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ルーペルト・クリスタ外伝22



「……母上は俺とレオを生んだ。双子だったが、大きな苦労はなかったと聞いているぞ?」

「よくあることじゃない。影響が出る母体と影響が出ない母体がある。これに関して資質は関係ない。個人差だ」

「……」

「起きている現象は胎児が母親の魔力を奪っている。ただ、それだけだ。多くの母体はそれを無意識のうちにシャットダウンできる。けれど、彼女はできない。これは稀有なケースだ。そういう場合、母体には多くの影響が出てくる。現に彼女は体調不良に見舞われているし、今回も風邪のような症状が出ている。これは出産するまで治らないし、これからもっとひどくなるだろう。問題なのはこの状態では体の免疫力はないに等しい。彼女は今、危険な状態だ」

「……治療法は?」


 絞り出すように告げたアルノルトに対して、トウイはしばし黙り込む。

 治療法がないわけではない。

 ただ、それは危険な治療法だった。

 医師として薦めたくはない方法。

 けれど、この症状には明確な治療法は存在しない。

 どれも母子ともにリスクのあるものしか。


「……選べる治療法の中で最もマシな治療法は、とある薬を飲ませることだ」

「どんな薬だ?」

「……特別な薬じゃない。魔封薬だ。魔力を封じた薬水。この症状の根幹は胎児が母体から魔力を吸収してしまうこと。だが、それをやめさせたりしようとすると、今度は胎児が危機に瀕する。だから別の魔力源を母体に投入する」

「それなら早くしよう。魔力は俺ので問題ないか?」

「……成功率は五分五分だ。母体の魔力ではなく、外部投入の魔力を吸収することを胎児が覚えれば成功。しかし、無尽蔵に魔力を求めて、母体により負荷をかけることもある。これが失敗だ。それでもやるか?」


 ただの賭け。

 こんなものは治療法ではない。

 胎児の学習能力に賭けるなど馬鹿げている。

 医師として認められない。

 だが、他の手段もない。

 現状維持を続けても状況は悪化するばかり。

 ましてやお腹にいる子供は普通の子供ではない。

 アルノルトの子供なのだ。

 アードラーの集大成。

 磨き抜かれた血の頂点。

 子供がその素養を受け継いでいれば、母体にかかる負担は時間が経つごとに増えていく。


「……ほかに方法は?」

「薬で早めにお腹の中の胎児を殺す。そうすれば母体は無事だ」

「……俺は両方を助ける方法を聞いているんだ」

「それならば提案した方法以上に確率の高い方法はない。こんなケースは文献でしか確認したことはない。なぜだかわかるか? このケースの場合、原因が判明することなく母体が亡くなるからだ。多くの場合、原因が分かった頃には母体が衰弱しきって救えないが、今なら手遅れになる前に彼女だけは確実に救えるぞ?」


