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第四話 アルと弟妹


 これは夢だ。


 それはわかる。


 同時にこれは記憶でもある。アードラーの記憶だ。


 帝都の広場。


 金髪の男と黒髪の女。皇帝と踊り子だ。今は。


 周りには群衆。


 おそらく一曲踊り終えたあと。


 俺が生まれる前の話だ。


 よく聞かされた。


 自分の母がどれほどとんでもない女だったか、ということを。




「わ、ワシの妻になる気はないか!? お前もお前の踊りもワシのものにしたい!」




 すごいプロポーズだ。


 これだけは参考にしたくない。


 なに大衆の面前で皇帝権力を振りかざしているのか。


 意識していないかもしれないが、ほぼ命令だ。


 ただ、相手も相手だ。




「子供の教育に口を挟ませませんが構いませんか?」




 皇帝のプロポーズに対して、条件をつける。


 旅の劇団の踊り子がやっていいことじゃない。


 たぶん、父上もそれを察していたんだろう。だから、しっかりと自分を主張した。


 そうじゃないととても傍にいてもらえないから。


 若き日の父と母。


 結局、条件を飲んだ父上に対して、母上は結婚を了承した。


 それが帝国皇帝ヨハネスと第六妃ミツバのプロポーズだった。


 そして、すぐに記憶は切り替わる。




「テレーゼ、どうか私と結婚してほしい。静かな暮らしが好きな君が、煩わしい立場を嫌っていることは理解している。そのうえで……どうか私の妻になってほしい。私は家族が好きだ。君と……家族になりたい。これからどんな苦難が待っていても、私は自分の隣にいるのは君であってほしい」


「……はい。喜んで」




 テレーゼ義姉上の返事を聞き、ヴィルヘルム兄上はパッと明るい表情を浮かべた。


 記憶は切り替わる。






■■■






「レーア……その……」


「なにかしら? エリク」


「いや、その……」


「……あ~あ、アルテンブルク公爵家の娘がいつまでも独り身じゃ示しがつかないわ。お父様が見つけてきた縁談相手とお見合いでもしようかしら?」


「れ、レーア……?」




 愕然とするエリク兄上に対して、レーア義姉上はフッと微笑む。




「私が誰かのモノになる前に……何か言うべきことがあるんじゃないかしら? エリク」


「……わ、私と……」


「私と?」


「私と……一緒になってくれないだろうか? その……もちろん、これは皇子としての命令とかではなくて、君が嫌じゃなければだが……」


「一年も準備して、ほかに言うことないのかしら?」


「その……愛してる。誰よりも」


「……ええ、知ってるわ」


「それじゃあ……」


「受けてあげるわ、そのプロポーズ」




 嬉しさと安堵。


 エリク兄上はそれが半々といった表情を浮かべ、レーア義姉上はそれに対して呆れた表情を浮かべる。


 まぁ、そうだろう。


 断られると思うほうがどうかしている。


 その程度には、二人はずっと一緒だったのだから。


 記憶は切り替わる。






■■■






「ゴードン、落ち着け!」


「彼女のお父上からようやく許可がでたのだ! この機を逃してたまるか!」


「だから落ち着け! 彼女とは一回挨拶しただけだろう!? 次のタイミングでプロポーズは早すぎる! もっと育め! 色々と!」


「俺には時間がないのだ! もうすぐ帝国に帰ることになる! 今しかないのだ!」


「そうは言ってもだな! 勝算が薄すぎるぞ! 上げる努力をしろ! プレゼントとかはどうだ? 女性は花を贈ると喜ぶぞ?」


「勝算が薄い程度で怯んでどうする! 俺は帝国の皇子だ! 妻になる人には不自由を強いる! あなたの人生をくださいと言いにいくのだ! 小細工は不要! 正面から愛を伝えるのみ!」


