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ルーペルト・クリスタ外伝21


「間に合ったか……」


 ヴェヒターから見て南より現れたのはアロイス率いるジンメル侯爵家の騎士団だった。

 その数、六千。


「ラース大佐! 右翼の指揮は任せます!」

「お任せを!」


 アロイスと合流していたラースが大きな声で応じる。

 作戦は単純。

 左翼と中央は直進し、敵と激突。

 右翼は敵を迂回して反対側から挟撃する。

 そのため、右翼にはベテランの騎士たちが多く配置されていた。

 中央と左翼には逆に初陣の騎士が大勢いた。

 初陣でこの敵は相手が悪い。

 そんなことを思いながら、アロイスは剣を引き抜く。


「突撃準備!」


 騎士たちは盾を構え、槍を突き出す。

 チラリとアロイスが後ろを見たとき、槍が震えているのが見えた。


「怖いか? 騎士マイルズ」

「……はい」


 嘘をつかず、背中を任せている若い騎士は答えた。

 それに対してアロイスは笑みを浮かべた。


「僕も怖い。いつだって怖い。恐れはいつになってもなくならない。それでも……前進する理由があるから僕らは戦う」


 そう告げると、アロイスは剣を掲げた。


「聞け! ジンメル侯爵家の騎士たちよ! モンスターに襲われ、窮地の中、耐えきったヴェヒターをこれより救援する! 我らには我らが知らない待ち人がいる! 顔も声も知らなくとも! 助けての声は届いたと知らせに行くぞ!!!!」