 トウイの言葉にアルノルトは天井を仰ぐ。

 本来なら天秤にかけてはいけない。

 夫として、父として。

 両方を守らねばならないからだ。

 気の毒に。

 そう思いながらトウイはアルノルトの横を通り過ぎた。


「よく考えて答えを出せ」




■■■




 暗い部屋。

 静かに目を覚ましたフィーネは、自分の横にアルノルトがいることに気づいた。


「アル様……?」

「目が覚めたか……よかった」


 心底ホッとした様子のアルノルトを見て、フィーネは軽く笑みを浮かべた。

 そして。


「私の体に何が起きているのですか……?」

「……なにもないさ」

「あなたの妻になったからでしょうか? それともあなたが嘘をつく必要がなくなったからでしょうか? 今のが嘘だというのは、私にはわかります」


 フィーネの言葉にアルノルトは言葉を詰まらせる。

 状況を分析すれば何かあったことは明らか。

 異国にいたはずのアルノルトが帰ってきており、深刻そうな表情を浮かべている。

 自分はずっと体調不良であり、そしてついには倒れてしまった。

 これで何もないというのは無理がある。


「正直に話してくださいますか?」

「……わかった。話すよ」


 ごまかしはきかない。

 フィーネは鋭く、今のアルノルトは動揺し、平静ではない。

 だからこそ、アルノルトは素直に降参するしかなかった。

 トウイから聞いたことをしっかりと伝えたあと、アルノルトは恐る恐る問いかける。


「どうする……?」


 フィーネの目が一瞬、鋭くなった。

 ああ、自分は質問を間違えたのだ、と察したアルノルトは思わず目を逸らした。


「アル様……」

「……」

「……不安ですか?」


 それはアルノルトにとってとても頷ける問いかけだった。

 不安だった。なにもかもが。

 だからアルノルトは頷く。

 それに対してフィーネは再度問いかけた。


「では、私を信じていますか?」

「もちろん、信じてる……けれど、これは……」

「私もアル様を信じています。だから……互いに互いを信じているなら、自分たちの子供も信じれると思いませんか?」

「……俺は君を失いたくない」

「私もあなたを失いたくありません。優しいあなたが後悔の念に苛まれながら生きていくのを見たくありません。助けようとして助けられないならば……きっと前を向くこともできるでしょう。けれど、助けることを放棄したなら、それは心の傷となってしまう。あなたはそれに耐えられないと……私は知っています。だから、私の答えは決まっています。私のために、あなたのために、そしてお腹の子供のために。手は尽くすべきです」


 胸が痛い。

 なぜこんな痛みを味合わなければいけないのか。

 どうして自分は普通の親のように子供の誕生を喜べないのか。

 苦しい。

 アルノルトは唇を噛み締め、俯く。

 けれど。

 そっとフィーネがアルノルトの頬を掴み、顔を上げさせる。


「私はそこにいません」

「フィーネ……」

「どんな決断でも……私はあなたの味方です。どんなときでも寄り添います。けれど、二人に関わる大事な決断なら……どうか私を見て決断してください」


 それはきっと殺し文句だったのだろう。

 顔を歪めながらもアルノルトは何度も頷く。

 フィーネはアルノルトが耐えられないと語った。

 それはその通りだった。

 だからフィーネは覚悟を決めていた。

 その覚悟を感じ取ったから、アルノルトももう怯えてはいられなかった。

 フィーネの覚悟を無駄にはしないために。

 アルノルトは賭けをすることに決めたのだった。




■■■




「ならん! 絶対にならんぞ!!」


 帝剣城には皇帝が不在だった。

 アルノルトが戻ってくるのを待たずに、南部へ向かって近衛騎士団を率いていったからだ。

 その代わり、上皇となった前皇帝ヨハネスが皇帝の雑務を処理していた。

 そんなヨハネスと母であるミツバに対して、アルノルトは自身の決断を伝えた。

 しかし、ヨハネスはすぐに立ち上がり、反対の声をあげていた。


「確実な手段があるならば、フィーネだけでも助けるべきだ! 子供ならまた作ればよい! フィーネを危険に晒す理由がどこにある!?」

「……あなたが決めたの? それともフィーネさんが?」

「……二人で決めました」

「そう。それなら好きになさい」


 あっさり許しを得たことにアルノルトは肩透かしを食らう。

 反対されると思っていたからだ。

 ミツバにも。


「ミツバ!? わかっているのか!? 最悪、フィーネも子供も死んでしまうのだぞ!?」

「わかっています。しかし、夫婦の決めたことです。私たちが口を挟むべきではありません」

「ワシらの息子のことであり、娘のことでもあり、孫のことでもある! フィーネほどよくできた妻などおらん! あの子がアルノルトを支えてきたのだ! 危険な賭けをする必要などない! もう幸せになるべきではないか!?」

「夫婦の幸せは夫婦が決めることです」

「ええい! 最悪を想定せよ! フィーネが死んだらどうする!?」

「そのときはそのときです」


 ミツバの言葉にヨハネスは唖然とする。

 そしてよろよろと椅子に座る。

 そして。


「セバス……」

「はっ」

「誰でもいい……ワシに賛同しそうな親族を連れてきてくれ……」

「いないかと」

「レティシアやリーゼはどうだ!?」

「フィーネ様を後押しするかと」

「レオナルトやトラウゴットは!?」

「アルノルト様が決めたことに口出しはしないかと」

「どいつもこいつも……お前はどうなのだ? セバス」

「……個人的な意見を言うならばフィーネ様の命を賭けるような行為は控えていただきたいとは思っております」

「おお! 同意見か!?」


 強力な援軍を得たとばかりにヨハネスは体を起こす。

 だが。


「しかし、フィーネ様はこうと決めた場合、決して譲らぬかと。それに賭けとは申しましても……お二人のお子ですからな。通常よりはよほど勝ち目があることも事実」

「どっちだ!?」

「私は執事ですので。主に従います」

「では、決まりだな」


 話は終わりとばかりにアルノルトは立ち上がる。

 部屋を出ようとするアルノルトの背にヨハネスは問いかける。


「勝算はあるのか……?」

「あります。俺の子ですから」


 そう言ってニヤリと笑うアルノルトを見て、ヨハネスは諦めのため息を吐くのだった。








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― 新着の感想 ―
結局、母となる女人の決定は覆らせられな。
胎児だろうとアードラーだからなぁ……って思えてしまうアードラーの血はおかしい。
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