるわ!」
一転して機嫌よさげになったエルナを見て、俺はため息を吐く。
調子のいい奴だ。
「頃合いを見てドライエックに転移する。それまで任せたぞ」
「了解。任せてよ」
「皇帝の業務ばかりで鈍ってないか?」
「甘くみないでほしいね。訓練は欠かしてないよ。お腹が出たらレティシアに嫌われちゃうからね」
なんともレオらしい理由に俺は笑う。
まぁ、皇帝が体を鍛える理由としてはその程度がちょうどいいのかもしれない。
かつてとは大陸の情勢が違う。
まだまだ復興の時代だ。
対外戦争なんてやってる暇はほとんどの国がない。
だからこそ。
皇帝が稽古する理由が妻に好かれたいからというのは、平和の証といえるだろう。
そしてそれには守る価値がある。
「さて、始めるか」
「うん。近衛騎士団! 出撃するぞ!!」
こうして女王蜘蛛の討伐が開始されたのだった。