ルーペルト・クリスタ外伝27
帝剣城。
そこで部屋に軟禁されている者が一人いた。
「いつまでここにいればいいんですの!?」
藩王トラウゴットの使者として帝国にやってきたミアだった。
そんなミアを軟禁扱いにしたのは帝国の外務大臣となっているヴィンフリートだった。
「事態が収拾するまでだ」
「私が何をしたって言うんですの!?」
「厳戒態勢の中! 部屋を抜け出して皇后陛下やフィーネ様の部屋に行っただろうが!!」
「な、懐かしい知人にご挨拶をしただけですわ……」
「一歩も外に出るなと言ったはずだぞ!? 皇后陛下のご懐妊も、フィーネ様の体調不良も! 我が帝国にとってはトップシークレットだ! とにかくしばらく帝剣城にいろ!」
「あんまりですわ……」
いまいち自分がしでかしたことにピンときていないミアは肩を落とす。
そして。
「それでしたら! フィーネ様のご看病は私がしますですわ!」
「余計なことはするな。悪化する」
「失礼しちゃうですわ! 私だってフィーネ様のお役に立ちたいんですの! 解放しろーですわ!」
「いいから大人しくしてろ! 忙しいんだ! 今、この国は!」
「だから手を貸しますわ! 私、こう見えて役に立つんですのよ!」
「戦場で人手が必要なときは声をかける」
「戦闘以外は役に立たないと言ったように聞こえましたですわ!?」
「そう言ったんだ」
「このっ! 陰険外務大臣! それが他国の使者に対する態度ですの!?」
「勝手に部屋を抜け出して、国家の秘密を暴く奴にはこれで十分だ」
「警備が甘いのがいけないですわ!」
「忙しいと言っただろ!!」
帝剣城には現在、近衛騎士はほとんどいない。
動ける騎士はだいたいレオナルトについていったからだ。
そしてレオナルトが出陣したタイミングで、ミアは帰る予定だったが、最後に挨拶でもといって勝手に部屋を抜け出してレティシアやフィーネのところへ行ったのだ。
おかげでヴィンフリートの仕事は増えた。
「とにかく! しばらくこのままだ!」
そう言ってヴィンフリートは会話を切り上げると、部屋から出ていく。
ただでさえ忙しいのに、仕事はあちこちから増えていく。
「ヴィンフリート様! 王国と皇国より使者が到着いたしました! 此度の事件の説明を求めています!」
「対応する! 待たせておけ!」
「ヴィンフリート様! 冒険者ギルドに要請していた南部にいる冒険者のリストが上がってきました!」
「机の上においておけ!」
「ヴィンフリート様!」
「まだあるのか!? なんだ!?」
「ミツバ様より、成功との伝言でございます!」
伝令は事態を把握していないため、何のことかわかっていない。
ただ、ヴィンフリートはその言葉を聞いて、安堵のため息と共にゆっくりとしゃがみ込んだ。
「一つ問題解決だ……」
■■■
結界の傍で待機していたレオナルトは、結界内で何かを感じた。
何も見えないし、聞こえない。
それでもレオナルトは動いた。
この直感とは少し違う。
血が騒いだ。
だから疑わなかった。
いつだってこの感覚は正しかったから。
ただ、困惑はあった。
この感覚はいつでも双子の兄と行動しているときにあった感覚だから。
けれど、困惑は一瞬。
「出るぞ!」
それだけ告げるとレオナルトは黒い鷲獅子に乗って、結界の頂点を目指して移動し始めた。
それを見て、近衛騎士団に号令がかかる。
「近衛騎士団! 出撃! 陛下が出られた!!」
慌てた様子で近衛騎士たちはレオナルトの後を追う。
彼らを待つようなことはしない。
ついてくるのが近衛騎士であり、ついてこられるのが近衛騎士だからだ。
レオナルトは前だけを見ていた。
そこに自分が行くべき場所があったから。
■■■
「やれやれ……」
フィンは魔力切れで疲れ果てたクリスタを乗せて、その場を離れた。
兄上には内緒ね?
