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ルーペルト・クリスタ外伝28





 帝剣城。

 そこでアルノルトは眠り続けるフィーネの傍にいた。

 魔封薬による治療は成功した。

 けれど、フィーネは目覚めない。

 魔力が回復したわけでも、体力が回復したわけでもない。

 ただ、胎児に奪われるのが止んだだけ。

 しばらくは体が回復を求めるだろう、というのがトウイの見解だった。

 命に別状はない。

 そう言われてもアルノルトはフィーネの傍を離れることはしなかった。

 手を握り、ただフィーネが目を覚ますのを待ち続けた。

 そして。


「……アル……様……?」

「……気分は?」


 思わず椅子から腰が浮く。

 しかし、アルノルトは冷静さを取り戻し、優しく問いかけた。

 ここで興奮して騒ぐのはフィーネに良くないと思ったからだ。


「……どうなりましたか……?」

「成功だ。これからしっかりと薬を飲めば……問題ないそうだ」

「そうですか……よかったです……」


 フィーネは心底安堵したように呟き、体の力を抜く。

 その時、部屋の扉がノックされた。

 誰も来るな、とアルノルトは厳命していた。

 それでも誰かが来た。

 何か起きたということだろう。

 アルノルトは立ち上がると部屋の扉を開けた。

 そこにいたのはシャルロッテだった。

 アルノルトが何か言う前に、短くシャルロッテは報告する。


「結界が崩壊。陛下が突入されたわ」

「……わかった」


 フィーネには聞こえない声。

 頷くアルノルトを見て、シャルロッテは帰っていく。

 伝えるべきことは伝えたからだ。


「なにか……ありましたか?」

「いや、大したことじゃない」


 アルノルトの言葉を聞いて、フィーネはフッと微笑む。

 そして。


「行っていいのですよ……?」

「……」


 フィーネに対するアルノルトの嘘はすぐにバレる。

 嘘をつくのが下手だからじゃない。

 どうして罪悪感から顔に出てしまうからだ。

 嘘をつきたくないと思っているから、サインが出てしまうのだ。


「君の体は……まだまだ危険な状態だ。どんな病気にかかるかもわからない。これからゆっくりと回復していくんだ。そんな君から離れることはできない」

「なにがあったかはわかりませんが……アル様がいたいと思うのは私の傍ですか? それとも何か起きた現場ですか?」

「俺は……」

「わかっています。どちらも本音なのは。けれど……私は大丈夫です。きっとアル様もわかっておられるはずです。私の傍には多くの方がいます。夫だから妻の傍にいないといけないと責任を感じておられませんか?」

「そういうものだ。大変なときは共に歩むのが……俺の知っている夫婦だ」

「大変な時、傍にいてくれたではありませんか。ずっと傍にいてくれたのでしょう? だから、大丈夫です。あなたは……ずっとしなければいけないことをしてきた。私に対して責任を感じる必要はありません。昔とは違うのです。あなたの転移魔法は……行かなければいけないところに行くためではなく……あなたが行きたいところに行くために使いませんか?」


