ルーペルト・クリスタ外伝17
「帝国南部にて紫の狼煙! 同時に冒険者ギルドを通じてクリスタ殿下よりヴェヒターに戦力を集めよ、という指令が飛ばされました!」
「クリスタが? 南部国境守備軍に動員指示を出せ! 兄さんは?」
帝剣城。
そこで報告を受けた皇帝レオナルトはすぐさま南部に戦力を集中する準備に取り掛かった。
「いまだ仙国から戻っておられません。事態を知れば戻って来られるかと」
「冒険者ギルドに伝令を出し、すぐに情報を伝えるように要請してくれ。クロエさんは?」
「帝国北部で依頼を遂行中かと」
「急行するように要請を。必要ないかもしれないけどね」
「かしこまりました」
横に控えていた宰相ユルゲンが一礼して、レオナルトの指示を実行に移すために動き出す。
冒険者たちは情報を手に入れたら行動が早い。
こちらの要請前に動くことは間違いない。
帝国に現在、滞在しているSS級冒険者はクロエのみ。
動かせる最強戦力であるクロエの動き次第で、これからの展開は変わってくる。
「集まった情報は逐一僕のところへあげるように」
側近にそう伝えると、レオナルトは自室を出た。
向かう先は皇后レティシアの部屋。
城が慌ただしくなれば嫌でも事態のことは耳に入る。
その前に自分の口から説明するためだ。
「レティシア、入ってもいいかな?」
「どうぞ」
部屋に入ると椅子に座るレティシアの姿があった。
傍に控えていたメイドたちはレオナルトの入室の後、静かに下がっていく。
立ち上がろうとするレティシアを制して、傍にある椅子をもって自分が隣へと座る。
「体調はどう?」
「最近は落ち着いていますよ」
ゆったりとした服を着ているため、あまり目立たないがすでに安定期に入っているため、レティシアのお腹は膨らんでいる。
体の変化にも対応し始め、精神面でも落ち着いており、良い傾向といえた。
だからこそ、なるべく心労をかけるようなことはしたくないが、状況がわからないというのは、それはそれで心労となる。
ゆえに。
「話しておくことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「……南部で紫の狼煙が上がった。クリスタがあげたものらしい。状況はまだまだわからないけれど、僕も出ることになると思う。僕もできることなら君の傍にいたいけれど……」
状況はわからないが、クリスタがわざわざ紫の狼煙を上げた以上、事態は深刻なはず。
遅かれ早かれ、レオナルトが出陣することになるだろう。
できればレティシアの傍にいたい。それは偽りのない本心だった・
だが。
「傍にいて欲しいといえば傍にいてくださるのですか?」
「えっ……いや、それは……」
「レオ、あなたは皇帝陛下。国の一大事に際して、一人の妻に縛られるわけにはいかないはずです。気遣いは嬉しいですが、レオのすべきことに専念してください。皇后としてその程度のことは覚悟しています」
レティシアの言葉を聞いて、レオは目を丸くする。
そしてしばらくした後にクスリと笑った。
「ありがとう、レティシア」
お礼を言うとレオナルトはその場をあとにした。
まだまだやるべきことがあるからだ。
「陛下、近衛騎士団はいつでも出撃可能です」
「わかった」
近衛騎士団長であるアリーダからの報告を受け、レオナルトは深く息を吐く。
かつて紫の狼煙が上がったとき、自分は現地にいた。
当時は必死になって被害を食い止めることを考えていたが、今度は自分が外からそれを見ることになるとは。
不安や心配を感じつつ、やるべきことをやらなければいけない。
現地にいたほうが楽だった。目の前のことに集中していればよかったから。
これも大人になったということか。
そんなことを思いながらレオナルトは皇帝として事態の対処に動き出したのだった。
■■■
帝国南部上空。
紫の狼煙に対して即座に行動を開始した第六近衛騎士隊と第八近衛騎士隊は南部中央近くまで進出していた。
だが。
「隊長! 遅れている者が出ています!」
「放っておけ! 後からくればいい!」
緊急出撃からの長距離強行軍により、離脱者が多く出ていた。
