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ルーペルト・クリスタ外伝19


 ヴェヒターの近くまで接近していた第六、第八近衛騎士隊は上空からヴェヒターに羽根つきの蜘蛛が飛来しているのを確認していた。


「敵航空戦力を確認!」

「ヴェヒターは健在!」

「よーし! これより戦術陣形・シュヴァルツを実行する!」


 ランベルトの指示を受けて第六近衛騎士隊が上昇を始めた。


「フィン! 一人で平気か!?」

「ハンスを連れて行きます」

「そうか! 頼んだ! パトリックは一緒に来い!」


 フィンに連れられ、ハンスはほかの者たちとは別に降下を開始した。

 戦術陣形・シュヴァルツ。

 知識だけはハンスにもあった。

 北部内乱の際、ディック城をめぐる攻防戦が巻き起こった。

 そこで行われた奇襲戦術。

 帝国に白い竜騎士あり、と知らしめた伝説的な戦術だ。

 だが。


「隊長、聞いてもいいですか?」

「なにかな?」

「どうしてシュヴァルツなんですか? シュヴァルツなんてどこにも出てきませんが……」


 ハンスの質問にフィンは苦笑する。

 たしかにディック城攻防戦を語る時、シュヴァルツなんて名前も単語も出てこない。

 それでもこの戦術にはシュヴァルツと名付けられた。

 理由は明白だった。


「考案者の名前さ」

「隊長が考案したわけじゃないんですか?」

「俺が思いつくと思うかい? いたんだよ。あの時の北部には稀代の戦術家が。ただ……本名だと色々とややこしいから当時使っていた偽名から取ったんだ。あの人は嘘をつかせても右に出る者がいないから偽名も多いんだ」


 フィンは笑いながら答えると自分の魔導杖を握った。

 当時の魔導杖は六十二式。

 大戦中に六十四式へとアップグレードして、現在は七十二式。

 フィン専用に調整された新型魔導杖だ。

 ハンスの手に握られているのは七十一式。

 当時、開発されたばかりの魔導杖とは比べ物にならないほど威力や速射性、取り回しの良さが上がっている。

 けれど、武器は所詮、武器。


「ハンス。この戦術の一番の凄さはわかるかい?」

「敵の油断をつき、大打撃を与えることができることです」

「それもあるけれど……一番はわかりやすいことだよ」

「わかりやすさですか?」

「籠城する味方。いつ味方が来るかわからない不安と戦っている友軍。彼らに目に見える戦果を目の前で見せられる。士気を上げられるのが一番の凄さだ。味方が来た、もう大丈夫だ、まだまだ戦える。そう思わせることができるのがこの戦術だ。わかるかい? 彼らからすれば俺たちは英雄なんだ。だからこそ、英雄らしく格好をつけないといけない。できるかい?」

「自慢じゃありませんが……格好をつけるのは得意です」


 ニヤリと笑ったハンスを見て、フィンも笑う。

 そして。


「よろしい。続け! 離れるなよ!」

「了解!!」


 二人は加速して羽根つきの蜘蛛の大群に突っ込んだのだった。




■■■




「見ろ! 竜騎士だ!」

「白いマント……近衛騎士だぞ!」

「白の飛竜……アードラーの竜騎士か!?」

「でも二騎だけだぞ……」


 城壁の上では敵の大群に突っ込む竜騎士を見て、一瞬だけ湧きたつ。

 だが、二騎というのは敵の大群を前にすると心もとない。

 最初は敵を蹂躙していた二騎だが、すぐに大群に囲まれ、追われる形となっていた。


「頼む! 頑張ってくれ!!」

「ほかに味方はいないのか!?」

「頑張れ!」


 空に向けて応援の声が向かう。

 しかし、その甲斐なく竜騎士たちは上昇して空へと逃げていく。

 それを逃がすまいと半数以上の羽根つきの蜘蛛が二騎を追っていく。

 空へ向かってまるで柱が立つかのように、羽根つきの蜘蛛が二騎へ群がっていく。

 だが、決して追いつくことはない。

 つかず、離れず。

 空へ空へと。


「フィンが来てくれたのか……」


 城壁の上。

 ルーペルトはホッと息を吐いていた。

 わずかな援軍ではあるが、強力な援軍だ。

 そんなルーペルトの横でリンフィアがつぶやく。


「戦術陣形・シュヴァルツですね」

「シュヴァルツ?」

「あなたの兄上が考えた戦術です。籠城中に見るのは二度目ですね。これからが見物ですよ」


 苦笑するリンフィアは肩を竦める。

 そして二騎が雲の間近に迫った時。

 雲を割いて白いマントの騎士たちが現れた。


「撃てぇぇ!!」


 ランベルトの号令と共に魔導杖より無数の火球が放たれていく。

 それは柱のように垂直となった羽根つきの蜘蛛たちを燃え上がらせ、一瞬で柱は火柱へと変わったのだった。


「散開! 制空権を確保する! 羽が生えた程度で帝国の空を支配できると思っている浅はかさな虫どもに現実を教えてやれ!!」


 これまで自分たちを襲っていた羽根つきの蜘蛛たちが一瞬で燃え上がる姿を見て、城壁の兵士はもちろん、ヴェヒターの民たちも沸き立った。

 白いマントの騎士たちが来てくれた。

 それは想像以上の効果をもたらしていたのだ。

 上空へ離脱したハンスとフィンは、そのまま降下を開始していた。

 しかし、フィンはハンスに別任務を与えた。


「ハンス。ヴェヒターの護衛につくんだ」

「はっ、しかし……」

「何体かヴェヒター内に入っている。それを片付けるんだ。敵もこのままじゃない。とにかくヴェヒター内の安全を確保するのが最優先だ」

「お言葉ですが、少しでも戦力がいるはずです!」


 婚約者がいるから気を遣っているのだろう。

 そう思ったハンスは反論する。

 だが、フィンはそれに対して七十二式による拡散攻撃で付近にいた羽根つきの蜘蛛を一掃した。


「戦力は足りている。行くんだ」

「……了解しました」


 一人で近衛騎士隊一隊分の働きができると評されるフィンの力を見て、ハンスは頬を引きつらせながらヴェヒター内へ進路を取る。

 それを見送ったあと、フィンは急降下をして城壁前へと降り立つ。

 そのまま七十二式による雷撃によって地上の蜘蛛を一気に焼き払った。


「帝国近衛騎士団所属、第八近衛騎士隊隊長……アードラーの竜騎士、フィン・ブロスト……出撃する!」


 フィンは不敵な笑みと共に加速すると、地上と空に対して圧倒的な火力を叩きこみ始めた。

 それを遠巻きから見ていたハンスは青ざめながら呟く。


「俺たちを相手にしていたときは全然本気じゃなかったのかよ……」


 先ほどの囮役の時も無茶苦茶な軌道だと思ったが、一人で動いている時の今はもっと無茶苦茶だ。よく振り落とされないな、と感心することしかできない。

 レベルが違う。

 さすがは近衛騎士隊長と思いながらハンスはヴェヒターに侵入した蜘蛛の討伐へ向かうのだった。



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