 フィーネの言葉を聞いたアルノルトは椅子からベッドに腰を移し、フィーネの手を握った。


「俺は……傍にいてほしいとき、君に傍にいてほしいと言って欲しい」

「もちろんです。私はアル様に甘えたいときは甘えます。気丈に振る舞って行ってほしいと言っているわけではありません。私には……あなたが行きたいように見えたので」

「……南部で問題が起きている。ルーペルトやクリスタも巻き込まれている可能性がある。レオが助けに行ったが……心配だ」

「なら、やることは決まっているのでは? アル様の心の中には憧れのお兄様たちがいらっしゃるはずで、自分もそうでありたいと思っているのでしょう?」

「……」


 迷うアルノルトに対して、フィーネは苦笑した。

 相変わらず、難しい人だと。

 お言葉に甘えて行ってくる、と簡単に言えるならどれほど楽か。

 相手がどう思うか、周りがどう思うか。

 多くのことに考えが及ぶから。

 どうしても後先考えずに動くことができない。

 そんなところも愛しく思えるのは妻になったからか、それともアルノルトの魅力だからか。

 フィーネはぼんやりと考えながら、そっとアルノルトの胸に手を置いた。


「アル様が私を想っていることを私は知っています。あなたが想っていてくれるなら、私は一人ではありません。心にアル様がいますから。逆もまた然りです。私はずっとあなたを想っていますから。あなたの心には私がいます。どんなときでも一緒にいることが幸せとは限りません。あなたにはあなたの行きたいところがあるのだから。行っていいのですよ? 離れていても、心にはいるのですから」

「フィーネ……」

「どうしても踏ん切りがつかないのなら……私の矜持のために行っていただけませんか?」

「フィーネの矜持?」


 首をかしげるアルノルトに対してフィーネは頷く。

 矜持という言葉は騎士がよく使う言葉だ。

 フィーネにはあまり似つかわしくない。

 けれど。


「私はアル様と共に戦うことはできません。もちろん、ほかのことでも役に立つことはできません。何をするにもその道に通じる方には決して及びませんから。それでも……私には矜持があります。あなたを縛らないという矜持が。あなたが戻って来ないかもしれないと思ったときでも……私には送り出してきたという矜持があります。私はあなたの追い風でありたい。あなたが上手く飛べるように。そして帰ってくる場所でありたい。それが……私の矜持です」

「フィーネ……」

「本当はあなたの傍で戦いたい。魔法が使えればとどれほど思ったことか。何か役に立てるなら、どんな努力でもしたでしょう。けど、私にはその才能がなかった。だから……この役目は誰にも譲りません。あなたに行ってらっしゃいと、お帰りなさいをいうのは、私でありたい」

「……」

「だから行ってください。もちろん、追い出したいわけではありませんよ? あなたがいたいと言うなら、いつまでもいてください。けど、それは無理な相談でしょう? 気になって仕方ないのですから」


