ルーペルト・クリスタ外伝18
モンスターが出現してからおよそ一日が経過した。
ドライエックはモンスターを召喚するが、その召喚は断続的なものだった。
波を乗り越えれば、次が出てくるまで少し間がある。
そのため、ヴェヒターはまだ健在だった。
しかし、いくつか問題も発生していた。
まずはヴェヒター内にいた観光客が思った以上に多く、第三層に避難民が入りきらなかったこと。
一時的な避難ならまだしも、長期戦となるとスペースが必要となる。
そのため、ヴェヒターは第二層にも避難民がいるという状況となっていた。
どうにか食料は確保できていたが、それも一週間持つかどうか。
内部事情はギリギリとなっていた。
さらに厄介なことに敵の特性がようやくわかってきていた。
それは。
「ちっ! やっぱり硬くなってんぞ!?」
城壁の上から矢が降り注ぐ。
しかし、蜘蛛たちは倒れない。
最初はそれだけで倒れる個体がいたのに、だ。
今では急所に刺さらない限りは倒れない。
「敵の攻撃に応じて徐々に適応、進化するのか……」
城壁を登って来た蜘蛛を斬り倒しながらルーペルトは呟く。
今は矢への適応だが、そのうち斬撃にも対応するだろう。
魔法にだって対応するかもしれない。
全盛期の古代魔法文明の魔導師ならば一撃でドライエックを破壊するという手段が取れたかもしれないが、そういう手段がなければ残された手は一つ。
頑張って抵抗を続けて魔力切れを待つ以外に手はない。
湖に沈めて封印という遠回しな方法を取った理由がよくわかる。
何かの拍子に起動することをどうにか避けたかったからだろう。
まだ戦闘が始まって一日。
断続的な戦闘で守備兵たちにも疲労がたまり始めている中で、敵が強化されるのはしんどい。
それでも。
「まだ耐えられる……」
空に浮かんだクリスタの一撃で敵の大部分が消滅した。
クリスタが空から援護攻撃をしてくれるため、消耗を最小限にしてどうにか撃退できていた。
しかし、それもいつまで持つかわからない。
敵の対応も早い。
断続的に召喚されるといっても、何時間も空くときもあれば、すぐさま次が召喚されるときもある。
兵士たちはいつ来るかわからない召喚に備えて、気を張り続けている。
なにか手を打たないと長くは持たない。
だが、打てる手がほとんどない。
ルーペルトもずっと城壁に張り付いており、セラやクリスタと話す機会すらない。
ヴェヒターはそれほどギリギリの状態で防衛を行っていた。
「皆、限界が近いな……」
クリスタの一撃によってどうにか蜘蛛が撃退されると、守備兵は一気にその場で座り込んだ。
冒険者たちは慣れているため、まだ元気なようだが、それでも顔に疲れが見える。
「ルート様。今のままでは次の攻勢を耐えるのは難しいかもしれません」
偽名を使っているルーペルトに気を遣って、リンフィアがそう告げた。
ルーペルトもそれを感じていたため、頷く。
だが、それだけだ。
有効な対策が思いつかない。
正確には思いついてはいるが、それを実行できる戦力が存在しない。
「耐えるしかない……」
「動かなければすり潰されます」
「援軍に期待しよう」
「この結界では……」
「かなり大きな結界だ。おそらくアロイスたちも取り込まれている。援軍は期待できるよ」
「しかし……敵の特性を考えれば、素早くあの結界を発動しているモンスターを討伐するべきです」
これ以上、進化されては手が付けられなくなる。
その前に攻勢に出るべきだ。
しかし、ルーペルトはその判断ができなかった。
冷静な分析をするならば、動くなら早いほうがいい。
だが、今の戦力で動けばこの場にいる者のほとんどが死ぬ。
それでも成功率は五分を下回るだろう。
賭けに近い。
それなら援軍を待ったほうがいい。そう思ってしまった。
そしてそれが自分の甘さなのだというのも理解していた。
「なるべく被害を抑えたい」
「気持ちはわかりますが……」
「ごめん……けど、僕は他の人を信じたい。ここで耐える一秒は目の前の現実を何も変えないかもしれない。だけど、きっと意味あるモノだと僕は信じてる。今、必死にここへ駆けつけようとしている人たちが意味あるモノにしてくれるはずだと……信じたい」
「……では私は従います」
「本当にごめん。兄上たちのように決断できなくて……」
どちらが間違えているという話ではない。
今、動けば状況を変えることができ、動かなければ援軍頼りになるというだけ。
賭けに出るか、出ないか。
ただそれだけのこと。
しかし、決断できない自分はやはり弱く、情けないのではないか?