「戦場での突撃と恋愛での突撃はわけが違う! 傷心して帝国に帰るつもりか!?」


「止めるな! 彼女しかいないのだ! 俺は俺の確信を信じている!」




 ゴードン兄上はウィリアムの制止を振り切ると、連合王国にある屋敷の前に立つ。


 そして扉をノックした。


 使用人とビアンカ義姉上の父親が出てきて、しばしお待ちをと声をかける。


 ゴードン兄上はだいぶ緊張した様子で、そわそわしていた。


 何度も拳を握り、開き、そして握る。




「大丈夫、大丈夫だ。戦場での突撃を思い出せ。気持ちの強さがモノをいうのだ。怯むな、ゴードン。失敗したところで……」




 失敗を想像してしまったのだろう。


 ゴードン兄上が見たことがないほど情けない表情を浮かべた。


 けれど、すぐに深呼吸で立て直す。




「失敗がなんだ……伝えることが大切なのだ……気持ちをしまえるほど俺は器用ではない。どう足搔こうと……俺は俺なのだ」




 今更、みっともない。


 スッとゴードン兄上の佇まいが正された。


 そしてビアンカ義姉上が現れた。その姿を見た瞬間、ゴードン兄上は喜びを顔に浮かべた。


 そのまま。




「ビアンカ嬢……お久しぶりだ」


「はい、お久しぶりです。城でお会いして以来ですね」


「……恥ずかしい話だが、こういう時に言葉を尽くせるほど教養はない。だから……俺は俺なりに伝えさせていただく」




 ゴードン兄上は真っすぐビアンカ義姉上を見つめた。




「俺の名は帝国第三皇子ゴードン・レークス・アードラー。あなたに惚れた、妻になってほしい」


「……んんん!!?? 皇子!? 帝国皇子!!??」




 ビアンカ義姉上の横で、義姉上の父親が驚愕の表情を浮かべる。


 熱烈なアタックを仕掛けた相手が、まさか帝国の皇子だとは思わなかったからだ。


 そんな父親に苦笑しながら、ビアンカ義姉上もゴードン兄上を見つめた。


 二人の視線が交差する。




「はい、喜んで。私でよろしければ」


「……あなたしかいない。あなたがいいのだ。そうか……今回ばかりは負けるかと思ったが……」




 俺は勝ったぞとばかりに、ゴードン兄上は小さくガッツポーズを見せた。






■■■






「きて――起きて……起きて」




 夢の最中。


 何か体の上に重量を感じた。


 明らかに何か乗っている。


 ただ、まだ寝ていたい。


 けれど、しょうがないから薄っすらと目を開ける。


 金髪が見えた。


 一瞬、フィーネかと思ったが、違った。




「起きて……アル兄様」


「……クリスタか」


「今、残念そうにした……フィーネじゃないから……起きて!」




 さすが妹というべきか。


 的確にこちらの心情を読み取ってくる。


 抗議とばかりにクリスタが枕で俺を叩く。


 痛くはないが、寝るには邪魔だ。




「よせ……寝させてくれ……」


「駄目、起きて」


「……もう大人なんだ。兄の上にのるのはよせ。お転婆と言われるぞ」


「アル兄様も大人なんだから起きて」


「……妹が変わってしまった……」




 前はここまで強硬に邪魔してこなかったのに。


 俺の安眠が、と思いつつ、どうにか体を起こす。




「起きたぞ……」


「それじゃあ立って、歩いて、進んで」


「……注文が多いな」




 言われるがままに立って、歩いて、進んで、部屋を出る。


 すると、リビングには意外な人物たちがいた。




「おはようございます、アルノルト兄上」




 座っていたソファーから立ち上がり、だいぶ背が伸びたルーペルトが一礼してきた。


 クリスタも成長したが、ルーペルトもだいぶ成長した。


 このぐらいの年齢の子たちにとって、三年というのは大事な時間だ。


 様変わりもするか。




「おはよう、ルーペルト。それと……父上も」


「邪魔しているぞ、アルノルト」




 セバスが出したのだろう紅茶を飲みながら、悠々と座っているのは帝国皇帝にして俺の父であるヨハネスだった。


 来られたことは驚かない。皇帝領を割譲して、銀爵領にしたのは父上だからだ。




「何しに来たんです?」


「息子に会いに来てはいけないか? 会いに来ないことに不満を持っていた妹や弟を連れて、な」


「そう。アル兄様……会いに来てくれなかった」


「僕は止めたんですが……」


「はぁ……記憶がたしかなら状況が落ち着くまでは屋敷にいろ、ということを言われた覚えがありますね。父上に」


「そんなことを言ったか?」


「お父様……」


「ま、まぁ、状況が落ち着いたということだな」




 クリスタに睨まれた父上が慌てて付け加える。


 帰って来たあと、俺は顔を見せにいくべきか訊ねた。


 けれど、ジッとしていろと言われたのだ。状況がいろいろと混乱していたから。


 その理由はもちろん俺だ。


 だからジッとしていた。


 とはいえ、指示が絶対だったからジッとしていたわけでもない。


 動く事象が起きなかっただけだ。




「それで? 何用ですか? そこまで父上も暇じゃないでしょう?」


「少し意見を聞きに来た」


「意見? 相談なら評議会にするべきでは?」


「家族に関することだからな」




 父上はそう言うと、優し気な表情でルーペルトとクリスタを見つめた。


 おそらく二人に関することだろう。




「少し前から十五歳を過ぎた皇族には、帝国を見て回らせるべきでは? という意見が出ていた。もちろん身分を隠して、な」


「お忍びで社会見学ですか。まぁ、悪い手ではないかと」


「リスクもある。お前はどう思う?」


「リスクはわかります。ただ、するべきでしょうね。前回の大戦のことを考えれば……母親から離れさせるというのはよい手でしょう」




 母離れができていないという問題じゃない。


 母親を通じた攻撃を皇族は受けた。


 だからこそ、母親から離れる期間を設けるのはいいことだ。


 城にいればどうしたって接することになる。


 護衛はたしかに大変だ。


 皇族があちこちに散るわけだしな。


 それでも。




「良い経験になるかと」


「悪魔の脅威が薄れた以上、皇族が血を磨く理由も薄れた……しかし、怠惰になってはいけない。帝位争いはなくなるだろう。それに乗じて攻め込まれたのだから、レオナルトは意地でも廃止する。だが、我々は皇族。その事実は変わらない。どこかで自分を磨く機会がなければ」


