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ルーペルト・クリスタ外伝29



「負傷者の収容を急げ! 態勢を立て直したのち、敵軍に突撃する!」


 近衛騎士団と共に駆けつけた皇帝レオナルトは、突撃を敢行したヴェヒターの守備軍を守りながらヴェヒターへの撤退を成功させた。

 ただし、結界を破るため無理をしたヴェヒターの守備軍はかなりの被害を受けており、そのまま再突撃というわけにはいかなかった。


「陛下、戦力が足りません。南部国境守備軍が動いているはずです。彼らを待ってからでも遅くはありません」

「いや、遅い。敵は待ってくれない」


 近衛騎士の提案をレオナルトは却下した。

 それを証明するかのようにドライエックから大群が現れた。

 その数もさることながら、チラホラと見受けられる半身型。

 これまでは敵も小手調べ。

 いよいよ侵攻を本格化させ始めたのだ。

 さらに結界を張るための大型の甲羅付きも二体現れていた。

 このまま放置すれば、再度外部との接触を断たれる。

 南部国境守備軍を待っている時間はなかった。


「再編成を急げ! 敵はどんどん増援を送ってくる! 時間が命だ!」


 レオナルトはそう言いながらジッとドライエックを見続けた。

 すると、一際大きな蜘蛛が現れた。

 巨大な半身型だ。大きさは大型の甲羅付きに匹敵する。

 しかもほかの半身型と違って、人間部分が女性的。

 まるで女王だ、とレオナルトが思った時。

 その女王型が口を開いた。


『諦めろ。矮小な者たちよ。この地は余のものだ』


 声は戦場全体に響く。

 女王の声を聞き、無数の蜘蛛たちが一斉に鳴き声を上げた。

 まるで歓喜しているかのように。


「断る」


 レオナルトは一言、そう告げると剣を女王型へと向けた。


「この地は僕らのものだ。欲しいというなら……奪うがいい」

『愚かな。余の軍勢は限りない。貴様らには勝ち目はないとなぜわからん? 逃げれば命は助かるのに、なぜ逃げない? なぜ抵抗する? なぜ命を散らす?』


 心底不思議そうに女王型は問いかける。

 それに対してレオナルトはどう答えるべきか考えこんだ。

 だが、レオナルトよりも先に答える者がいた。


「ここが……僕らの居場所だからだ」


 疲労困憊だったルーペルトは立ち上がり、新たな剣を握っていた。

 そして。


「ずっと守って来た……兄や姉が、父や母が、祖父や祖母が、曽祖父や曾祖母が……そして名も知らぬ誰が……もっと先に至るまで……この地を守って来た。それを受け継いでいるから僕らは抵抗するんだ。彼らの意志を、想いを、願いを……僕らは引き継がれている。その繋がりこそ僕らの原動力だ。この土地もその繋がりの一つ。だから、僕らから奪う者は許さない」

『くだらん』

「そう思うなら笑えばいい……お前たちにとってくだらなくても僕らにとっては大事なことだ。僕らはこの地で生きるために戦う。この地で生きる人たちのために戦う。僕らはアードラー……執念深く、諦めを知らない傲慢な一族だ。わかったなら諦めろ……僕らが諦めるのを!」