そんな疑問がルーペルトの中に浮かんでいた。
強くなったつもりでいた。
自分一人で多くの人を救えるくらいに。
けれど、実際は援軍頼り。
外にいる兄たちを結局は頼りにしている。
自分は変わっていないのではないか?
そんな風に思えて仕方なかった。
だが、そんなルーペルトにリンフィアは告げる。
「……あなたの兄上もかつて同じようなことを言いました。この南部で。状況は違いますが、稼ぐ時間に意味があると。動くことも大切が、耐えることも大切です。あなたが信じる援軍を私も信じてみましょう」
リンフィアの言葉を聞き、ルーペルトは少し晴れやかな顔を見せた。
そしてリンフィアはそっとルーペルトの傍を離れる。
「おい! ルート! 何を辛気臭い顔してんだ!?」
話し終えたルーペルトの後ろから、ウォルフが肩を組んできた。
戦い続きであってもウォルフは元気だった。
亜人だからというのもあるが、絶望的な状況を経験してきたゆえに精神が強いのだ。
「腹が減った! 飯食いに行こうぜ! 領主が気を利かせて美味いもん用意してくれてるからな!」
「……食べすぎると動けなくなるよ?」
「平気だ平気だ!」
ウォルフの明るい声に刺激され、周りも少し活気が戻ってきていた。
そのことにホッとしつつ、ルーペルトは苦笑しながらウォルフの後を追うのだった。
■■■
三時間ほどが経過したあと。
次の波がやってきた。
少しの間であるが休息が取れたため、兵士たちの顔色も良くなっていた。
だが、出現した蜘蛛たちを見てルーペルトは唇を噛み締めた。
「……そう来たか」
出現した蜘蛛は二種類。
今までのように地を這う蜘蛛と、背中に羽がついた蜘蛛。
空に対応できる者は少ない。
数が多い以上、クリスタはそちらの迎撃をしなければいけないだろう。
そうなると地上の負担は増える。
リンフィアの部下にも空を飛べる者がいるが、部隊長としての役割を担っている以上、空にあげるわけにはいかない。
城壁から人を割くことはできない。
空は実質、リタとクリスタだけが頼りとなる。
「戦闘準備! 空からの援護はない! 確実に敵の数を削り切るぞ!!」
幾度も指揮をして、城壁の実質的な指揮官となっていたルーペルトは指示を出しながらチラリと空を見る。
迎え撃つような形でクリスタとリタが空に上がっていた。
飛行魔法は結局のところセンスだ。
飛ぶだけならできる者もいるが、飛行となると難易度が極端に上がる。
クリスタも戦闘中の高速飛行が得意なわけではない。
というより、そういう運動能力に頼りがちなもの技術については、生粋の魔導師は得意としていない。
飛行魔法を使う者の多くは騎士や戦士。魔導師なら撃ち落してしまえばいいし、慣れない空中戦は隙を作るだけとなりかねない。
対応できる魔導師が稀有なのだ。
それでもクリスタが飛ぶのは、護衛が存在するから。
大丈夫だとは思うが、心配ではある。
「無理をしないといいけれど……」
そんなことを思いながらルーペルトは蜘蛛の大群を迎え撃つのだった。