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ルーペルト・クリスタ外伝26


「続けぇ!!」


 敵を斬りながら、ルーペルトは駆け続けた。

 周りのフォローも、指揮も忘れて。

 ただ自分の前の敵を斬り倒すことだけに集中し、道を切り開き続ける。

 その道を皆が辿る。

 だが、敵は三万。

 最初の一撃で数を減らしたとはいえ、なおも大群だ。

 どんどん群がる蜘蛛たち。

 その中の一体が脚をルーペルトに突き出す。

 ほかの一体を斬っていたルーペルトは反応が遅れ、左肩を貫かれる。

 どうにか脚を斬り、刺さった部分を引き抜くが一気に血が噴き出した。

 けれど。

 その傷はすぐに治った。

 ルーペルトは振り返らない。

 それでもフッと笑う。

 後ろにいてくれるとわかるから。


「悪いけど、今日の僕は無敵なんだ」


 そう言いながらルーペルトはさらに奥へ奥へと向かって行く。

 甲羅付きに近づけば近づくほど、蜘蛛は特殊な個体が増えていった。

 強化された通常の蜘蛛や、特殊な攻撃をしてくる蜘蛛。

 その中でも一際異質だったのは、半身型だった。

 上半身は人型。下半身は蜘蛛。

 両手には巨大な剣を二本持っている。

 ジッとルーペルトたちが来るのを待っていた半身型は、ルーペルトたちが自分たちの前に来ると、ゆっくりと動き出した。


『来たか』

「喋れるのかい?」

『私はその他の兄弟たちとは違うのでな』

「なら、撤退してくれないかい?」

『出来ぬ相談だ。この地は我らが貰う』

「それこそ出来ない相談だね」


 ルーペルトは半身型に斬りかかるが、半身型は容易くルーペルトの一撃をはじき返した。

 強い。

 そう判断したルーペルトは顔をしかめる。

 ルーペルトが止まれば、軍も止まる。

 そうなれば大群に飲み込まれる。

 ここで止まるわけにはいかない。

 腰を据えて戦うことは許されないのだ。

 そんな中。


「行け! ルート!!」


 ルーペルトの横を抜けて、ウォルフが半身型に挑む。

 高速で動き回るウォルフは、半身型を翻弄し、その体に傷をつけた。

 だが、浅い。


「強いじゃねぇか。俺が求めていたデカい獲物だ!」

「ウォルフ! 一人じゃ無理だ!」

「それでも行け! 止まるんじゃねぇ! 止まったら全部終わりだぞ!!」


 ウォルフはそう指摘すると、一人で半身型の足止めにかかった。

 けれど、攻撃はすべて浅い。

 決定的な踏み込みができないからだ。これ以上、踏み込んだら死ぬとウォルフの勘が言っていた。

 半身型はウォルフを無視して、ルーペルトを止めようとする。

 それを阻止しようとした瞬間、ウォルフに剣が振るわれた。

 誘われた。

 ウォルフはなんとか体を止めようとするが、止まらない。

 剣がウォルフに迫る。

 しかし、その剣は受け止められた。


「片方の剣は僕がやろう」

「手出し無用と言いたいが、感謝するぜ! ジンメル将軍!」

「今は侯爵だ」


 アロイスはニヤリと笑いながらウォルフと共に反撃に転じた。

 とはいえ、それでも互角。

 どうにか足止めすることが精一杯だった。

 しかし、それでよかった。

 ルーペルトを先に行かせることこそが二人の目的だったからだ。




■■■




「数が多すぎます! 隊長!」

「無理でも無茶でもやるぞ!! 殿下の道を作れ!!」


 空では第六近衛騎士隊と第八近衛騎士隊がクリスタのために突撃を敢行していた。

 大きな甲羅付きを攻撃するためには、それなりに接近しないといけない。

 そこまでクリスタを無事、護送するのが彼らの務めだった。

 なるべくクリスタに消耗させずに。

 しかし、敵も数が多い。

 撃ち落されるような者はいないが、先に進むのは難しかった。


「ちっ! 下は順調だな!」


 すでにルーペルトは小さな甲羅付き目前まで迫っている。