 アロイスは言葉と共にゆっくりと馬を前に進ませ始める。

 そして。


「戦う覚悟ができた者から続け! 我らの殿下がお待ちだ!!」


 アロイスは徐々に速度を上げた。

 その後ろから騎士たちが続いていく。

 やがてアロイスを先頭とした一団が蜘蛛の群れに突撃したのだった。




■■■




「奮い立て! 仲間に背を預けろ! 必ず生きて帰るぞ!!」


 アロイスは檄を飛ばしながら蜘蛛を容易く斬って行く。

 そんな中、背後から大きな音が聞こえた。

 何かが落ちた音。

 振り返るとアロイスの背後を守っていた騎士マイルズが落馬していた。

 蜘蛛の突撃を受けたからだ。

 必死にマイルズは剣を拾い、突撃してきた蜘蛛へ向けるが、蜘蛛はそれに怯むことはない。

 初めて体感するリアルな死の恐怖。

 体が震え、口がかみ合わなくなる。

 これじゃあ死ぬ。

 そう感じたマイルズは唇を強く噛み、痛みと血の味を感じながら立ち上がった。


「来い! 化物!!」


 マイルズは大きく剣を振るって、蜘蛛の脚を斬りおとす。

 その間にほかの騎士がやってきて、マイルズの前にいた蜘蛛は串刺しとなる。

 マイルズはよろよろと歩きながら、馬にたどり着くとその上に跨った。


「よく立った。騎士マイルズ」

「……背中は……お任せください!」


 一線を潜り抜けた戦士の目を感じて、アロイスは静かに頷く。

 戦況は有利だ。

 しかし、まだ安心できない。

 などと思っていると。


「アロイス……キャッチ……」

「はっ……?」


 気だるげな声。

 上から聞こえてきたその声にアロイスは戸惑いながら、体を動かす。

 空に視線をやれば一人の少女が降下してきていた。

 勘弁してくれ。

 そう思いながら、アロイスは戦場を駆ける。

 そしてどうにか着地地点に入ると、フワリと落下の衝撃を和らげながら少女はアロイスの腕の中に降りてきた。


「疲れた……」

「体力がないのは相変わらず?」

「ここまで頑張った……あとはアロイスの仕事」

「やれやれ……仰せのままに」


 クスリと笑いながらアロイスは、力を抜いているクリスタが腕から落ちないようにしっかりと抱きしめる。

 しかし、ここは戦場。

 安全な場所などない。

 とくに目立つような人物は。


「アロイス! 北側から新手! 動きが違う! たぶんクーちゃんを狙ってる!」

「精鋭か」

「……任せても?」

「やれるだけやれるさ」


 空にいるリタからの知らせを受けて、アロイスは片手でクリスタを抱え、片手で剣を構える。

 たしかに蜘蛛の一団が近づいていた。

 色が違う。

 真っ赤な羽根つきの蜘蛛だ。

 明らかに動きも違う。

 要注意人物を狩るための蜘蛛だろう。

 クリスタが地上に降りたため、地上を高速で移動しながらこちらへ向かってきている。


「防衛陣形! 殿下を守る!!」


 アロイスは指示を出し、陣形を作り出した。

 けれど、その陣形に蜘蛛が到着することはなかった。

 アロイスたちの手前ですべて斬り刻まれたからだ。


「ガキどもが青春してんだ……邪魔すんじゃねぇ」


 赤い蜘蛛の一団を阻んだのは槍を持った小熊。

 その姿を見て、リタとクリスタは同時に声をあげた。


「「ジーク!!」」

「よう? 元気か?」


 笑いながら答えつつ、ジークはふぅと息を吐く。


「あぶねぇ……これで護衛離れてたのはチャラだな……護衛離れている間にモンスターに襲われてましたなんて、護衛失格も良いところだからな」


 冷や汗をかきながらジークは呟く。

 依頼主は皇帝だ。

 そして妹に万全の護衛をつけるために、ジークは派遣された。

 にもかかわらず、数日間も離れることになったと聞けば、何をされるかわかったもんじゃない。

 とりあえず窮地は救った。

 これで何とか様になるだろう。


「さてと……ポイント稼ぎと行くか!」


 ジークは槍を振るって、縦横無尽に戦場を駆けまわる。

 その間に右翼を率いていたラースが敵の横を突き、戦況は殲滅戦へと移行していく。

 その様子を見ていたルーペルトはようやく肩の力を抜いた。

 とりあえずどうにかなった。

 あとは結界を発生させている甲羅付きを討伐するだけ。

 そうすれば外からの援軍が間に合うはずだから。




■■■




 帝剣城。

 アロイスたちがヴェヒターに到着した頃。

 ようやくアルノルト一行は帝剣城に戻ってきていた。

 知らせを聞いてからも帰還に時間がかかったのは、ある人物を仙国内で探していたからだ。


「お前を探すためだけに時間を使いすぎた。しっかり働いてもらうぞ? トウイ」

「それが人に頼む態度か? 薬の材料探しを切り上げたことを感謝してほしいものだな」


 大陸最高の医師、仙医と評されるトウイを探していたからだ。

 なぜトウイを探していたのか?

 理由はフィーネだった。

 フィーネの体調が一向に良くならないと聞き、アルノルトはトウイに診せることを決めた。

 緊急事態の最中ではあったが、わざわざ時間を使ったのはフィーネのため。

 そしてそれは正しい判断だった。


「……人払いを」


 ベッドで眠るフィーネの容態を見たトウイは、部屋からアルノルト以外を退出させた。

 そうせざるをえなかった。


「……良い報告と悪い報告どちらが先に聞きたい?」

「……説明のしやすいほうからにしろ」

「……まずは……彼女は懐妊している」

「子供が……?」


 驚くアルノルト。

 その表情を見て、トウイは顔をしかめた。

 大陸全土に勇名をはせる最強の魔導師。

 皇帝の兄にして大陸の調停者。

 その男が見せた表情がごく普通のものだったからだ。

 懐妊の知らせを聞くと、誰もが同じ表情をする。

 こいつも普通の男だったか、と思い知らされる。

 同時に次の話が切り出しづらくなった。


「……悪い知らせは?」

「……子供の力が強すぎる。このままだと子供に力を吸い取られて、彼女は衰弱していく一方だろう」



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