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ルーペルト・クリスタ外伝20



 ヴェヒター内に侵入した蜘蛛はすべて羽根つきだった。

 空を飛んでいる以上、クリスタとリタだけではすべてを防ぎ切れなかったのだ。

 それをハンスは的確に討伐していく。

 しかし、思った以上に数が少ない。

 空からでは限界があるか? と考えた時。

 二層の端にある一角から魔力弾が飛んだ。

 それは屋根の上にいた羽根つきを撃ち落とした。

 その魔力弾を警戒してなのか、その一帯にいる羽根つきの蜘蛛は飛ばずに屋根の上を張っていた。


「気づかねぇわけだ」


 羽根つきだから空を飛んでいると思っていた。

 まさか自分たちの長所を捨てて、這って動いているとは思わない。

 よほどあの魔力弾が怖いのだろう。

 そしてあそこに数が集中している。

 とにかくあそこに行くべきだとハンスの勘がそう言っていた。

 すぐに降下して、ハンスは建物スレスレを飛行しながら見つけた羽根つきに火球を叩きこむ。

 その時、一人の女魔導師が見えた。

 その魔導師が必死に何かを指さすのを確認し、ハンスはそちらを見た。

 よく見たことのある光景だった。

 少し先にいけば婚約者の料理店があるはずだ。

 花束を持って何度もこの道を通った。

 まさか、そんなわけがない。

 ほとんどの者が第三層まで下がっているはず。

 この手の都市は籠城戦の際、そうなるのが常だからだ。

 わざわざ第二層に残っている者など、よほどの変わり者だろう。

 入りきらないから自分から二層に戻るような者とか。

 そこまで思いながら、ハンスは加速していた。

 頭は混乱していても、体は動いていた。

 それは軍人として生きてきた本能。

 納得も理解も後回し。

 とにかくハンスは動いた。




■■■




「さぁ! 入りなさい! 早く!」


 ナタリエは料理店へ二層にいる人々を受け入れていた。

 三層に人々が入りきらないため、領主は希望者を二層に戻していた。

 住み慣れた家がいいという人々は多かったのだ。

 しかし、そこに羽根つきの蜘蛛が襲ってきた。

 二層にいた人々はパニックを引き起こし、逃げ惑っていた。

 そのため、ナタリエは近くにいる人たちを料理店内に避難させていたのだ。

 幸い、セラという護衛がいたため、これまでは大事なかった。

 これまでは。


「あっ!」


 逃げ込んでくるのは母と、その子供であろう母に抱かれた少女と手を引っ張られた少年の三人。

 もう少しというところで少年が転んでしまった。

 母親は少年に手を伸ばすが、少年は足を擦りむいたのかその場で泣いてしまう。

 うずくまる少年。

 そこに店から飛び出したペトラが駆け寄った。


「早く立って!」

「痛い……」

「泣くのはあと!」


 無理やり少年を起き上がらせると、ペトラは手を引いて店に連れて行こうとする。

 だが、その瞬間。


「ペトラ!!」


 ナタリエの叫びが響いた。

 屋根の上。

 羽根つきの蜘蛛がジッとペトラたちを見ていたからだ。

 そして蜘蛛が二人に飛びかかろうとした時。

 火球が蜘蛛を貫いた。

 同時に近くにいた二体の蜘蛛も火球によって討たれる。

 ペトラが空を見あげた時、白いマントの騎士が飛竜に乗って上を通り過ぎていった。


「陛下直属の……近衛騎士だぁ……」


 少年が顔を輝かせて呟く。

 噂に聞く帝国最強の騎士団。

 近衛騎士の証である白いマント。

 帝国の子供ならば一度は必ず憧れる騎士の頂点。

 けれど、ペトラには違った。


「違うよ……」

「違くないよ、あれは……」

「あれは……私のパパ……」


 ペトラの言葉に応えるように、大きく旋回して引き返してきた竜騎士はゆっくりと近くに降下した。

 そして。


「ペトラ! 無事か!?」

「うん! パパ!」


 飛竜から飛ぶようにして降りたハンスはペトラの下へ駆けつける。

 そんなハンスにペトラは抱きついた。

 ハンスはそんなペトラを抱きしめ返し、怪我がないかをチェックする。

 そして。


「よかった……うん? パパ!!??」


 今までペトラがハンスのことをパパと呼んだことはなかった。

 おじさんや、ハンスと呼ぶことしかしなかった。認めていなかったからだ。