それはクリスタの言葉だ。
基本的に兄様、と呼ぶクリスタが兄上と呼ぶのは一人だけだ。
皇帝時のレオナルトのみ。
たぶん皇帝命令で禁止されていたのだろう。
それを使ったのを見てしまった。
はたして、黙っているべきか、喋ってしまうべきか。
フィンは迷いながらもその場をすぐに離れた。
いまだに大群は健在だからだ。
そんな中、ドライエックから何かが飛び出てきた。
速い。
それは最初、フィンを狙っていたが、フィンがそれを察知して急加速したのを見て狙いを変えた。
狙われたのはフィンではない。
クリスタであり、次の狙いはルーペルト。
フィンは指示を飛ばそうとする。
しかし、相手のほうが早い。
疲れ果てたルーペルトはセラに支えられていなければ立っていられなかった。
そんなルーペルトに何かが迫る。
それは新たな半身型だった。
けれど、その背には羽がついていた。
その速度を見て、ルーペルトはセラを突き飛ばす。
もはや間に合わない。
聖光をより完全に近い形で放ったため、手元には剣もない。
反撃も回避もできない。
だが、ルーペルトは諦めていなかった。
みっともなくても、ルーペルトは地面に倒れこんだ。
ゴロゴロと転がり、最初の一撃を躱す。
しかし、追撃までは避けられない。
泥だらけのルーペルトに半身型が迫る。
その瞬間。
ルーペルトの体が宙に浮いた。
状況を把握した時、ルーペルトは空にいた。
「さすがにお咎めなしってことはないだろうって注意していてよかったな!? パトリック!」
「軽口叩いてないで警戒してください! 大尉!」
ルーペルトはパトリックによって空へ引き上げられていた。
その傍にはハンスもいる。
上空警戒に当たっていた二人は、決して気を抜かなかった。
だからこそ、間に合った。
そんな二人に対して半身型は猛然と追いすがる。
単純な速度は相手の方が上。
それを瞬時に察したハンスはニヤリと笑う。
「パトリック!」
「なんです!?」
「パスしろ!」
「……正気ですか?」
「仕方ないだろ!?」
「はぁ……お許しを殿下。デリカシーのない人ですが、悪い人ではないので」
パトリックはルーペルトにそう告げると、半身型が近づいた瞬間。
ルーペルトの手を離した。
空に放り投げられたルーペルトだが、それをハンスが見事にキャッチする。
「お許しを、殿下! 皇族の方の運び方は教わってないので自己流です!」
「好きにしてくれていいよ」
「それじゃあ遠慮なく!」
ハンスはルーペルトを強引に自分のほうに引き寄せると、半身型を撒くために無茶な機動を繰り返す。
だが、半身型はピッタリとついてきていた。
しかし、鬼ごっこもすぐに終わる。
空にはハンス以外の騎士もいたからだ。
「囲って落とせ!!」
ランベルトはハンスの援護に向かった騎士たちに指示を出す。
ハンスの傍にやってきたのは五人の天隼騎士。
半身型を囲い込み、撃ち落そうとする。
それでも半身型はその囲いを突破し、ハンスに迫った。
ああ、これはまずい。
ハンスはそう思いながら体を動かしていた
近づいてきたパトリックにルーペルトを引き渡し、自分は足止めのために振り返ったのだ。
思い出されるのはオリヴァーとの会話。
近衛騎士になっていたオリヴァーに対して、ハンスは一つ質問していた。
アードラーに守る価値があるのか? と。
それに対してオリヴァーは自分で決めろと返した。
そして、自分は命を賭けても良いと思っているとも。
だからハンスは自分で決めた。
アードラーの価値を。
「一人で先頭張ってる姿みたら……守りたくなるだろうが!!」
ハンスは魔導杖を連射しながら足止めをはかる。
けれど、半身型はは止まらない。
すべて回避して、ハンスの横を通り過ぎようとする。
ここを通してはいけない。
そう思ったハンスは咄嗟に魔導杖を捨てて半身型へと飛びついた。
「行かせるかよ!!」
背中に張り付いたハンスを振り落とそうと、半身型は高速で回転するがハンスは落ちない。
逆にナイフを引き抜き、半身型の羽に深く突き刺した。
「足止めが得意な家系でな!」
初めて半身型がハンスへ意識を向けた。
『死ね』
短い言葉と共に半身型は動きを止めて、足を変形させる。
それはまるで尾のようになり、ハンスへと狙いを定めた。
さすがに終わった。
そう思いながらもハンスは半身型にしがみつくことはやめなかった。
その時。
急降下してくる者がいた。
それは動きを止めている半身型へ一直線に突っ込み、ハンスがやられる前に半身型を大きく斬り裂いた。
『な、にものだ……?』
「――帝国皇帝レオナルト・レークス・アードラー。二人の兄だ」
そういうとレオナルトは二撃目を与えて半身型へトドメを刺す。
そして落下し始めたハンスに手を差し伸べた。
「よく動きを止めてくれた。名を聞いても?」
「は、はっ! ハンス・ザックスであります!」
「ご苦労。騎士ハンス。まだ戦えるかい?」
「余裕であります」
「よろしい」
レオナルトはそう言うとハンスの手を離した。
すでにハンスの愛竜が傍まで来ていたからだ。
ハンスは愛竜に掴まると、その背に跨った。
その頃になるとハンスの周りには大勢の近衛騎士がいた。
「帝国近衛騎士団!! 皇帝レオナルトが命じる!! 前面に展開し、撤退を援護!! この緊急事態において、戦い続けた者たちの命は諸君らの奮闘次第と心得よ!」
剣を掲げてレオナルトは告げる。
その言葉を聞いて、近衛騎士たちが続々と武器を抜いた。
「続け!! 近衛騎士たちよ!!」
「各騎士隊! 突撃! 陛下に続け!!」