 甲羅付きの前に配置されていた特殊個体はほかの者がそれぞれ受け持ち、どうにかルーペルトを先に進ませたのだ。

 それに引き換え、自分たちはなんと情けないことか。

 ランベルトは歯を食いしばり、何体も羽根つきを撃ち落とすが、その程度では焼石に水だった。


「キリがない!」

「ランベルト隊長……私が切り開く」

「殿下はお下がりを! 今、魔力を消耗したら作戦が台無しになります!」

「そうだよ! クーちゃん! 下がって!」


 クリスタに近づく羽根つきを斬り落としていたリタがクリスタを引き留める。

 だが、状況は変わらない。

 突破できなければそれはそれで作戦は台無しだ。

 何か手はないか。

 そんな中、クリスタの目にルーペルトが切り開いた道が見えた。

 まだ、その道は有効だ。


「フィン!」

「はっ! なんでしょうか!?」

「下の道を使う」


 勝負は一瞬。

 最も速い騎士ならばその一瞬をモノにできる。

 だからクリスタは飛行魔法を解いて、自然落下に入った。

 説明している時間はない。

 察することを期待したのだ。

 落下するクリスタ。

 それにリタも第六近衛騎士隊は反応が遅れた。

 けど、フィンだけは反応できた。

 これに関しては慣れていたから。


「勘弁してください……」

「風が気持ちいい……」

「楽しんでるところすみませんが、行きますよ?」


 落下するクリスタに追いついたフィンは、クリスタの手を掴むと自分の方に引き寄せて、背に乗せた。

 そして。


「あなたの兄上といい、アードラーの方は無茶が過ぎます」

「アル兄様ほど無茶じゃない」

「振り回されるほうからすればどっちもどっちです」


 言いながらフィンはクリスタを乗せて、急加速しながら地面を這うように飛んだ。

 ほとんど騎馬と変わらないくらいの高さで飛行し、ルーペルトが開いた道を、いまだ多くの者が戦う道を疾駆する。

 もちろん羽根つきたちはそれを阻止しようとするが、それに関してはランベルトたちが許さなかった。


「撃ち続けろ! 下に行かせるな!!」




■■■




「はぁぁぁっっ!!」


 もはや甲羅付きは目前だった。

 そんな中、ルーペルトの前に立ちふさがったのは真っ黒な蜘蛛だった。

 これも特殊個体。

 何かある。

 わかっていた。

 けれど、ルーペルトは正面から突撃した。

 なるべく早くたどり着かなければいけないからだ。

 その瞬間。

 ルーペルトの前に立ちふさがった真っ黒な蜘蛛は火炎を吐き出した。

 炎がルーペルトを包み込んだ。


「殿下ぁぁ!!??」


 最後まで後ろについてきていた騎士たちが叫ぶ。

 セラも目を見開く。

 セラの治癒魔法には一つ欠点があったからだ。

 認識できない状態では回復できないのだ。

 だから、炎の中でルーペルトを回復できなかった。

 早く戻ってきて。

 セラのそんな願いに反して。

 ルーペルトは炎の中を抜けた。


「その程度の炎で……僕は止まらない!!」


 ルーペルトは僅かな火傷だけで炎を抜けていた。

 自分に迫る炎を斬って、炎の中を進んだのだ。

 そしてルーペルトは真っ黒な蜘蛛を斬り伏せると、甲羅付きの前へとたどり着いたのだった。

 しかし。


「はぁはぁはぁ……」


 無理に無理を重ねたルーペルトの体は限界だった。

 フラリとよろけるルーペルトに対して、セラが駆け寄る。


「ルート!」


 傷は治癒できても体力や精神力までは回復できない。

 失った血も戻って来ない。

 一人で道を切り開いた代償だ。

 ここから甲羅付きを倒すために大技を放つためなど自殺行為といえた。

 それでもルーペルトは告げる。


「セラ……お願いがあるんだ……」

「なに……?」

「支えてくれる……?」

「死ぬかもしれないわよ……?」

「僕は死なないよ。僕は……死なないと決めているからね」