「俺は賛成です」


「そう言ってくれると反対派を黙らせることができる。手こずるようなら手紙を書いてもらうかもしれん」


「その程度ならいくらでも」




 俺の発言力はいまだに帝国屈指だ。


 俺が賛成したという事実があれば、物事を進めやすい。反対して俺と敵対するのはバカバカしいからだ。




「しかし、反対する者がいますか?」


「それなりに、な。それに色々と忙しいのだ。いまだにレオナルトを認めない反抗勢力もおるし、北部は北部で問題が起きているしな」


「北部で問題?」


「西部のクライネルト公爵家、東部のラインフェルト公爵家、南部のジンメル侯爵家。その地域を代表する貴族は、帝国の要職についているか、関係している。しかし、北部のローエンシュタイン公爵家は当主が病弱、ツヴァイク侯爵家はいまだシャルロッテが独身だ。北部貴族の団結のためにも、シャルロッテは誰かを夫として迎えるべきという声が大きいのだ」


「あー……なるほど」


「北部にはトラウマがある。作り出しのはワシだがな……ほかの地域に遅れを取りたくないのだろう。とはいえ、だれが夫になっても文句は出る」




 父上の言葉には苦悩が見える。張本人だからこそ、この一件に関しては動けないだろう。


 ため息を吐いたあと、要件は終わりだとばかりに父上が立ち上がる。


 だが。




「まだいたい……」




 俺の腰にクリスタがしがみつく。


 ルーペルトがそんなクリスタを引きはがそうとするが、クリスタは離れない。




「迷惑ですから! 帰りますよ! クリスタ姉上!」


「まだアル兄様といる……!」


「兄離れしてください!」


「いや!」


「やれやれ……二人を残していっても平気か? ワシは戻らねばならんのでな」


「まぁ、数日なら。エルナはレティシアの付き添いで皇国ですし、フィーネが帰ってくるのはもう少し先ですから」


「それなら数日、頼む。二人とも、あまり迷惑をかけるな。兄とはいえ、今のアルノルトは新婚だからな」


「ご心配なく。二人ともまだ帰ってこないので」




 淡泊な俺の答えに父上はため息を吐く。


 そして、ゆっくりと俺に近づいてくると、クリスタとルーペルトから引き離して、部屋の隅まで連れていかれる。




「アルノルト……」


「なんです?」


「……上手くいっているのか?」


「まぁ、上手くいっていると思いますが……」


「関係性の話ではない。夜のほうだ、夜の」


「あー……まぁ、そうですね」


「まだ手を出していないのか……? プロポーズもしたのにか?」


「いや、その……」


「まさか正式なプロポーズもしていないのか?」


「傍にいて欲しいとは言いましたね……」


「呆れた奴だ……」




 父上は頭を抱える。


 だいたいみんなこんな感じだ。


 無茶を言わないでほしい。俺には俺のペースがある。




「しっかりとプロポーズをしろ。これは父ではなく、同じ男としての忠告だ」


「俺もそろそろしっかりしないと、とは思ってますよ……」


「いつまでも先延ばしにしていると呆れられるぞ? まぁ、あの二人ならお前の傍を離れるということはないだろうが……」


「そうですね……」




 父上は軽く俺の背中を叩くと、歩き出した。


 話が終わったのを察して、クリスタが近づいてくる。


 そして。




「アル兄様、見て……!」




 クリスタが指先に魔力を集めて見せてくる。


 それは大したことじゃない。魔導師なら誰でもできる。


 けれど、その属性が問題だった。




「銀属性……」


「いっぱい本を読んで習得したの……!」


「まったく……」


「あとで魔法をみて。空も飛べるようになったし、ほかの魔法もできるようになった。料理もね! 少しできるようになったの! それでね、それでね!」


「ゆっくりでいい。大丈夫だ。俺はここにいる」




 会えなかった時間を埋めるようにして、珍しく早口でしゃべるクリスタの頭を軽くなでる。


 心配もさせた。寂しい思いもさせた。


 人に会うたびにそれを自覚させられる。


 弟妹ならなおさらだ。




「あとでルーペルトの剣術もみせてくれるか?」


「は、はい!」


「まずは何か食べよう。俺は腹が減った」


「じゃあ私が作る……!」


「えっ……」


「ルーペルト……何か問題でもあるの……?」


「料理ははじめたばかりじゃないですか……僕に任せてください。クリスタ姉上と違って、一通りのことはできるようになっているので」


「弟のくせに……」


「魔法ばかりやっているのが悪いんですよ。軽くでいいですか?」


「ああ、頼むよ」




 ふくれっ面のクリスタに苦笑しつつ、俺はしばらくぶりの家族との団欒を過ごすのだった。

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