ルーペルト・クリスタ外伝24
打って出ると宣言したルーペルトを見て、誰もが信じられないという表情を浮かべた。
それでも城壁で共に戦っていた者はマシで、アロイス旗下の騎士たちは批難の眼差しを向けていた。
「……君が城壁で指揮を執っていたのは知っているが、それでも現指揮官はジンメル伯爵閣下だ。控えていてもらおう」
「敵は一日、変化をつけずに攻めてきた。その結果があれだ。一日空けても彼らは進化が追い付いていない。こちらが急激に戦力を増やしたからだ。騎馬隊や航空戦力に対応できていない証拠だろう。だから数を頼みに防御を厚くした。今が唯一の隙だ」
騎士がルーペルトを嗜めるが、ルーペルトは気にせず敵の兆候を口にした。
進化が追い付いていない以上、決定的な戦力差が生じている。
それを補うために数を増やした。
この機を逃すとどうなるか?
「今、攻めなければ攻める機会を失う。敵が防御を固めたのは、攻められたくないからだ。進化が追い付いたら、盤面は決してひっくり返らない。ヴェヒターは飲み込まれる」
「なら一人で行け! あんなところに突撃するのに付き合う者はいない!」
「もちろん、一人でも行く」
ルーペルトは騎士に対してそう告げる。
まさかの返答に騎士は黙り込んだ。
「今、ここで攻勢に出るしか逆転の一手はない。僕らが援軍を待っていた時とは違う。現在、有力な援軍のあてはない。援軍の見込みがない籠城は勝ち目がないのは明白。攻めるなら今だ。だから……僕は行く。ほかに行く者は?」
ルーペルトの言葉に騎士たちは反応しない。
けれど。
「何体か強そうなのがいるな? あれ倒したら冒険者ギルドは俺をスカウトしてくれると思うか?」
「まぁ……AA級くらいなら貰えるんじゃないかな?」
「AA級か……まぁ、最初の一歩にしては悪くない。付き合うぜ? ルート」
ウォルフは気負った様子もなく、そう告げる。
そんな二人に対して、騎馬を急いで城壁に集めていたセラも加わる。
「私も行く」
「セラも?」
「突撃するなら後方の回復役は必要ないでしょ? 前線で回復してあげる」
「ありがたいね」
ルーペルトは止めない。
危険に晒したくないなど言ってられる状況ではないからだ。
さらに空から降りてきた二人が加わる。
「では、空の脅威は我々が対処しましょう」
「根性あるな? 少年。見込みがあるぜ。俺は好きだ。君の考えがな」
「あとで後悔しますよ? 大尉」
「何がだよ?」
近衛騎士らしく丁寧な対応を取るパトリックに対して、ハンスは気さくにルーペルトに接する。
近づいて肩に手を回す始末だった。
呆れた様子でパトリックはため息を吐く。
これで六人。
「攻勢に賭ける者はもういないかい?」
ルーペルトの言葉に冒険者たちが応じた。
「やれやれ……モンスターの対応が間に合ってないときは攻勢あるのみ。討伐のセオリーにはかなってる」
アベルの言葉と同時に冒険者たちはルーペルトに賛成の声をあげた。
城壁の守備兵もそれに続いた。
「我々も……ルート殿の意見に賛成です」
「彼が我々のリーダーです。彼のおかげで生き延びた。彼が攻めるしかないと言うなら……我々も同行します」
意見は割れた。
城壁を守っていた者たちと、ジンメル侯爵領の騎士たち。
騎士たちは戸惑う。
意見を二つに割っている場合ではないからだ。
今はアロイスに従うべきだろう。なぜそんなことがわからないのか。
そんな疑問が騎士たちの中に浮かぶ。
そして騎士たちの視線がアロイスに集まった。
アロイスは空を見上げて、クリスタに問いかける。
「殿下はどうされますか?」
ゆっくりと降りてきたクリスタは肩を竦めて答える。
「どちらでも……ただ……私は気遣かわれるためにここへ来たわけじゃない」
「……」
その言葉はアロイスの真意を察しての言葉だった。
三万の敵に突撃するということは、余裕がなくなるということだ。
クリスタにせよ、ルーペルトにせよ。
命の危険がある。