 クスリと笑いながらフィーネは告げる。

 そんなフィーネに対して、アルノルトはフィーネの手にキスをした。


「……どうしても弟と妹が心配なんだ。埋め合わせは必ずする。行ってきてもいいかな?」

「ふふっ……どうぞ。存分に」

「……ありがとう」

「ただ」

「ただ?」

「子ども扱いばかりはしては駄目ですよ? お二人は認められたいのです。だから、子供扱いは駄目です。誰よりも、あなたに認められたいと願っているはずですから」

「よくわかっているな?」

「私の弟であり、妹ですから」


 そう言うとフィーネは笑う。

 その笑みを見て、アルノルトは静かに立ち上がった。

 そして。

 魔法で黒いローブ姿へと変化する。

 その手には銀の仮面が握られていた。


「それじゃあ……行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ご武運を」

「ああ」


 アルノルトはそのまま部屋を出る。

 部屋の外にはトウイとミツバが待っていた。


「……フィーネを頼む」

「任された」

「母上も……どうかよろしくお願いします」

「ええ、任せなさい」


 二人の返事を聞くと、アルノルトはしっかりとした足取りで帝剣城を歩き始めたのだった。




■■■




 皇帝不在、近衛騎士団不在。

 それでも帝剣城は大陸有数の戦力を有していた。

 その理由は。


「結界が破れたなら現地に向かう必要があります」

「破壊するには多方向からの強力な攻撃が必要らしいからね」


 図書室にてギリギリまで情報取集に当たっていたSS級冒険者のクロエとイングリット。

 二人は知らせを聞くと図書室を出て、現地へ向かおうとした。

 けれど。


「二人ともストップ」


 二人を引き留める声があった。

 振り返ったクロエは顔を明るくして、その人物の下へ駆け寄った。


「エルナさん! 帰ってきてたんですか!?」

「ええ。あなたたちには調べ物の最中だったから知らせなかったの。ごめんなさい」

「あなたまでここにいるのは……問題では? 皇帝陛下も出陣されたと聞きました」


 イングリットの言葉にエルナは静かに頷く。

 誰かは皇帝の下へいるべきだ。

 しかし、全員が帝剣城にいる。

 これはまずい。

 だが、エルナには慌てた様子がなかった。


「だからストップよ。一緒に行ったほうが早いわ」

「一緒に?」


 イングリットが疑問を抱いた時。

 別の人物たちもやってきた。


「ありがとうございますですわ! シャルロッテ様ぁ!! あの陰険外務大臣!! 戦力になるならかまわん、だなんて!! 私が出せと言っても出さなかったのに!!」

「ごめんなさいね、ミアさん。色々と混乱してるのよ」


 やってきたのはシャルロッテとミアだった。

 軟禁状態だったミアをシャルロッテが解放したのだ。

 戦力としてあてにできるからだ。

 さらに。


「玉座の間の結界が気に入らんかったから手を加えてきたぞ! 褒めよ!」

「あなたねぇ……アルのお抱えになったんだから少しは自重しなさいよ!」

「なぜ怒る!? 良いことだぞ!?」

「勝手に帝国の最重要施設の一つに触るんじゃないわよ!」

「そもそも妾が新たに張ったものではないか」

「もう……」


 呆れた様子でエルナが肩を落とす。

 そんなにエルナにイングリットが問いかける。


「エルナ、一緒にとはどういうことですか? 私たちは銀爵は動けないと聞きましたが……」

「動くわよ。その程度のことはわかるわ。だって、アルだもの」


 エルナがそう言った時。

 足音が聞こえてきた。


「揃ってるな?」

「ええ」


 やってきたアルノルトにエルナが頷きながら答えた。

 それを聞いたアルノルトは歩き始めた。


「何か情報はあるか?」

「古代魔法文明の遺産、召喚装置ドライエック。破壊する方法は多方面から強力な攻撃を叩きこむことです」

「なるほど」


 イングリットの説明を聞き、アルノルトは頭の中で作戦を考えながら銀色の仮面を身に着けた。

 それを見て、エルナが眉を顰める。


「それ、必要?」

「戦闘に集中できるんだ」

「どう思う? シャル」

「私もないほうがいいと思うわ」


 シャルロッテの言葉にアルノルトはため息を吐く。


「クロエはどう思う?」

「あたしはお師匠様の仮面は良いと思うけどなぁ」

「私も悪いとは思いません」


 クロエの言葉に反応して、イングリットも賛成を表明した。

 これで二対二。

 そこにミアも加わった。


「私も仮面に賛成ですわ! 姿を隠して人を助ける! これが醍醐味というものですわ!」

「バレてるじゃない。大陸中が知ってるわよ? 何を忍んでるのよ?」

「妾は仮面がないほうが好みだ! アルノルトの匂いが遠のくからな!」


 三対三。

 オリヒメと同意見ということにエルナは顔をしかめるが、貴重な一票に逃げられたくないため、何も言わずにいた。

 そして。


「帰ってきたらフィーネに聞きましょう」

「そうね。フィーネがないほうがいいと言ったら、その仮面は今度からなしで」


 どうにかアルノルトの仮面をやめさせたいエルナとシャルロッテはそんなことを言いだした。

 その言葉にアルノルトは苦笑しながら転移門を開く。


「それなら……さっさと終わらせて聞きにいくとするか。行くぞ……戦いの時間だ」




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― 新着の感想 ―
民衆からすれば名前しか知らない皇族より、 象徴的な「仮面姿」の方がわかりやすい。
良い男の元にはいい女が集まるというが、銀爵家だけで帝国・王国に皇国の全戦力を敵に回しても普通に勝てる戦力って、もはや月光蝶の様だw  まぁアルに野心なんてないから良いんだろうけど周りは冷や冷やしっぱな…
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