先頭部隊にいるのはランベルトをはじめとする第六近衛騎士隊の精鋭十五名と、フィン、ハンス、パトリックの三名。
合計十八名だけとなっていた。
それでも全体の指揮を預かるランベルトは先へ進むことを選択した。
とにかく先を急ぐべき状況だったからだ。
しかし、そんな先頭部隊の目に奇妙な物が映りこんできた。
「あれはなんだ!?」
「膜?」
「いや、結界だ!」
空からドーム状の結界がゆっくりと降りてきていた。
全貌は把握できないが、かなり巨大だ。
「結界があるんじゃ侵入できません! 隊長!」
一人の近衛騎士がそう言った瞬間。
フィン、ハンス、パトリックは急降下を開始した。
「結界完成前に下から入る気か!? イカレてるな! 死にたい者だけついてこい!!」
ランベルトは号令をかけるとフィンたちのあとを追う。
結界は徐々に地面へと近づいており、完成間近。
だが、まだ完成していない。
地面スレスレを飛べばまだ結界に入るチャンスがあった。
「怖いならやめてもいいよ? 二人とも」
「冗談はよしてください」
パトリックは笑みを浮かべながら加速するフィンに追従する。
そんな二人に負けじとハンスも加速する。
「ヴェヒターには婚約者がいます!」
「なおさら死ねないんじゃないかな?」
「死ぬ気はありません! 帝国の英雄になる気はありませんが、彼女の英雄は自分でありたい! 好きな女のためにかっこよく駆けつけるのは男の憧れでしょ? 譲る気はありませんよ、誰にもね!」
「それじゃあ全速力だ! 這うように飛ぶんだ! 飛竜を信じて飛べばどうにかなる!!」
高度をさらに下げて、フィンたちは完成間近の結界へと突っ込んでいく。
そんなフィンたちに追いつくため、ランベルトたちも速度をあげる。
訓練でもしない危険飛行をしながら、先頭部隊はギリギリで結界内へと入ることに成功した。
「よっしゃー!! 入った!!」
「まだ歓声は早いよ。入っただけだ」
「援軍は十八名だけか……」
どうにか入ったものの、後続とは完全に切り離された。
強力な航空戦力とはいえ、それでも十八名では心もとなかった。
けれど。
「それで救える命も稼げる時間もありますよ。駆けつけることさえできれば、何かできる。いつだってそうでしたから」
ランベルトに対してフィンは告げる。
フィンの言葉にランベルトはフッと笑いながら頷くと、号令をかけた。
「全速力でヴェヒターへ向かうぞ!」
■■■
「参ったなぁ……これお師匠様に怒られるやつじゃない?」
結界が閉じる瞬間。
ギリギリ駆けこめた者もいれば、駆けこめなかった者もいた。
北部から全力で駆け付けたクロエだが、あと一歩及ばず、結界が完成してしまっていた。
何度か攻撃してみたが、結界は破れない。
「どうにか中に入る方法を探さないと……」
クロエがそんな風に困っていると、声をかける者がいた。
「無駄ですよ、クロエ。この結界を破壊するのは容易じゃありません」
「イングリットさん……?」
そこにいたのは今代ノーネーム、イングリットだった。
情報を得てすぐにイングリットもこの場に駆け付けたが、結界が完成してしまい、中に入ることができなくなっていた。
「通常の魔法結界とは違います。私たちの知らない技術によるものでしょう。攻撃してもまったく手応えがありません」
「中に入るのは無理ってこと?」
「おそらく。この手の結界は中からどうにかしてもらおうか、抜け道を探すしかないでしょう」
攻撃が食らっているのなら強行突破も可能だが、その手ごたえがまったくない。
いくら攻撃しても徒労に終わる可能性が高い。
「抜け道を探すって言っても、どこで探すんです?」
「こういう場合は大抵、古代魔法文明が関わっています。古代の文献を探るとしましょう」
「古代の文献がたくさんある場所って言ったら……帝剣城しか思いつかないんですけど……」
「正解です。行きますよ」
「今の帝剣城はピリピリしてて嫌なんですけど……」
「民のためです」
そう言われてはクロエも拒否できない。
ため息を吐いて、クロエはイングリットと共に帝都へ進路を取ったのだった。