 ルーペルトの言葉を聞き、まだ気力がある者は立ち上がり、大きく声をあげた。

 声は一塊となって、地面を揺らす。

 その様子を見て、レオナルトはスッと目を細めた。

 敵の増援を見て、怯んでいた者たちの心が震え立った。

 それを成したのはルーペルト。

 間違いなくこの場の将として士気の源流となっている。

 言葉だけではこうはいかない。

 それまでの行いがルーペルトに全幅の信頼を抱かせている。

 アードラーだから信頼されているのではない。

 ルーペルトとして信頼されているのだ。

 成長した弟を見て、レオナルトはフッと微笑んだ。

 そして。


「よく言った。こちらの援軍も来たようだね」


 空を見上げるレオナルト。

 空には星々のような煌きがポツポツと灯り始めていた。

 同時に急ぎの伝令がやってきた。


「外務大臣より帝都支部経由で緊急遠話です!!」

「報告しろ!」

「銀爵家出撃! 繰り返します! 銀爵家出撃!!」


 空に広がり始めていた煌きが一気に拡大し、戦場の空一帯を覆う。

 そして。


「上空! 強力な魔力反応あり!」

「どんどん増えます! 計測不能です!」

「――弟と妹が世話になったようだな。これは礼だ。遠慮せずに持っていけ」


 空に広がった星のような煌きは一気に降下を開始する。

 それは眩い光を放ちながら流星のように蜘蛛たちへと降り注いだのだった。




■■■




 空。

 流星のような魔力弾が降り注ぐ中。

 三つの一際強い輝きを放つ流星があった。

 それは残光を残しながら一直線に蜘蛛たちの下へ向かって行く。


「結界を発生させるのはあのデカいのね?」

「右は私が」

「じゃあ左はあたし!」

「それじゃあ私は大将首といこうかしら」


 三つの流星は一気に離散した。

 女王型の左右に展開していた大型の甲羅付き。

 それをすれ違いざまに斬り伏せ、再度の隔離を阻止したのはイングリットとクロエだった。


「再度隔離されるのは面倒ですからね」

「思い通りにはさせないよ!」


 二人は甲羅付きを一撃倒すと、無数の蜘蛛たちに囲まれる。

 だが、二人の傍に開いた転移門へと飛び込んでその場をあとにする。

 一方、女王型を狙ったエルナは強力な一撃を女王型へと浴びせていた。

 しかし、女王型を守るために無数の蜘蛛が盾となる。

 だが、それでも女王型には一線の傷がつけられた。


『くっ! 精鋭が来たか!』

「あら? 面白い防ぎ方をするのね」


 地面に着地したエルナは長い髪を翻し、女王型と対峙する。

 女王型はエルナを警戒すると決め、巨大な体躯を生かして押しつぶそうとした。

 だが。


「残念だけど一撃入れて倒せないなら帰ってこいって言われてるの。またあとでにしましょう」


 エルナはそう言うと背後に開いた転移門へと身を投げる。

 消えたエルナを見て、女王型はヴェヒターに目を向ける。


『かかれ』


 いくら精鋭が来たところで目的は変わらない。

 ヴェヒターの防衛こそ目的。

 ならばヴェヒターを攻めればいい。

 攻め続ければ反撃の余力はなくなる。

 蜘蛛の大群がヴェヒターへと向かう。

 羽根つきに加え、より進化した蜘蛛たちだ。

 見た目は変わらないがその防御力は最初とは雲泥の差。

 それが大群となって襲い掛かる。

 しかし。


「乾坤一擲! 天を駆け、雨となり大地に還れ! 魔弓奥義! 集束拡散光天雨ですわ!!」


 ヴェヒターから放たれた光矢が空に舞い上がり、無数の矢へと拡散して蜘蛛たちの進撃を止めた。

 なおも進もうとする蜘蛛たちだが。


≪天空を駆ける雷よ・荒ぶる姿を大地に示せ・輝く閃光・集いて一条となれ・大地を焦がし照らし尽くさんがために――サンダー・フォール≫


 城壁に張り付こうとした蜘蛛たち。

 城壁に近づこうとした羽根つきたち。

 それらを雷撃が無慈悲に焼いていく。

 城壁の上。

 広範囲攻撃で敵の雑兵を蹴散らしたミアとシャルロッテの姿があった。

 的確な人員配置。

 敵に戦局を操る者がいる。

 先鋒部隊の足が止められたのを見て、女王型は自ら動く。

 二本の前足を上げると、その間に巨大なエネルギーを溜め込む。


『消えろ』


 巨大なエネルギー球がヴェヒターに向かって放たれた。

 だが、ヴェヒターの城壁の前に巨大な結界が五層にわたって展開された。


「仙姫の位は返上したが、妾の結界の力は些かも衰えておらぬ。妾が通さぬと言えば何人も通ること叶わずと知れ!」


 結界は三層まで破られたが、二層は無事。

 防ぎ切ると結界は消失し、城壁の上に増援たちが姿を現した。


「最初の奇襲は失敗だけど、どうするの?」

「元々結界を張らせないのが目的だ。改めてドライエックを破壊する。正面からな」

「結構な数だよ? お師匠様」

「本体の破壊に向かう私とクロエ、エルナとあなたは消耗できませんよ?」

「そういう時の私たちですわ!」

「とりあえず四人の通り道を作るところからね」

「敵の攻撃は任せるがよい! 妾がすべて防いでやろう!」


 城壁の上に六人の女と一人の男。

 真ん中にいる仮面の男が首魁だと判断し、女王型は問いかける。


『何者だ?』

「……アルノルト。しがない魔導師だ。肩書きはいろいろあるが、名乗るほどじゃない。それにお前に言っても仕方ない。さっさと討伐するからな」


 仮面の向こう。

 見えないが不敵な笑みを浮かべたのを察して、女王型は再度自分の眷属たちへ攻撃を命じたのだった。



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― 新着の感想 ―
「ずっと守って来た……兄や姉が、父や姉が、祖父や祖母が、曽祖父や曾祖母が……そして名も知らぬ誰が……もっと先に至るまで……姉が2回出てます。
銀爵家にシャルやオリヒメが入ってるのは当たり前ですが、そこにクロエとイングリッド、ミアが入っていることが嬉しい。リンフィアと商会長のヴァンパイア・ユリアは銀爵家の一員になったりはしません?
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