 救われた命には責任がある。

 それは自分の命だってそうだ。

 兄や姉が救ってくれたのだから。

 生きなければいけない。

 いなくなった兄や姉の分まで。

 かつて。

 戦場で傷を負ったゴードンを見舞ったことがあった。

 母に言われて仕方なくだった。

 怖い兄に会いたくはなかった。

 けれど、思った以上の深手に聞いてしまった。

 なぜ? 皇族なのに兄上が怪我を? と。

 それに対してゴードンは笑みを浮かべるでもなく、ただ真っすぐ答えた。

 皇族だから、だ。

 意味がわからないと首をかしげる自分に対して、ゴードンはどう説明していいかわからないといった様子だった。

 そして再度、問いかけた。

 いずれ自分も怪我をしますか? と。

 それに対してのゴードンの答えは明確だった。

 それはない、と。

 続けてゴードンは言った。

 俺がいる。国を、将兵を守る皇族として俺がいる。俺がいる限り。お前を戦場に出すような状況には決してさせん。

 当時はよくわかっていなかった。

 あれが優しさからくる言葉だったと。

 矢面に立ち、道を切り開き、怪我をしながらでも勝利を得た。

 傷だらけだったのは誰よりも体を張っていた証拠。

 だから軍人たちから尊敬を集めていた。

 あの傷はきっと誇りだったのだろう。

 今は。

 その意味が少しはわかる。


「僕の番だ……僕が……体を張る番だ!!」


 ルーペルトは剣を両手で持ち、頭上に掲げる。

 体に力は入らない。

 そのまま倒れてしまいそうになる。

 そんなルーペルトをセラは抱きしめるようにして支えた。

 そして。


「一日、二発は許されていないけど……仕方ないですよね? 義姉上……」


 呟き、ルーペルトは剣に魔力を集中する。

 それは光へと昇華し、さきほどよりもより強く輝きを放ち始めた。

 そして剣の刀身が消滅し、光が刀身を形作る。


「疑似聖剣……聖光アストレア


 光の奔流が小さな甲羅付きが張った結界とぶつかり合う。

 しかし、それは一瞬。

 結界はすぐに光へと飲みこまれ、そのまま小さな甲羅付きも光へと飲み込まれた。

 これで大きな甲羅付きを守る結界はなくなった。

 その瞬間、ルーペルトの頭上を竜騎士が通過した。




■■■




「ルーペルト殿下がやりましたよ! クリスタ殿下!」

「当たり前……私の自慢の弟だから」


 呟きながらクリスタは両手の胸の前に持ってきた。

 弟は成すべきことを成した。

 次は自分の番。

 自慢の姉と言ってもらえるように。

 自分も成すべきことを成す。


「兄上には内緒ね……? フィン」


 嫌な予感を覚えてフィンは返事をしなかった。

 その瞬間。

 詠唱が始まった。


≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫


≪銀星は星海より来たりて・大地を照らし天を慄かせる≫


≪其の銀の輝きは神の真理・其の銀の煌きは天の加護≫


≪刹那の銀閃・無窮なる銀輝≫


≪銀光よ我が手に宿れ・不遜なる者を滅さんがために――≫


 詠唱と同時に生み出された光球は三つ。

 不完全な発動なのは一目瞭然だった。

 魔法の不完全発動は危険な行為だ。

 こんな実戦で行うことじゃない。

 それでもクリスタにはほかに選択肢がなかった。

 巨大なモンスターの討伐において、これほど向いている魔法はないのだから。


≪シルヴァリー・レイ≫


 胸の前に出来た銀の球を押しつぶすと、光球から銀光が放たれた。

 それは巨大な甲羅付きをいとも簡単に貫き、切り裂き、そして消滅させていく。

 それと同時に空を覆っていた結界が上から消え去っていく。

 それを見て、クリスタは深く息を吐いた。


「成功……」



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