ルーペルト・クリスタ外伝25
「姉上! あの大きな甲羅付き、倒せますか?」
「あれ単体なら」
「それなら手前のやつは僕が引き受けます」
「できるの?」
「そちらこそ」
「お姉ちゃんを侮っちゃいけない」
「それなら弟を侮らぬよう」
それだけ言うとルーペルトはアロイスのほうへ視線を向けた。
「全軍で突撃し、敵軍の目をこちらに引き付けつつ、小さな甲羅付きを討つ。その後、上空から姉上が大きな甲羅付きを討ち、全軍撤退。先頭は僕がやる。異論は?」
「ありません」
「それなら配置を決めようか」
ルーペルトはそこでようやく後ろを振り返った。
そちらには共に戦ってきた仲間がいた。
彼らに身分を隠していたことを後ろめたく思いつつ、それでもルーペルトは視線を逸らさなかった。
「先頭で敵に突っ込む以上、手練れの護衛がいる。頼めるかな? ウォルフ」
「やれやれ……お坊ちゃんだと思っていたが皇子様だったとはな。これが度肝を抜かれるってことか」
「嫌になったかい?」
「馬鹿言え。俺は身分でダチは選ばねぇ。お前もそうだろ?」
「もちろん」
「それなら背中は任せろ。しっかりと守ってやる」
「ありがとう」
そしてルーペルトはセラに目を向ける。
セラは驚いた様子を見せなかった。
ただ。
「私もついていく」
「……頼むよ」
それだけ言うとルーペルトは声をあげた。
「ランベルト隊長! フィン隊長! 二人には空の敵を相手してもらう。なるべく空の敵を食い止めるんだ!」
「かしこまりました」
「お任せを」
「リンフィア隊長! 君も僕の護衛だ。頼むよ?」
「最善を尽くします」
三人の近衛騎士隊長に命を下すと、ルーペルトは降りてきた二人の竜騎士に目を向ける。
気まずそうな表情を浮かべていたハンスは、ルーペルトと目があったタイミングで敬礼した。
「殿下は知らず失礼いたしました! 自分はハンス・ザックス大尉であります! 現在、特例により近衛騎士団所属第八近衛騎士隊に所属しております!」
「同じく、パトリック・ジーゲル少尉であります」
「……二人の腕前は? フィン隊長」
「殿下のご期待に応えられるかと」
「よろしい。二人にも僕の護衛を頼む。空からの敵はすべて任せる」
「失望はさせません」
「自分は北部の騎士の生まれです。大戦の際、臆病風に吹かれ、殿下と共に戦う機会を逸しました。ですので……殿下と共に戦う機会を嬉しく思います」
パトリックの言葉にルーペルトは意外そうな表情を浮かべたあと、すぐにニヤリと笑った。
「当時の僕は後ろに控えるだけだった。共に肩を並べて戦えることを僕も嬉しく思うよ、騎士パトリック」
「はっ! 全霊を尽くします!」
パトリックの答えに一つ頷き、ルーペルトは馬に跨った。
それに続いて、ほかの者も馬に跨る。
そんな中、ルーペルトはそっとセラに馬を寄せた。
「セラ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「君が自分の先天魔法についてあまりよく思わないのは知っている。けど、僕はここで死ぬわけにはいかない。だから全力で僕に魔法をかけてほしい」
「ルート……それは……」
「君にしか頼めない。僕は多くの人を助けたい。だから君が必要だ」
「……」
ルーペルトの言葉にセラは少し迷った。
暴走状態とは違うとはいえ、全力でかければ即死級の傷でも死ぬことはないだろう。
けれど、痛みはある。
死んだほうがマシな経験をルーペルトが幾度もするかもしれない、ということだ。
だが、セラは頷いた。
ルーペルトにとって大事なことなのだ。ここで自分が傷ついてでも民を、後ろに控える臣下たちを守ることは。
どれだけ辛いことよりも、彼らが傷つくことのほうが辛いのだ。
「ありがとう」
「危なくなったら……無理やりでも引き返させるから」
「判断は任せるよ。だから、僕だけを見ていて」
そう言うとルーペルトは馬を城門前へ進ませる。
そして。
「開門!!」
ヴェヒターの門が開く。
眼前には三万の大群がうごめいている。
全軍の怯みを感じたルーペルトはゆっくりと馬を進ませると、両手を開いた。
「聞け! 全軍!!」
なるべく自分が大きく見えるように。
皆が安心できるように。
ルーペルトは声を張り上げた。
「この一戦で結界を破壊し、この悪夢を終わらせにいく!! 敵は多勢! だからこそ一丸となって敵と当たる! 心を一つにせよ! 誰も諦めるな! 僕も諦めない! 諸君らが諦めていいのはこのルーペルトの背中が見えなくなった時だ! それ以外は! 決して諦めるな! この背を追え! 皆の前にはこのルーペルトがいる! 常に共に戦おう! 常に共に駆けよう! 僕は決して倒れない! ゆえに! 我らは決して諦めない! 無法な侵略者に知らしめてやれ! この地を土足で踏み荒らすことは許さないと! アードラーの名において命じる!! 続け!!」
ルーペルトは一気に馬の速度をあげると、単騎で突出する形となる。
誰もがルーペルトに追いつこうとするが、ルーペルトは速度を緩めない。
そしていよいよ敵と衝突する時。
ルーペルトは剣を両手で持ち、高く頭上にあげた。
「技を借ります……義姉上」
そう呟いたあと、剣に魔力が集まっていく。
それらは光へと昇華していく。
圧倒的な光。
その光に多くの者が見覚えがあった。
かつて勇者が振るった聖剣と酷似したものだったから。
それは当然。
これはそれを模した技だから。
けれど、力不足ゆえ完成はしていない。
ただ、それでも。
ルーペルトが持つ技の中で最高威力なのは間違いなかった。
それを最初に持ってきたのは、少しでも自分に敵の目をひきつけるため。
「僕は勇者ではないけれど……今、汝を必要としている!!」
光が集まったのを見て、ルーペルトは深呼吸をする。
すでに敵は目前。
けれど、恐怖はない。
かつて兄を守って来た暖かい光が傍にあるから。
及ばないことは百も承知。
それでも。
今は自分がその真似事をしよう。
守りたいモノを守るために。
「疑似聖剣……聖光」
剣を振り下ろすと金色の光が奔流となって敵の大群へと向かい、敵の中央を完全に消滅させる。
そしてその空いた道にルーペルトは突っ込むのだった。
「進めぇぇぇぇっっ!!!!」