アロイスにとってそれは絶対に避けたいことだった。
二人の無事が最優先。
もちろん民の安全も大事だが、七日耐え忍べばいいなら、最悪逃がせばいい。
その程度の時間は稼ぐ決意がアロイスにはあった。自分の命にかえても。
けれど、それは不要だとクリスタは告げた。
アロイスはフッと笑うとルーペルトを見つめた。
「あなたと出会ったとき……あなたは泣いてばかりの男の子でした」
「そうだね」
「僕の中ではあなたは守らなければいけない方だった。ずっとそう思っていましたが、今は違う。今のあなたの姿はあなたの兄上たちと重なります。周りを味方につけ、強い決断をできる方になった。ご成長されましたね」
「……まだまだだよ。けど、いつまでも守られてばかりは嫌だから。大人になろうとはしている」
ルーペルトはそう言って笑う。
周りの騎士たちは違和感を覚えた。
なぜアロイスが目の前の少年に対して恭しく接するのか。
なぜアロイスが前からの知人のように話すのか。
その疑問はアロイスが膝をついたときに解決した。
「――すべて〝殿下〟に従います」
「感謝する。ジンメル侯爵」
この年代の皇族の男子は一人しかいない。
騎士たちは目の前の少年の正体を知り、すぐに膝をついた。
口答えをしていた騎士は顔を青くしながら告げる。
「申し訳ありません! 大変なご無礼を……ルーペルト殿下とは露知らず……」
「いいさ。正体を隠している方が悪いんだからね」
そう言うとルーペルトは騎士たちを見まわした。
アロイスは従うといったが、アロイスの騎士たちは違う。
もちろんアロイスが決めたことだ。彼らも従うだろう。
けど、ルーペルトはそんな気持ちで死地に飛び込んでほしくはなかった。
「聞いて欲しい、ジンメル侯爵家の騎士たちよ。僕の名はルーペルト・レークス・アードラー。皇帝レオナルトの弟だ。僕は……多くの人に守られて今日まで生きてきた。恵まれた環境で育ってきたんだ。愛してくれる家族がいた。守ってくれる家族がいた。皇族だという理由で命をかけて守ってくれる人たちがいた。けれど……それは決して当たり前のことじゃない。僕は何も成していない。アードラーと聞けば偉大な皇族だと思うだろう。それは先人たちの功績であり、僕の兄や姉の功績だ。僕の功績ではない」
戦争は終わった。
時代は先に進む。
平和な時代が、少なくとも大戦中よりは平和な時代がやってくる。
求められるのは動乱の中での英雄ではない。
平和を維持する英雄が求められる。
それが難しいことだとルーペルトはわかっていた。
それでも。
「しかし、これまで守ってきてもらった恩を僕はこれからの功績で返そう。アードラーの名に恥じない男になろう。この国は多くの人がいる。僕には家族がいたが、家族がいない人もいる。僕には守ってくれる人がいたが、守ってくれる人がいない人もいる。そんな人たちに一人ではないと、アードラーがついていると示すのが僕の役割だ。生き残った人たちに道を示すのが僕の果たすべき務めだ。その中に諸君らも含まれている。あの大戦で……兄や姉は命をかけて民を守った。あれ以降、生き残った人たちは僕にとって守るべき民だ。兄や姉の生きた証だ。だから死んでくれとは頼まない。生きて欲しい。僕はこれから生き抜くために戦いへいく。前へ活路を見い出しにいく。もしも気持ちが同じなら……どうかついてきてほしい。僕一人では何も守れない、誰も救えない。いつだって兄や姉の傍には騎士の姿があった。君らにそうなってほしい。僕は南部の騎士を信じている。帝都の反乱の際、何もない僕を命がけで守ってくれたのは……南部の騎士だから」
微笑むルーペルトに対して、アロイスはゆっくりと剣を抜いた。
それに合わせてすべての騎士が剣を抜く。
そして。
「誓いましょう。南部騎士の誇りにかけて。殿下と共に戦い、共に生き抜くことを」
「ありがとう」
すべての騎士の同意を得て、ルーペルトは敵を見ながら呟く。
「さぁ……ここからは反撃の時間だ」