 しかし、今は認めていた。ハンスの姿は求めていたものだった。

 いつだって帰りをずっと待っていた。

 そのうち父が帰ってくると。

 もう父がいないことはわかっていた。

 それでも待つことをやめられなかった。

 いつか帰ってきてくれるんじゃないかと思わずにはいられなかった。

 だからハンスのことも受け入れられなかった。

 軍人だから。

 受け入れたら、また帰りを待たなければいけない。

 もう帰ってこないのは嫌だった。

 けれど。

 ハンスは帰って来た。


「おかえり、パパ……」

「……ああ、ちゃんと帰って来たぞ」


 ハンスは微笑みながらペトラを強く抱きしめた。


「ハンス!」

「おお! ナタリエ! 怪我はないか!?」

「ないわよ! っていうか、そのマントはどうしたのよ!?」

「いろいろあったんだ、いろいろと」


 ハンスは片腕でペトラを、片腕でナタリエを抱きしめる。

 そしてしばらく幸せを嚙み締めたあと、二人を離した。


「悪いが、もう行かないとだ」

「無茶しちゃダメよ!」

「わかってる!」


 ナタリエの言葉に応えつつ、ハンスは飛竜に跨った。

 その時、息を切らせたセラがやってきた。


「セラちゃん! 無事!?」

「はい……皆さんも無事みたいですね……」


 ホッと息をつくセラを見て、ハンスは敬礼した。


「帝国軍所属、ハンス・ザックス大尉です。ご協力に感謝します」

「こちらこそ……来てくれてありがとうございます」

「それが職務ですから」


 そうハンスが告げた時、空に数匹の羽根つきが現れた。

 ハンスがそれを迎撃しようとした時、ほかの者の攻撃が羽根つきを撃ち落とした。


「大尉!」

「おお! パトリック! 紹介するぞ! こちらが俺の婚約者のナタリエと娘のペトラだ!」

「大尉にはお世話になっております。ご挨拶は後程。反転攻勢に出ます。合流するようにとの指示です」

「反転攻勢?」

「別の援軍も到着しました」

「流れが来たな? それじゃあさっさと片付けるとするか。あっ、ナタリエ。エプロンを変えたんだな? 似合ってるよ! いつも以上に美人だ!」

「大尉?」

「ちょっと待て! おい! 少年! ペトラとくっ付きすぎだ! もっと離れろ! まだ早い!」

「大尉!」

「くそっ! すぐ戻る。終わったら君の料理が食べたいんだが、いいかな?」

「いいわよ。早く行きなさい」


 呆れ混じりの笑みを浮かべるナタリエに見送られ、ハンスはパトリックと共に空へ上がる。

 すると、特徴的な角笛の音と共に軍勢の姿が見えてきた。




■■■




 援軍として駆けつけたフィンは地上、空問わず暴れ回り、敵の数を減らしていた。

 だが、敵はどんどん召喚を重ねていく。

 減らしても減らしてもキリがない。

 そんな中、フィンは上空で敵を迎撃しているクリスタの援護に入った。


「助太刀が必要ですか? 殿下」

「必要ない……」


 不機嫌そうにクリスタはフィンに答える。

 手のかかる姫だ、というフィンの内心が読めていたからだ。


「だいぶお疲れのようですが?」


 キリがない相手。

 それにクリスタは魔法を打ち込み続けていた。

 さすがに疲労は溜まる。

 それでもクリスタは答えた。


「必要ない……」

「意地を張っている場合ですか?」

「意地じゃない……事実」

「それはそれは」


 肩を竦めながらフィンは周囲の羽根つきを打ち落としていく。

 そんな中、リタがクリスタの近くまで戻って来た。


「はぁはぁ……クーちゃん平気?」


 肩で息をしながらリタはクリスタに問いかける。


「全然平気……」

「誰に似たんだか……」


 フィンは呆れたようにため息を吐く。

 そんなフィンに対して、クリスタは指示を出した。


「反転攻勢準備……敵をこの機に殲滅する……」

「そんな余裕がどこに? ここは自分に任せて一時後退するべきでは?」


 クリスタが休めば状況も変わる。

 そう思っての提案だった。

 けれど。


「必要ない……私のもう一人の騎士が来た」


 言葉と同時に角笛の音が響き渡る。

 そして騎士の大軍が現れたのだった。

 それを見て、フィンはフッと微笑む。


「了解いたしました。これより反転攻勢に移ります」


 



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